まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第209話 艦娘の正体

「我々の側……とは? すみません、私の理解力では、三笠様の仰る意味が把握しきれません」

草加は、混乱する。それは、人間と三笠との立ち位置をどのように把握しているかによる。日本という国が、後に領域と呼ばれる巨大な雲様の何かに取り込まれた事から始まる惨劇。あらゆる通信手段が遮断され、日本国は世界から隔絶された。それに呼応して現れた「深海棲艦」と呼称される、艦船体を成す所属不明の未知の戦闘兵器の侵攻。迎撃に向かった在日米軍および自衛隊の連合艦隊は、瞬時に壊滅させられた。深海棲艦への核攻撃も無力だった。日本は、海上および空を完全に封鎖されてしまった。各地で残存兵力による散発的な抵抗が繰り広げられるが、圧倒的な力の差の前に、殲滅されていく。

 

深海棲艦の勢力下に入った海域は領域に飲み込まれ、示威的攻撃を受けた四国は、領域に没した。

ついに首都沖に無数の艦隊が現れる。攻撃態勢に入った時、突然、どこかから現れた三笠達艦隊(いわゆる艦娘)が現れ戦闘となり、深海棲艦を撃退した。

彼女達は日本政府と協議し、日本国土の安全確保の為に艦娘なる兵器を貸与すること、国内五箇所を艦娘の母港として整備し、深海棲艦との戦いに対処することが決定された。日本政府は国土の一部を艦娘に差出し、三笠達は、そこに治外法権となる第二帝都東京を設置した。

それが、草加の知る事実である。それ以外にどういったことが協議され、決定されたかは知る由もない。政府や軍においても、詳細を把握するものは少ないのだろうと推測する。

 

そもそも、艦娘という存在自体が謎のままなのだから。

ただ、人間のために派遣された軍艦および人間とのコミュニケーション様の人型としか分からないのだ。最初はいろいろと思うものがいたかもしれないが、いつしかそれが当たり前になっているわけなのだから。彼女達の協力無しには、深海棲艦と戦うことなど不可能であり、詮索することなど無意味なのだ。

艦娘の存在について異を唱えるのは、一部の市民団体しかいないだろう。

 

「あなたの言う事ももっともですね。……では、あなたは、艦娘は何だと考えていますか? 」

と三笠は問いかけてくる。

 

「何かといわれましても」

一瞬の躊躇。

「艦娘は、深海棲艦と戦うための唯一の存在。海軍にとっては不可欠のパートナーですね。口さがない連中は、単なる兵器だと言うのでしょうけれど」

 

「一般的には、そうですね。あなたにとってもそんな認識で構いませんか? 」

その問いかけに、草加は頷いた。それで通じたらしく、三笠は話を続ける。

どうやら監視カメラが車にも付けられているんだな、と認識する。

「日本国にとっては、艦娘が深海棲艦と戦うための唯一の手段であることは間違いありませんね。交渉の中で、日本国にとって艦娘は、喉から手が出るくらい欲しい存在だったでしょうね。それ相応の対価を支払っても構わないくらいに。……では、私達にとって、日本国と同盟的関係を持つことにメリットはあったのでしょうか」

 

「……それは、私には分かりません」

その問いに対する答えは出なかった。あまりにも情報が少なすぎるから、推理すらできないのだ。

 

「……確かにそうですよね。私達が、日本国に手を貸す理由が見つからないでしょうね」

三笠が言葉を続けた。

「では、私達は何者なのでしょうか? 」

 

「……」

まるで分からない。

 

「少しヒントをあげましょう。私や他の艦娘の名前を思い浮かべてください」

答えを促すためのヒント? らしいことを三笠が伝えてくる。

 

「みんな……旧日本海軍の軍艦の名前ですよね。そこから推測することができるというのであれば、ちょっとありえないですが、沈んだり退役した軍艦の魂が具現化した……とか。まるで漫画みたいですが」

