まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第196話 想い届かず……

 

 

相手を想う気持ちが強ければ、必ずそれは相手に伝わる。

そう言われたことがあった。

 

強く強く思い続ければ、きっと分かってくれる。

純粋にそれが正しい……あの頃の自分は、信じていた。

 

けれど、想うだけでは何も通じないことに気づかされる。

言葉にしなければ人というものは解り合えない……。そして、それを知った時には、すでに手遅れであると思い知らされることになる。

 

「それが……アタシ」

無意識に想いが口からこぼれ出てしまう。

慌てて周りを見回し、誰もいないことを確認してホッとする。

 

ここに来てから、この想いが強まるばかりだった。

どうして自分の気持ちを伝えられなかったんだろう。その後悔が強まるばかりだ。

 

はじまりは、最悪だった。

階段を転がり落ちてきた提督に唇を奪われて胸をまさぐられた。……あまりの事に驚いて、思い切り引っぱたいて、提督の顔が酷い事になって……。女の子にそんなことをしたっていうのに、アイツは、ちっとも反省してなくて。こっちがどれほど恥ずかしかったか全然分かっていない、デリカシーの無い奴。ホントに最低!

 

思い出して、どういうわけか腹が立つのに口元が緩んでいることに驚いてしまう。

 

その後もいろいろあったけれど、だんだんとアイツの事が……提督の事が分かるようになってきた。そして、いつしか無意識のうちに彼の姿を目で追う自分がいたのだ。

側にいたら鬱陶しいけれど、いないととても寂しい。声を掛けられるだけでドキッとするし、褒められたりしたら本当に嬉しい。けれど照れくさいから、突き放すような言葉を言ってしまう。そして、あとで反省して自分に幻滅する。そんなことばかりをずっと繰り返していた。

 

それを恋だとは知らなかった。

他の艦娘と一緒にわいわいやっている時が楽しくて、……本当は戦時ということでそんなことにうつつを抜かしていちゃ駄目なのだろうけれど、楽しかった。こんな時間がずっとずっと続くと思っていたのかもしれない。だから、そんな自分の気持ちと向かい合う必要もなかったのかもしれない。

 

自分が彼の事を「好き」だと意識しだしたのは、いつ頃なのだろう?

思い返してみると、それは……たぶん、正規空母加賀が舞鶴鎮守府に着任した頃だと思う。

 

生きることを諦めて、死に心を取り込まれた艦娘を立ち直らせようと、冷泉提督は本当に一生懸命だった。素気なく扱われ、蔑むような冷たい瞳で睨まれても、しつこいくらいに彼女に纏わり付いていた。彼は一生懸命だった……。

 

そんな提督を見て、胸の奥がチリチリするのを感じたのだ。それは他の艦娘と提督がいちゃいちゃしていても、感じる事のなかった嫌な感情だった。その感情の正体が分からないまま、日々を過ごしているうちに、提督の熱意と優しさが、いつしか頑なな加賀の心を溶かしてしまっていた。とてもとても大きな代償を彼は払ってしまったけれど、加賀を立ち直らせることに成功したのだ。彼女のそれでも加賀は素っ気なくて冷たい対応を提督に取るから、艦娘達は怒っていたけれど、叢雲には分かっていた。冷泉提督の背中を愛おしげに見るめる彼女の瞳の訳を。

 

そして―――冷泉提督だって彼女の事を好きだということも。何気ない素振りを見ているだけでも、提督が加賀の事を大切にしているのが感じ取れてしまい、寂しい気持ちに何度もなっていた。そして、彼の気持ちを知ってしまったから……いつの間にか、今までのように彼に接することができなくなってしまっていたんだ。

 

アタシは、提督の事が大好き。その気持ちを押し殺すようになっていたんだ。

 

正規空母である加賀を相手に、勝負を挑んだって勝てるわけがない。あらゆる面で彼女の方が上なのは分かりきっているもの。おまけに、今まで提督には暴言を吐いてばかりで、言う事を聞かない我が儘艦娘だっていう印象を持たれているもの……。

 

分かっている。アタシなんかに、勝てっこない……。

 

自分の気持ちを押し殺して、提督達を見ることが辛かった。焼ける様な胸の痛みが辛かった。ドロドロとした汚い感情が加賀を見るだけで、提督を見るだけで湧き出してくる自分自身に耐えられなかった。そして、自分はなんて嫉妬深い存在なんだろうと激しく嫌悪したのだ。

 

もっと早く、加賀が来る前に冷泉提督に想いを伝えていたら、きっと提督に愛されていたかもしれない……。仮に叶わなくても、想いを伝えることで諦めることができたのに。どうして、ずっと言わなかったんだろう。言えなかったんだろう? 

 

……辛いよ、苦しいよ。悲しいよ。

 

そして、この気持ちを秘めたままでいたなら、いつしかきっと、大切な仲間であるはずの加賀を憎んでしまうかもしれない自分が怖かった。後から土足で踏み込んできて、みんなの……いいえ、アタシの提督を奪い去った憎い女……なんて。

 

だからこそ、舞鶴から離れたかった……冷泉提督から離れたかった。自分の感情が制御できなくなる前に。そのためには冷泉提督のいない場所に行くのがベストだと思ったのだ。離れられる事ができるのなら、きっと忘れられる……はず。

 

そんな時に、三笠よりの誘いがあったのだ。これこそ、渡りに船とばかりに乗ってしまった。提督から離れたかったのは事実だけれど、もしこの話が出たなら、きっと冷泉提督は引き留めてくれると思ったのだ。少しでも自分のことを大事に思ってくれるのなら、第二帝都東京へ行くことを拒否してくれると思ったのだ。

 

結果は、まるで逆だったけれど……ね。

提督にとって、アタシは引き留めるに値しない艦娘だったって事なんだ。いろいろと他の艦娘より接点が多い事もあったから、きっと大事に想ってくれているなんて自惚れていた。

現実はそんなに甘くないわけ……あははは。乾いた笑いが漏れるだけ。

 

嫉妬にまみれ、そこから逃げようとした結末がこれなのだ。大好きな人とは二度と会えなくなるだけで、今、本当に困っているはずの思い人の役に立つことなどできない。

 

最悪だ……。

 

 

 


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