まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第239話 過去の束縛 謀反の確証

俺なんかを誰かが好きになるわけなんてない。

過去の経験が訴えかけてくる。

これまでの人生、冷泉にも幾度か自分に好意を寄せてくれるんじゃないか? って思えるような女性が現れた事があった。

恋愛に奥手で臆病な冷泉は慎重に状況を確認し、石橋を叩いて渡るようなほど事を進め、そしてなけなしの勇気を振りしぼり告白した。

けれど、結果はどれも散々なものだった。すべて冷泉が勝手に好かれていると思い込み調子に乗って告白し、結果、ただの勘違いでしかなかったのだ。告白した女の子に逆に気を使わせてしまい、恥ずかしくて辛くて切なくて情けなかった。

いつも失敗に失敗を重ね、いつしか臆病になってしまっていたのかもしれない。ある程度年齢を重ねてからは、もう完全に色恋沙汰に諦めてしまうようになってしまっていた。いつまでたっても女の子の気持ちがまったくわからないのだから、仕方ない。

どうせ俺なんて……そんな負け犬根性が染み付いていたんだ。

だから言葉に詰まる。

三笠の問いかけに対する答えを続けることができない。なんら答えを持ち合わせていないからだ。

 

好きだけど好きだなんていえない。理由はいろいろあるけれど、結局は臆病なだけなんだろう。

 

今の関係性を変えてしまうことが怖いんだ。今の心地よい関係性が。

これほどまで自身が追い込まれた状況であっても……。

 

「あら……どうして答えてくれないのでしょうか? 何か難しい問題でもあるのでしょうか? 」

 

「……」

 

「どうして応えてあげないのです? あなたは加賀の気持ちに気づいていないのですか? さすがにそこまで鈍感ではないですよね。伝え聞いた状況だけでも、あの子はあなたのことを好いていることは間違いありませんよ。だったら、彼女の思いに応えてあげるのが男としての責務じゃありませんか? 」

何故か責めるような口調で言ってくる。

 

「何を言ってるかわからない……そもそも俺と加賀は上司と部下の関係だ。更に司令官と艦娘という特殊な関係だ。そんな状況で、そんな関係性があるなかで男女の色恋沙汰などありえないし、彼女たちに対してフェアじゃないことはできない」

と胡散臭い言い訳をしてしまう冷泉。

 

「艦娘と司令官の間にどういった感情があろうとも、それが深海棲艦との戦いに影響がないのであれば、何ら問題はありませんよ。むしろ、そういった感情があることこそ艦娘の戦いへのモチベーションを高めるものだと認識しています。立場を利用したものであろうとも、それにより艦娘の戦意が高まるのは間違いありませんし、それにより司令官のモチベーションも高まるのですから、推奨されるべきです」

艦娘側のトップである三笠が太鼓判を押すのだから、これ以上の議論の意味はないだろう。

「あなたは、ただ彼女の気持ちを受け入れてあげるだけでいいのです。あなんたの心の奥底でどのような葛藤があるかは知りません。けれど、ごちゃごちゃ言い訳なんて不要でしょう。ただ好きだ言い彼女を抱いてあげればいいんですよ、シンプルに雄としてあなたの欲望のままに。……好いた男と添い遂げたいという女の願いを叶えてあげようとは思わないのですか、あなたは」

 

「……ば、ばかな! そんな破廉恥な事、できるわけないだろう。一体、俺を何と思ってるんだ? そもそも加賀の気持ちを無視して、何、勝手に何盛り上がってんだよ。できるわけないできるわけない。それに、そうだ、あいつが俺のことを好きなわけないんだよ。そんなふうに思えることもあるけど、それは俺の勘違いなんだ。それに、そもそもあいつの気持ちなんて俺は聞いていない……。怖くて聞きたいなんて思わないけれど」

最後の言葉は消え入るように小さなものになった。

 

「加賀の気持ちなんて今更聞くまでもないでしょう。そんな分かりきったこと。あなたがどうするかが一番大切でしょう? 艦娘をあなたがどのように思っているか、どの程度まで知っているかは知りませんけれど。……艦娘は兵器であるけれど、根本にあるのは人間の女の子なのですよ。故に普通の女の子と同じ……嬉しければ笑うし、悲しければ泣きます。腹が立てば怒るし、困った事があれば悩みます。艦娘だと身構えずに普通の女の子と同じように対応すればいいのです。加賀のことが嫌いじゃなければ、彼女の想いに応えてあげないと。それが男っていうものでしょう」

