まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第210話 頼れるもの

大湊に帰還しても、叢雲の事を誰にも言えないままだった……。

あの草加という少年に口止めをされていた事もあるけれど、そもそも、叢雲と金剛が仲間を裏切り、三笠を殺そうとしたなんて事……言えるはずがない。

 

草加の話では、三笠も事を荒立てたくない意向で、事実を軍には伝えるつもりはないらしい。つまり、長波にも黙っておけと暗に言っているようなものだった。誰かに口外するようであれば、三笠としても隠すことはできなくなり、軍に対して情報開示をせざるをえなくなる。……隠蔽なんてしたくないけれど、事案が事案だ。鑑娘と人間との友好関係に水を差すようなことは、できる限り避けたい。たとえ真実を隠蔽することになったとしても。

長波だって、同じ気持ちだ。共に深海棲鑑と戦う者同士の信頼関係に、亀裂が入るようなことはあってはならない。

 

―――それに、叢雲たちのことを悪くなんて言いたくない。まだ長波の中では、事実を受け入れられずにいたのだ。

 

鎮守府に戻ると、血まみれで帰って来た長波に、どうしたのかとみんなにいろいろと聞かれたが、負傷した人を発見してその救助に当たっていた、と誤魔化した。その嘘をみんなが納得してくれたのは理由が不明だけれど。

あの時、もっとそのことについて追求されれば、嘘を隠し通すことなんてできなかった。そうなれば、秘密を言うことができたのに……、と責任転嫁までしてしまう。

 

しかし―――。

自分の中でこの事を収めておくことは難しい。誰かに打ち明けたい。そして、どうしたらいいかを相談をしたい。あの時に草加が語った事が本当なのかを確認したい。友の死を前にして混乱状態にある自分ではなく、誰か冷静に判断してくれる人に確認したいのだ。

 

一番手っ取り早いのは、大湊指令官に全てを話すのが一番だけれど、……そんなことできるはずがない。仮定の事とは言え、自分の部下が反逆行為を行ったなんて知ったら、彼女はどうするのだろう? どう思うだろうか?

ただでさえ、舞鶴鎮守府の鑑娘を引き取ってくれているのに、これ以上の迷惑をかけることなんてできるだろうか。彼女は、舞鶴のためにいろいろと動いてくれている。そんな協力的な彼女とはいえ、この事実を知ったなら報告せざるをえないだろうし、大湊を守るために舞鶴を切らざるをえなくなるかもしれないだろう。所詮は、冷泉提督に頼まれたから仕方なく行動しているのかもしれないのだから。

 

二つの鎮守府運営なんて、労力の割に実入りがあるものじゃない。その上、裏切り者が出たなんてなったら、責任は現在の司令官である彼女に行くのは避けられない。彼女の忍耐を超えてしまうのは間違いない。彼女には舞鶴のために体をはるなんて理由は、これっぽっちもないのだから。もしも彼女が何か目的があって、そのために舞鶴の業務を引き受けているとしても、そんな状況に陥れば利益より負債の方が大きくなるだろう。火中の栗を拾うような無謀さは、彼女にあるようには見えない。彼女にはデメリットしかないだろう。

 

仮に提案にメリットがあったとしても、やはりその対応には当たれないと思う。現在の彼女は多忙を極めている。

二つの鎮守府を運用しなければならないことから、業務量は単純に倍になっている。部下数もほぼ倍になっているから補佐役は多いとはいえ、それぞれの鎮守府ではあらゆることについて。業務のやり方が違っている。それぞれのルールや慣習ってものがあるのだ。そこをうまく調整する必要があるから、丸投げにはできないようだ。いちいち指示や確認の作業が出てくる。それだけも大変だ。

 

多忙を極める理由は、それ以外にもある。日本に5つしかない海軍の拠点の二つを、図らずして葛木提督が手にしているという事実だ。これは、さまざまな方面に対して強烈なインパクトを与えている。

 

その戦力は横須賀鎮守府に並び……人員数から言えばむしろ勝る組織を持つと言うことは、これまでの軍部におけるパワーバランスを崩しているのは間違いない。事実、これまで寄りつきもしなかった類の人間が頻繁に北方のこの地に訪れるようになっているのだ。当然ながら、何の目的も無く近づくなんてことは無い。先を見越した何かを得るためだ。

 

やって来るのは、軍幹部だけではない。当然ながら、政治家の類いやそれ以外の人たちもいろいろと理由を付けては揉み手をしながら訪れるようになった。大湊を訪れるあらゆる種類の人間のランクが、それまでより一つから二つ上になっていることから、重要視されるようになったのは間違いない。

 