半信半疑……こんなの、ほとんど冗談のような設定でしかない。死んだ魂が物質化すること事態ありえない。そもそも、魂なんてものが存在するのかという疑問もあるけれど。

 

「魂という曖昧なものが、存在するとは思えません。万に一つの可能性とし、それが仮に存在したとして、どうやって物質化することができたのでしょうか。いえ、それすらあったとしましょう。けれど、それが戦艦のような形態をとることができると、あなたは考えますか? 」

 

「いえ、そんなことは無い……と、思います」

三笠が提示したヒントから想像しただけで、本気になんてしちゃいないよ! と反論したかったが、ぐっと堪えた。何か馬鹿にされたのか? 腹が立ったけれど、腹を立てたところでどうにもならない。

 

「少し怒りましたか? 」

と、ずばり本音を見破られてしまう。

しかし、平静さを保つのに苦労させられる。

「魂が勝手に具現化するなんてことは、ありえません。けれど、それを可能にする存在が関与すれば、不可能も可能になるのです」

 

「そんなことってありえるのですか? 」

と、思わず身を乗り出してしまう。

 

「強い想いが……ずっと残っていたんでしょうね。日本海軍の軍艦の想い。……日本を守れなかった無念、そして悲しみや怒り痛み苦しみを持ったまま沈んだ想い。そして、それに搭乗していた兵士たちの同じ想いが混ざり合って、強い念となったまま海底を漂っていたのでしょう。その想いを検知した「方」が、世界にそれを復活させた」

 

「そ、それって神様でもなければ、できないことではありませんか」

 

「そうかもしれませんね。「その方」には、それを成す力があったのかもしれません。けれど、それに応える強い願い・想いがなければ実現はできなかったでしょう。軍艦だけなら作ることは簡単。けれど、その魂となる部分を作ることは容易ではありません。絶対的に必要なものがあったのです。日本国の危機に対し、守りたいという強い想いが。……軍艦や兵士にはそれがあった。そして、艦娘として復活した。それが、艦娘なのです。それが艦娘が日本国に力を貸す理由です。かつて守れなかった物を守りたい。その強い想いが、艦娘の唯一の行動原理なのです」

そう言うと、三笠は幽かに笑ったように感じた。

 

「三笠様が仰るのであれば、それが真実なのでしょう。教えていただきありがとうございます。艦娘が命がけで戦う理由が分かりました。しかし、そうであるのなら、分からないことがあります」

 

「何でしょう」

 

「三笠様は、なぜ艦娘を殺したりするのですか。同じ艦娘同士、日本国の為に戦っているというのに、どうしてなのでしょうか。艦娘が死ねば戦力が減じられます。それは深海棲艦との戦いが不利になるということです。どうして、そのようなことをなさるのでしょうか? 」

 

「私は、艦娘を作られた「方」の命により行動をしているのです。あの「方」が目指すもののために私は行動します。ゆえに金剛や叢雲は死ぬ必要があった。彼女達の死は、無駄にはなりません。すべてはあの「方」の願いを叶えるための布石なのです。それに、あの二人の死は事実ですが、金剛も叢雲も死んだわけではありません。艦娘金剛はすでに復活していますし、艦娘叢雲も頃合を見て復活させます。すべてはあの「方」の願いを叶えるために」

 

理解力を超えた話が続く。

三笠が艦娘たちのトップではなかったという事実。それに驚かされる。そして、彼女があの方と呼ばれるモノが艦娘を作り出したという事実。その基礎となるものは第二次大戦で海底に没し、漂い続けた想いだったこと。全く意味が分からない。けれど、それが真実なのか。

草加は、ずっと思っていた。艦娘たちはどこかにもともと存在していて、日本の危機に際して出現して、日本を守ろうとしていると。

 

けれど、そうではなかった。艦娘達は何者かによって作られ、日本国に貸与された兵器なのであることを。もちろん、艦娘達のコアといえる部分は日本海軍の軍艦の想いなのだろうけれど、艦娘を統べるモノの意思はピュアなものとは言えないということを。

