まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第177話 神が死んだ世界

舞鶴鎮守府は、冷泉提督がいなくなった後も慌ただしいままでした。慣れた様子でいろいろと指示を出し続ける葛生提督を見つめながら、私、天ヶ瀬は何をしていいかわからないまま、ただただ右往左往するだけでした。

 

冷泉提督から直接引継ぎを受けたとはいっても、見たことも聞いたこともない内容の事務ばかりで、仰った事のほとんど理解しないままで進んでしまいましたから……。分からないところは聞いてくれと言われていましたけれど、切迫して何かに追い立てられるような雰囲気でいらっしゃる提督に、質問なんてできる雰囲気じゃなかったのです。それに、ただでさえ偉そうな憲兵隊のいけすかない男がずっと睨んでいました。その上、海軍女性兵士の憧れの存在である、大湊警備府の葛生提督がいらっしゃるのですから、緊張しっぱなしでした。

 

冷泉提督が不在の間は、葛生提督が鎮守府の指揮を執られるそうで、そんな彼女の前で情けない姿を見られたくないっていう馬鹿な見栄を張ってしまったのでした。我ながら、情けない。結局、自分の無能さを現在も示し続けている訳なのですから。

 

葛生提督の有能さを間近で見て感動するとともに、冷泉提督がいかに私をフォローしてくれていたかがよく分かりました。そんな風には見えないのですが、やはりあの若さで鎮守府司令官になるだけの人です。とんでもなく凄い人だったんだと再確認させられてしまいました。

自分は何でもできるんじゃないかって自惚れてしまっていた事が恥ずかしいです。冷泉提督がいなくなったら、何にもできないんですから。

 

けれど、情けないなんて思っている暇などないのです。

私は冷泉提督より、鎮守府の事を任された者の一人なのですから。提督の期待に応え、彼が帰ってくるまでの間、きちんと鎮守府を運営していかなければならないのです。提督の事は心配ですが、提督は帰ってくると仰りました。その言葉を信じて、自分ができることをやるしかないのです。

 

話を今の舞鶴鎮守府の事に戻しましょう。

 

戦闘で損傷した艦娘達は、修理のために大湊警備府へと移動され、そちらのドッグで修理を行うことになりました。

 

何故、そんな事態になったかというと、先日の武装兵力の襲撃に遭った際、舞鶴鎮守府のドッグは一部破壊されてしまい、いまだに修理に取りかかれていない状況であった事。そして、被害は物理的なそれだけでは無かったという事も理由になっています。

 

襲撃者は、なんと基地内情報ボックスをこじ開けて回線に侵入し、鎮守府内のコンピュータネットワークへのハッキングを行っていた形跡が発見されたのです。このため、基地ネットワークは機器使用が一時全面停止されました。政府よりの専門スタッフが派遣され、基地内ネットワークについては問題が無いと確認されましたが、ドッグについては、再調査の必要性ありということで未だ全機器の使用が禁止され、施設そのものが全面閉鎖されてしまっています。今も彼等はドッグ内で昼夜を問わずに作業に追われています。(もちろん、鎮守府の兵士達も、復興のために寝る間を惜しんで働いています。)

 

当然のことですが、艦娘は日本国最高レベルの機密事項です。ゆえに万が一と言う事があってはならない。艦娘の鎮守府を離脱という重大事案の発生した舞鶴鎮守府ですから、より徹底した調査が必要だと判断されている、と葛生舞鶴鎮守府司令官代理は仰っていました。

 

ちなみに調査に来ている政府要員は、海軍どころか軍の人間でもありません。艦娘側より組織された部門から派遣された人なのです。つまり、得体の知れない連中といっても過言ではありません。軍や政府から完全に独立し、艦娘側に雇われているというよく分からない組織の人間であり、あまり信用できないと個人的に思っています。そもそも、彼等彼女等がどういった経歴の人間なのか、まったく分からないのですから……。なのに、ずかずかと鎮守府にやってきて、勝手に好き勝手やっているのですから。

 

そんな私情はともかく……。

 

損傷艦の護衛に無事な艦娘も随行するため、舞鶴に残された艦娘は、ほんの僅かとなってしまいます。このため、広報要員として派遣されていた軽巡洋艦夕張と駆逐艦島風が、葛生提督の指示により鎮守府に戻されることになってしまいました。

 

二人の艦娘は、これまでの深海棲艦との戦いによるダメージの蓄積のため、戦闘はできない艦であります。けれど、その事は冷泉提督のご意志により、ごく一部の艦娘と軍関係者のみに秘匿されていました。これは、彼女達が解体されないために行われている事なのです。軍艦として役に立たなくなった艦は解体されるという非情な運命なのです。

