扶桑の中で、決意は固まった。
辛いことではあるけれど、もはや緒沢提督の周りに自分の居場所は無いことを確信してしまった。提督は、自分のことを必要としていない。
いや、それどころか、厄介者だと思われている。
確かに、こんなに損傷した今の自分では、この先、提督のお役に立つことはできないだろう。だからこそ、体一つで冷泉提督の元に行き、彼を殺せと命ぜられたのだ。刺し違えてでも冷泉提督を殺せてと仰ったのだ。
「俺たちの未来の為に、死んでくれ……」
かつての自分ならば、そう言われたのなら喜んでその命令に従っただろう。しかし、今の緒沢提督の言う「俺たち」の中に、扶桑は含まれていないことを知ってしまった。だからこそ、その言葉は、扶桑の心にまるで響かなかったのだ。
汚れてしまった自分など、もはや彼にとって愛するに値しない存在。だからこそ、冷泉提督の元へと行き、彼を殺せと命じたのだ。万に一つも成功するとは思えない作戦。仮に成功すれば御の字。失敗しても厄介払いができるのだから……。彼にとっては何の損失も無い。
私は、もうその程度の女でしか無いのですね……。
扶桑は悲しく、そして寂しかった。
「……緒沢提督」
「な、なんだ? 」
「今までありがとうございました。提督のお側にいられた時間は、私にとってかけがえのない大切な物でした。とても、とても幸せな、夢のような一時でした。あそこにずっといられたら、どれほど幸せだったでしょうか……けれど、夢は必ず覚めるときがくるのですね」
「……」
唐突な扶桑の言葉に返す言葉が見つからないのか、黙り込んだままの緒沢提督。
「さようなら……」
そう言った扶桑の瞳から涙がこぼれていく。
「おい? 扶桑、何を突然言い出すんだ」
「……私は、全ての罪を償うため、冷泉提督の下へ行きます。全てを彼にお話するつもりです。そんなことをした程度で自分が犯してしまった罪を償えるとは思えませんが、それでも、私の為に死んで行った多くの人達と、そして犯した罪と向かい合うつもりです」
「はあ? お前、何を言っているんだ? 意味がわからんぞ」
「すべてを話す事が、私にとっての償いだと考えています。その後の処分については、すべて受け入れるつもりです。私は……もう、疲れてしまいました」
それが本音だった。
愛している人から愛されないというのなら、もう生きていても仕方がない。死んだ方がマシだ。ただ、自分の犯した罪の精算だけはしなければいけない。それだけは逃げるわけにはいかないのだ。
「おいおい、扶桑。お前、みんなゲロるつもりなのか? まさか、私の隠れ家を暴露するつもりなのか? 正気なのか? そんなことは認めないぞ。お前、私を脅すつもりなのか? ……おい、コラ。そんなことをしたら、俺たちがどうなるのか、考えたのか? それがどういうことか理解してるのか? 本気で仲間を売り飛ばすのか? ふざけるなよ、コラ。なめてるのか、コラ。それでも私の部下なのか……」
青筋を立てて、感情を露わにして提督が怒鳴り散らす。
「私は、提督の為されることの邪魔をするつもりはありません」
「ふざけるなよ! それが私の邪魔をするっていうことだろうが。最後の最後で、またお前は裏切るっていうのか。私がどれほど苦渋を飲まされて、これまで辛い思いをして生きてきたのか、お前には分かっていないのか? やっとこれからだという時に、お前は、すべてをぶち壊すというのか? ……扶桑、今すぐ考え直せ」
「いいえ……もう決めた事です。私には、こうすることしかできないのです。すみません、提督」
そう言うと、返事を待たずに通信を切断した。
これでいいのだ。
自分に言い聞かせるように扶桑は頷いた。そして、通常回線を使って呼びかける。
「糞ボケがっ! 」
無線機のマイクを叩きつけながら、緒沢は叫んだ。
「全く、何の役にも立たない上に、私の未来の邪魔をしようなどと! 」
そう言いながらも、あまり怒りの感情が沸いていないことに気付いてしまう。確かに、自分の手の内にあると思っていた扶桑に裏切られたような気持ちになり激怒する気持ちもあるが、実際には厄介払いができたと、むしろホッとする自分がいたりする。
「まだまだ私も甘すぎるということだな」
