草加甲斐吉(そうか かいきち)は、海軍兵学校よりこの施設に派遣されて来た。とはいえ、まだここに来て3ヶ月しかたっていない。
第二帝都東京という、首都東京の一角に造られた艦娘の拠点。四方を高い壁に囲まれて、出入りは完全に管理されている場所。
あらゆる情報は遮断され、ここがどういった施設なのかは来るまでは、まったく知らなかった。……そもそも軍関係者でも存在自体を知るものは、少ないのだ。十七歳の少年兵である草加が知っているはずも無かった。
兵学校において、お世辞にも成績が群を抜いて良いというわけでもない自分がここに派遣されたという理由も未だに説明が無く、すべてが不明なままだ。ここに赴任されられるのが艦娘側からの指示なのか、軍隊側から選抜なのかさえ教えられていないのだから。
抜擢といえば抜擢なのだけれど、何が評価されての事なのか分からないと、どう判断して良いのか悩む。抜擢なのか、左遷なのか、放逐なのかを。
ただ、ここに来て改めて認識させられたことがある。それは、艦娘という未知の存在がいかに人類の英知を超えたものであるかだ。
あらゆるものが初見であり、常に困惑と混乱ばかりの日々だった。
かつて信じていた「人類の英知」という言葉が恥ずかしくなる程の……あきらかなオーバーテクノロジーを隠すことなく艦娘サイドは見せてくれる。否、見せつけるのだ。
ここ施設は、ほとんどが機械化されている。
業務についての指示は、どこかに設置されたスピーカー越しにされることがほとんどである。ゆえに、自分が誰に指示されているのか、断片的な作業のみであるために、これが何のためであるのかといった説明も無い。ここではコミュニケーションというものは上司という立場の者との間でさえ無い。艦娘からの指示を上意下達でしかない。一方的な指示を聞き、それをこなすだけのものだった。丁寧な説明など期待するだけ無駄だ。人間はただ機械のように、淡々と作業をこなすだけ。
作業に不明なところがあれば、先輩や同僚に聞きながらやっていくしかない。まあ、それでもこなせるレベルの作業しかやらなくてすんでいるのが現実なのだけれど。
「艦娘」と呼ばれる存在を草加が実際に見たのは、ここの責任者らしい戦艦三笠と名乗るどう見ても少女にしかみえない存在と、あとは速吸、鹿島という名前の同じような年齢の少女の三人だけである。
彼女達は皆がみな、驚くほど美しい、物語の中の妖精のような浮世離れた存在にしか見えなかった。
草加たちにとって、彼女たちは雲の上のような存在で、言葉を交わすことなどなかった。こちらから話しかけることは許されていなかった。そもそも、そういう機会など存在しないし、彼女たちは話しかけるような隙を見せてくれなかった。
ふと感じたことがある。綺麗な姿を持つ艦娘たちをどういうわけか怖いと感じたのだ。もちろん、草加の考えすぎかもしれないのだけれど。
普段は兵士前では優しい笑顔を見せてくれているのだけれど、時々、兵士たちを見る瞳がぞっとするほど冷たいものになっているところを見てしまい、恐怖に似たものを感じてしまったのだ。……まるで、屠殺されるのを待つ家畜を見るような残酷な視線。……虫けらを見るような蔑んだ視線を。
背筋が凍るとはまさにあれをいうのではないだろうか。それは草加の心に焼きついてしまい、消すことができなかった。
ある時、同僚たちにその事を話してみると、「お前の自意識過剰だ」と笑われた。もっともなことだと笑い飛ばしたけれど、納得はしていなかった。単なる勘違いであればいいのだが。
そんな怖い怖い艦娘にももちろん例外は存在した。それは、舞鶴鎮守府より改装の為にやって来た、神通という軽巡洋艦である。彼女とは改装作業の中で数回ではあるけれど言葉を交わしたことがある。彼女は、ここにいる兵士たちにも分け隔てなく接してくれ、ありきたりな会話をした。
すごく愛想のいい、気さくな女の子だった。もちろん、目が会うとその美しさにドギマギしてしまうのだけれど……。艦娘という存在が身近に思えるようにさせてくれた子でもあった。清楚で純真で、優しくて、それでいて芯の強さを感じさせてくれる子だった。
「早く改装を終えて、提督のお役に立ちたいのです」
そう言っていた彼女の視線の先にある提督という男に、嫉妬さえ感じたのは余談だけれども……。
ここではかなり機密性の高い情報に触れることが多いわけであり、あきらかな機密事項を全く隠そうともしない艦娘側の対応に疑問を持つ者が出てきても当然だった。
ここの情報を極秘に持ち帰ることができれば、人類側に有益なものとなるのは間違いない。軍に引き渡せば昇進ものだろうし、民間に売り飛ばせば相当な金になるだろう。そんなリスクを考えないはずが無いのに、まるで無頓着な艦娘側の対応。明らかに不自然でしかない。ゆえに、兵士たちの間では、もう二度とここから出られないのではないかと噂されている。実際、草加は2年任期で派遣されており、その間は第二帝都東京より出ることを禁じられている。当然、任期終了後も様々な守秘義務を課せられることになっているのではあるけれど、さすがにこの情報を誰かに話すのはまずいのでは? といった話もいろいろと聞かされてる。艦娘たちも特に気にすることなく、機密情報を話してくれるわけであり……。まるで秘密は絶対に守られるという確証があるかのように。
そして、不安になる。
もう自分は、元の世界に戻れないのだろうか、と。
我に返り、ここが改装用施設であることを思い出す。そして、草加は大きなため息をついた。
他の同僚達はすでに片づけを終えて宿舎に戻っている。自分が一番年下であり、新入りであったために雑務を担当することになっていたから、最後になっていたのだ。
人の目を気にし、視線すら向けないようにしていた培養槽の中の少女。誰もいなくなったのをいいことに、側に近づき強化ガラス越しの艦娘に見とれている内に意識を飛ばしてしまったのだろうか。仕事が不規則で長時間労働な為、疲労が溜まっていたのかな?