 

当然、この事は葛生提督は知らないわけで……、彼女は二人に対して「仮に敵深海棲艦の襲来があれば、あなたたち二人を中心とした艦娘で、救援が到着するまで持ちこたえてもらわなければなりません」と厳命されてしまいました。

二人は俯いたままで黙り込んでしまいます。

 

「しかし……」

と秘書艦である正規空母の加賀さんが、彼女に反論します。

恐らく、彼女は夕張さんのことだけを心配して声を上げたのだと思います。島風さんの事は考えてもいないでしょう。何故なら、加賀さんを助けに向かう際の限界を超えた航行により、島風さんの船体には戦闘が不可能になるほどの重篤な後遺症が残ってしまった事は、冷泉提督の指示により、彼女には隠されていたからです。

 

「ん? 加賀、何か問題でもあるのかしら? もし私が知らされていない事があるのだったら、速やに教えて頂戴。冷泉提督からは、二人の事について何か事情があるとは聞いていないのだけれど。……もしかして、彼女達には戦闘に際して、何か問題でもあるというのかしら」

と、詰め寄られ、

加賀さんは

「い、……いえ、何も、その」

と、言葉を濁らせてしまいます。

 

「何も言えないということは、夕張と島風が鎮守府警備の任に当たることに、秘書艦としては何の異存も無いということね」

その問いかけに、彼女は頷くしかありません。

 

私としては何とかその決断を止めたい気持ちもありますが、それを口にしたら彼女達の事を全て話さなければならなくなってしまいます。それは、結局、彼女達の立場を猛烈に悪くするだけです。そして、それだけではありません。加賀さんにも島風さんが彼女の為に重篤な後遺症が残ってしまった事を言わざるをえなくなるのです。それは冷泉提督のご意志にも反する事。口にすることなんてできるはずもありません。

 

私の葛藤をよそに、葛生提督から加賀さんに対して、更に厳しい言葉が発せられます。

「あのね、加賀……。私、ずっと見させてもらっていたのだけれど、ここの艦娘達は、どうも提督に甘やかされていたからなんでしょうか、……提督に対する尊敬の念というものが、まるで感じられませんね。あまり批判的な事なんて言いたくないのだけれど、お友達感覚で冷泉提督に接しているようだけれど、その甘さが鎮守府の戦果の停滞の原因ではないか、と私は考えざるをえないのです。もっと上官を尊敬し従う必要性があると思うけれど、どう思うかしら? 特に、加賀さんの態度が目につきます。……あなた、どういう了見かは知りませんが、ずっと見てて思っていたんです。……冷泉提督とどういった関係にあるのかは、あえて詮索はしませんが、ずいぶんと慣れ慣れしすぎるんじゃないですか? 今の立場をあなただけに許された特権的に解釈しているとしたら、とんでもない勘違いを生じる危険があります。もう危なかったしくて仕方ありません。……艦娘と提督との公私の区別は、きっちりとつけてください。そういった部分を是正するのも、後を預かった私の使命でもあると思っているのです。冷泉提督は男の人ですから、艦娘のような存在にはなかなか強くは言えないのでしょう。まあどの殿方でも同じなのでしょうけれど」

 

「それについては、きちんとしているつもりです」

意図的にか分かりませんがその口調はとげとげしく、端から見ても反抗的な態度を取る加賀さん。言葉にせずとも、何を偉そうにと言っているのと同じです。

 

次の刹那、葛生提督の右手が動いたかと思うと、

ぱああああん! と乾いた音を立てて、加賀さんは思い切り張り倒されてしまいました。スナップの効いた綺麗な張り手でした。それは、私が思わず声を上げてしまうほどに。

 

「な、何を」

と加賀さんは睨むが、逆に提督に睨み返されて、その迫力に目を逸らしてしまいます。

 

