まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第208話 問答

草加は、三笠が用意してくれた黒のセダンの後部座敷でぼんやりと考え込んでいる。外観もかなり大きな車だとは思ったけれど、足元の異常な広さには驚いた。運転席とは視覚的聴覚的にも完全に遮断されている。足を思い切り伸ばしてもそこには届かないほどの広さだ。

 

叢雲の亡骸は別のワゴン車に積み込まれている。まるでモノのようにして遺体収納袋に収められる姿を見て、なんだか鳩尾の奥の方に違和感を感じたけれど……それもやむを得ないこと。すべては命令に従っただけ、そもそも自分とは関係のない事なのだからと考えることにした。

 

「しかし、意味があったんだろうか? 」

と、呟いてしまう。

裏切り者の艦娘なんてさっさとぶっ殺しておけば良かっただけじゃないのか? と思う。実際、射殺することはできた。わざわざ重傷を負わせて逃がすなんて意味が分からなかった。いや、未だに理解できていない。良くは分かっていないけれど、三笠様の予定通りの結末を迎えたらしいけれど、他の人間とかに叢雲が見つかっていたらどうするつもりだったのだろうか? 余計な手間がかかるだけじゃなかったのか。そもそも、あの長波という艦娘と接触させたところで、どんなメリットがあるのだろうか。

 

「ふっ、考えたところで、答えなんて出るわけないよな。俺なんかが三笠様のお考えなんてわかるはずも無い」

まあ分かったところで、どうなるものではない。けれど、理解できれば先回りして出来る人間であることをアピールできのであるが。

 

「……そんなことありませんよ。あなたは思った以上にできる人だと思いますから」

突然、別の声が聞こえてきた。

 

「う、うわ! 」

反射的に仰け反り、ヘッドレストで頭を強打してしまう。何度もあったことなのに、どうしても急に声が聞こえるとびっくりするものだ。

声の主は、三笠だ。しかし、この音声は他人には聞こえない。草加だけに聞こえるものだ。テレパシー? さすがにそんなオカルトなんてありえない。体のどこかに埋め込まれた機械により直接、音声を届けてくるのだ。埋め込み型骨伝導補聴器……のような物だと認識している。当然ながら、同様にどこかにマイクのような装置も埋め込んでいるに違いない。だって、会話が成り立つのだから。

 

ゆえに、独り言で誤ったことを言わないように注意している。頭で考えるときもその注意を忘れないようにしているのだ。思考が言葉に出ることもあるのだから。だからこそ、三笠の事は常に様付けで認識するようにしている。不用意に呼び捨てなんてしたら不味いからな。

 

「そろそろ慣れたらどうですか? あまりに慌てすぎですよ。他人に見られたら変に思いますから」

まるで見ているように言ってくる。さすがにカメラは車とかに付けているものなのだろうけれど。

 

「す、すみません。誰もいないときにいきなり声が聞こえるとさすがに驚いてしまいます。慣れなきゃいけないとは思っているのですが」

何故か頭をペコペコしながら謝ってしまう。そんな草加が面白いのか、三笠はからから笑う。馬鹿にされているようで少し不満だが、我慢するしかない。

 

「笑ってごめんなさい。あまりに教えなさすぎる私がいけないのですからね。あなたが不安になるのも仕方ないわね。……今回の叢雲に対する処置の意味について、あなたはどう思っていますか? 」

その問いに対して、隠し事をしてもどうせばれるだろうと考えた草加は素直に本心を語る。分からないことは分からないと素直に。

 

「確かにそうね。叢雲は私の指揮下にありながら、それを拒否しました。そして、第二帝都東京から逃亡を図りました。重大な命令違反行為です。金剛への処置に対する不満を明らかにしていましたから、逃亡を許せば間違いなく敵対行為をとることが予想されましたね」

 

「では、あのような措置を? 私には分かりません。長波に叢雲の最後を看取らせて何か意味があったのでしょうか? 三笠様のご命令どおりに彼女には話を伝えたつもりですが、果たして彼女はそれを信じたのでしょうか」

それ以上に、叢雲の姿を見た草加は心が痛んだのだ。これは三笠に言うべきではない。それすなわち三笠の施策に対する不満を述べると同じだからだ。けれど、思わざるをえない。あれだけ綺麗な女の子が薄汚れた惨めな姿で死ぬなんて可哀そうだ。ただそう思ってしまった。三笠に敵対したのだから死は当然としても、ボロボロになっても必死に逃げようとした彼女が哀れだった。彼女はどうやら視力もおかしくなっていたらしく、明らかに異常な色の取り合わせの格好をしていたし、着ていたトレーナーらしき衣服は表裏逆になっていた。思いを遂げることも無く、惨めに死んでいった。

その死に何の意味があったのだろうか? それが叢雲に対する罰だったのだろうか?

