まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

203 / 255
第203話 帝都脱出

「ああ……」

思わず大きなため息が出てしまう。見たことが無かったけれど、知識としてはあったもの。これが遺体保存するための冷蔵庫なのか……。覚悟を決めて遺体が載せられたステンレス製のトレイに取り付けられた取っ手を掴んで引き出す。

 

現れたのは、まだ幼さの残る少女だった。軽く拭かれたようではあるものの、短くカットされた髪の毛はしっとりと濡れたままだ。何気なくその髪に触れると、少し粘り気のある液体が付着していることが分かる。

彼女は、ひざ下まである緑色の浴衣のようなものを着せられているが、体に張り付いたようなその液体のせいで体のラインが透けて見えている。とはいえ、幼さが目立つだけの起伏の無い痛々しさだけしか感じられない。右胸のところにマジックで雑に書き込まれた3桁の数字が異様に見える。

 

この少女は、どうしてこんなところで亡くなり、ここに安置されているのだろう。少女に手を合わせるとゆっくりと遺体を遺体保存用冷蔵庫の中に戻す。

 

その後、何度も同じ作業を繰り返す。そして、何度もため息をつき、悲しくなる。どの扉を開けてもそこには少女の遺体があり、皆同じように短くカットされた髪をし、同じように番号が振られていた。

 

気分が滅入る作業ではあるけれど、続けなければならない。

どちらにしても、命が燃え尽きた人を見るのは気分のいいものではない。全部見る必要なんてないのに、どういうわけか一つ一つ確認をしてしまう。嫌な予感がしていた。そして、その予感が外れていて欲しいと必死に願っていた。けれど、それは確信でもあった。

 

できるなら、ずっとこのまま同じ光景を見、同じ作業を続け、これ以上の事など無く終了することを望んでいた。

 

しかし、現実は思い通りにはいかない。叢雲は……ついに見てしまう。

 

肩ひざをつき縦に二つ並んだ扉の下側の扉に手を触れた瞬間、これまでとは違う感触、雰囲気を感じてしまう。

この扉を開けてはいけない。心が警告を発する。……分かっている。けれど、これをやらなければならないのだ。

 

そして、扉を開いた瞬間にすべてが分かってしまった。震える手でトレイを引き出す。そして、ゆっくりとあらわになっていく姿。

 

今までの少女達とはまるで異なる格好。

靴は脱がされ、白くスラリと伸びた長い脚があらわとなる。そして、フリル付きのミニスカート。肩を大きく露出させ、胸元には金色の装飾のあるまばゆい純白に白の総称が施された巫女服。しかし、今はその純白であったはずの巫女服の胸元が、どす黒い血の色で染め上げられていた。

 

「う、嘘よ……」

知らず知らず涙がこぼれ落ちていく。

そこには、かつての盟友である金剛がいたのだ。大きく異なるのは、そこにいる金剛は、もはや人懐っこい笑顔で話しかけることなどもう無いということだ。

「金剛……。なんでこんな姿に」

うめくように語り掛ける。当然、金剛は答えることもなく、閉じられた瞳を開くことも無かった。口元から血が垂れ落ちている。

 

「何で、アンタがこんな目に遭わなきゃいけないのよ! 」

そう言って、叢雲は横たえられた金剛の体に右手を潜らせて抱き起こそうとする。しかし、その刹那、ガクリと頭があらぬ方向へと折れ曲がり、そのまま落ちそうになる。

「なっ! 」

慌てて彼女の頭部を左手で支えた。

 

何が起こったかわからず、叢雲は金剛の顔を見つめる。そして気づいた。なんと彼女の

うなじ部分……その中央部分がごっそりと抉り取られていたのだ。それも、何らかの機具を使い乱暴に抉り取られたようになっていたのだ。神経節や血管らしきものがはみ出して来ているのが見えてしまう。腕に伝わるごりごりした感触は頭蓋骨か脊髄なのか……。デロリとかすかな温もりを持つヌメヌメしたものに触れている感触が服越しに腕から伝ってくる。それが、じわじわと叢雲の白い袖を赤黒く染まっていく。

 

「なんて酷い事を……」

疑う余地など微塵も無い。金剛の今の状態を見ただけで、彼女が殺されたことが分かる。何故、彼女が殺されなければならないのか。何をしたというのか! 一体、どんな罪を犯したというのか! 

金剛はここで改二改装を受けて、横須賀鎮守府での活躍する明るい未来が約束されていたはずじゃなかったのか? なのに、どうして、理不尽に殺されなければならない?