「いい加減にしなさい。加賀、あなたは、自分の立場を弁えなさい! いろいろと調べさせて貰ったわ。……それで分かったの。どうして、冷泉提督があんな体になってしまったのかをね。……何もかもあなたが原因なんじゃないの? 横須賀鎮守府でもずいぶんと悪さをして追い払われ、這々の体でいたあなたは、冷泉提督にに拾われた。そんな恩があったのに、あなたは従順ではなく、また悪女っぷりを発揮したわね。男とは馬鹿だとはいえ、彼も他の男と同様にあなたの魅力にはまってしまったのかしら? 加賀、あなたの為に彼は死にかけ、そして重篤な後遺症が残ってしまったわね。あなたの気を引こうと彼も必死だったのかしら。とにかく……無理をしすぎてしまった。その後も酷い有様だわ。あなたを偏愛してえこひいきする彼の行動が、鎮守府の艦娘の信頼にヒビを入れ、永末という人間に付け入る隙を与えてしまった。そのために鎮守府から多くの艦娘が離脱するという異常事態を引き起こしてしまった。すべては、あなたのせいじゃないの? まあ、あなたに悪気があったわけじゃあないのでしょうけれど。まあ、悪女とは往々にしてそんなものなのだから……。しかし、横須賀鎮守府生田提督に勝るとも劣らないと称された彼を、あんな腑抜けにしてしまったのは、憲兵隊に囚われ惨めに連行されるまでに落ちぶれさせたのはあなたの責任なのよ。今更言ってもどうにもならないけれど、少しは反省しなさい! 」

 

「……私は、そんな事はしていません。舞鶴の混乱が私がここに来たこにが原因とがあるいうのなら、いかなる処罰も受けます。私の不徳の致すところであるのなら、責任は取ります。けれど、冷泉提督とは、提督と秘書艦以上の関係などありません。ありえません」

 

「へえ、彼とは何も無かったというの? 体に触れさせることもなく、手玉にとったとでもいうの? 」

あえて挑発するかのような口調で提督が睨み付けます。

 

「信用してもらえないのならそれでも構いません。それに提督の事を手玉にとるなんてこと、ありえるはずがありません」

 

「ふうん。では、冷泉提督に対しては、あなたは何の感情も無いということ? 」

 

「……」

突然、加賀さんは黙り込んでしまいます。

 

「ねえ、どっちなのかしら? 」

まるでいたぶるかのように、葛生提督は追求を緩めない。

 

「彼の事を艦娘という自分の置かれた立場を忘れているわけではありませんが、一人の女として彼を好きだということは間違いありません。……私にとっては、誰よりも大切な存在です。けれど、私がそう思っているだけで、このことは彼も知りません」

耐えかねるように、加賀さんは言葉を紡ぎます。

 

「プラトニックな、一途な想いでしかないと言い切るのね。ふうん。まあ、そういうのならそれ以上は追求はしませんけれど」

と、探りを入れるようなネットリとした視線を彼女に向ける。

 

「本当です、本当なんです」

必死にそれを否定する加賀さん。まとわりつくような提督の視線に耐えかねているようにも見える。

 

「うふふ……まあそれはどうでもいいわ。他の艦娘だって、あなたに似たような感情を持っているみたいだしね。まったく……」

呆れたような声を上げる葛生提督。

「こんなに思ってくれる子がいるのに、それなのに手も出さない男なんて……ある意味気持ち悪いわね。地位を利用して力ずくでモノにするようなゲスもいるというのに、好意を持ってくれる女の子に鈍感な恥ずべき馬鹿だと思うわ」

 

「けれど、誰よりも優しい人です」

とぽつりと呟く。

 

「あなたも相当に馬鹿な子ね。……思うことがあったらその気持ちを素直に出しておかないから、いなくなってから後悔することになるよ」

と歯がゆそうに口にした。

 

「それは、どういうことですか」

思わず驚いた表情を見せる加賀さん。

 

「分かっているとは思うけれど、冷泉提督は、軍法会議にかけられる。それはあなただって想像できるわよね。そして、どう考えても冷泉提督は失策続け、挽回することができなかった。そして、彼のこれまでのやり方から、海軍の中には敵だらけよね。恐らく誰も彼を擁護するような人はいないでしょう。仮にしたくても、擁護すれば自分の身にまで災難が降りかかるのは明らかだから、したくてもできないでしょう」

 

「けれど……提督や横須賀の生田提督が擁護にまわってくれれば」

縋るような視線で加賀さんは提督を見ます。

 

「ふふふ、鎮守府指令官は、軍法会議に入ることは認められていないわ。つまり、援護など求められない絶対不利な状況で、彼は裁かれることになるわ。どういった処分が下るかは、私にも全く想像がつかない。軍から追われるだけならまだしも、……懲役刑、それどころかもっと重い罪が課されるかもしれない。最悪の最悪を想定しても足りないくらい。それくらいの覚悟は必要よ。それに、もし……たとえ公正な裁判が行われたとしても、彼がこの鎮守府に戻ることは無いのよ。もう、あなたたちが彼と会うことなんて永久に無いのよ」

