まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第215話 調整される世界

時は一刻を争う状態。

周防の語る事は、葛木も聞いたことがある軍内部での噂の詳細版といったものだった。

 

日本国における鎮守府再編成と一部勢力への排除の動き……。これは第二帝都の意向であるということ。

 

鎮守府編成については、まずは太平洋側は横須賀、日本海側は舞鶴を中心に再編する動きだ。佐世保鎮守府、大湊警備府は舞鶴鎮守府へ編入されることになる。呉鎮守府については、横須賀に編入される。つまり南北それぞれ一つずつに吸収合併されるということだ。

 

つまり、これはポスト削減による人事異動もあることを意味する。そして、冷泉提督と生田提督以外は、職を辞するもしくは中央へ異動になる方向で調整がなされているとのことだ。さすがに鎮守府司令官である要職の人間をリストラしたというのでは体が悪いということで、呉と佐世保のご老体については依願退職から外部団体への天下り、そして。その流れからすると葛木については、海軍省の適当な局長にでも異動となるのだろうとのこと。形式的には出世といえる。しかし、現在の日本国海軍の立場から言えば、名誉だけの何の権限も持たない部署への左遷と変わらない。

 

「しかし、冷泉提督は、今軍法会議にかけられるため拘束されている状況です。そんな彼が、今の役職に戻るというようなことがありうるのですか? どう考えても軍部の心象は最悪ではないかと」

いろいろと問題のあり、さらには軍法会議にかけられるようなことをしでかしたような人材がさらなる出世をするなんて、常識的にありえない。

その問いかけに、周防がすまなそうな顔をする。

「あれは軍の一部が、勝手に排除に動いているだけで、すでに第二帝都より彼を拘束している施設に使者が差し向けられらそうだ。冷泉提督は、じきに解放されるだろう。重要なポストの人事について第二帝都へのお伺いは必須ということは君だって知っているだろう? 当然、冷泉提督排除に動いた軍関係者は、処断されるだろうね。これはかつて同胞達からの極秘情報だから、かなり確度が高い情報だよ」

なんでもないように周防は言う。スキャンダルで政権与党を追われるようにして離脱したと聞いていたが、今でも与党との縁は切れていない……それどころか全く変わらぬ力を持っているかのような言い振りに見える。

そして気づかされる。

周防という男は、人類解放のためにあえて与党を追われるような体で離脱し、野党に下り活動を始めたのだ。すべて第二帝都を欺くためなのだ……と。地位も名誉も投げ打って、日本国の未来のための礎になろうとしている。

与党にいて、しかも彼の立場ならは動けないが、ほとんど力が無い野党にいれば行動もしやすく、第二帝都からの監視も甘い。すべては計算ずくだったということなのか……。

 

そして、彼の活動は成就しようとしている。彼とその同胞の努力の結果、人類と深海棲艦という対立し合う勢力が、艦娘という大きな敵を打倒するために手を結ぶことができたのだ。

つまり、過去の経緯に目を瞑ることができるほど、鑑娘勢力の近年の行動はあからさまであり、危険すぎたということだ。

 

このままでは、人類は深海棲鑑に滅ぼされる前に、艦娘(第二帝都東京)に奴隷化されてしまう。深海棲艦は、艦娘に滅ぼされてしまう。両者の利害が一致したということだ。

 

そして、そういった大きな動きの話を聞きながらも、葛木の中では一つの焦りが起こる。それはとても些細で個人的でしかないけれど、葛木にとっては世界の命運よりも重大なことだった。

 

せっかくこれまでいろいろと邪魔をされたりしながらも何とか手に入れた地位があっさりと取り上げられる? これまでの血のにじむような努力が無駄になる? また能力を認められない部署に左遷されて、男達に命令されるばかりで飼い殺しにされるというのか? それは死よりも恐ろしい。様々なものを切り捨ててがんばってきたというのに、何で認められないのか……そして、このままでは、その未来が確定しそうだった。それは何よりも恐ろしく、受け入れがたかった。葛木にとっては、自らのこの先の事のほうが、人類の存亡よりも大きな問題なのだ。

 