 

それよりも……。

どうして、こんなところで、まるで捨てられたようにされなきゃいけないんだ……。誰にも知られること無く、見取られることもなく、葬り去られようとしていることに怒りと悲しみがこみ上げて来た。

 

「可哀そうな金剛……」

怒りと悲しみと混乱でわけがわからなくなっているけれど、叢雲は金剛の遺体を抱きしめずにはいられなかった。叢雲が見つけなければ、誰も知ることの無かった事実だ。

「なんでこんな事に」

そう口にした瞬間、電撃のような感覚が走る。

 

叢雲は、思い出してしまった。少し前の三笠との会話の事を。艦娘を統べる地位にある存在の言葉を。

 

艦娘の体には、コアと呼ばれるものが埋め込まれていて……と言いながら、彼女はうなじを触っていた。そして、ここにあるものが艦娘の本体だと言っていたと思う……。信じがたいけれど彼女の言葉を信じるならば、コアと呼ばれる部位が艦娘そのものであり、それが人間の肉体と船体を動かしている?

 

その言葉を信じるならば、今、叢雲の腕の中で息絶えている金剛は、そのコアを取り出された後の抜け殻でしかないというわけか? ただの部品でしかない体には、何の価値も無い。だから、葬られることもなく、ただうち捨てられたというのか。

そして、ここで見た少女達は、艦娘の予備パーツとして使われる予定だったものの、その過程で死に至ったというのか? 確かにここで見た少女の遺体は、どこか無機質で無個性だった。

 

時々見かけたバスに少年少女が乗せられて第二帝都東京へとやって来ているのを何度も見かけた。少年達は兵士として街の運営に従事していると認識していたけれど、少女達は一体どこに行ってしまったのだろうと疑問を感じていた。全く少女がいないなんて事はないけれど、ここにやってきているはずの少女達の数のわりに、あまりに見かける数が少ないと疑問を感じていた。たぶん、叢雲が出入りできない施設で何かの作業に当たっていると勝手に思っていたけれど、それは全くの見当違いだったようだ。

 

何のことはない。少女達は艦娘の誰かの予備パーツとしてここに集められ、顔や外見を書き換えられ、記憶を消されて調整されて時が来るまで待機しているのだ。

それは、まるで何かの部品のように。人が予備パーツとしてストックされているのだ。それが第二帝都東京なのだ。

皆、ここで作られそして、コアを埋め込まれ、艦娘の誰かとして生れ落ちる。

 

例え戦闘で沈んだところで、埋め込んだコアさえ回収すれば艦娘の予備はいくらでもあるのだ。三笠の言っていた「スペアボデー」という言葉が思い出された。あれはそういうことだったのだ。

 

関連して思い当たった事が一つ。

……艦を失った艦娘は、軍により鎮守府より回収されて、どこかに連れて行かれる。行き先は告げられることはない。そこでどんな運命が艦娘を待っているかは、叢雲は知らなかった。ただ、兵士達から聞いた噂では、その美しさゆえに女として性接待の慰みものにされたり、様々な科学的非人道的な実験をされたりして、死ぬまで人間たちの為に使い潰されると聞いていた。けれど、それは単なる都市伝説のようなものでしかないと思っていた。そもそも、そんな過酷な運命など、三笠たち艦娘側が見過ごすはずがないし、許すはずが無いのだ。

 

自分達の仲間である艦娘がそんな虐待に遭っている事を知ったとしたら、重大な敵対行為と判断し、当事者達は苛烈な断罪を受けるはずだ。こちらには、それができる圧倒的な力があるのだから。その気になれば日本などという国程度、簡単に一人残らず根絶やしにできる。それに、そこまでしなくても、すべての艦娘を日本国から撤退させるだけで事足りてしまう。深海棲艦と戦う力を人間が持っていないのだから。放っておいても、深海棲艦により全滅するだろう。

 

だけど、三笠達は何もしなかった。

これまで一度も対処されたことがなかった理由……。それがコアさえ回収できれば、ガワでしかない人間の体など、どうなっても構わないという考えがあってのことだと分かってしまった。服が汚れれば洗えばいい。破れて使い物にならなくなったら、着替えればいい。その程度の認識しかないのだ。

 

「う……う、うわあああああああああああああああ!! 」

絶叫していた。叢雲は、心から叫んでいた。

これまで本当の感情など表に出した事が無かった。ずっと押さえ込んでいたつもりだった。けれど、あふれ出す感情を制御なんてできやしなかった。

 

猛烈な吐き気と嫌悪感に耐えられない。

 

自分が人間の皮をかぶった化け物であることが認められなかった。艦娘が人間ではないってことは、なんとなくは分かっていた。認識をしていた。けれど、ここまで酷い存在だなんて思ってもみなかった。……否、少しは予想していたかもしれない。知っていて目を逸らしていただけかもしれない。けれど、知ってしまった。認識してしまった。自分達艦娘は、少女の体に埋め込まれ、その人格までを乗っ取った化け物。ヒトでない得体のしれない存在だということを。

 

叢雲は、そっと金剛の体を横たえさせる。血に濡れた手で自分のうなじを触ってみる。強く掴むと何か硬いものが奥に存在するのが分かる。

「確かに、ここに何かがあるのね。人間にはあるはずのない何かが。アタシの本体が」

 

こんなバケモノが、まるで人間のように、提督を好きになったり、他の艦娘を嫉妬したり悩んだり……。なんて愚かで気持ち悪いんだろう。

こんな化け物、……ヒトもどきであることを知ってしまったら、冷泉提督は自分達を受け入れてくれるのだろうか? これまでと変わらずに、不細工だけど心をほっとさせるような暖かい笑顔を見せてくれるのだろうか?

