まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第176話 任意同行

帰投した冷泉達を葛生提督がわざわざ港まで出迎えてくれる。冷泉の帰還を知り、急遽駆けつけてくれたらしい。

 

舞鶴鎮守府の港の状況は出撃時とほとんど変わらず、破壊されたゲートの撤去は完了しており、現在は他の瓦礫の除去を行われている最中だ。破壊された施設は荷物の搬出を終えた建物から順次取り壊し中である。優先度の高い施設より、建設作業を行うことになっている。

 

港の外には見慣れない艦艇が数隻いて、護衛に当たってくれていた。それは、大湊鎮守府より派遣された艦娘であることがわかる。

 

艦を降りると、すぐに部下を伴い葛生提督が駆け寄ってくる。

冷泉は彼女に礼を述べる。ただでさえ自分の鎮守府の指揮運営を行わなければならないのに、さらに舞鶴の面倒まで見て貰っている。まともに運営されている鎮守府ならまだマシだが、舞鶴については敵の攻撃による被害が甚大な状況。復旧に向けた業務が膨大で、それだけでも大変だったと思う。自分の鎮守府でもないのに率先してやってくれた彼女には、本当に感謝だ。

 

しかし、葛生提督は、そんな苦労をまるで感じさせない。

「私達鎮守府指令官は、確かに普段は戦果を競い合う競争相手でしかないです。けれど真に困った時には助け合うのは当たり前のことでしょう。そもそも自分たちは敵同士ではなく、日本国の為に、深海棲艦と戦う戦友なのですから。何かあった時はお互いさまでしょう? 」

 

「本当にあなたには迷惑ばかりかけて、申し訳ないです」

と頭を下げるしかできなかった。

何度目かわからないけれど、不在時の鎮守府の指揮と更に救援に来てくれたことを感謝する冷泉。「図々しいお願いですが、まだまだ舞鶴鎮守府を立て直すには時間がかかります。今後も葛生提督の、大湊警備府の助力を引き続きお願いしたいのです」

 

「そんなこと当たり前でしょう。何を遠慮しているのですか。全然気にしなくて結構ですよ。私達ができることは何だってやりますからね。何でも言いつけてください」

そうすることが当たり前の事のように答えてくれ、冷泉は再び頭を下げるしかできない。

何故か隣に立つ加賀は、不機嫌そうな顔で腕を組んで突っ立ったままだ。慌てて冷泉は彼女にも頭を下げるように促すと、嫌嫌に、しかもめんどくさそうに頭を下げた。

「おい加賀、失礼だぞ。……すみません、こいつ、戦いで疲れているようで」

と慌てて誤魔化す。何の不満があるのか分からないけれど、大人げない秘書艦の対応に理解が及ばない。

 

「いいえ、気にしないでください。きっと冷泉提督があまりに私に対してペコペコされるので、秘書艦として面白くないんでしょうね。常に凛々しく、てきぱきと指示をして部下を引っ張っていくのが鎮守府指令官ですからね。艦娘にとっては、提督とは憧れの存在でもあります。常に格好いい姿だけを見たいですからね、うふふふふ」

そんな加賀の態度などまるで気にならないかのように、彼女はニコニコとしている。加賀はそんな余裕を見せる葛生提督のことが気にくわないようだけれど。

「それでは、提督がいらっしゃらなかった時の作業状況について……」

と、葛生が続けようとした時、ドアが乱暴にノックされる。

加賀が無表情のままドアまで出向き、確認をする。するとドアを押しのけるようにして複数の軍服の男達が入ってきた。

「ちょ、ちょっとあなたたち、勝手に入らないでください。何の権限でこんな事を」

加賀が明らかに怒ったような口調で叫ぶ。そして先頭の男の腕を掴んだ。

 

「黙れ艦娘が! 馴れ馴れしく触るな、気持ち悪い! 胸糞悪くなる」

そう言うと、腕を掴んだ加賀を突き飛ばした。彼女はよろけるが、なんとか転倒せずに堪える。すぐさま、何かを口走り行動に移ろうとする。しかし、他の兵士達に腕を掴まれて取り押さえられてしまう。

 

「静まれ、我々は憲兵隊である! 冷泉提督はどこだ! 」

妙に高圧的な態度で、加賀を突き飛ばした、どうやらこの隊の隊長らしき男が叫んだ。

 

