まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第186話 すべてを肯定するもの

唐突な騒がしさで、冷泉は目を覚ますこととなる。

 

冷たい床に突っ伏した状態だった冷泉は、乱暴に起こされるのを感じた。正直、あちこちが痛い。そんな事などお構いなしの兵士は、相当に焦った状態で喚き散らしている。ぼんやりとした視界の中、彼の制服が見える。どうやら憲兵隊所属の兵士のようだ。応援の部隊……本来、冷泉を連行するはずの部隊がやっと来たのだろう。

 

「おい、しっかりしろ! 大丈夫か」

その声は、はっきり言って、うるさい。喧しいと叫びたくなるほどだ。しかし、声すら出すのが難しい状態だ。迷惑げに冷泉が反応すると、彼は歓声を上げた。

「うお! 生存者発見です! 」

と。

 

そこでやっと冷泉の思考が現実に戻る。そうだ、自分は拉致されて殺されそうになった所を艦娘に助けられたのだった。あっという間に憲兵は殺されたのだ。

 

しかし―――。

 

あれは、本当に起こった事なのか? 夢じゃないのか? 夢であればいいのに……。思い出してみるが、自分の身に起こった事に現実感はないのだから。あれはきっと夢に違い無い。連行される車の中で冷泉は思い込もうとする。

それは願望でもあった。一人の艦娘の悲しい結末が現実になって欲しくない思いが、まずはじめにあったのだ。護れるものなら護りたい。けれど、自分にそんな力はない。だからこそ、目を逸らそうとしてしまう。

 

分かっている。自分の体に刻まれた傷を見れば、あれが現実であったことを思い知らされる。逃れられない現実。否定できない運命を。

 

包帯でぐるぐる巻きにされた両手を見て、ため息をついてしまう。これが明らかな証拠。憲兵隊から受けた拷問の傷跡だ。

 

右指3本、左指2本が骨折している。のこりの指も折れていないというだけの状態。それどころか両手の爪も乱暴に剥がされてしまっていた。顔の具合は鏡を見ていないからよく分からないけれど、だいぶ殴られたりしたから、見ない方が良いとも言われている。もっとも、包帯をぐるぐる巻きにされているから見てもわからないのだけれど。体のあちこちも少し動かすだけで痛みが走る。応急処置だけをなされ、鎮痛剤を打って貰っているからまだこの痛みで収まっているけれど、麻酔が切れたらどうなるのか……。

 

冷泉が意識を取り戻した時には、既に吹雪の姿は無かった。

 

部屋は血で赤黒く染まり、血だまりの中に殺された兵士達が転がっている状態。連絡を受けてやって来た、本来の憲兵隊達が吐き気に耐えながら現況写真を収めたり、死体を袋に詰めたりしているのをぼんやりと見ているだけだった。

冷泉は彼等の中で一番偉そうな男に、ここには死体だけしか無かったかと問うと、すでにこの事件の犯人は確保され連行されていると言うだけだった。それ以上の事を聞いたが何も答えなかった。誰が犯人であるか教える気は無いようだった。

 

駆逐艦吹雪……。

いきなり現れて、冷泉の危機を救ってくれた少女。それが終われば彼女は本来の運命に戻ると言った。絶望しかない未来を受け入れていた。それが信じられず、そして、救いたいという気持ちだけが冷泉の中にある。

理不尽な運命など、ぶっ壊してやりたかった。なのに何もできない自分の現在の置かれた状況が絶望的に辛かった。

何度か憲兵達に吹雪の事を話し、すぐに彼女を解放するように上に掛け合え! お前達にできないのであれば、俺をそこに連れて行けと命じたが、彼等に聞き入れるような耳は無かった。

艦娘の運命は、すでに決まっている事。それを覆す理由も無いし、権限もない。艦娘の処置については、いかなる事を行おうとも一線さえ越えなければ、艦娘勢力との関係に影響を与えるものではない。向こうも艦娘の処遇を把握していながら、何も言わない。暗黙の了解を得られているということなのだ。故に、これを覆すことなど不可能。たとえ、冷泉が鎮守府指令官の立場にあった時でさえ、認められないであろうとのことだった。