そんなことを考えながら、再び目の前の少女へ視線を向ける。得体のしれない培養液の青白い濁りのためにはっきりとは見えないが、芸術品とも思える少女の一糸まとわぬ姿が彼の目の前にあるのだ。
本当に綺麗だなあ……。本気で見惚れてしまう。スケベ心さえどこかに行ってしまうほど、それは綺麗な存在だった。
触れてみたい……。腕に抱きたい。妄想とも思える考えが巡りめぐる。
そして、目の前の美しい裸体を見て、むらむらと欲情している自分がいるわけだ。
芸術品のような存在に欲情している自分がいるのだ。それを人は笑うだろうか? 何を言うか……そりゃ仕方無いだろう?
女っ気のない、若い男しかいない第二帝都東京勤務なんだぞ。ここは、本当に女っ気が無いのだ。街のどこを見ても、周りを見渡しても男、男、男しかいない。さまざまな施設が普通の街なみに揃っているのだけれど、風俗店は存在していない。だって、女がいない街なのだから。どうしてこんな街にしてしまったのか。世界は男と女で構成されている。その重要なパーツのひとつが無いなんてありえないだろう?
女の職員がいないのは仕方無いとしても、飲食店や販売店に勤務する女くらいいてもいいだろう? それが駄目なら、せめて男としての欲望の処理ができる場を構えないと、若い兵士しかいない職場なんて、悲惨すぎる。男色にでも走らなければ、性欲のはけ口が無い。残念ながらそういった趣味のない自分は、店で手に入れた雑誌を見て処理するしかない惨めさを味わい続けている。男とだなんて気持ち悪すぎる。ありえない。
外界から完全に隔離されたこの街では、性に関する娯楽すら非常に少ないのだ。動画なんて入手困難だし、雑誌ですらごくごく僅か。それを兵士達で奪いあうようなことが現実にある異常な街なんだから。
艦娘の戦艦金剛……。
舞鶴鎮守府より横須賀鎮守府へ異動となり、改二改装を受けるためにここに来た艦娘。
それにしても、何度見ても綺麗だとしかいえない。緑色の液体の中に浸けられているとはいえ、ぼやけた視界の中でも彼女の美しさは分かってしまうのだ。これまで見た中でも群を抜いて綺麗な子だ。女優やモデルが化粧を完璧にこなし、画像編集ソフトで修正をかけまくった状態の完成型の状態が彼女達にとって素の状態なのだから。人間の女が束になっても勝てるはずがないのだ。
そういえば、前に来ていた神通って艦娘もとても美しかったな……と思い出す。そして、苛立ちが募るのだ。
噂で聞いた話でしかないのだけれど、こんな美少女を鎮守府の提督って奴は、いつでも好きなように抱けるらしい。欲望のままに、あんな綺麗な女の子を抱けるいう事だ。
「くそったれが! 」
思い出すだけで、ムカムカしてきた。
自分たちは、女っ気のないむさ苦しい男だけの世界で、ずっと不安を感じながら死ぬまでこき使われるというのに、なんでこんなに差が付けられるっていうんだ! と。
この金剛という艦娘の上司は、前にここに来ていた冷泉とかいう奴だったと思う。
写真を見たことがあるが、たいして男前でもない。自分の方が上だと思えるくらいだ。深海棲艦との戦闘で負傷し、体の自由がきかないようだったが。どれほどの能力があるかしらないけれど、自分とそん
なに年の離れていない、見るからにみすぼらしい男が鎮守府指令官になって艦娘を抱きまくり、自分は明日も分からない化け物の住む都市に閉じ込められ、男しかいない気持ち悪い世界で死を恐れながら生きていかないといけないのだ。
こんなの不合理だ。なんでだ。くそったれ。
草加は培養槽のガラスに手を当てて、中の金剛を見つめる。
三笠の指示による処置で、艦娘は麻酔薬か何かの影響で意識はもうろうとしたままだ。仮に何かあったって、何も覚えていないだろう。幸い、作業は完了しているから数日はここに誰かが来ることは無い。そして、今ここにいるのは自分だけ。
その事実を知った途端、自分の尾てい骨の辺りが疼くのを感じた。そこより発した暗黒の波動がゆっくりと全身に広がり、股間に血液がたぎっていくのを感じた。尾てい骨がしびれる。