三笠は本気で言っているのだろうか? 冷泉は疑問しかなかった。先程からずっと感じる違和感。彼女はずっと冷泉を煽るような事ばかりを言う。なんだというのか? からかわれているのだろうか。

「艦娘は常に戦いの中にあります。いつ命を落とすかもしれない過酷な運命の中にいるのです。一日一日を必死に生きています。そんな彼女たちの願いを叶えるのも大事なことではないですか? 思いを遂げることができれば、仮に明日命を落とすとしても後悔は無いでしょう」

 

「もういい加減にしてくれないか……さっきからなんだっていうんだ? 俺をからかうためにわざわざここまで呼んだっていうわけじゃないだろう? 冗談はこれくらいにしてくれ。本当の目的を……俺に話すべきことを話してくれ」

感情が乱れに乱れて、どうにもならない。これ以上、こんな話題を続けられない。続けたくない。これ以上は耐えられない。三笠は何を考えこんなことを続けるのか? 

何人もの艦娘を冷泉の無能さにより死なせたことを責めているのか? 大切な艦娘を死なせたくせに、加賀にうつつを抜かしていることを怒っているのか? そんなことなんて分かっている。いやというほど分かっている。そんなに現実を見せつけて罪を認識させようとしないでくれ。

 

……とにかく話題を変えなければならないという一念しかない。逃げていると言われても仕方ない。どちらも現実も苦しく辛いが、冷泉の置かれた現実のほうがましだ。

「様々な案件の容疑がかかっている俺を軍から引き剥がす手間をかけてまでここに呼んだんだ。俺の恋愛話をからかうためなんかじゃないだろう? 頼むから本題に入ってくれないか」

 

「あらあら、からかうだなんて酷いですね。かわいい艦娘の恋の行方を案ずるのは上司たる私の仕事の一つでもあるんですよ。艦娘と司令官が晴れて結ばれれば彼女のモチベーションもあがるし、戦力増強につながるんですけどね。それに思いを遂げることができたなら、仮に明日、死が待ち受けていたとしても悔いはないでしょうからね。いわゆる我が人生に一片の悔い無しです」

どこまで本気かわからない態度で三笠が言う。

「まあこれ以上色恋沙汰をとやかくいうのも野暮というものでしょうかね。本当に初なんですね、あなたは……わかりました。では、本題に入りましょうかね」

と三笠が微笑みかける。

冷泉は身構える。

「今回、提督をお呼びしたのは治療の件もありますけれど、本題は大湊警備府の件なのですよ」

 

「大湊といえば葛城提督だけれど、彼女に何かあったのか? 」

冷泉は思いを馳せる。鎮守府司令官の任を凍結された際、冷泉の部下の艦娘たちを託した提督。出会いは最悪、最初はお互いに行き違いがあって敵対したが、彼女の本質を知り彼女になら任せられると冷泉は感じた。だからこそ、この先の舞鶴鎮守府を彼女に託したのだった。

このまま冷泉がいるかぎり舞鶴鎮守府にはトラブルが絶えないだろう。艦娘を守ろうという思いが空回りして、敵を作るばかりで何もかもがうまくいかなかった。まるで呪われているかのように、すべてが空回りしうまくいってなかった。

それがそのまま大湊に伝染でもしたというのか?

 

「あなたは大湊の提督のことを信頼して、部下を任せたのでしょうね」

 

「ああ、葛城提督とは幾度も衝突をしたけれど、彼女の根底にあるものを知り、軍の中で最も信頼できる人物だと思った。だからこそ任せることにしたんだ」

もう二度と舞鶴に戻ることは無いかもしれないと思ったからこそ、艦娘をそして舞鶴鎮守府を正しい方向へ導いてくれると思える人に頼んだのだった。

しかし、三笠の言葉からは不穏なものしか感じられなず、不安になる。

 

「実は大湊警備府に反乱の兆候が確認されています……」

 

「はあ? 」

あまりに唐突な言葉に、理解力が追いつかない。

司令官の葛城提督と舞鶴の艦娘との関係がうまくいっていないといったことならあり得ると思った。舞鶴と大湊では置かれた状況や深海棲艦の勢力関係が違うし、戦略的に得ようとするものも違う。よって艦娘の運用も異なる。最初はお互い戸惑いといったものも出てくるだろう。また、大湊警備府の艦娘との関係性、序列、運用方針などの整理も必要になってくるはずだ。

そういった齟齬による混乱や不和ならば予想できる。当然のこと。けれどそれは葛城提督ならなんとか解決するだろうと思っていた。

 

なのに、……なんだ?