 

冷泉は、その愚かさ身勝手さに、こみ上げてくる怒りのぶつけ先が見つけられずに呻くしかできなかった。本当に腹立たしい。何もかもが許せない。何もできない自分がもっと許せなかった。

憲兵達を力ずくでねじ伏せることなどできるはずもなく、それどころか自身の力だけで歩くことさえ難しいのだから。そもそも、吹雪が連れ去られた場所さえ分からないのに、どうしろというのか。

 

結局、大人しく彼等に従うしかないのだ。そして、訪れるかどうかさえ分からないチャンスを待つしかない……。

 

搬送される車の中で、冷泉は行き先を知らされる。

応急処置をしたものの、冷泉の怪我の状況が酷いため、まずは病院に連れて行き精密検査を行うことになっている。恐らくは治療のため入院になるだろうとのことだ。軍法会議にかけられるのは、しばらくは無いらしい。実際、こんなぼろぼろの状態の冷泉を軍法会議にかけた場合、その状況がまずは論点となる可能性が高い。鎮守府指令官であった立場の人間が、あきらかに拷問を受けたような状態で連れ出されたとしたら、憲兵隊の倫理観が先に問われ、きちんとした審議がなされない恐れが高いという判断なのだろう。軍法会議は密室ではない。開かれた場において行われる。しかも、被告が鎮守府指令官である。適当に誤魔化すことなど不可能で、充分な審議を尽くされるのだ。よって、とりあえずは冷泉の傷が完治するまでは、人前に出す事は難しいだろう。拷問を受けて、嘘の自供をさせられたと判断されてしまったら、有罪を勝ち取るのはかなり大変になるのだから。

 

理由はそれだけではない。彼等の会話内容を聞くだけで、ある程度の想像ができてしまう。冷泉という被疑者が側にいるというのに、機密性の高い内容を話してしまうというだけで憲兵隊の兵士が混乱して動揺していることが分かってしまう。

 

彼等の組織内部において、実際のところ、もっと大きな問題が発生してしまったのだから。まずは、こんな事が発生したことの原因究明が最大の問題だろう。

なにせ、鉄の結束を誇っていた憲兵隊という組織の中に、全く別の指示系統で動く勢力が存在し、憲兵隊の意思を無視した行動をとったということだ。

 

一応、その実働部隊は抹殺されたわけであるが、それはそれでまた大きな問題である。皆殺しにされたという事実をどう扱うかも、大きな懸案事項であるらしい。

任務中の死亡案件にしてはあまりに犠牲者が多すぎて、殺され方も異常だ。殺された連中が組織の意思に反して行動していたことがもっと問題である。憲兵隊という組織の中で、どう落としどころを探すかで紛糾しており、時間がかかりそうだ。

 

まあそんなことは連中で考えればいいことであり、冷泉にとってはどうでもいいことなのだ。

 

冷泉に対し、憲兵隊による冷泉に対する拷問と突然現れた艦娘による憲兵隊隊員の虐殺についての尋問が行われた。彼等に取っては、冷泉が国家を裏切ったという事よりも、自分たちの組織の不祥事の原因究明が優先されているようだ。そんな指示が来ているのだろう。

 

精密検査を終えた冷泉は、病室に放り込まれる。一応、普通の個室ではあるが、天井にはカメラが設置されていて、どうやら24時間体制で監視下に置かれるようだ。

 

一応の自由は確保されているものの、やはりこの状態は精神的にきつい。監視下という状態も負荷がかかるが、それ以上に両手が使えないから生活に支障が出てしまう。

また冷泉には介護が必要になっているのだ。こんな状態では、風呂もトイレも一人ではどうにもならないのだから……。

 

正直、辛い。

 

舞鶴鎮守府との連絡は、当然ながら認められない。今回の事件を受けて、いろいろと確認したいができない有様。当然と言えば当然である。吹雪がどうなったかさえ教えてもらえないのだから。

そもそもここがどこかさえ分からないのだからな。

 

部屋で悶々としていると、唐突に変化が生じることとなる。

兵士に連れられて一人の来客があったのだ。

 