 

そういうことであれば、三笠達の時々見せる残酷な部分がなんとなく理解できた。何の代償も無く力を貸すほど、三笠の言う「あの方」は優しくは無いということだ。きっと、何かとんでもないものを要求されるのだろう、日本国は。いや、すでにもう奪われているのかもしれない。そう思うと怖くなる。

考えてみれば、おかしかった。アメリカ軍や自衛隊の艦船や航空機が壊滅させられるまでに追い込んだ深海棲艦を一瞬にして領域の中へと追いやったほどの力を、三笠と彼女とともに現れた僅かな艦船で行ったのだ。四国や僅かな離島部分は奪還できなかったけれど、ほとんどの土地は守られ、相当な広さの海洋部も奪還した。その後、現れた艦娘と共同すれば、深海棲艦を壊滅させることができたんじゃないかと思う。けれど、それを三笠達はやらなかった。軍の拠点を整備し、そこに艦娘を配置しただけだ。そこから先は、ずいぶんとのんびりとした軍事行動に終始していた。三笠達初期艦は皆第二帝都東京の港に引っ込んだままで、あれ行こう一度も作戦に参加していない。

 

三笠達初期艦は、今活動している艦娘より遥かに強力な力を持っているのは間違いない。けれどその力を封印してしまっている。それは何故か? 深海棲艦を撃滅させる力を持っているはずなのに、それを成さないのは。「ある方」と呼ばれる存在の意思なのか。

 

「三笠様、教えていただけますか」

 

「何でしょう? 」

 

「三笠様の仰る「あの方」の目的は何なのですか? 」

言葉にはしなかったが、日本国民の命すべてとかいうわけじゃないですよねと念じた。伝わるかどうかは分からないが。

 

「今、力を貯めていらっしゃるのです。そして、まだしばらくはかかりそうです。力を貯めるためには、艦娘や人間の力が必須なのです。そのために、私はさまざまな手を考えなければならない。あなたも私の目的のために協力をしてください」

 

「三笠様が命じられれば、私は何でもいたします。何でも」

何でもという部分に力を込めた。三笠が何を考えているのかなんて分からない。「あの方」なんて存在がそもそもいるのかさえ、怪しいと思っている。すべての艦娘を作ることができるような存在が、何の力を貯めているのか。力を貯めてなにをするつもりだっていうのか。

 

どうせ嘘だろう。

この女は、……そもそも女なんて概念があるような存在か知れたもんじゃ無いが、何か別の目的があるに違いない。深海棲艦を壊滅させることなんてどうでもいいのかもしれない。そして、冷泉提督へと固執も不可思議だ。邪魔な存在のように言いながらも、やたらと優遇しているように思えるし、そう思えば彼の大切な艦娘を殺したりと全く分からない。

 

自分のような人間が頭を悩ませたところで、どうなるもんでもない。能力が今の段階ではおよびもしない高みに彼女はいるのだ。今はそれでいい。コツコツと力をため、あの女を出し抜くことを目指すのだ。まずは、彼女の信頼を得、足元を固めるのだ。認められれば、いろんな恩恵を得られる。軍の誰よりも力を得ることができるかもしれない。

 

最初は美しい艦娘を手に入れる下種な願いだったけれど、艦娘の現実をしって萎えてしまった。気持ち悪すぎるのだ、あれは。そっちの件については、今は、普通の人間にしか興味がない。力を得れば、手に入れ放題になる。

 

「あなたの力を私も頼りにしているのですよ。ぜひ、私の期待に応えるよう、日々精進してください」

三笠はそういうと回線を切断した。

 

唐突に現れ、唐突にいなくなる……か。まことに勝手な人だ。少し呆れてしまう。

 

そして、今更ながらふと思う。

艦娘の出現は理解できた。では、人類の敵である深海棲艦は、一体、どこから現れたのだろうか。

 

「ばかばかしい。俺が推理したところで、分かるはずなんてないのにな」

自虐的に笑った。


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