まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第195話 届かぬ願い、叶わぬ想い

「今すぐそこを退いてほしいネ! そうしたら、何もしないでいて上げるから」

金剛の喋り方は、いつもどおりだが、表情が尋常じゃない。瞳は炎のように燃えているように見える。見ているだけで分かる。彼女の体はボロボロだけれど、決して諦めていない。

 

階段を背にして立つ三笠。表情は穏やかで、幽かに笑みがこぼれてしまう。

 

「何を余裕ぶって笑っているネ」

苛立ちを見せる金剛。

 

「ふふふ……通して欲しいのなら、私を倒して行きなさい」

そう言うと、わざと後ろを振り返る。視界には地上へと向かう階段がある。恐らく、数段でも駆け登ればリンク確立距離となる。

 

「だったら……そうするネ! 」

躊躇無い踏み込みで手刀を突き出し、金剛がすぐ至近に飛び込んできた。ボロボロの体であるはずなのに、その速度は、三笠の予想を超えたものだった。一瞬ではあるものの動揺してしまった。

しかし、すぐに全てが見える。分かってしまう。所詮、なんとか対応可能な速度でしかない。三笠はニコリと微笑むと、金剛の突き出してくる手刀をスッと避けたのだった。

 

「え? 」

金剛は、一瞬動揺したような表情を見せる。しかし、すぐにその表情に笑みが浮かんだ。

彼女は躊躇なく前を向いて歩を進める。三笠の横を駆け抜けていく。

 

すぐに彼女の意図が分かった。攻撃は単なる陽動。ダメージが与えられれば儲けもの程度にしか思っていない。彼女が躱すことを見越したものだったのだ。

 

本当の目的は、三笠の向こうにある階段だったのだ。

 

廊下を転がるように移動し、三笠から距離をとる金剛。そして、起き上がると前方の階段を駆け登っていく。

「リンクが確立するねネ! 」

金剛は勝利を確信したのか、階下の三笠を見下ろしながら叫んだ。

 

その刹那、明確な変化が金剛に現れる。出血が急速に止まる。弱り切っていた彼女の体に光が溢れるような変化が生じていたのだ。端から見ても分かる。萎れた植物が水分を得てみずみずしくなっていく姿を早送りで見ているような変化だった。

みるみる内に体が回復していく感じだ。

戦艦金剛とのリンクが完了していく様子がこれほどまではっきりと見られるとは……。

自分を取り巻く状況が悪化へと向かっているのは認識しているけれど、随分と冷静に三笠は金剛の変化を観察していたのだった。

 

そして、感動をしていた。

 

「もうあなたに勝手な真似はさせないね! 」

金剛が叫ぶ。もはや、先程までの傷つき衰弱した弱々しさが微塵も感じられない。

 

彼女の思考に併せ、地上では戦艦金剛が起動し、彼女の意思に反応して全砲塔が動き始めているのが三笠にも感じ取れた。全ての武器が第二帝都東京の各主要施設を狙っているのが分かった。搭載した全ミサイルも発射態勢に入るのが分かる。

そして、それだけではないようだ。彼女は戦艦金剛に内蔵された終局兵器へのエネルギー充填を始めているようだ。

 

どうやら本気でこの街を滅ぼそうとしているみたいね……。

 

これだけの兵装を一斉斉射すれば、第二帝都東京も無事では済まないのは明らか。通常海域で使用可能な兵器をすべて一度の使用するつもりだ。そんなことをした艦はこれまで存在していない。どれほどの破壊エネルギーが発生するか考えただけでもゾッとする。

 

「全てを壊して、何もかも終わらせるね」

全てを覚悟した者の強い意思を金剛から感じ取る。それはとてつもなく悲壮感に溢れ、哀れさに三笠は思わず涙ぐんでしまう。

彼女は全てを犠牲にして、成し遂げようとしているのだ。

 

