まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第191話 kongo

第二帝都東京―――

地下深くに造られた施設。ここは艦娘の改二改装のための設備がある。

 

 

培養槽の中、金剛は夢の中にあった。

 

夢の中でも絶望にうちのめされている。堪えきれない怒りと悔しさの為に、無意識のうちに歯ぎしりをしてしまうのだ。

外からは得体の知れない、自分とは異なる思考がゆっくりと、しかし着実に侵食を開始しているのがはっきりと分かる。一体、いつまで自分が正気を保てるのか……。絶対に自分を無くしたりなんてしないと思っているけれど、実際には、まるで自信がなかった。そして、すべてが終わった時、一体、自分は自分でいられるのだろうか。

 

絶対に許せない……。こんなこと、許せない。許しちゃいけない、

何としてでも阻止しなければ……いけない。こんなところで諦めたら、負けたりなんてしたらだめなんだ。

 

しかし、、この状態ではもはやどう足掻いたところで、金剛にはどうすることもできない。誰かに助けを求める事すら叶わぬのだから。

 

それが悔しくて、悔しくて。自分は。このまま改造されて、これまでとは違う艦娘として生まれ変わるしかないのだ。

 

―――絶望、絶望の更に絶望。底の底へとさらに墜ちていく自分。

 

何もできないのなら、どうすることもできないっていうのなら……提督に敵対しなければならない運命から逃れられないというのなら、もう生きていたって仕方無い。

 

今すぐ死にたい。死にたい。できない。いっそ死なせて。殺して頂戴。自分には、それすらも認められないというのでしょうか?

 

全身を拘束され、培養液に浸けられた状態では、何もできない。

時折、体のあちこちに当てられたアームから突き出た針より、何かが体に注入されて来るのがわかる。一定リズムで電気ショックに似た衝撃もそこから発せられ、全身をゆっくりと流れていくのだ。そのたびに、肉体はもちろん、心が何かに侵食されているのが分かってしまう。自分が塗り替えられていくというのはこんなことを言うのだろうか?

 

改二改装で強くなるのは、嬉しい。強くなれば、テートクの役に立てるのだから。テートクのためになるなら、喜ぶ顔が見られるなら、どんな困難だって耐えられる。けれど、金剛というもともとあっった物が薄められ、それどころか違うものに書き換えられていくという喪失感には耐えられない。

 

嫌なのに……、なのに、もはやどうすることもできない。絶望に取り込まれそうになる心を、それでも必死に鼓舞しようとする。いっそ全て投げ出してしまえば、楽になるのだから、流れに任せればいい。そんな弱気な心が力を持ち、心を支配しようとする。

 

金剛は、かつての上官の姿を必死に思い浮かべて、そんな気持ちになろうとする気持ちを追い払おうとする。

「テートク、テートク。お願い、助けて……ワタシを助けて」

その思いは、声にすることができなかった。ただただ、口を僅かに動かすだけしかできない。どんなに叫んだところで、彼に声が届くはずもなく、そして、彼に助けを求めることができる立場に、もう自分はいないことを思い出し、諦めたような笑みを浮かべるしかできなかったのだ。

 

ごめんね、テートク。

そんな想いも次第に薄らいでいくのだ……。

 

 

「ついに、諦めたのかしらね」

金剛が映し出されたモニターを確認しながら、三笠が呟いた。いくつもあるモニターにはいろいろなグラフや数値がj表示されている。

最初は抵抗を示し激しく上下していた思考信号が、どんどんと弱くなり、ついには安定しく様を満足げに見る。薬品の影響もあるのだろうけれど、どうやら諦めたようだ。ついに運命を受け入れる気になったのだろう。

 

何かをしようと必死だったようだけれど、手足を固定され、おまけに培養カプセルの中に閉じ込められた状態ではどうすることもできない。所詮、無駄な努力だ。延髄部分、左右の二の腕、腰に一箇所、両方の脇腹、太ももの裏側、ふくらはぎに固定機具が当てられ、そこからは無数の針が金剛の体内へと打ち込まれている。その針は細くそして長い。その針が艦娘の全身の奥深くまで貫いているのだ。その針より様々な液体・信号が常時送り込まれている。当然ながら痛みを軽減させるため、一定量の麻酔薬も注入されている。

 

金剛は、夢うつつな世界の中を彷徨っている状態になっている。瞳は焦点が定まらず、表情から生気がなくなり無表情だ。

 

