まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第201話 暴露

感情のままに叢雲が向かった先は、三笠のいる場所だった。先ほどあったことを問い詰める。本来であるなら、三笠は叢雲よりも遥かに上の立場の存在。それ相応の言葉遣い、態度が必要なのはわかっていたけれど、怒りがそれを忘れさせていた。言葉遣いも荒く、怒鳴りつけるように感情をぶつけたのだった。

 

本来なら、その場から排除されても文句は言えないほどの行動だった。しかし、三笠は叢雲の話を黙って聞くだけだった。むしろ瞳を潤ませ哀れみの表情さえ浮かべていた。

 

「黙っていないで何とかいいなさいよ! 」

そう叫んでもまるで手ごたえがない。……ただただ、叢雲を見つめるだけだ。何も答えるつもりはないようにしか見えなかった。

「何で答えないのよ……」

 

「可哀そうな……叢雲」

しばしの間があって、三笠の口から漏れた言葉。それは問いに対する答えではなく、哀れみの言葉だった。

 

「何よそれ! アタシが聞きたいのはそんなわけの分からない言葉じゃなくて、本当の事を教えて欲しいのよ。金剛がどうしておかしくなったのか、……金剛に何をしたのかを教えなさい! 」

馬鹿にされたような気がして、余計に頭に血が上ってしまう。

 

「可哀そう……」

と、再びその言葉を三笠は口にした。

「あなたは本当に辛い思いをしているのですね。僅かな時間で心を病んでしまうほどに。空想と現実の境界さえ分からなくなってしまっているのですね」

 

「何をわけの分からないことをいってるの? アタシは見たままのことを言っているだけじゃない。話を逸らさないで、事実だけを言いなさい」

論点の逸れた同情などを求めていない。今は本当の事だけを知りたいのに。

 

「それほどあなたが冷泉提督の事を思っているとは思っていませんでした。あなたは彼の側から離れたことで、心の均衡を取れなくなってしまったのですね。心を閉ざし、現実から目を逸らし、己が妄想の中に閉じこもってしまっているのです。そして、自分に都合のいいことだけを事実と認識し、事実からは目を逸らしている。そんな状態になってしまったのでしょう。……管理者である私の失態でもありますね。ごめんなさい。……少し心のケアをしないといけませんね。仕事もしばらく休むように手配しましょう。そして、カウンセラーをつけてあげます。しばらくは心を安静にするしかないのでしょうか」

すでにすべてを決めたかのように、三笠が話し続ける。

 

「アタシは病気なんかじゃない。そんなことでごまかさないで頂戴」

 

「ごまかすもなにも……私が言えることはそれだけしかありませんけれど」

不思議そうな表情で三笠が見つめてくる。

叢雲は、大きなため息をついた。くだらない大根芝居を見せられて呆れてしまったのだ。いくら問い詰めてもこの女は事実を絶対に話さないだろう。そして、彼女の口を割らせるほどの力が自分にはない事も認識している。

 

つまり、ここでいくら議論を重ねたところで無為ということなのだ。

予想はしていたけれども、こうも予想通りだとやはり腹が立つものだ。

「もうアンタに聞くだけ無駄みたいね! アタシの手で真実を見つけ出してみせるわ」

そう捨て台詞を残して、呆れた表情の三笠を残して部屋を後にする。

ちなみに、ドアの向こう側には数人の武装した兵士がいつでも飛び込めるように待機していた。

叢雲は、彼らを一瞥するとさっさと歩き去っていったのだった。

 

 

悶々とした気持ちで基地内を歩き回る。あてども無く歩き回るしかない。そもそも何を目当てに歩いているわけでもない。

 

とはいえ、出入りできる場所は決められている。それは艦娘とて同様だ。叢雲がおかしな行動をしないよう、ずっと兵士があとをついて来ている。

結局は、監視下で決められた場所を彷徨くだけしかできないのか。あの憎たらしい三笠の手のひらからは出られないのか。

 

「もう! 腹が立つ! 」

宿舎に帰るしか無かった。

「アンタ達、ストーカーみたいについてこないで頂戴」

大声で兵士に怒鳴るしかない。もう帰って不貞寝するしかないのだ。

 

イライラした気持ちで歩いていたせいか、歩きなれているはずの宿舎への帰り道を間違えてしまったようだ。

普段通りなれたものとは異なる雰囲気の場所に、いつの間にか出てしまった。

 