 

「あははははは。……アイツは馬鹿だから、それでもアタシ達を受け入れようとするんだろうな」

それは、考えるまでもなく分かっていた結論だ。

馬鹿でスケベで、そのくせ艦娘の事になると妙に必死になるし、心配するし本気で怒るし悩むし、自分の事のように泣いてくれる。それが冷泉提督なのだ。自分の事よりもアタシ達を優先しようとする。損得関係無しに愚かしくも無茶な行動にでてしまう。

 

そうであるのなら、自分がなすべきことはただ一つしかないじゃないか。

叢雲は、横たえられた金剛を見る。

「金剛、アンタの想いは、無になんてさせないから」

金剛がこんなことになった理由はひとつ。おそらく、今、舞鶴鎮守府で改二改装を受けている金剛が叢雲に語った事を拒否したからだろう。あの時の彼女は、冷泉提督を艦娘に害を為す存在と認識し、討伐すると言っていた。おそらく、それが三笠より伝えられた任務だったのだろう。

 

金剛にそんなことを受け入れられるはずもなく、何か三笠の命令を拒否し、逆らった。そして、彼女は殺されてしまった。所詮、彼女はたくさんいる金剛である艦娘の一人でしか無いからだ。不要となれば交換すればいいだけの話なのだから。

 

そして、コアを抜き取られ、新たなスペアボデーへと移植され、新しい金剛が生まれたのだ。三笠の命令を聞く従順な艦娘として再構築された金剛として。

 

そして恐ろしいことに気づいてしまう。

 

この第二帝都東京で出会った不知火、金剛に共通すること。それは、冷泉提督の事を全く覚えていないことだ。

―――推測。

彼女達の発言を分析するに、どうやら、ある一定の時点までの記憶しか持たず、それより先の記憶はリセットされているとしか考えられない。

つまり、冷泉提督と一緒にいた時の記憶が完全になくなっているのだ。ただの記録としての、舞鶴鎮守府司令官という冷泉というデータしか知らない状態になっているのだ。

 

それは、叢雲にとって、【恐怖】以外の何者でもなかった。彼との大切な記憶がなくなると言う事は、肉体の死と同義ではないか。

 

叢雲だって、三笠の命令を受け入れることはできない。冷泉提督を害する命令など、認められるはずがない。

けれど、きっと三笠は、冷泉提督に対抗する駒として自分を使うつもりだろう。それが為に舞鶴鎮守府よりここに引き抜かれたのだから。

三笠の命令を受け入れ、行動するのならきっと冷泉提督を苦しめることになる。けれど、拒否すれば自分は殺される。殺されるのは怖くない。提督を守るためなら、この命なんて惜しくはない。冷泉提督の命の対価となら、喜んで差し出そう。

けれど、それでは終わらないのだ。自分が殺されたところで、別の自分が冷泉提督に差し向けられ、三笠の駒として使われるのだ。

 

叢雲は、思い切り拳を壁に叩き込む。突き抜けるような衝撃と痛み。

「逃げなくちゃ……」

金剛は三笠に逆らうことで、彼女の意思を示した。その想いは何よりも尊い。命より大切なものを守ろうとしたのだから。けれど、結局は、三笠の思い描くとおりの結果になってしまった。

自分は、その鉄を踏むわけにはいかない。そして、なによりも金剛の身に起きたことを提督に知らせなければならないのだ。金剛は金剛であって金剛でない事実を。それを知らせることで、提督の苦しみを減らせることができるからだ。

 

これ以上、ここにいる意味はない。

「ごめんなさい、金剛。このままここにおいていくことになるけれど、許して。けれど、きっと真実を提督に伝えるから。この命に代えてでも」

静かに金剛が乗せられたトレイを元にもどし、扉をしっかりと閉めた。

 

 

叢雲は、闇にまぎれ外へと出て行ったのだ。

 

とにかく、この【第二帝都東京】から逃げ出すのだ。

金剛が三笠の手により殺されたという真実を伝えるために。そして、金剛の本当想いを伝えるために。

 

すべては、大切な冷泉提督を守るために。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。