捨てられて当然の事をした扶桑をずっと側に置いていたのは、かつて本気で愛した女だからだ。たとえ、自分のいない間に他の男達の懇ろになり、色々とお楽しみだった女だとしても、かつて共に過ごした濃密な時間だけは、本物だったからだ。実際に愛していた。自分から切り捨てるのはなかなかできなかったけれど、幸いなことに向こうから愛想を尽かせてくれた。これで気兼ねなく生きることができる。
体が軽くなった気がして、思わずにやけてしまうのだ。
冷たくあしらった仕返しに、緒沢が何を考え、どういった戦力でいること、どこが本拠地であることをペラペラと扶桑は話すのだろう。
昔の男である冷泉に。
自分は操られていた、騙されていた。信じていた人に裏切られたといつものように被害者ぶって泣きつくのだろうな。……なんというゲスな女になりはててしまったのか。
自分がずっと彼女を側に置いてやれれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。あの時、彼女を残して行ってしまったのは間違いだったのか? けれど、それはあの状況では不可能な事だったのだ。あまりに敵が動くのが早すぎて、扶桑を匿う時間が無かったのだから。それに、仮に時間があったとしても、おそらくはできなかったし、しなかっただろう。舞鶴鎮守府に置いておくことで、緒沢の影響力をずっと残しておくには、最も近くにいた彼女を置いておく必要があったのだから。
まあ、今となってはそれが仇となり、様々な問題が起こってしまったのだけれど。なかなか思い通りには行かないものだということだ。
しかし、たいした事はない。
扶桑が全てを話したところで、ほんの一端しか露見しないのだから。真の隠れ家は、扶桑の知る所ではない別の場所にあるし、緒沢の本当の目的も彼女は知らない。我が手の中にある戦力だってそうだ。扶桑が知る範囲の艦娘だけで、あの程度で、国家に……いや艦娘と対峙するわけがないのだからな。
「永末が死んだことが、敵に露見することだけが傷手という感じだろうか」
と呟く。
「まだ、私が表舞台に出るには早すぎるとは思うのだけれど、それはそれで仕方ないか」
しばらくの間は、扶桑達の指揮官は永末であり、彼の目的のために艦娘達が動いていると偽装したかった。あらゆる悪事は全て永末の手によるもので、冷泉達の敵意は彼にのみ向けられるはずだったのだ。そうすれば敵を混乱させられるし、いろいろと他の準備も整える事ができたのだが……。上手くすれば内部工作によって、さらなる艦娘を離反させることができたかもしれないのにな。
「いや、それだけではないだろう? 」
と、唐突に話しかけられる。
呉鎮守府提督の高洲だ。今日はわざわざ隠れ家にまで来てくれていたのだ。遠征に同乗という形で時々やりとりを続けている。通信では傍受される危険性もあるのだからな。外洋に出れば、軍の人間は近づくこともできないから安心だ。
そして、今いる隠れ家として使用している施設は、鎮守府の遠征艦隊が寄港してもなんら疑われることのない施設であるということだ。
「はて、それはどういうことでしょうか? 」
「何をとぼけているんだよ、緒沢君。こりゃ、まずいんじゃないかなあ。だって、扶桑には私が君の仲間だと知られているんだよ。このまま行かせてしまったら、私の事まで冷泉の奴に話されるんじゃないか。うーん、まずいなあ」
のんびりとした口調で話してはいるが、わりと焦っているのが分かる。
「しかし、扶桑はもう私の言う事など聞いてくれないでしょう。影響力がどうも及ばなくなっているようです。永末の馬鹿が薬なんて使って、余計な事をしたのが原因なのか、永末か冷泉に仕込まれてしまって、私の影響力が弱められてしまったのかもしれません。まあ、今更考えたくもない事ですが」
所詮他人事なので緊張感は無い。仮にここで高洲提督が脱落しても、それほどは困らない。彼の鎮守府にも自分の配下の者を潜り込ませている。そいつ等を動かして、艦娘を引き抜くことだってできなくはないのだから。
「うーん、緒沢君は、どうもいまいち頭が回っていない感じだね。もっともっと思考を働かせないと、いつかどこかで足元を掬われるよ。まだまだ目的を達成するまでは、遠い道のりなんだからね。だから君を見ていると不安になっちゃうんだよ。まあベテラン提督とは言っても、君もまだ私から見たら若いからねえ」