周防は彼女の心を読んでいるかよように囁いてくる。

「私がここに来たのは、君の助力を必要としていたからだよ。人類の独立のためには、葛木君、君の力が、……そして君が統べる大湊警備府の戦力が必要不可欠なんだ。日本国の存亡のために頼れるのは、君しかいないんだ。君が私に手を貸してくれるなら、そして、私たちの願いが叶えられた暁には、君に対して新しい日本国連合艦隊司令官の座を約束しよう。戦いにおいて、舞鶴も横須賀も倒すべき相手だ。そして、この戦いこそが君が自らの能力を見せつけるチャンスだよ。君は、冷泉提督や生田提督よりも優れていると私は思っている。だからこそ、君に話を持ちかけたんだ。そして、今こそが君にとってのチャンスだ。君の能力を皆に見せ付ける。冷泉提督や生田提督を戦闘において倒し、君の能力を見せ付ける大きなチャンスなんだ! 」

力強い声で、葛木を鼓舞するかのように周防は語りかける。そして、葛木を見つめる。

そして、どういうわけか口ごもり、目を逸らしてしまう。

 

「どうしたのですか? 」

不思議に思い問いかける葛木に、彼は答えた。これまでの自信に溢れた政治家としての顔ではなく、すこし照れたような怯えたような表情だった。彼は何か決意したかのように頷く。

「すまない……。これは、口実にすぎないな。こんなときに自分の立場が邪魔をして、気持ちをきちんと伝えられないようでは、ダメだね。……本当に言わなければならないのは、私個人の気持ちだね。私は……君にそばにいてほしいんだ。大湊警備府の司令官である君ではなく、この重大な局面において、葛生綺譚という君に側にいて欲しいんだ。そして、私を支えて欲しいんだ」

その言葉に、硬直してしまう葛木。戸惑う表情しかできない。

 

「今なら言える。側にいて私に君の力を貸して欲しい。あの時、君に言えなかった言葉を今さらだけど言うよ。自分勝手で申し訳ないけど、それが私の本心だよ」

今更ながら、過去の話が思い出された。

かつて葛木は周防に対し、好意を持っていた。付き合うまではいってなかったけれど、いつも一緒にいて、共に話し笑いあっていた。友達というより恋人に近い関係だと思っていた。いつ告白してくれるのだろうと待っていたくらいだ。

けれど、二人の間には何の進展も無く、彼はやがて政治家の娘と結婚した。お似合いだったけれど。自分は彼に優しくされて調子に乗っていたことに気付きショックだった。勝手に盛り上がって勝手に夢を見ていたのだと。勉強ばかりでそういったことになれていないウブで馬鹿な子だったのだ。

それでもずっと彼の事が気になっていたんだろう。その後、いろいろな出会いがあったけれど、結局、どれもうまくいかなかった。

彼以上の存在は無いと勝手に思い込んでいたのかもしれない。いつか彼が自分の前に現れて、告白してくれるとありもしないことを待ち望んでいたのかもしれない。……結ばれるはずもない相手だからこそ、昇華されて神聖化されていたのかもしれない。

しかし、ついに彼は言ってくれた。

 

「今更、何をって君は思うかもしれないけれど、今でも私は君のことが好きだったんだ。……けれど、あの時、私にはそれは言えなかった。私には既に決められたレールの上を走るしかできない状況だったからだ。そして、平時ならそれで一生を終えていくんだろうけれど、世界は、そして運命は激変した。世界の価値観は、全てひっくり返った。本当に求めることをやらなければ、所詮、砂上の城でしかないことを知らされたよ。だからこそ、今言う。君に来て欲しい。私といっしょに世界を救って欲しいと」

 

周防の言葉は、葛木の頑なだった心を溶かしていく。それが自分でも分かった。いい年してといわれてもかまわない。だって、初恋だったのだから。今でも好きなのだ。あの時結ばれなかったからこそ、その想いは強い。

少女の感傷だけで動いているわけじゃない。昔の自分とは違う。今はそれなりにいろんな経験を積んだ。子どもじゃない。

もちろん打算もあった。どうやら、知らぬ間に自分は追い込まれていたことを知らされた。そんな中、彼の政治力は、必ず自分の役に立つ。葛木の軍事力と周防の政治力。お互いが好き合い、そして利用しあえる関係なのだ。ならばそれでいいじゃないか。

 

このままでは、また中央に戻って当たり障りのない仕事を淡々と続けるだけの人生に戻ってしまう。自分の能力など発揮することもなく、評価されることも無く、処遇に不満を言い続け周りからは扱いにくい奴という評価だけを下さる人生などごめんだ。ずっとみんなを見返してやりたかった。女でなければもっと出世はできていたはずなんだ。そんな理不尽な連鎖を断ち切ってやる。そのためにはこのチャンスを生かすしかない。

