まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第190話 甘い誘惑

どうして……。

 

どうして、こんな事になってしまったのだろう。

何をどこで間違ってしまったのだろうか。

 

こんなはずじゃなかった。最初はうまく行っていた。そう思っていた。こんなはずじゃ……。

 

知らない世界にやって来て、右往左往するばかりの毎日。

 

けれど、生活に慣れてきたら、艦娘の可愛さに気を取られ、そんな彼女達を見てへらへらニヤニヤするばかりの日々だった。確かに、いろいろと不安があったけれど、扶桑を味方につけることができて、なんとか鎮守府生活の目処がたったと、ほっとしていたのだ。

 

……とても平和で穏やかな日々だったと思う。

 

毎日、美少女揃いの艦娘に囲まれ、みんなとわいわい過ごすのが楽しかった。艦娘は前の世界では会った事などないほど綺麗な子ばかりなんだから。そんな子達がいつも自分の側にいて、それどころか、好意を向けてくれる子もいたりするのだから。

 

そんな事なんて、元の世界では、皆無に近かった。

 

そういった事だけじゃない。鎮守府での兵士達との交流も驚きの連続だった。階級社会の典型である軍隊での鎮守府指令官の地位だ。常に冷泉がナンバーワンであり、誰もが冷泉の言葉に従ってくれた。みんな冷泉に気を遣ってくれて、チヤホヤされて……少し良い気分になっていたのは間違いない。地位に伴い責任も重くなるとはいうけれど、そんな事など吹き飛ばすくらい、得た権力は大きかった。

社会で偉いといわれる人間達は、こんな気持ちで毎日くらしていたのかと驚き嫉妬したものだ。けれど、冷泉は別にふんぞり返って、気分に任せて偉そうな事ばかり言ってたわけではないけれど。けれど、それが許されるくらいの雰囲気だったのは間違い無い。

 

何もかもが新鮮で、本当に毎日が楽しくて仕方無い! ―――それだけだった。

 

けれど、いつ頃からだろうか? 

 

艦娘達と親しくなるにつれ、彼女達の抱えた過酷な運命を知るようになった。知りたくも無いのに知ってしまった。ゲームでは気にもとめなかった事実を、リアルな現実として肌で感じてしまったのだ。

 

そして、いつしか彼女達を護ろうという意思だけが強くなり、自分の能力を超えた無理をしていたように思う。本当ならば、身の丈にあった生き方をすれば良かったのに、自分の能力以上の結果を求めたんだ。

ただただ、……あの子達を守りたい。その一身で。

 

けれど何をどうやればうまく事が進むなんて知らなかった。円滑な鎮守府運営はどうすればいいかなんて、知るよしもなかったのだ。だから、自分の感情のままに無理に無理を重ねて、直面したあらゆる事案に過剰に反応してしまい、その場限りの対応に終始したんだ。正論を声高に捲し立てて、孤立無援のまま一人で強がり、空回りの行動をしてしまっていた。

 

当然、その行動は冷泉の存在を良く思っていない人達を刺激することになる。何かある度に、衝突し敵対する存在を作ってしまうこととなった。そして、冷泉に敵意を持っていなかった人達にさえからも、こいつは面倒くさい奴というレッテルを貼られる事になり、煙たがられる事になってしまっていたのだろう。助力してくれたかもしれない人達も、冷泉からは遠のいていった。

 

それでも、正しい事をやっていると冷泉は思っていた。けれど周りを見ることを忘れた冷泉は、とにかく艦娘を思うばかりで後先考えない言動を繰り返していた。その行動は逆に艦娘達の負担になっていたのではないだろうか?

 

そう考えると、いろいろと見えてくるものがある。

 

……扶桑の事だって、きっとそうだのだろう。

最初は冷泉を敵視していた彼女も、冷泉が本当の事を話してからは心を開き、受け入れてくれていたと思う。鎮守府運営に協力をしようと思ってくれていたと思う。けれど、冷泉の自分勝手で無謀で思慮に欠けた行動は、彼女に負荷をかけ続けていたのだ。その頃、扶桑は緒沢提督を消されたという事実に思い悩んでいたというのに、それに気づくことなく、自分の想いばかりを彼女押しつけていたのかもしれない。彼女が何を考え、何を思うかなんて思いも寄らなかったのだ。

 

そして、加賀が鎮守府に来てからは、その傾向は余計に強まってしまった。傷ついた加賀を救おうとして、冷泉はまた無理をした。それが何よりも優先度が高く、自分の行動は正しいと思い込んでいたのだ。確かに、その行動で加賀を救う事ができた。けれど、そのために自身はボロボロになり、司令官としての職務を全うできていたのだろうか? いや、何一つできていなかった。全てを投げ出し、加賀を救うことだけに必死だった。何も見えていなかった。