断言するような口調で、葛生提督が言います。

 

その言葉に加賀さんは、相当なショックを受けたのでしょうか。呆然とするしかありません。

艦娘は、鎮守府から出る事は許されない。……冷泉提督は、どんなに運が良くても軍を追われるしか道がないとするならば、もはや艦娘達は冷泉提督と再会することはできないのです。それは、加賀さんにとって、想像もできないほどの衝撃なのではないでしょうか。

 

もちろん、私だってショックを受けているのは同じです。

 

可能性は予見していましたが、葛生提督のような鎮守府の司令官のような高い地位の人が言うと、その言葉にはもの凄い重み、現実感がでてしまいます。

 

既に決まった事のようにさえ感じられ、絶望せざるをえませんでした。冷泉提督は帰ってくるって仰ったのに、やっぱり帰って来られないのです。もう二度と彼に会うことはできないのか! そう思うと悲しく、辛くなります。

 

私のこの感情は、上司に対する物じゃないものであることは分かっています。提督が帰ってくると言ってくれたから、それを信じようとしたのに……。この想いは、提督が帰ってきてから伝えればいいやって思っていた「言葉」が宙ぶらりんになってしまう。けれど、自分にはどうすることもできないもどかしさ。

 

けれど、、そもそも、私のような一介の中尉に何ができるというのでしょうか。

 

「て、提督、お願いします。なんとか、なんとかして冷泉提督にお力添えをしてください」

突然、必死の表情で加賀さんが懇願します。提督の手を握り必死に訴えているのです。

「わ、私にできることなら、何だってします。だから、どうかどうか、彼を冷泉提督を救ってください。お願いしますお願いします」

クールな加賀さんが、普段とはまるで違い感情を露わにした態度で、訴えかけます。その表情は必死です。

 

「確かに私が軍法会議に出ることはできないけれど、一応鎮守府指令官ですからね。私のコネで介入することができないわけではないけれども」

値踏みするように加賀さんを見る葛生提督。

そして、

「けれど、これは火中の栗を拾うような物なのよ、……冷泉提督を擁護するということは。私にも何か相応のメリットが無いと、さすがに無理は利かないのよ。残念ながら、あなたがどう私を評価しているかはしれないけれど、私も人並みに保身を考えるし、出世欲だってあるんだから。それでも言うんだから……本当になんでもするの?」

と意味ありげに呟きました。

加賀さんは、唇を強く噛んだような表情を見せますが、何故か諦めたように頷きます。

その態度を見て葛生提督は、

「大丈夫よ、加賀。私がなんとかしてあげるから。だから、あなたも私に忠誠を誓いなさい」

と優しく語りかけながら加賀さんの頭を撫でてあげます。そうしながら、彼女は何故か満足げに頷いていました。

 

 

 

舞鶴鎮守府……艦娘用宿舎。

 

出航準備の為に艦娘は港に出払っている。

ただ一人、金剛だけがいた。

 

彼女は、舞鶴鎮守府を去るための荷造りをしていたのだ。

横須賀鎮守府への異動を承諾した彼女は、一人で作業を続けている。普段の舞鶴鎮守府なら艦娘の異動があれば送別会が盛大に開かれるのだけれど、今は非常時。そんな時間的余裕も精神的余裕もないだろう。そもそも、そんな事なんてして欲しくないのが本音だ。

 

金剛の異動を知る者は、今のところごくごく一部に限られている。

 

舞鶴の艦娘達は、大湊警備府での修理に向けて準備に忙しい。ほとんどの艦娘が大湊警備府へ行くことになる。そうなれば、舞鶴鎮守府はほとんど空っぽになる。

彼女達が出航したら、こっそりと抜け出そうと思っていた。

 

突然、受付より彼女に連絡が入って来た。

軍令部の人間が直接やって来たとのことだ。

 

こんな時に面会だなんて面倒くさいけれど、会わないわけにもいかないので、来客を通すことにする。宿舎から近い場所にある会議室を押さえて貰い、そこで会うことにした。人目を避けるのは、他の誰かに見られたら、いろいろと詮索されそうだからだ。

とにかく、何もかも煩わしかった。

 

どうせ話の内容は、今回の横須賀鎮守府への異動の事だろう。

 

指定した会議室に行くと、すでに一人の男が会議室の椅子に腰掛けて待っていた。男は軍令部の人間で某と名乗る。ひょろひょろの長身で、黒縁の眼鏡をかけた、何の特徴もない顔立ちだ。おまけに名前も適当な感じにしか思えないし、違和感を感じざるをえない。