「私が冷泉だ。一体、何の用なんだ? 女の子に乱暴し、汚い言葉使いをするようなゲスな無法者の出入りを許したつもりは無い。そもそも、貴官等は一体、何様のつもりだ。……おい、お前等、その汚い手を加賀から離せ。……何をしているんだ、今すぐだ。モタモタするな、さっさとしろ!! 」

憲兵というだけで悪のイメージを持ってしまっていたせいもあるけれど、加賀を突き飛ばした事で完全敵対モードになってしまった。

冷泉の剣幕に驚いたように、兵士達は加賀から手を離す。

 

「なんだその偉そうな態度は……はっはーん、貴様が冷泉か。私は憲兵隊近畿憲兵部第二方面隊長の佐味氏恭(さみ うじやす)だ。貴様には、これより我々に同行して貰うことになっている」

顔を少し赤らめて怒鳴りつける男。確かに声は威圧的ででかい。こいつは、意図的に大声を出す事で、人を威圧できると思い込んでいる輩にしか見えない。

 

「……仮にも海軍少将の立場の人間を、一介の憲兵ごときが連行しようと言うんだ。それ相応の理由があるんだろうな? 事と次第によっては、ただでは済まされないぞ」

威嚇に対して、冷泉も同様に威嚇で応じてしまう。まさに売り言葉に買い言葉だ。

こちらの世界に来てから、どういうわけか喧嘩っ早くなってしまっている。精神が常に安らぐことなく不安定だからだろうか? この苛立ちは、自身が上手く鎮守府を運営できない事に対する焦りも原因であることは、冷泉だって認識している。感情にまかせて行動し、後で何度も後悔を繰り返してきたわけだから。あの時もう少し大人な対応をしていたら、その後の面倒に巻き込まれずにすんだのに……ということが尽きない。

今回もまたやってしまっている。

 

けれど、今回は全く持って悪いとは思わない。加賀に暴力を振るった佐味という男に対して、冷泉は猛烈に怒っていた。本来なら即座に殴りかかっていたところだ。けれど、なんとか堪えていたのは人間的に成長したからだろう。

 

「理由など分かりきっているだろうが。此度の舞鶴鎮守府よりの多数の艦娘の名称不明の勢力への離脱。それに続く名称不明の武装勢力による鎮守府襲撃事件。それだけではない。離脱した艦娘の奪還作戦での失態。これら全てに関しての取り調べに係る同行依頼だ」

 

「ちょっと待ってくれるかしら。それらについては、全て任務における事案ですから、海軍において調査すべき事項であって、憲兵隊が出張ってくるような事じゃ無くて? 」

葛生が間に入って問いかける。

 

言われて思い出したけれど、憲兵隊はこの世界おいては、陸軍及び海軍とは独立した組織として設立されていた。とはいえ、構成は、その半分が陸軍からの出向者で固めていて、補佐的に警察組織の人間を据えている。また公平性を保つということで、事務方に弁護士等の民間人を採用するという体を取ってはいるけれど、実際には陸軍が運営する警察組織のようなものだ。

艦娘を陣営に取り込んだ海軍に対する牽制の意味も込めて、超党派の国会議員達の後押しがあったから、この形になったと言われている。もちろん海軍サイドも抵抗し、海軍内の事件等については基本は海軍で処理することは死守したようだが、ならば今回、どうして憲兵隊が出張ってきたかということになるのだけれど。

少なくとも葛生提督は、彼等憲兵隊のことを好いてはいないようだ。

 

「おい、女。何を出しゃばってきているか。そもそも、お前は何者か? 女のくせに偉そうではないか? 」

と、憲兵隊の男は、相変わらずの高圧的な態度を続けている。

冷泉は、ある意味呆れてしまった。部署は違えども、同じ軍隊に属する者。そして、佐味も陸軍の兵士であろう。そうであれば、彼女のつけている階級章を見れば、どういった立場であるかがすぐに分かるはずなのに……。

意図的にそういった事を無視しているのか、それともただの馬鹿なのか? 馬鹿なのだろう。

 

「私の名は、葛生よ。こんな女ごときの私でも、大湊警備府の司令官をやっています。現在は、こちらの冷泉提督に依頼され、提督の不在時の舞鶴鎮守府の指揮を行っていました。所属は違えども一応、あなたより階級も上だし、少しくらいは無礼な態度を取る兵士の事を窘めるくらいは、許されてもいい立場とは思いますけれど」