「どうせここで死ぬまでこき使われるのなら、どうにでもなれだ。そうだ、絶対にそうだ。こんないい女を目の前にして、人生で最後のチャンスを逃すなんて馬鹿だぜ。ちゃっちゃと済ませて元に戻せば大丈夫だ。薬の影響で何をされているかなんて分からないし、もし分かっても覚えちゃいないさ。うんうん。機器の操作方法は完璧だからどうにでもなる」
自分に言い聞かせるように、草加は呟く。
大きく息を吐くと、行動に移す。
操作機器の前まで歩いていくと、おもむろにキーボードを操作し、培養液を排出させる。ゆっくりと水位が下がっていく。数十秒のうちに培養槽は空になる。空になっても金剛は倒れこむことはない。いくつものアームに支えられ、まるで磔にされたようだ。
培養槽へ戻ると、手動で扉のロックを解除し、全開にする。
アームで支えられた金剛の裸体が目の前に現れる。恐る恐る彼女の腕を触ってみる。培養液のヌルヌルとした感触が気持ち悪い。それでも金剛のすべすべして弾力もある肌に触れ、興奮する自分を認識した。。角度的に見えにくいので、艦娘の美しい裸体を直に拝もうとしゃがみ込む。
「ふふゃー。すげえ綺麗だ」
見上げる艦娘の裸体は、芸術品といっても過言ではないほどの美しさだ。艦娘の中でも戦艦である。より作り込みも丁寧になされているのだろう。人と変わらない形をしていても、人間とは思えないほどのの荘厳さだ。
こんな美少女を自由にできる機会がやってくるなんて!! 息が知らず知らずのうちに荒くなる。興奮が抑えられない。
本当なら自分の部屋に持ち帰ってから、じっくりとこの体を眺め、そして楽しみたいと思うが、そんなことなどできるはずもないだろう。こうやってアームに接続された状態では思うように抱きしめられないが、これを外してしまうと一人では元に戻せないし、おそらく警報がなると予想される。そうなると、完全にアウトだ。命までを投げ出そうとは思わないし、思いを遂げる前に捕まってしまうのは間違いない。
「仕方無いけど、この変な体位で我慢するか……うほ、ぞくぞくうう」
体をいやらしい手つきでなで回しながら、金剛のご尊顔を拝む。虚ろな瞳ながらもそれでも非常に整った顔である。ほれぼれする。
ズボンが張り裂けそうになり、艦娘を欲しがっているのがわかる。別人格を宥めながらも欲望のままに果てる未来を予想し、表情が緩んでしまう。自分がどんな顔をしているかを知ったら、おそらく卒倒してしまうだろうな。けれど、そんなことすらどうでもいい。
「うへ」
唇を突き出して、彼女の唇を奪おうとする。
こんな美少女とキスできるチャンスなんて、今しかない。これを逃すなんてあり得ない! 初キスがこんな美少女なんて、最高に幸せだ。おまけに、自分の初めての相手がこんな美しい艦娘なんて、凄すぎる。幸運すぎる。すばらしすぎる。
「い、いただきまーす」
草加は、金剛の美しい唇へ顔を近づけていく。
何度か唇を重ねて、その後は舌を入れて……とシミュレーションをする。
口付けをされる彼女の顔をじっくり見ようとすると、どういうわけか彼女の瞳に光が戻り、焦点の定まっていくのを見てしまった。そして、その光を取り戻した瞳と目が会ってしまう。
「ぎゃ! 」
驚きのあまり、思わず悲鳴のような驚き声を上げてしまう。麻酔薬やら何やらの影響で、意識なんて戻るはずがないだろう!!
「何で……」
しかし、次の言葉を続けるより先に、バリバリという音がし、いきなり、のど元をもの凄い力で掴まれた。
驚きの声がただの呻きとなる。
「え?」
そして、体が重力に逆らって持ち上げられる。
再びバリバリと何かが壊れるような音がする。思わずそちらを見ると、艦娘金剛に接続されていたアームが不自然な形で曲がっていたのだ。
「ななななんあななああ」
と、叫んだつもりだが、声がでない。あまりの事にパニック状態になってバタバタと手足を動かすが、地面に足をつけることができずに藻掻くだけだ。
そして、少し間を置いて、自分の置かれた状況を把握することができる。
なんと、さっきまで意識がないように思っていた金剛が動きだし、自分の喉を右手で鷲づかみにし、そのまま宙へ持ち上げていたのだ。
こんな華奢な腕の少女が、男を片手で持ち上げるなんて!!
まるで悪夢のような現実を受け入れることができない。