兵士達の表情には困惑と怒りの混ざり合ったもので、どちらかというと困惑、そして何か理不尽なものに対するぶつけどころのない怒りがあるように見えた。

彼等が連れてきたのは、なんと一人の艦娘だった。

 

正装姿にかなり短い丈のプリーツスカート。銀色の髪をツインテール。

練習巡洋艦鹿島。

 

艦娘の中でも特に人気があった艦娘の登場に冷泉は驚く。そもそも何の用事があってここにきたのか。吹雪のように何か目的を持ってここに来たというのか? それが彼女の命を縮めるようなことになるというのなら、絶対に阻止しなければならない。

 

 

「さて、あなたたちはもう良いですよ。ここは私と冷泉提督の二人っきりにしてもらえないでしょうか? 」

 

「しかし、彼は被疑者です。たとえ艦娘といえども二人きりというのは……」

 

「私は、艦娘側を代表してここに来ています。これは、私達艦娘全体の意思として受け取っていただいて結構です。私の決定については、日本国政府も承認しているということをもうお忘れなのですか? つまり、日本政府は私達の決定に対して、異を唱えると理解してよろしいでしょうか」

唐突に凍り付くような言葉使いで艦娘が言う。

 

「いえ、そ、そんなつもりは」

慌てふためいて兵士がしどろもどろになる。愛想笑いを浮かべるが、その笑みは引きつっている。

 

「ならば、さっさと出て行ってくれませんか? 」

言葉そのものは柔らかいが、有無を言わせぬ雰囲気がある。

 

「は! すみませんでした」

兵士達は大慌てで部屋を出て行った。

その様子を冷泉は困惑した気持ちで見つめている。

 

「さて、冷泉提督どうされましたか? 」

 

「いや、君は……」

 

「ああ、御挨拶が遅れてすみません。私は、第二帝都東京より、戦艦三笠の指示により参りました練習艦鹿島と申します。よろしくお願いします」

ゲーム世界では知っていたが、この世界では知らない同士だな……。

 

「君は何のためにここに来たんだ? 艦娘がこんな場所に一人で来るなんてどんな理由があるんだ? まさか、とんでもない命令を受けてきているんじゃないのか? 」

焦ったような口調で問い詰める。

 

「冷泉提督、どうされたんですか? 何かに怯えたように見えますけれど。……ずいぶんと酷い目に遭われたみたいですね。お可哀想に」

 

「お、俺のことなんてどうでもいい。艦娘の君がこんなところにいちゃいけない。今すぐここから立ち去るんだ。俺に関わったりしちゃいけない」

 

そんな事を言う冷泉に不思議そうな顔をする鹿島。

「一体、何があったというんですか? 」

 

「君は、知らないのか。俺は、ある艦娘に助けられて、ここに連行されてきた。本当なら殺されていたかもしれない状況から、彼女は救ってくれたんだ。……吹雪は。けれど、彼女はその事で処分されると言っていた。実験場に連れて行かれて酷い目にあうだろうと言っていた。なのに、当たり前の事のように彼女はその運命を受入れ、何も恐れていないようだった。……あれは本当にあった事だったんだろうか? 夢じゃなかったのかってさえ思う。そうであってくれればどれほど嬉しいか。できるならば、そう信じたい。……けれど、俺はあそこから救い出され、そして、今ここにいる。ならば、吹雪の運命は決定的だ。……彼女は、俺を救うのが与えられた使命だと言っていた。ならば、俺を助けたがために、酷い目に遭うって事じゃないのか? それを受け入れるというのか? ありえない、そんなの許してはいけない。そんな運命など認めちゃいけないんだ」

冷泉は混乱を来したかのように捲し立てる。何が何だか分からず、それでも現状を必死に把握しようとし、把握しきれずに喚き散らすしかできないのだ。

 

刹那、冷泉は抱きしめられた。

 