言葉は意図的に丁寧にしているが、だいぶお怒りであることは冷泉にも分かる。

 

「ハン、そうか? 一応、それなりの地位にいる人間だということは分かった。だが、自分の立場を意図的に誇示して、自らの意見をごり押ししようなどという可愛げの無い態度は慎むがいい。これだから、海軍の連中は嫌いなのだよ。プライドだけは一人前で、人間としては半人前以下が多いのだ。これは、人対人の話では無いのだよ、無いのだ。私は、組織を代表してやって来ている。否、国家を代表して来ていると言っても過言ではない。たとえ階級差をひけらかされようとも、怯むような愚か者ではない」

やれやれ……驚きよりも呆れてしまう。素晴らしい誇りとプライドを持って仕事をしているんだろうが、さすがに礼儀というもを知らなすぎる。憲兵隊という権力組織の看板にふんぞり返り、自分というものを見失っているとしか思えない。

 

「あなたが憲兵隊を代表して来ているのだけは、……分かったわ、いえ、分かりました」

と、呆れたように葛生提督が言う。

「それでも、海軍の事に首を突っ込んでくる理由の説明がなされていないのですけれど」

 

「ふん、そんな事はわかりきっている。冷泉提督に関係するいくつもの事案。これはもはや海軍内部だけで済まされる問題では無いのだ。艦娘が軍を離脱するなど、そもそもあり得ないことだ。誰かが手引きをしなければ、できるようなものではない。しかし、鎮守府の警備は、当然ながら厳重で、そうそう艦娘に身元のはっきりしない外部の人間が近づくことなどできるはずがない。鎮守府への武装勢力の侵攻も同様だ。鎮守府の外周は陸軍の精鋭が警備している。その警備の網をかいくぐって、鎮守府内に重装備をした連中が侵入などできるはずがない。……内部で手引きするような連中がいなければな」

 

「それは、どういうことかしら? 」

 

「艦娘に部外者を会わせる権限を持ち、更には武装兵力を鎮守府に呼び込む事ができる人間が関係していないとそんなことできるはずがない。……そのような権限を持つ人間など、そういるものではない。できるとすれば、鎮守府司令官もしくはその近辺の人間でしかありえぬだろう? そして、冷泉提督に伺いたいのだが、艦娘が離脱を表明した時に、提督は鎮守府にいたのか? 武装勢力の蜂起があった時に、責任者である提督は鎮守府にいたのか? 」

ニンマリとした笑みを浮かべ、彼が問いかける。

 

「それは」

と、冷泉は口ごもる。

 

「そう! それがすべてだろう。貴様はそのどちらの時にも不在だったのだ! これはおかしいだろう? いや、おかしすぎるだろう? 偶然にしてはおかしすぎる。ありえないことだ。計ったように鎮守府の最高権力者が不在の時に限って、こんな大事件が起きるなんてな。……我々は、そこに疑惑を感じているのだよ。この海軍始まって以来の異常事態。これは海軍だけで片付けられるような案件ではない。日本国の存亡に関わるような大事件なのだよ。そして、海軍だけに任せてしまえば、きっと隠蔽されてしまう。それを防ぐために我々はやって来たのだ。これについては、政府からの指示でもあるのだ」

 

「しかし、それはどう考えても濡れ衣じゃないか? そもそも俺が関わった証拠なんて無いだろう」

 

「ふむ、それには私も同意しよう。だが、冷泉提督が無実である証拠も無いであろう! 疑わしきは罰せずというが、まずは全てを聴取する必要がある。故に、我々はそれを調査するためにやって来た。そして、提督を拘束し取り調べるのだ。申し開きする事があるのであれば、取り調べの時に、そして……軍法会議において弁明すればよかろう! 」

 

ついに来るべき物が来たか……。冷泉はそう思わざるをえないと感じた。どうやら正規の手続きを踏んでの冷泉に対する招集らしいし。

状況は予想をしていたものよりずっと悪い。最悪といってもいいだろう。この調子だと、どう考えても有罪ありきの状況に追い込まれそうだ。しかし、この状況ではどうすることもできなさそうだ。