圧倒的破壊エネルギーが戦艦金剛に充填されていくのが三笠にも感じとれた。それに呼応して眼前の艦娘金剛にもエネルギー注入が行われている。その姿は、まるで光を放っているかのようにさえ見る。

 

「ふふふ……リンク切断」

唐突に、三笠が小声で呟いた。

 

「え? 何を言ってる……ぐフォ!」

刹那、金剛の体が雷に打たれたように震えた。次の刹那、彼女は激しく吐血し嘔吐した。

「な、なにを……したネ」

両手で必死に口を覆うが、吐血を止めることができない。そして、彼女はそれ以上立っていることさえできずに、倒れ込んでしまう。

 

「な、何が……」

金剛の瞳はすでに焦点が定まっていないように視線が中空を彷徨う。恐らく、視界が急速に狭まっていっているのだろう。さらに涙があふれ出し、それは金剛の体を真っ赤に染まっていく。痛みに耐えかねたのか、目を閉じてしまう。しかし、出血は止まらない。口からも鼻からも、耳からも……体中の穴という穴から赤い赤い血が溢れ出て、彼女の体を伝い落ちていくのだ。

 

光を求めて必死になって目をごしごしと擦っているが、溢れ出る血は彼女の視界を赤く塗りつぶし、光を取り戻させない。

 

「な、……なんで? 」

言葉を発する度に口からも出血する金剛。

 

必死に起き上がろうとするが、もはや体が自由に動かないようだ。彼女にできることといえば、地面にへたり込むのを必死になって堪えるだけだ。そして、言葉を発しようとしても、すぐに咳き込み吐くしかできない。

 

「ふふふ……あははははは」

高らかに笑い声。それは三笠から発せられたもの。彼女は金剛の側まで歩み寄り、彼女を見下ろす。

「金剛……残念だったわね。艦とのリンクを確立できて、勝ったと思ったでしょう? 形勢逆転って期待したかしら? けれど……残念ね。ここは第二帝都東京。すべてが私の指揮下にある街。ここでは私がすべての権限を持っている事を忘れたのかしら? 」

その声はあくまで冷静で、静かであった。

 

「まさか、わ……わざとリンクを確立させたの」

瞳を開くことができない金剛が、声のする方に顔を向けながら問いかけてくる。本当なら美しく可憐な彼女の顔なんだけれど、血に染まり苦痛に歪んでいる。

 

「フッ……。勝ったって思ったでしょう? あなたの勝利を確信した笑顔は、見てて実に痛快だったわ。そして、その後のショックを受け動揺した顔が、喜びから絶望へと反転していく表情が、もっともっと素晴らしかった……。あなた、とてもとても美しかったわ。……どう? リンクをいきなり切られた衝撃は。膨大なエネルギーが体を逆流する感覚は、これまで味わったことが無いでしょう? どうなのかしら? きっと痛いでしょう、苦しいでしょう? 想定していない衝撃には、いくら強化したとはいっても人の体は耐えられないのだから」

 

「く……」

悔しさに顔をさらに歪ませる金剛。

 

三笠は満足げに彼女を見つめ、唐突に頸を掴み、無理矢理に引き起こす。

為す術もなく翻弄されるしかできない金剛。

三笠は、片手で金剛を軽々と持ち上げる。金剛の両足は中に浮いている状態だ。藻掻こうとするがその力の前には抵抗などできないようだ。そもそも、抵抗する力さえ残っていないのだろう。

 

「あなたの心が、その想いが……冷泉提督に対する想いがこれほどまでに強いとは思っていませんでした。これは私のミスですね。それにしても、あなたが冷泉提督にそこまで執着していたなんて。人間なんかにそこまで固執するとは、本当に驚きです。一応、予想はしていたけれど、あまりに想定外でした。それにしても……こんなに心が汚染されてしまったら、あなた、残念だけどもう使えませんね。せっかくここまで育てたっていうのに。育ったというのに、本当に残念です」

そうは言いながらも、残念さなど微塵も無い。

 