北方にある片田舎の軍事基地の一つ……とは最早、誰も考えなくなったのだろう。街もあれ以降、人が急速に増えて活気に満ちている。

 

やはり、彼女には相談できない……な。そう長波は結論づけざるをえない。

 

今日も、最大野党の党首が彼女に面会を求めてきている。かつて与党の若手ナンバーワン、次期総裁候補といわれていた男が、最近、突然離党し、多くの野党を結集して対抗勢力を作り上げている。盤石と言われた与党さえ、その動向を無視できない存在になっている。軍の影響力が大きいはずなのに、最近では軍の人間も彼の元に配下のものを足繁く通わせているらしい。戦争は継続中だというのに、もう戦後を見越した動きが出ているのだ。こういうところを見ると人間とは、本当に馬鹿だなと思うけれど、それが人間という種なんだ。

 

彼は、確かに活力に満ちあふれた自信家であり、相当な野心家に見えた。長波にとっては、圧の強い苦手なタイプだし、敬遠したい人間だけど、大湊の司令官とは、何故だか波長が合うらしい。あからさまな男のアプローチにも、葛木提督はまんざらでもない雰囲気だ。短期間に、ずいぶんと公私ともに仲良くなっているように思える。まあ年齢も似ているし、彼は外見も俳優張りに男前だし、人当たりも柔らかい。女性には人気だと聞いている。

 

そんなこんなで、常に提督の周りには誰か、しかも部外者がいるわけで、相談事を持ちかけるチャンスなど皆無なのだ。

 

相談するなら同じ鑑娘、それも舞鶴の鑑娘になるんだけれど……考えても浮かばないんだ。

 

本来であれば、秘書鑑となっている加賀に相談すべきなんだろうけど、所詮、彼女はよそ者でしかない。短い付き合いでしかないけれど、彼女の思考は、かなりドライだ。決して感情に流されるようなタイプじゃないようにみえる。おまけに舞鶴の鑑娘との付き合いは短いから、みんなとそんなに懇意になってるわけじゃない。だから、叢雲のために、長波と同じように必死になるとは思えない。

いろいろとあって……冷泉提督の影響が大きいんだろうけれど、今はぎこちないながらも、みんなに合わそうとしている。それでも本質的には、必要以上になれ合いを好まないタイプだと長波は見ている。そして、面倒くさいことに規律を優先するタイプだ。事実を知れば、やはり上司に報告するだろう。隠すなんてことは、葛木提督の力に頼らなければいけない舞鶴鎮守府にとって、明らかに不利益しかもたらさない。重大な裏切りと取られるからだ。それに目を瞑るはずがない。

当然ながら、横須賀で秘書艦を勤めていた長門も同じ考えにいたるだろう。高雄もそっちサイドの艦娘だ。みんな情よりも規律を優先するのだろう。一人のために皆を犠牲にするようなことを考えるようでは、上には立てないから。それは頭では分かっているけど、納得できないんだ。

 

となると、頼れるのは神通さんになるんだけれど……。

彼女では、無理なのだ。残念だけど、軽巡洋艦という立場は、鎮守府における地位は低い。意見を上に上げる権限が無いんだ。もちろん、彼女は真剣に聞いてくれるだろうし、いろいろと考えてくれるだろう。けれど、それだけだ。相談するだけでそれ以上先に進むことができないという致命的な問題がある。それに、今、彼女は消息不明の提督のことで頭がいっぱいみたいで、ここに叢雲の事まで出てきたら処理能力を超えてしまいそうだ。何にでも真剣に向かいあってしまうタイプだから……。

 

そうなると大湊の秘書鑑の陸奥に……となるけれど、彼女だって駄目だ。彼女と長門は姉妹鑑であり、あらゆる情報は筒抜けになっている。隠し事をしたとしても、彼女は長門には話してしまう。それじゃあ意味がない。同じ戦艦の山城は、姉妹艦の扶桑の死で落ち込んだままだから、かなり不安定な精神状態。相談なんてできる状態じゃない。そもそも、舞鶴の問題ごとを大湊の艦娘に相談するっていうのも変な話だ。

 

いろいろと考えてみるが、結局、権限を持つ条件を満たす鑑娘といえば、榛名だけとなってしまう。

彼女は舞鶴に来て間がないけれど、それでも金剛型の戦艦だ。根っからまじめだし、みんなに分け隔て無く優しくしてくれるし、おまけに可愛い。……本当は金剛の死を、不名誉な出来事を彼女に伝えるのはまずいかと思うけれど、むしろ彼女だからこそ真剣に考えてくれるし、考えざるをえないだろう。そして、彼女以上に秘密は守ってくれる存在はいないとの確信がある。ただ……事実を知ってパニックにならないことを願うけれど。