半ば諦め気味に、冷泉は、

「これは、拒否はできないのかな? 」

と問うと、佐味はニンマリと笑い

「何をしようと私は構わんがな。ただし、その場合は、しかるべき手段に訴えざるをえなくなる。そうなると、より一層、立場が悪くなるだけだ」

と答えられる。

 

逆らうだけ無駄ということか。冷泉は少しだけうんざりしたように。ため息をついた。

「分かった。……貴官に従おう。ただ、少し時間をもらえないだろうか。いきなり司令官が不在になってしまったら、鎮守府の事務が滞ってしまう。俺が不在の時の引継ぎや指示を行いたいのだけれど。それくらいの時間はもらえるだろう? 」

 

「……よかろう。ただし、我々も同席するという条件付きだぞ。容疑者に逃げ出されては大変だからな」

勝ち誇ったような笑顔で男は同意する。自分より遙かに高い地位の人間を組み強いた事で上機嫌になっているのだろうか。

 

「では、加賀。すまないが天ヶ瀬中尉を呼んでくれ」

鎮守府の事務に関しては、部下の天ヶ瀬に細々した指示をしておく必要がある。艦娘に関しては、秘書艦の加賀にすれば問題無いけれど。

 

すぐに何人かの部下を連れてやって来た天ヶ瀬と加賀に、冷泉は佐味達憲兵隊の監視の下、引継ぎを始めた。

様々な指示を伝えていくが、かなり細々した話も多くて天ヶ瀬も理解しきれずに困惑している。いきなり言われても困っているのだろう。時々天を仰ぐような素振りを見せ、泣きそうな瞳でこちらに何かを訴えようとしている。

 

すると隣に腰掛けていた葛生提督が

「冷泉提督、いきなりそんなにたくさんの事を言われて、中尉が困っていますよ。慣れない用語や分からない言葉があるのですから無茶です」

と窘めてくる。

 

確かに、鎮守府提督の役職は、多岐にわたる業務を抱えている。一般兵士が知らないレベルの機密にも当然触れることが多く、機密保持のために隠語とかも用いられるし、やった本人しか分からないような特殊な作業も含まれている。いきなり言われても、すぐには理解しきれないのは仕方ない。更に機密保持の観点から、指示を分散せざるを得なかったことも災いしているのだろう。

 

さらに、これまで冷泉を補佐してくれていた職員のうち、何人かは今回の武装勢力の襲撃により戦死したり、負傷して入院している状況で、絶対数が不足しているのだ。中には行方不明者もいて、彼等は永末の息の掛かった者だったという疑いを持たれている状況でもあるし。

このため、今回招集した兵士達も初めて冷泉の仕事を補佐する者が多いのだ。だから、経験者である天ヶ瀬にかかる負担は相当に大きくなっていた。

 

「うーん、そうですね。……であるならば、私が引き続き、舞鶴の事を引き受けましょうか」

と提案してくれた。

 

「しかし、さすがに大湊と両方を兼務するのは、葛生提督でも負担が大きすぎるのではないですか? 」

望外な申し出ではあるものの、二つの鎮守府の司令官を掛け持ちをするなど、さすがに厳しすぎると心配する冷泉に対し、

「まあそれはそうですね。確かにとっても大変だと思います。あまり長く続けると、倒れてしまうかもしれませんねえ」

と困ったような表情を葛生が浮かべる。しかしすぐに笑顔になって

「……だから、すぐに帰って来てくださいね。来ないと許しませんよ」

 

彼女の言葉に、思わず胸が熱くなってしまう。

「ありがとう……ありがとうござます」

冷泉は何度も頭を下げて感謝した。

ふと視線を感じ、そちらを見ると不機嫌そうな加賀がいた。すぐに顔を逸らしてしまうけれど。そんな彼女を見て、先程まで引継ぎ事項の多さと難解さで頭を抱えてていた天ヶ瀬が、ニヤニヤしている。目が合うとすぐにとぼけた振りをしていたが。さっきまでの今にも気を失いそうに深刻な顔をしていたのに……。

 

そんなやりとりをしながらも、冷泉の引継ぎは無事完了した。結局、葛生提督の好意に甘える形でしばらくは鎮守府の運営を行って貰うことで決着した。天ヶ瀬中尉達には今後の事もあるので、勉強を兼ねて手伝いをする形を取ってもらうこととした。

 