その姿は、人形のよう。

 

……とても美しい人形。ヒトガタ。このまま飾っておきたいくらいに、綺麗な存在だ。

 

「さて、彼女の容体も落ち着いたようですね。私は他にやらないといけないことがあるので、席を外します。しばらくは、帰らないと思います。あなたがたも後の事はマニュアル通りに進めるようにしてください」

軍より派遣された人間達に指示をして、ここを後にすることにする。後の事は、今いる人間たちに任せてもなんら問題はなかろう。

 

ここにいる人間達は、艦娘の科学力の研究や勉強のために来ているわけではない。

ここで働く人間は、二度と外の世界に戻る事はできないことになっている。仮に戻る時があるとすれば、死体となってからだ。このことは働く彼らには伝えられていない。数年の約束ということで派遣されてきているのだ。もちろん、これは艦娘と日本国との間では双方納得ずみである。よって、彼らがどういう運命をたどろうとも、日本国は関知しないことになっているのだ。

 

つまりは、人間達が差し出した、艦娘に対する生け贄のようなものなのである。彼等は特別な能力があるわけではなく、若くて元気が取り柄の人形でしかないのだ。特別な能力など無駄である。余計な事を考えるような知能も無用なのだ。

 

彼らは、ただ、与えられた仕事を黙々とこなすことができればいい。機械と同じように。

 

第二帝都東京での彼らの仕事は、人間の若い雄にのみ与えられる仕事となっている。今の日本国の人口構成の関係もあり、働き盛りの年代層は深海棲艦の侵攻時にかなりの数が死んでいるので求めようがないのだ。もっとも、若くて無知で純情な方が使い勝手がいい。どうせ使い捨ての機械でしかない。壊れれば補充すればいいだけだ。

では、雌はどうなのか? ということになる。雌は使い道が無いのかと思うかもしれない。とんでもない……。もちろん雌は雌で、むしろ雄以上に利用価値があり、その能力は艦娘側としても高く評価しているわけなのだ。

雌は深海棲艦の侵略での犠牲が少なかったために数も雄よりはだいぶ多い。だから、若年層から適齢期までの雌を十分に活用させてもらっている。

 

話がそれたが、巨大な施設を運営するには、艦娘だけでは圧倒的に人手が足りていない。機械化するにも資材と制御の面で限界というものがある。ゆえに、こういった存在は非常に重要なわけである。教え込めば思った以上に細かい作業などもこなせるので、大変便利な生き物なのだ。自ら学習したり、責任感や連帯感という感情を持つため、その辺りを刺激してやれば、更なる良い効果が得られるのだから。こういった部分は研究材料としての側面を併せ持つといって良い。

 

……ただ、時々、意図的かどうかは分からないけれど、不良物質が紛れ込むことがあるが、それはそれで面白いから軍部に対しては文句は言っていない。ここの兵士達の良い訓練と、彼等に対するいい見せしめになるからである。それ以外にもいろいろと人間の思考というものを学ぶにはとても良い教材となるからだ。予想を覆すような行動を稀にそういった人間が取る。それに驚いたり感心したりと、こちらにとっても勉強になるからだ。

 

兵士達は、マニュアル通りに与えられた作業を進めている。完了までそうたいした時間はかからないだろう。作業が完了すると、彼等も宿舎に帰り、しばらくは待機となる。稼働させ安定してくれば、ほとんどは機械による作業となるため、人間がつきっきりになる必要はない。数時間おきに点検を行うだけで問題無いだろう。

 

人間は疲労が蓄積すると、ミスを連発するようになる。そこが艦娘と異なる部分だ。彼等も一様に眠気と戦っている素振りが増えてきている。ちょうどいい時間設定だったようだ。

あまり酷使しても逆に効率が落ちる。適度な労働時間にしておかないと、壊れることもあるから注意が必要なのだ。個に頼らず組織としての人間として使わないと、破綻する。そこだけは注意しておく必要があるが、それ以外の面では便利な道具といえる。

 

あと数日の内にも艦娘側の調整と改造は完了するだろう。

 

新しい金剛の誕生が楽しみだ。生まれか渡った彼女が、世界にどういった影響をもたらすのか……そちらも興味深い。

 

「ふふふふふ」

思わず笑いが漏れてしまう。

 

作業の終いを始めている兵士達を後にし、三笠はドックを後にするのだった。

 

 

 

 

 


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