「だ、だったら、……さっさと殺すネ。あなたなんかに利用されて、テートクの敵にされるくらいなら、生きていても仕方無いネ。さっさと殺せばいいネ」

吐き捨てるように言う金剛。瞳を無理矢理開き、血まみれの状態で、三笠を睨み付ける。瞳は赤く染まり、もはや視力はほとんど無くなっているはずだ。

「それで、私は死ぬ事でテートクの敵にならずに済むネ。……本当はもっともっと生きて、テートクのために戦いたかったけれど、それは無理なこと。仕方無いネ。でも、あなたの駒のように生かされ使われ、これ以上テートクを傷つけることにならなかっただけでも、……ワタシの勝ちネ! 」

全身には相当な痛みがあるだろうに、笑ってみせる金剛。

 

「あらあら、威勢がいいわね。……それじゃあ、死になさい」

そう言うと、首刀を金剛の胸に打ち込む。手刀はいとも簡単に金剛の体を貫く。

 

「がガッ……」

吐血して呻き声を上げる金剛。彼女の視力はもはや無いはず。それでも必死になって敵である三笠を見る。

「ワタシは、あなたの思うようになんてならない。舞鶴の他の艦娘も、みんな同じネ。ワタシを殺しても、何も変わらない…ネ。ワタシが死んでも、テートクは、みんながきっと守って……くれる。だから、ワタシは、後悔なんてしない」

絶え絶えになりながらも、必死に喋る。

 

「あら、そう。うふふふ。残念ね、金剛。確かにあなたはここで死ぬけれど、それはあなたという一つの存在が死ぬだけでしかないの。戦艦金剛という存在は、決して死なないわ。残念だけど。別の金剛があなたの代わりに改二改装を受けて、横須賀鎮守府に行くことになるだけよ。そして、あなたの愛しい冷泉提督と対峙することになるのよ。あなたの代わりはいくらでもいるのよ。残念ね。こんなに辛い思い痛い思いをしたっていうのに、、あなたは無駄死にでしかないのよ。……でも安心して、あなたという一人の戦艦金剛が死んだという事実は、別のシナリオに利用させてもらうから、決して無駄にはしないように私が活用してあげるから……ね」

心から楽しそうに笑ってしまう三笠。

 

刹那、金剛の表情が一変する。明らかな動揺が表情に出る。

「そ、そんなのさせないネ、……ゆるさない」

金剛はどこにそんな力が残っていたのだろうか、突然動きだし、三笠に挑みかかろうとする。しかし、三笠はまるで慌てた様子もなく、突き入れていた右手で掴んでいた物……彼女の心臓を力を込めて握りつぶす。

 

ぐちゃり……という音が金剛の体内からした。同時に金剛が激しく吐血する。その血は三笠へと降り注ぎ、彼女の顔や衣服を血で真っ赤に染めていく。

しかし、三笠はまるでその状況に頓着していない。あえて金剛の血のシャワーを浴びる。面白い物を見ているように口元に笑みさえ浮かべている。

 

「許さない、じ、地獄に落ちるが……いい」

金剛は血を吐き出しながら、呪詛の言葉を吐いた。そして、再び咳き込んだかと思うと首がガクンと垂れ、そのまま動かなくなってしまった。

 

「あらあら、もう少し気の利いた捨て台詞を言うかと思ったのですが……それどころじゃなかったのですかね」

そう言うと三笠は静かに笑った。そして、金剛の体を床へと無造作に投げ捨てる。

彼女は手を上げ、兵士達を呼ぶ。呼ばれた兵士の一人が慌ててタオルを差し出す。

「この子の首を抉って中の基板を取り出してちょうだい。それから、速やかに……スペアに移植をするよう技術班に連絡をしてもらえるかしら」

と、血を拭き取りながら、平然とした表情で指示を行う。

 