「もう思い残すことは無いな。これ以上は待てない。同行してもらう」

佐味に促され、冷泉は立ち上がる。呼応するように両脇に兵士が立ち、両脇を抱えられるようにして移動させられ、少し乱暴に車に乗せられることとなる。兵士や艦娘から非難の声が上がるが、彼等は全く無表情で作業を進めるだけだ。

 

「提督、すぐに帰ってきてください。私達は待っていますから」

窓越しに艦娘達が叫ぶ。神通は涙目になっている。

 

「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるから。だから、みんな、無茶だけは絶対にするなよ。それから、葛生提督、本当にご迷惑をおかけしますが、部下のことをよろしくお願いします」

 

「はい、必ず提督の期待に応えられるように努力します。ですから、何も心配しないでください。そして……帰って来てくださいね」

と彼女が答える。

今は彼女に頼るしか無い。心からの願いを伝えるしか、冷泉にはできなかった。

そして、しばらく車の窓越しに会話をするが、

「もう時間なので」

と兵士に言われ、強引に終了させられる。

 

すぐに窓は閉められ、車はゆっくりと動き出す。何人かの艦娘が手を振り何かを叫びながら後を追ってきたが、やがて車の速度が上がるとどんどんと小さくなり、そして見えなくなった。

 

鎮守府の敷地を出た途端、

「しかし……」

横に腰掛けた憲兵隊の佐味が偉そうに足を組み、ふんぞり返りながら尋ねてきた。

「なあ、あれでは、艦娘達が可哀想じゃないのか」

 

「それは、どういう意味か? 」

 

「聞くまでも無いだろう。……二度とここに戻って来られない事くらい、貴様も承知しているのだろう? ……あんなに失態を何度も繰り返したくせに、身分保留のままここに戻って来られるなんてありえないだろう」

笑いを堪えるような表情で、男は言う。

 

「……それは貴官が決める事ではなく、軍法会議において決定される事項だ。いつから上官を裁けるような立場になったというのか」

佐味に言われた事は図星ではあったが、だからこそ認めたくない。必死で反論してしまう。

 

次の瞬間、警棒で思い切り腹部を突かれた。呼吸ができないくらいの衝撃。

「けっ、偉そうな口をきくな、このダボが。鎮守府に戻れるどころか、良くて降格……それで済めば御の字だろう? お前の罪は懲役刑すら考えられるのだぞ。海軍でもトップクラスのエリートだったお前も、これで完全に終わりだな。ぷっ、今まで偉そうにしていた人間が落ちぶれていく姿は見ていてスカッとするよな」

心の底から嬉しそうに佐味が笑う。同行していた兵士達に明らかな動揺が走るのが分かる。この行動は彼等にも想定外だったのか。

 

「隊長、ちょっとそれは不味いのではないですか」

助手席に座った男が慌てたように叫ぶ。

 

「大丈夫だ。もう鎮守府の管理エリアから出ている。連中が手出しすることはもうできない」

と、佐味が男を制する。

どうやら、あれでも紳士的に振る舞っていたらしい。確かに、鎮守府内で司令官たる冷泉に非礼を働くような事があれば、そのことを上部組織に報告される恐れがあったからだろう。それに、鎮守府の兵士達に何をされるか分からない。どちらかといえば、そちらを恐れていたのかもしれない。強い奴には弱いが、弱い立場の人間にはめっぽう強いという憲兵隊の暗部が表出したかのようだった。それでも表面的に見えない部分に対する暴行ということで、体面を気にしてはいるようだ。

 

冷泉は、こみ上げてくる内容物をはき出しそうになるのを必死に堪える。息は絶え絶えの状態でも、負けるものかと歯を食いしばり、なんとか冷泉は言葉を返す。

「俺……は、絶対に戻って来るんだ……。あいつらの為に。俺は、約束したんだ。あいつらを絶対に護るって。だから、こんなところで終わるわけにはいかないんだよ、終わったりなんてしない」

 

「あー、五月蠅いんだよ」

バチバチ。

佐味は取り出したスタンガンを冷泉のうなじに当てる。

「糞が。格好付けたところで、もはや貴様にはどうにもならんのだよ」

 

「な……」

激痛を感じた刹那、体全体を貫くような衝撃が走った。必死に手を伸ばそうとするが、体がまるで言う事を聞かない。言葉を発するがまともに喋られない。

再び痺れるような感覚を受けたと思うと、視界が暗転していった。

 

 


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