視界が閉ざされる。何か柔らかいものが視界を覆い尽くした。それは何故か温かく、安らぎを感じさせる。背中を、頭を優しく撫でられるのを感じる。

「よく耐えましたね、……冷泉提督。ずっとずっと、辛い思い思いん耐えてきたんですね。本当に辛かったんですね。もう大丈夫ですよ」

その声はとても優しく、温かかった。傷つきささくれ立った心に優しく包み込むようだった。

「大丈夫ですよ、提督。あなたはこれ以上、何も苦しまなくていいんです。その全ての苦しみは、きっときっと皆に届きます。あなたの優しさはきっと届きます。……吹雪さんも、あなたの優しさに触れることができて幸せだったと思います」

 

「けれど、俺は何ひとつできなかった……」

冷泉は、瞳から涙があふれ出すのを感じた。鹿島に優しく抱きしめられ包み込まれている状況はとても心地よく、穏やかな気持ちになっていくのだ。

「俺はいつも何もできないんだ」

と、そんな弱気な言葉が出てしまう。ついつい自分の感情を素直に出してしまう……そんな雰囲気を醸し出されてしまう。

 

「そんなことはありません。冷泉提督は、いつもいつも艦娘達の事を思われています。その気持ちは、艦娘達みんなに伝わっています。だから、そんなに自分を責めちゃいけません」

 

「けれど、俺のせいで扶桑が、そして不知火を死なせてしまった。さらには吹雪までが……俺の行動が扶桑達を惑わせ敵に付け入る隙を与えてしまった。そのために不知火が……。そして何の関係もない吹雪までが。俺がもっとしっかりしていたならば、もっと先の先まで見通せる力があったなら、あんなことにならなかったんだ。そして、今後も俺のために不幸な未来を迎える艦娘が出てくるかも知れない。俺はどうしたらいいんだ? 俺がこのまま鎮守府に留まっていても、艦娘の為にはならないんじゃないのか? 俺は、俺は」

知らぬ間に声は大きくなり、動揺は涙を誘い、いつしか嗚咽混じりとなっていた。

 

「そんな事はありません。提督は何一つ間違っていません。あなたは常に正しい選択をしてきていたのです。扶桑さん達の事はとても悲しい事ですが、あれは逃れられぬ運命だったのです。しかし、その中でもあなたは必死になって彼女達を護ろうとしました。そのことはあなたが一番知っていることでしょう? 全てに悲観し、自分ばかり責めるのは止めてください。あなたは常に正しいことをしています。あなただからこそ、……あなたがみんなのことを思って必死になって行動したからこそ、この悲劇で済んでいるのですよ。他の者があなたの立場だとしたら、もっともっと不幸な未来が展開していたはずです。冷泉提督……あなたがいたからこそ、……あえて言いますが、舞鶴鎮守府は、あの程度の被害で済んだのです。あなたがいたからこそ、あなただったからこそ、最小限の犠牲で済ませることができたのです。もっともっと自分のがんばりに目を向けてください。あなたは決して間違っていません。あなたは、正しいのですから」

泣きじゃくる冷泉は、背中を優しく撫でられる。鹿島の言葉はとても優しくて温かい。絶望に打ちひしがれ、未来に展望を持てない冷泉にとって、どれほどありがたかったか。

彼女は、全てにおいて優しく、冷泉の全てを肯定してくれる。冷泉はまるで子供のように、聖母のような鹿島に甘えるのだった。彼女の胸の中に抱かれ、その暖かさに包まれて、安らぎを感じるのだった。

 

「提督は、とてもお疲れなのです。ずっとがんばり続けたんですからね。だから、少し休んではどうでしょう? 大丈夫、私がずっとあなたの側にいてあげます。私があなたを守ってあげますから」

そう言って、鹿島は冷泉を強く抱きしめる。

 

「し、しかし……」

そこで冷泉は、吹雪の事に思いをはせる。彼女は捕らえられ、どこかに連れ去られたのだ。

「いや、そういうわけにはいかない。こうしている間にも吹雪がどういう目に遭わされているかわからないんだ。彼女を助け出さないと」

 

「無理をしないで。今の提督に何ができるというのですか? あなたは囚われの身なんです。仮に憲兵隊の人達に何かを言ったところで聞いてもらえるものでも無い事は、提督にもおわかりでしょう? 吹雪さんの事は憲兵隊にとっても管轄外の事。他の組織に対してどうこういえる立場にありません」