 

腰掛けるように促し、対面する椅子に金剛は座る。

「……今、忙しいのに何の用? 時間はあんまり無いから、手短にお願いするネー」

 

男は意図的に作ったような笑顔をみせながら、ゆっくりとした口調で話し始める。

それは、冷泉提督が憲兵隊に連行された事。そして、今後軍法会議にかけられ、恐らくは重罪となる予想を伝えられる。

 

冷泉提督が捕らえられた事を知らなかった金剛は驚き、思わず椅子から立ち上がる。

「まあまあ、慌てないでださい。今から追いかけても無駄ですよ。もうとっくに憲兵隊の施設に連れ込まれているでしょうから」

とへらへらした笑みを浮かべながら男が静止する。

 

「そんな筈無いネ。こんな不法な事、他の子達が絶対に許すはずがないもの」

強制的に提督が連れて行かれるなんて事があったとしたら、艦娘が許す筈がないのだ。例えどんな理由があろうとも、正当な理由で拘束しようとしても、加賀や神通が黙っていないはずだ。あの二人の提督への傾倒ぶりは異常なくらいだから。

 

「いいえ、平穏無事に、きちんと引継ぎまでなされてから、冷泉提督は任意同行に応じていましたよ。強制では無かったので、艦娘達も特に騒ぐこともなかったようですし」

 

「そ、そんな事」

気が遠くなりそうになった。どうして、みんな止めなかったのか。憲兵隊に連れて行かすなんて、もう詰んだようなものじゃないか。みんな、冷泉提督の置かれた状況が認識できていないのだろうか。なんてお気楽な子たちなのか。

苛立ちを感じながら、ふっと冷静な思考が戻って来て熱くなったはずの頭が急速に冷めていくのを感じる。

私、何をそんなに慌てているの? ……そうだ、もう自分には関係のない事なのだ、と。冷泉提督は、もう私の上司でも無い……ただの人なのだから。

それに、彼の運命は誰でも想像できた事だ。ただ、それを誰も口にすることができなかっただけでしかない。提督本人も分かっていることだろう。

 

ただ、彼が連行される時に側にいられなかったことが悔しい。本当は、鎮守府を後にする時に、こっそりと彼に会うつもりでいた。自分の本当の気持ちを伝え、どんな形であれ誤解を解いておきたかった。

もう二度と会えないのかも知れないのだから。

 

「なんとか提督を救う手立てはないの? 」

関係無いのにそんな事を聞いてしまう。

 

「無い事はないですけれど、ね」

 

「知ってるなら教えるね。今、すぐに」

呑気に話す男に対して苛立ちが募る。少し声に怒気が混じってしまう。

 

「あなたが今すぐ、横須賀鎮守府に移動することを承諾すること。まあ、これは既に決定されていることだから、何ら問題も無いでしょうね。あともう一つの条件、それは、改二改装を承諾することです」

本当は、金剛は冷泉と離れることが嫌だった。大好きな提督ともう一緒に戦場に出ることも、気楽にお話することも、あたりまえだと思っていた日常が無くなってしまうことが辛く寂しかった。そして将来……そんな夢も絶たれてしまうことは認めたくなかった。

けれど、それはもう決めてしまった事だ。今更、嫌だなどというつもりはない。そして、新たに追加された条件。改二改装を行うこと。すでに自分はそういった大規模改装を行うことができる状態にあるということなのか? 強くなることは戦艦という地位の金剛にとっては願ってもないことだった。新たな鎮守府で日本国の為に役立てるのならばそれほど嬉しいことはないだろう。

条件をのむことになんの問題も無い。この条件を飲むことで、冷泉提督の立場が少しでも有利になるのであれば、願ってもないことだった。

金剛は、もったいぶる態度を取りながら、男に頷く。

「それで、冷泉提督の立場が良くなるのなら、その条件を飲むネ」

 

答えを聞いて男は嬉しそうに頷く。

「よかったです。承諾して下さりありがとうございます」

 

「約束は絶対に守ってもらえるネ? 冷泉提督が不利にならないよう、絶対にお願い」

 

「ご安心ください。我々が彼をお守りします。あなたの覚悟を無にするようなことはありえませんから」

 

「絶対ネ」

念を押すように金剛はもう一度確認した。

 

提督とは喧嘩別れしたままだけれど、提督への処分が軽くなれば、きっといつか会うことができる。その時こそ、自分の気持ちを、本当の事を言おう。そんなことを思うのだった。

 

 


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