 

「長波があなたの言葉を信じるか信じないかは、二の次なのです。金剛と叢雲が死んだことを彼女に知らせることが大切なのです。そして、親友である叢雲を彼女の目の前で死なせることがね。そこであなたの言葉が意味を成すのです。冷泉提督の命令により、彼女達は行動し、そして失敗した。最初から成功の可能性など相当に低い作戦であるのに、彼は彼女達に命じたと。まるで捨石になっても構わないかのように……ね。そういった可能性の提示だけで十分なのです」

 

「けれど……」

仮に信じたところでそれが三笠にとってどういったメリットがあるのだろうか。

 

「安心してください。これでも、いろいろと布石は打っているのです。金剛と叢雲を舞鶴から出したのは冷泉提督の意思です。彼女達がどういった経緯で異動となったかはほとんどの艦娘は知りません。ゆえに事実のみを知ったら、その可能性を否定しきれません。それに、まだまだ追い討ちをかけるつもりですから。きっと長波は、私の思惑通りの考えに流されるでしょう」

妙に自信たっぷりに三笠が答える。

 

「一体、三笠様は何をされようとしているのですか? 」

と、思わず本音が漏れてしまい、慌てて口を押さえてしまう。そんな事、自分が知る必要のない事だ。自分は命じられたことを淡々とこなすだけでいいのだ。それ以上の事を望むなど、まだまだ早すぎる。

「す、すみません。出すぎたことを申しました」

 

「……いいえ、構わないのです。何もかも隠していては、あなたも困るでしょうからね。意思疎通ができていないことは失敗のリスクが高まりますからね。教えられることのすべてを伝えてもいいかと思っています」

そこで彼女は間を置いた。

「今回、叢雲をあえて逃したのは、舞鶴鎮守府内に楔を打ち込むことが目的なのです。冷泉提督の下、艦娘たちの結束はかなり強いことは分かっています。冷泉提督を妄信といっていいほど信頼している子たちもかなりいますよね。加賀、金剛、神通、夕張、叢雲、島風邪あたりが該当しますね。あの子達は、表にその感情を出す出さないかは別として、明確に好意を抱いています。けれど、あまり提督提督とくっつかれるのは、あまり好ましくは無いのですよ。……とはいえ、先日の舞鶴での反乱により舞鶴艦隊からの落伍者も多数出ているように、強い思いを抱くいればいるほど、それに反発する者や距離を置こうとするものも現れてくるものです。長波もその一人です。彼女は冷泉提督を信頼してはいるものの、少し距離を置いている子の代表です。そして叢雲の親友でもあり、ちょうど良い立場でした。そこを少し利用しようと思ったのです。親友が冷泉提督の指示により作戦行動を行ったものの失敗。そして証拠隠滅の為に殺害された。それも自分の目の前で死んでいった。彼女は何の疑いも無く、提督を信じたまま逝ってしまう。ボロボロになって惨めに死んでいった。そこで、あなたからの真実暴露です。心中穏やかではないでしょう? さて、彼女はどういった反応をこれからするんでしょうね。冷泉提督が口封じに叢雲を殺したなんてことまでは信じないかもしれません。けれど……冷泉提督が叢雲や金剛に何かを命じたということは信じるでしょうね。それが叢雲を死に追いやった……。艦娘なら司令官の命令に従うのは当然ではあるでしょう。けれど、冷泉提督は、艦娘を何よりも大事にする方。いや、方だった。その事実を知った長波はこれから先、提督を信じられるのでしょうか? どうなんでしょうね」

 

少しだけではあるけれど、草加には三笠が興味本位だけで動いているように感じられた。一体何を考え、何をしようとしているのですか、あなたは。

そして、そんなに物事が上手くいくとは思えないのですが……。

 

「疑っていますね。まあそれは当然のことでしょう。けれど、そういった可能性があることを長波の中に植えつけることができただけで成功なんですよ。猜疑心は一度根を張れば二度と除去することはできません。何かある度に、彼女は自らの上官への疑惑を深めていくでしょうからね。うふふふふ」

 

「三笠様、あなたは冷泉提督を……舞鶴鎮守府をどうしようとされているのでしょうか? 」

また余計な言葉が口をついて出てしまう。

再び、三笠が言葉を発する。

「冷泉提督は、とても大きな力を持つ人なのです。特に艦娘に対しては……。とてつもない影響力を持っています。その力は、艦娘の力を高めて戦いを有利に進める大きな原動力になるでしょう。彼に相応しい戦力を持たすことができたなら、より大きな勝利が日本という国にもたらされるはずです。そして、皆が彼に協力すれば、今の深海棲艦との膠着状態さえも打破できるでしょう。……もっとも、そうは物事は上手く行きません。それをさせたくない様々な抵抗勢力が日本国にはいますからね。それは政府だけでなく、海軍内部にさえもね。そして、そう上手く進んでしまうと、私にとっても困ったことになってしまいますからね」

 

「それは、一体どう言う事でしょうか? 」

 

少し考え込むような間があったが、彼女は口を開いた。

「うん……そうですねえ。あなたにも少しだけ教えてあげましょうか。艦娘の存在というものがこの世界に現れたかを。人であるあなたにも、共有してもいいかもしれませんね。我々の側の存在になった証として……」

 


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