 

自分の想いだけで行動し、他の艦娘に負担をかけてはいなかったか? 扶桑や金剛、高雄達に無理をさせていなかったか? その答えは明白だった。

 

そして、その頃だ。永末が鎮守府に入り込んできていたのが。奴が……扶桑に接触を始めていたのは。不知火に接触をしていたのは。

 

彼女達は、そのことで冷泉に相談をしたかったかもしれない。けれど、それができなかったのだろう。相談できるような雰囲気じゃ無かったのだから。

それまでの無謀な行動のために追い詰められ憔悴していた冷泉に気を遣い、彼女達は何も言えなかったんじゃないか? 自分は心配をかけるばかりで、彼女達の悩みは苦しみを理解していたのだろうか? 艦娘のために俺はがんばっている。命を捨てたって後悔なんてしない! そんな偉そうな事を言って、本当は何も理解していなかったのではないか? 相談したいと思っている彼女達の気持ちにに気づくこともできなかったんだ。

事実、そうだったのだから。

 

「結局、……すべては俺の責任なんだよな」

と、苦しげに呟く。

「俺なんかが司令官になったために……」

目を逸らしていた事実に気づかされ、押しつぶされそうになる。どこかにその責任を求めても、結局のところ、すべて自分が蒔いた種なのだ。

 

硬直した組織が悪い。悪意を持って扶桑に近づいた永末が悪い。深海棲艦が悪い。……自分を舞鶴鎮守府司令官にした軍が悪い。この世界に巻き込んだ存在が悪い。

俺は悪くない。俺は一生懸命がんばった。なのにどうして、こんなことに。

 

それを叫んだところで、真実から目を逸らしているだけでしかない。

ただただ、泣きそうになる。

 

「俺は、できの悪い人間だってことを忘れていたよ。半端物で三流以下の存在だってことを何度も思い知らされていたのにね……。いきなり遙か雲の上の地位につけられて、ちやほやされて調子に乗っていた。きっと自分だって上手くやれるって思ってしまっていたんだ。俺の馬鹿さ加減でみんなに迷惑をかけて……」

全身に悪寒がする。どういうわけか体が震えてくる。視界が狭まり、呼吸さえも苦しい。

 

「……そんなこと無いですよ」

黙って冷泉の話を聞いていた鹿島が口を開いた。

「提督さんは、ちっとも悪くなんてありません。提督さんはみんなを思って、一生懸命がんばってがんばって、傷ついてボロボロになっても、それでも諦めずに必死だったんですよね。少しでも艦娘達の為になるだろうって」

 

「違うよ、そんないいもんじゃ無い! 慰めてもらったって、何にも変わらないんだ。何の能力も無いくせに、そこから目を逸らして、できるふりをして振る舞っていただけなんだよ、俺は。本当に愚かな奴なんだ」

思わず声を荒げてしまう。

その剣幕に驚いた表情になる鹿島。そして、冷泉をじっと見て、悲しそうな表情になる。

……また感情にまかせて、叫んだ事に後悔する。鹿島は何の関係もない子なのに、冷泉を気遣って言ってくれているだけなのに。

 

「提督さん……」

彼女は冷泉のすぐ側まで歩み寄ると、優しく冷泉の顔を包み込むようにして両腕で抱きしめる。彼女の柔らかい双丘の感触が頬に伝わる。ドキリとして顔を離そうとするが、ぐっと力を込められたせいで離れられない。

そして、彼女は優しく優しく、冷泉の頭を撫でるのだった。

「大丈夫、大丈夫ですよ……。提督さんは、何にも悪くないんですから」

ささやくような彼女の言葉が心に染みこんでくる。鹿島という艦娘の柔らかさと暖かさを感じ、気持ちが落ち着き、穏やかになっていくのを感じていた。

凄く気持ちがいい……。

いつしか、冷泉は目を閉じて、彼女に身をゆだねていた。

 

「ずっとずっと……辛い思いをしてきたんですね、提督さんは。とても痛い思い、苦しい思いを続けて来たんですね。辛かったですよね、痛かったですよね、苦しかったんですよね。本当によくがんばったですね、提督さん。心から凄いって思います。提督さんのその想いは、舞鶴の艦娘みんな分かっていますよ。だから、そんなに自分を責めないでください」

優しく、そして囁くような声が聞こえてくる。

 