 

そんなことを考えながら、みんなと所にに行くと、何故か榛名と山城が向かいあっていた。山城は、思い詰めたような真剣な表情で榛名を見つめている。

 

「ねえ、榛名さん……教えてほしいの、本当の事を。あの時の姉様のことを……。あなたの報告では、降伏の意思を示していたはずなのに、急にあなた攻撃してきたってありました。けれど、私には信じられないの。扶桑姉様が仲間を撃とうとするなんて、絶対にありえないと思うのです。確かに、姉様は皆を裏切って敵対していた。あなたたちを殺そうとしたわ。それは大きな罪です。許されない事です。けれど、罪を認めて、その罪を償おうと投降しようとしたんでしょう? そんな姉様がまた裏切るなんてありえないの」

またか……。長波は思わずため息をついてしまう。大湊にやって来てから、この光景を何度見たことか。

 

現場にいて全ての事実を知るであろう榛名を見かける度に、山城は彼女に詰め寄り、事実を語れと迫るのだ。

姉である扶桑の裏切りが信じられない気持ちはわかるけれど、そして、大切な姉の死が受け入れがたいのはわかるけれど、あまりにしつこいんじゃないかと思う。榛名だって、同じ事を何度も聞かれて、本当に困惑気味だ。いい加減にしろと突っぱねてもいいはずなのに、悲しそうな表情をしながら、榛名は真剣に彼女の問いかけを聞いている。根が優しいと損だな。

 

「……すみません、山城さん。あなたのお気持ちは、私にもよくわかります。本当に大切なお姉様だったんですものね。誰よりもあなたが扶桑さんの事を知っていたと思います。けれど、事実は報告にあげている通りなんです。投降の意思を示していたのは、本当です。けれど、お話したとおり、何故か突然、迎えに行った私を攻撃してきたんです。損傷著しいけれど、その攻撃はすさまじかった。あれは相打ち覚悟の気迫でした。私も命の危険を感じていて、もう必死で応戦するしかなかったんです。砲塔のみを狙って無力化するなんて余裕、あの時はこれっぽっちもありませんでした。手加減なんてす考えていたら、こちらがやられていました。それほどの鬼気迫るものでした。突然の翻意、恐らく……あれは、きっとあの時、永末さんて方の命令が届いたのだと思います。彼の精神的拘束が解かれて我に返り投降しようとした彼女に対して、無理矢理、差し違えてでも私を沈めろとでも命令をしてきたのではないでしょうか」

悲しそうな表情で山城を見つめる榛名。

 

「姉様は、悪くないんです。姉様は、いつもお優しかった。誰かを傷つけるなんて、できない方なんです。……きっと永末って奴に騙されたのです。そうに違いありません! 何か得体のしれない力を使って、姉様を操ったに違いないんです。そうでなければ、仲間を裏切り、あろうことか仲間を殺そうなんて考えるはずがありません」

 

「確かに、そうかもしれませんね。あの時の扶桑さんは、確かに途中から急に豹変したようにも思えますから。それまでは、罪の意識に耐え切れないようでしたし、すぐにでも投降しみんなに、そして提督に謝罪したいと仰ってましたから。その時は司令官の拘束が外れていたのは間違いないでしょう。けれど、突然……何か抗いがたい力が働いたのかもしれません」

 

絶対命令というものがある。それを発せられた鑑娘は、いかに抵抗しようともその命令に従わざるをえなくなる……。緊急時に司令官より発せられる事があると聞いている。それが、扶桑に対してなされたのだろうか。戦闘の衝撃で永末による精神的拘束が外れて我に返った扶桑は自らの犯した罪の意識にさいなまれ、降伏を決意した。しかし、土壇場で永末の拘束が再発動し、榛名と刺し違えろという命令をされたのだろうか? それとも……

 

「きっとそうなんです。姉様は悪くはない。操られていただけなんだから。すべては永末が悪いのです」

遙か彼方にいる敵を呪い殺しそうな瞳で山城が語る。

「私は……絶対に、絶対に永末を許しません。いかなる手段を使っても見つけ出し、この手で処断してやります」

永末だけでなく、扶桑の死に関わった全てを殺しそうな口ぶりに、関係の無い長波ですら戦慄した。

 

「そ……そうですね」

それ以上、榛名は言葉を続けられなかった。山城に会釈をすると、逃げるように去っていった。

長波は慌てて榛名を追おうとしたが、運悪く山城に捕まってしまった。他の艦娘達もそそくさと消えていく。

そして、しばらくの間、彼女の恨み言を聞かされることになってしまった。


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