 

私は、平々凡々に生きていくなんてできない性分らしい。これは、大きな賭けだが賭けてみる価値はある。

それでも……。周防と彼の人脈だけだったら躊躇したかもしれない。それだけ私も年を取り、経験を積んだということなのかな。思わぬ助っ人の存在が決断のための決定打となった。

深海棲鑑。

それが自分たちの味方になる。それであるならば、得体のしれない第二帝都に巣食うあの蛇のような目をした女を討ち取ることができるだろう。

気持ちは決まった!

 

「ただ、単純に契約が結ばれるわけではないんだ」

周防の言葉に、予想通りの表情をしてしまう。

やはり条件があったか。……当然だ。これまで戦い続けてきた同士なのだから。双方に信頼関係なんてあるわけない。

「どうやら深海棲鑑は、軍の別の勢力とも共闘関係にあるらしい。それが鎮守府なのか、それとも中央なのかはわからない。けれども、深海棲鑑としては、我々が信じられる存在かを確かめたいらしい。我々の行動で信じられないと判断すれば、関係を打ち切るつもりらしい。私としては、深海棲鑑の後ろ盾が絶対に欲しい。そして、彼らと共闘している勢力とも手を組むことができるのなら、余計にだ。そいつらは、最終的には出し抜くだけの相手なんだけれど、今は利用すべきと考えている。仲間は多いほどいいからね。とにかく、なんとしてでも食い込み、彼らを引き込みたいんだ。そして、彼らが言ってきた条件が……」

と、周防は言葉を詰まらせる。

 

「条件は、なんですか? 」

交渉なのだから、当然条件提示はある。それが飲めるものかどうかだ。

 

「……君の配下の、鑑娘一人の命だ」

と、周防は告げる。

 

「なんですって? 一体だれですの」

思わず驚きの声を上げてしまう。艦娘を差し出せという無茶な要求。そんな条件を飲んでまで、受け入れる価値があるのか。葛木はその難題に眉根を寄せてしまう。

 

「相手は、駆逐艦島風の命を差し出せと求めている」

 

「島風? 」

唐突に出てきた艦娘の名前に驚く。葛木は、数回しか会ったことのない、艦娘の顔を思い浮かべる。舞鶴鎮守府の艦娘の中でも特に冷泉提督の寵愛を受けている少女だと聞いている。葛木からすれば、おそらく冷泉好みのあざとい外見をした、生意気そうな小娘という印象しかない。舞鶴鎮守府の艦娘を引き受けた際に見たときには、随分とその服装が地味になっていたとは思ったけれど。

 

「深海棲艦の言い分では、島風は冷泉提督と結託し、空母加賀の命を救った。深海棲鑑としては、死に場所を求めていた加賀を取り込み仲間にするつもりだったのに、間接的ではあるものの島風のため作戦が失敗した。深海棲艦にとって、それが大きなマイナスと判断している。ゆえにその憎い島風をなぶり殺しにしたい……そうだ。どうかな? 彼女を差し出せるかな」

 

「しかし、島風は私にとって大事な鑑娘です」

と、即座に答える。鎮守府司令官なら、皆同じ答えをするだろう。艦娘は部下であり、仲間であり、家族であるのだから。

 

「まあ、建前はそう言わざるをえないだろうね。けれど、本当にそうなのかな? 彼女は大湊にいない。舞鶴近くの港に係留されて、広報活動なんかをしているだろ? 本来戦闘すべきはずの軍艦が広報活動を行ってる。変だと思わないかい? あれは、冷泉提督も用なしと判断してのことなんだろう? 実は、私は知っているんだよ。駆逐艦島風が戦闘に絶えられない状態になっていることをね。私だっていろいろと情報網があるからね。鑑娘として使い物にならない、そもそも廃艦されてもおかしくない鑑娘だろ? それを冷泉提督は、私情で残しているだけなんだ。そして、君の直属の部下ではなく、冷泉の部下だった鑑娘だ。君は顔を知っている程度で会話すらしたことないんじゃないか? ならば、島風ぐらい差し出しても、君の心は痛まないんじゃないか? そもそも犠牲ではない。もともと廃棄されるはずの艦娘を、人類の勝利のために役だって貰うんだから。これは、君が決断すべきことだ。それはとても重大なことでもある。……今、深海棲鑑の信頼をえられなければ、すべての努力が水泡に帰すんだ。私は落伍者になるだろうね。でも、君だって、このまま漫然と行動しなければ、その意思に関わらず落伍者になるんだ。放逐されるだけの運命。飼い殺しの余生しかなくなってしまう。そんな人生でいいのか? 誰かに踏みにじられ、正当な評価を受けずに虐げられるだけの惨めな人生を選択するのか? 君の大切な部下だって、君の管理下を離れ、誰かの指揮下に入ることになるだ。少なくとも今より幸せとはいえない立場になるだろう。それが島風の犠牲ただ一人で、皆が救われるんだ。さあ……選択するんだ。君の意思で! 」