「は! ……こ、金剛さんの遺体の処置は、どうしましょうか。」

一人の兵士に問われた三笠は一瞬何の事か分からないような表情を見せる。すでに床に横になった遺体の存在すら忘れているよう。

「そこに倒れている……金剛さんの事なのですが」

兵士は再度、説明するような口調で訴える。

 

「ああ、……そんなもの、他の失敗作と一緒に処分場にでも捨て置けばいいでしょう」

言われて初めて気づいたかのように三笠は答えた。

 

「は、しかし……」

兵士は、まだ何かを言いたそうに三笠を見つめている。

 

「はい? なに、なにかしら? 」

そんな兵士に苛立ちを込めた言葉を向ける。

 

「そ、その、こちらに提供された遺体は、遺族に返す契約になっていますので……。戦闘による沈没であれば領域に沈没ということで遺体回収不可で対応可ではありますが、今回は何の戦闘も行われていないわけで……しかも、陸地での事ですので、遺体を返還しないと、その、いろいろと不具合が。特にそこの金剛さんの場合は、それなりの地位の方のご令嬢だったわけで……」

 

「ああ、ああそうね。思い出したわ。そういう契約になっているなら返してあげないと、騒ぐ人達も出てくるのでしたね。けれど、どうせこんな状態のままで返すわけにはいかないでしょう? そもそも艦娘のベースとなる人間は、顔も体も散々弄り倒してしまって、もう元が誰なのか分からなくなっているんだから。今の彼女を見たら、ご遺族は誰だこの女は! って最後に会った時とまるで違う姿に卒倒してしまうんじゃないでしょうかしら」

 

「は、はあ。仰るとおりですが……とはいえ、何もしないわけには」

本当に困っているのか、今にも泣きそうな表情になる兵士。

 

「ふふふふ、冗談ですよ。分かっていますよ、ちょっと貴方をからかっただけですよ。……遺骨を返せばいいんでしょう? とはいえ、やることは同じです。失敗作も同じように荼毘に付してから、遺族に返すだけなんだから……。それにこの子がどこの大家から差し出された生け贄なのかは承知しています。丁重に娘さんをお返ししないといけませんね。私も赴かないといけないかもしれないほどのお家の子なんですから」

冗談なのか本気なのか、まるで分からない態度で兵士をからかうような口調。それに対してどう答えて良いか分からない兵士は、黙ったままだ。

 

「さあさあ、みなさん。突っ立っている暇はありませんよ。速やかに被害状況を把握して復旧作業を開始しなさい。それから医療班に連絡して、この子の代わりの娘を改二改装処置をするように伝えなさい。どの子にするかは任せますから」

三笠の指示を受け慌ただしく兵士達が動き始めた。

 

「さあ、……この事実をどういう風に利用しようかしら。大きな計画変更は必要だけれど、まあそれはそれで楽しみではあるわね。失敗を失敗で終わらせるようでは駄目なのです」

少し考え込む彼女を数人の兵士達がじっと待っている。三笠の側近達である。彼女の指示を待っているのだ。

 

「そうね、決めたわ。明日の朝一番、叢雲を私のところに来させるように手配しておいてくれるかしら? 」

唐突な指示に兵士達が戸惑ったような表情を見せる。

 

「新たな感情の流れをこれで作れるかもしれないわ。それがどういった新たな動きを作り出すかは、予想もできないわね。けれど、それも楽しみの一つ。大きな大きな感情のうねりを起こすことができたらいいのだけれど」

彼女が何を意図して言っているのかまるで分からないままで兵士は三笠を見つめている。

 

「さあさあ、ここに突っ立っている暇はありませんよ。皆さん、速やかに動いて頂戴。そこの死体の搬出や、壊された施設の修繕、明日以降の為の準備。やることはいっぱいあります。けれど時間は有限なのだから、速やかに働いてくださいね。……あとはこの後始末をつける必要がありますけれどね」

といくつかの指示をし最後は謎めいた言葉を発すると、三笠は楽しげに笑いながら去っていく。

 


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