第二帝都東京という、人間臭さからもっとも遠いはずの町だというのに、そこにある光景はまるでスラム街を思わせるような陰気臭く絶望に取り込まれたような暗い暗い雰囲気だった。

資材と廃材が無秩序に置かれた場所。資材と資材の隙間につっかえ棒をして、そこにつぎはぎだらけのシートや錆付いたトタン板を立てかけて作った小屋のようなものいくつもある。ロープが張られ、そこには薄汚い洗濯物が干されていたり、魚がつるされていたりしている。

動物臭と不敗臭、油と鉄の臭いが混ざった臭さを感じて気分が悪くなる。そして何よりもそこに存在する人間の死んだ瞳、オーラが心に堪える。

 

叢雲は、来た事は無かったけれど、こういった場所があるとは話には聞いていたビルから見下ろした時に雰囲気のまるで異なる、不思議な光景が見えた時があったのだ。それが何かと聞いたときに、教えられたことを思い出していた。

 

第二帝都には、体の部位を欠損した……人間が自然と集まり棲んでいる場所があるという。そして、そこの住民は、みながどれも死んだ魚のような目をして、ただ生きているだけのような気持ち悪い存在だという。

第二帝都では危険な作業に従事することも多々ある。そんな作業の中で負傷した兵士たちがここに集まるのだ。

 

治癒する負傷であるのなら元の職場に復帰することができるが、負傷の程度によってそれ以上任務遂行できなくなった兵士は、もう元の地位に戻ることはできない。もちろん、第二帝都東京から出ることは最初から叶わない。

彼らは、ただ生きることのみを許され、その体で可能な軽作業をすることで生計を立てているらしい。もちろん、それで貰えるお金など微々たるものであるのだけれど。

 

そういった事情なのに、この場にいる兵士は皆が皆、若い者しかいないということはどういうことなんだろう?

 

ほとんどの元兵士は植物のようにおとなしく、次第に弱っていく人生を歩む。しかし、時々自棄を起こしたのか、それとも誰かに洗脳されたのか、何かに目覚めたのか……反抗的な行動をする人間もいる。だが、丁度良い人減らしの理由ができて「整理」されるとも聞く。

帝都は、いや三笠は、法令違反者には容赦などしない。躊躇無く反逆を意ある者は処断され処分される。

 

そういったシビアな部分はあるものの、福利厚生はしっかりしている。何であれ動ける限りは、粗末ではあるものの食事は与え続けられる。ただ、そこに希望などは無い。ただ生かされるだけの生活に心が耐えられなくなり、生きること自体に苦痛に感じて自殺するものもいる。

もし生きる気力はあっても、自力で動けなくなった人間はどうなるのだろうか? 

ここでは、人は共生共存などは期待できない。弱肉強食ではないけれど、誰も助けてはくれないのだ。皆自分のことにしか興味が無く、他人には無関心。自分さえ生きていられればそれでいい。廃棄された兵士達は、そうならざるをえないのだ。

 

食事ができなくなれば、飢え死にしていくしかないのだ。

 

小屋は雨風をとりあえずはしのげるだけでしかなくく、暑さ寒さはかなり厳しい。熱中症で死んだり凍死することもあるようだ。

 

過酷といえば過酷な世界……。

これが叢雲の知るこの場所の知識だ。

 

気分が参っている時にこんな場所に来てしまうなんて、最悪だと思ってしまう。

艦娘の登場に彼らは怯えたように小屋に逃げ込んでしまう。艦娘と人間では圧倒的な力の差があることを彼らは叩き込まれている。恐怖の対象でしかないレベルにまで。ゆえに何をされるか分からない恐怖から、隠れているのだ。ただ、視線だけは感じる。恐怖はあるが、興味がそれ以上にあるのだろう。

 

カツン……カツン。

金属が床を叩くような音が聞こえてくる。

小屋の影から松葉杖をついた一人の少年が出てきた。少し怯えた表情を見せながらも、彼はただ一人、近づいてくる人間だった。

他の人たちも彼が前に出るのを見て、小屋から顔を覗かせる者、外に出るものと動きがあった。しかし、近づこうとするのは、杖をついた少年だけだった。

 

一瞬だけ身構えるが、彼の体を見て警戒を解いた。彼の左足は甲より先が消失していて金属製らしいサンダルのようなものを履いている。これが金属音の原因か。そして、右腕は無いようで、中身の入っていない右袖が風に揺らめいている。見ると右耳の耳たぶも欠損している。