有無を言わさぬ口調で、周防が選択を迫ってくる。考えるまでも無かった。結論なんて最初から出ているのだから。

 

そして、島風を深海棲艦に差し出す決断がなされた。

 

「安心してほしい。君は、島風に命令するだけでいいんだ。すべての段取りは、私の同士がやってくれるから。その後の事について、君は何の罪悪感も感じる必要はない」

優しく語りかける周防。

 

「しかし、冷泉提督に恨まれそうですね」

それが少し辛い。事実を知れば、彼は悲しみ、そして決断をした自分を恨むだろう。たとえ日本国のためだったといっても、彼は納得しないだろうな。

 

「……大丈夫、彼は近々死ぬことになる予定だし、彼が生き延びたとしても島風を罠にはめたのは”とある団体”ということになるからね。彼の怒りが我々までたどり着くことはないように手を打っているから。君はこの事については何も考えず、安心して未来の事を考えるだけでいいんだ」

その優しい言葉に絆されていく葛木だった。そして、彼女は全てを受け入れた。

 

「君ならそう言ってくれると信じていたよ」

そういうと男はどこかに電話をかけはじめる。

「私だ……。例の件、さっそく準備をしてもらえるかな? うん、頼んだぞ」

 

「どこへ電話をしたのですか」

問いかけに周防は答える。

「島風を深海棲鑑に差し出す段取りのゴーサインをだしたんだよ」

とあっさり答える男。

 

「私の行動を読んでいたんですか」

あまりの段取りの良さに驚いて問いかけてしまう。

 

「もちろんさ、君が何を考え何をしようとするかくらい、君と私の付き合いの長さだ。さすがの私にだって理解できるよ。この選択肢を前にしたら、君がイエスというのは明白だからね。だから準備だけはしていたのさ」

そして、男はこれから起こる事実を告げた。

 

どうやら、ある市民団体が軍に無許可でチャーターした船が航行中に日本海沖合で故障するらしい。そして、その救助のために島風が向かい、そこを深海棲鑑が襲う手はずらしい。

はたしてそんな作戦で、島風を沈めるようなことができるか不安になってしまう。通常海域での艦娘の強さを彼は理解しているのだろうか? しかし、深海棲艦が承諾したのだから、何らかの勝算があるのだと自分に言い聞かせる。

 

「君は島風に出撃命令をかけるだけでいいんだよ。位置関係からしても島風が適任であるからね。そして、その先のことは、彼らに任せればいいよ」

彼らとは深海棲艦のことなのだろうか? いちいち問いただす雰囲気ではなかった。

 

「しかし、島風が深海棲鑑が現れたらすぐに逃亡するのではないでしょうか? 市民団体の救助という足かせがあったとしてもその場所は領域からは大分離れています。……たしかにあまりに領域に近すぎたら島風も警戒するでしょうから仕方ないのかもしれませんが。市民団体だって命は惜しいはずですから何か対策があるのでしょうか」

 

「ふふん。その辺のことは私と私の仲間に任せてもらえればいいよ。君は島風に救助命令を出すだけでいいんだ。余計なことを知る必要は無い。何かあっても害が君には及ばないようにしたいんだよ、私は」

それが彼の優しさなのだろうか。しかし、どうやって島風を足止めするつもりなのか? 説明を受けても理解しきれない。けれど、自分が島風を殺す作戦に介入するなんて真っ平だ。何もかも自分は知らないこと。知らないうちにすすんで、事態がそうなった。自分は知らなかったんだ。そう思いこむことで、罪悪感を無くすことに必死だった。

 

 

 


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