 

反乱?

 

一体、なんで? 何のために? そもそも何に?

「いきなり何を言い出すんだ? よくわからないけれど何の冗談だっていうんだ」

困惑しかなかった。

 

「動揺するのは当然ですよね。私も想像だにしなかったことですから。けれど、これは事実なのです」

 

「反乱ってそもそも何にだって言うんだ? 一体、何のために。それにそれは本当なのか? 何か明確な根拠があるっていうのか。俺には信じられない。誰もがそうだろうけれど、特に葛城提督はそんな事をするような人じゃない」

もちろん冷泉は彼女のすべてを知るわけじゃ無い。けれど、解る。彼女の心根は本当に真っ直ぐだ。日本という国に忠誠を誓っていたのは間違いない。不器用ながらも理想を追い求め、深海棲艦との戦いを終わらせるために最善を尽くし行動していたはずだ。日本国のために、日本国民のために。そんな彼女がなんで国家に反乱するというのか。

 

三笠はどんな事実により言っている?

 

「大湊警備府より日本国政府に対して通告があったのです。すみやかに艦娘との同盟関係を破棄し、第二帝都東京を制圧せよ。そして統括者である三笠を捕らえ、差し出せと。それが叶わない場合は、大湊警備府は日本国より離脱すると。大湊警備府および舞鶴鎮守府司令官としての宣告でした」

 

「? ……ありえない。鎮守府司令官といっても、彼女の一存だけでそんなだいそれたことができるわけがない。仮に賛同者が多かったとしても、一部の兵士は従わないものだってでてくるはずだ。彼らをどう抑え込むっていうんだ。それに、そもそもたとえ司令官の命令だとしても、艦娘が従わないだろう? 艦娘は日本国に貸し出されれているとはいえ、自分たちの所属するところに歯向かうなんてできないようになってるんだろう? 」

 

「これは彼女の一存だけで決められたものでは無いようです。日本国政府の政治家や政府関係者の一部も彼女の背後にいるようです。それらの手のものが前もって蠢動していたようで、大湊警備府の兵士たちは掌握されているようで、ごくごく一部の抵抗があっただけですが、すぐに鎮圧されているようです。それから艦娘については、そもそも反乱なんて起こすなんて想定外のことでしたから、そういった制約は設定されていません。もちろん、普通に命令されただけならば、艦娘も反論するでしょうけれど、葛城提督は絶対命令権を実行したようですから、艦娘に逆らうことはできなくなっています。ゆえに、大湊および舞鶴は現状、私達および日本国にとっての敵対勢力となったわけです」

重大な事態発生でありながらも、大したこと無いような感じで三笠は言う。

 

「加賀たちは、どうなったんだ? 」

あいつらは無事なのか?

 

「彼女たちについては、冷泉提督から葛城提督へ権限移譲が行われていますからね。当然ながら、あらゆる権限が彼女のものとなっています。当然ながら大湊の艦娘と同じ状態です」

 

「そんな」

絶望から全身から力が抜けていく。彼女たちのことを思って託したというのに。俺の選択は間違いだったのか? 俺はまた誤ったというのか。

このままではあいつらは反逆者となってしまう。そして、最終的には。

 

「日本国としてはどうするつもりなんだ? 大湊に対して何らかの交渉をしようとしているのか」

 

「日本国政府の方々としては本音は私を差し出して、艦娘だけは日本国に収奪したいんでしょうね。もちろんそんなことはできないんですが。そもそもこの帝都を落とすことは日本国政府には不可能ですから。彼らが知っている以上に兵力がありますし、艦娘も結構な人数いるんですよ。仮に全鎮守府兵力を持って攻めてきたとしても、十分にしのぎ切ることができますからね。まあ、そもそも横須賀鎮守府は絶対にこちらの味方になりますから、まず無理でしょうね」

どういうわけか横須賀は三笠には絶対に逆らえないということなのだろうか。

「それに佐世保、呉鎮守府のお二方も今は様子見をされるでしょうからね。少なくとも積極的に関わる愚行はしないでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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