どういった事故でこんな負傷をするのかは分からないけれど、彼も同じようにここに打ち捨てられた存在なのだろうか。

杖だけは磨き上げられたロフストランド・クラッチといわれるタイプの杖を左腕に装着している。少し形状が特殊で重量のありそうな感じの杖だ。

 

「こんなところに、艦娘さんが一体何のようです? 」

思ったより高い声で少年が問いかける。

「ここはあなたのような人が来る様な場所ありませんよ。それとも何かの任務なんでしょうか? 」

 

少年は十代の半ばのように見える。しわの具合、肌の張り、声の調子からまず間違いない。こんな若さで本来の任務から外され、ここで死ぬまで生きていく運命を思うと、少し感情が揺らぐ気がした。見掛けだけなら自分と同年代なのだ。一体、彼はこの先何を思い、何を支えに生きるのだろう。

 

「失礼しました。まずは名乗らないと失礼でしたね。私は、草加甲斐吉といいます。……ああ、ちょっと自分の不注意で事故にあってこんなことになってしまいました。……最初は悔やんで泣いて過ごしていましたけど、今はもう慣れてます。気にしないでください」

叢雲が黙っていたせいか、草加という少年は慌てたように自分の事を語りだした。

 

「……そう。アタシこそごめんなさい。私の名前は……」

 

「もちろん知っています。駆逐艦叢雲さんですよね。舞鶴鎮守府よりこちらに着任されたのはここのみんなが知っています」

 

みんな知っているのか……。艦娘の数は少ない。そして彼らは艦娘のためにここにいるのだから知っていて当然か。

「歩いていたら道に迷ってしまって。気がついたらここに来ていたの。……教えてもらえるかしら? ここは何? 」

情報としては知っているけれど、あえて確認のために問うた。

 

草加から帰ってきた答えは、叢雲の思ったとおりのものだった。

ここは用なしになった人間の廃棄場。

あなた達は何故、ここにいるのか?

主の役に立つことが出来なくなったから、ここに捨てられた。

ここで何をしているのか?

ここで朽ちるまでただ生きていくだけ。

絶望しかない未来に生きるしかない少年達の立場を知っただけだった。言いにくい話と思われるけれど、彼らはわりとあっさりと答えた。

 

「じゃあ教えて。あなた達の中に研究室で働いていた人はいる? 」

その問いに反応を示すものが数名いたのを確認。草加もその一人だった。

「じゃあ研究室にいた人たちに聞きます。あそこで何がなされているの? 艦娘を改二改装するだけなの? それとも他に何かすることがあるの? ……艦娘の記憶を弄ったり消したり入れ替えたりなんてしているの? 」

質問が艦娘の話になったとたん、彼らの表情が強張り目が泳ぐのが見て取れた。明らかに動揺している。

この変化は一体何なのだろう?

「ねえ、教えて頂戴。あそこで一体何がなされているというの? 最近、金剛が改二改装を受けたんだけど、前と全然違う子になってしまったの。一体何でなの? 」

少年達は目を伏せ、叢雲の視線に耐えられなくなったのか次々と部屋の中へと消えていった。

 

ついには草加という少年だけが残されることとなった。

 

「あなたなら教えてくれる? 」

 

「……すみません。それはできません。叢雲さん、艦娘の事を私たちが話せるわけないじゃないですか」

少年は辺りをきょろきょろと見回しながら答える。それだけですべてが分かってしまう。

艦娘の事を漏らすと言う事は、彼らにとっての守秘義務違反となるのだろう。それはつまりは、重大な契約違反。

つまりは、死に直結するということなのか?

彼らは監視カメラを警戒し、さらにはここに住む住人からの密告を恐れたのだろう。死ぬまでただ生きるだけといっても、殺されるのは恐ろしいのだ。

 

「お話はこれ以上はできないようです。すみませんね……お役に立てませんで」

そういって草加は歩き去ろうとする。

刹那、躓き転倒しそうになる。

叢雲は瞬時に加速し、地面に倒れこむ草加を支えた。

艦とのリンクが切れていても、運動能力だけは健在であるのだ。

 

「大丈夫? 」

叢雲の問いかけに

「ええ大丈夫です。ありがとうございました」

と、草加は何度も礼を言う。そして、起き上がりながら耳元で囁いた。

その声は叢雲以外には聞き取れないほど小さな声だったけれど、内容は彼女に強く響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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