「……けれど、俺はみんなを護れなかった」

全てを受入れ許してくれそうな声に身をゆだねそうになるが、必死で堪える。自分は許される存在じゃない。このまま優しさに甘えてなんていいわけが無いのだからと。自分は許されて良い存在じゃない。扶桑や不知火をあんな運命に巻き込んでしまった罪は許されちゃいない。永末の側に行ってしまった艦娘達を救うまでは、逝った彼女達に顔向けなんてできるはずがない。

 

「提督さん……」

顔を上げると、すぐ側に彼女の顔があった。綺麗な瞳が冷泉をまっすぐに見つめてくる。

「あなたは、本当に、本当にがんばりました。がんばりすぎて見ているこちらが辛くなるくらいに。……全てを救うには、人の手は短すぎます。どんなに努力を重ねたとしても、その想いは全てに届くわけではありません。どうしても、救いきれないものが出るのは仕方無いことなのです。扶桑さんや不知火の事は残念ですけれど、仕方がなかったのです。誰も提督さんを責めたりなんてしないです」

彼女は冷泉を再び抱きしめると、耳元で優しく囁いてくる。

彼女の言葉は、柔らかい響きを伴い、冷泉の心に染みこんでくる。彼女の体からは甘い香りが漂ってくる。言葉と香りと肌の感触……。なんとも言い難い気分になっていくのを感じる。

 

「しかし、しかし、俺にもう少し力があったなら、俺がもう少しうまくやれていたなら」

理性を保とうと反論するが、上手く言葉にできない。

 

「ふふふ、そうかもしれないですね。けれど、もう済んでしまったことなんです。もしもは無い事は、提督さんが一番分かっていることですよね。悲しまないでとは言わないです。忘れろ、なんて言うつもりもありません。でも、どこかでこの事について折り合いを付けないといけないんです。そうじゃないと、提督さん、前に進めないですよね。提督さんは、ここで立ち止まっちゃいけないことくらい、ご存じですもの」

 

「そ、そうかもしれない。それは分かっているのかもしれない。けれど、あいつ等のことを忘れて現実と折り合いを付けるなんて……今は、とても無理だよ」

 

「今すぐなんて言いませんよ。大丈夫です、大丈夫。私が提督さんの側にいて、ずっとずーっと守ってあげますから。提督さんは安心して、私に身をゆだねてくれればいいんですからね」

くすぐるような感触が耳を行ったり来たりしている。強弱を付けた感触は、冷泉の体の力を奪っていくようだ……。次第に抵抗するという気力が減退していく。

 

「だから、俺は……何としても今の状況から抜け出して、そして、舞鶴に戻らなければいけないんだ。……あいつ等と約束したんだから、すぐに帰るって」

うわごとのように冷泉は言う。現状、それが叶うとはひいき目に見たところであり得ない事を分かっていながらも、口にするしかできない。

 

「無理はしないで……」

再び、耳元で鹿島が囁く。

「提督さんの仰る事は、今はまだ無理なんです。そのことは提督さんが一番ご存じですよね。今はその時じゃあありません。今は我慢する時なんです。時期を待つ時なんです。心配しないでください。私がなんとかしてあげますから。すべて私にゆだねてください。身も心も……すべて安心して私に預けてください、提督さん」

その優しいささやきは、冷泉の心を包み込んでいく。なんだか夢ごごちな気分になっていくのがわかる。柔らかく温かいものに包まれて、ゆっくりゆっくりと眠りの世界に入っていくような……。

心の底から穏やかだと思える。

ああ、幸せな気持ちだな。こんな気持ちはいつ以来なんだろう……。そんなことを考えているのだが、現実感が薄れていくせいか、何が辛かったのか苦しかったのかも曖昧になっていく。何もかも、霧に包まれるように覆い隠されていく感覚だ。

ついには、「あれ? 俺は何を思い悩んでいたのか」とまで思いそうになる。

 

「提督さんは無理をしすぎて、体も心も、……もう耐えられない状態にまで追い込まれているんです。もう無理をしないで……。今はお休みになる時なんです。心配しないでください。きっと何もかも上手くいきます。私が上手くいくようにしますから。今は私を信じてください……ね。そして、私に何もかもゆだねてください。きっときっと、目が覚めた時には、何もかもが上手くいくようになっていますから。安心してください」

優しい言葉と甘い香り。柔らかく温かい感触。

 

鹿島は、どこまでも優しい。

 

そして、冷泉の疲弊しきった心と体は、その甘美な誘惑に抗うことができないように、次第に落ちていくのだった。

 

いっそこのまま……。

 

それは、逃避なのだろうか? 逃避だと人は責めるのだろうか……?

 

 

 

 

 

 


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