 

「だがしかし……」

 

「できないことをどうにかしようと足掻いても、人の手が届く範囲は限られています。どうすることもできない事が世界には、いくらでもあります。それはたとえ、提督であっても同じです」

 

「けれど……けれど」

 

「提督、あなたにはやらなくてはならないことがあります。あなたにしかできないことがあります。今、提督が何かをしようとしても、囚われの身のあなたには、どうすることもできません」

 

「しかし」

そう言って冷泉は顔を上げ、鹿島を見る。

「俺はこんなところでモタモタしているわけにはいかないんだ。何としても吹雪を救い出すんだ」

 

「偉そうな事を言ってすみません。けれど、教えて下さい。提督、……あなたは、どうやって吹雪さんを助けるんですか? 何か手立てはあるのでしょうか? それに、提督の仰る実験場は、どこにあるのかご存じなんですか。どうやって行こうとしているんですか? 仮に行けたとして、その後どうするんですか? 吹雪さんを助ける事ができたとして、その後、吹雪さんをどうするおつもりなんですか? 今のあなたは、何の権限もない唯の一兵卒なのではないですか? 」

 

「そ、それは」

答える事などできるはずもなかった。矢継ぎ早の質問に何一つ回答できない。反論できない。

舞鶴鎮守府司令官の役職から更迭され、憲兵隊に拘束された男に何の権限があるというのか。体だってボロボロだ。まともに歩くこともできない。そんな体でどうやって吹雪の元へと行き、彼女を助け出すというのか。そんなの無理だって冷泉も分かっている。分かっているがやめる訳にはいかない。たとえ、行き当たりばったりの愚かな考えだろうとも、譲れない物があるのだから。

「けれど、けれど、けれど」

そうはいっても、少女を説得する言葉を続けることができない。自分の無力さに目頭が熱くなり、全身に震えが生じる。

 

再び強く抱きしめられる冷泉。

「大丈夫……大丈夫です。私があなたの側にいる限り、憲兵隊のみなさんも手出しはできません。今すぐは無理でしょうけれど、きっとあなたをこの状況からお救いします。だから、私を信じてください。私にすべてをゆだねてください。そうすればきっときっと、良い方向に流れが変わるはずです。あなたが今、失おうとしているもの全てをきっと取り戻してみせますから。その時に力を発揮できるよう、今は耐えてください」

そう言うと鹿島は冷泉の頭をゆっくりと撫でてくれる。柔らかい彼女の感触、うっとりするような香りが漂って来て穏やかな気持ちにさせる。

意識が遠のいていくのを感じる。穏やかで安らかで気持ちがいい。このままずっとそうしていたい……。

「提督……。あなたは私がお守りします。だから、少しだけ少しだけで構いませんから、お休みください。……そして、あなたが力を発揮しなければならなくなる時の為に、今は力を蓄えてください。大丈夫、大丈夫。きっと何もかも上手くいきます。あなたは何も心配しなくて大丈夫。その身を私にゆだねてください。大丈夫です……」

ささやくような鹿島の声を聞いているうちに、冷泉は体が軽くなるのを感じる。全身に感じていた痛みがゆっくりと消えていく。それに変わって安らかで穏やかな気持ちが全身を包み込んでいくような感じだ。柔らかいタオルで全身を包まれるような感覚が近い。

眠くなってくる。そして、その眠気に抗う気持ちなどどんどんと失せていく。こうして安らかな気持ちになるのは久しぶりだ。

背中を優しく撫でられる。そのたびに心の底にある澱のようなものが消えていくような感覚を感じる。体が中に浮くような感覚すらある。

そして、艦娘の鹿島の温もりを感じながら、冷泉は深い深い眠りの中へと落ちていくのだ。

 

「大丈夫ですよ、提督さん。私がずっと側にいます。今は何も気にせずに、私に甘えて下さい。そして、ほんの少しでも構いません。お休みください、提督さん」

遠い遠い彼方から、鹿島の声を聞きながら―――。

 

 

 


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