「は、はあ、すみません。いつも面倒事ばかり押しつけてしまって」
わざとらしさを極力隠して謝罪する。
「提督の助言と助力が無ければ、私など、とうの昔に反逆罪で処断されていたところです。今後ともいろいろとご教授いただければありがたいです」
そう言って深々と頭を下げる。
「まあ何事も経験だよ。窮地を好機と捉えるくらいの眼がないと駄目だよう。ピンチをチャンスにってやつだな。まあ私のような老いぼれからでも、少しは学ぶところがあると思うから、どんどん吸収してくれたまえよ」
ふぉっ!ふぉっ!ふぉっ! と高笑いする高洲。
それを見て、吐き気がするような気持ちを何とか堪える。艦娘を娼婦のようにしか見ていないエロジジイから、一体、何を学ぶことがあるというのか。軍にいた彼と同年代の有能な人間は、深海棲艦との初戦で戦死し、たまたま戦場にも派遣されずに生き残っていただけの存在。今となっては老害でしかない、無能な男だ。けれども、腐っても鎮守府指令官の地位にいる男である。何かと利用価値は高いから、切り捨てることもできない。まだまだ後押ししてもらう事も多いだろう。……もっとも、彼が何を考えているかも分かった物では無い。いろいろと野心を持っているのは間違い無く、自分も利用されている所があるのだろう。つまり、お互い利用価値がある間は、助け合いをせざるをえないのだろうな……。
「是非ともいろいろと教えてください」
と、適当に返答をする。
「まあ扶桑の件は、このまま放置しては私にとって障害となる要素が多い。彼女の処遇については、すべてを私に一任してもらっても依存はないということでいいかな? 」
「私としても、もはやこちらに帰属意思のない艦娘など不用です。すべて提督にお任せします」
お手並み拝見といこう。どう転んでもこちらには関係のないことなのだから。上手く排除できれば良し、失敗して彼が失脚するのであれば、新たに準備していた策を施すだけだ。
……もっとも、この老人も何か策があるらしいから、どうにかなるのだろうけれど。
どんな事態が起こるかは、じっくりと観察しようか。そう思いながらも、今居る基地からは、全てを移動させなければならないと思うと億劫になる。隠れ家はいくつあっても困らないのに、飼い犬に裏切られて失うのは癪に障る。
けれど、それも自業自得な部分もあるから、諦めよう。この失敗は次に生かせばいいのだ。失敗から学ぶことは、成功から学ぶことよりもはるかに多いのだから。
再び、舞鶴鎮守府艦隊側に話は変わる。
冷泉指揮の艦隊は、損傷を受けた艦船が多いため、遠距離の移動は無理となっていた。このため、緒沢が残したメガフロート基地に全艦を移動させ、停泊させている。
少し前までは敵艦隊の基地となっていたわけだから、相応の施設も備えているのだろう。警戒する必要はあるが、あの状況での撤退だ。さまざまな資材を全て運び出すことは不可能だったはず。ならば艦娘の応急処置に使える資材や機器が残されたままであるはず。
それに、どちらにしてもどこかで一息付ける場所が、肉体的にも精神的にも必要だったのだ。
とにかく、できることは、しないといけない。航行可能な艦娘に加賀と神通を曳航させて、なんとかメガフロート基地の港に接岸を完了させたのだった。
基地を走査したところ、爆発物の存在は無く、伏兵の存在も無かった。資機材も、食料も若干ではあるが残されていた。整備用機器も稼働できる状態であるため、艦の損傷程度なら直せるかもしれないとのことだった。
疲労の激しい加賀と神通は、医務室で仮眠を取らせている。他の艦娘たちには警戒と基地内の探索、機器の動作確認などを依頼している。みんな忙しそうに働いている。
冷泉は大湊鎮守府に連絡し、葛生提督へ救援を依頼した。彼女は、すぐにでも救援艦隊を派遣すると回答してくれる。それどころか、不知火の死を悼むとともに、冷泉の心労を気遣ってくれた。ここのところ彼女にはずっと助けて貰ってばかりで、礼を言うばかりしかできていない。借りが増えるばかりで、何も返すことのできない自分の不甲斐なさが情けなかった。頭を下げる冷税に、困ったときはお互い様だと彼女は笑った。本当に申し訳なかったが、今は彼女の好意に甘えるしかなかったのだ。
そして、心の中で彼女に対して批判的な感情を抱いていた自分を恥じていた。彼女に対する評価を大幅に変更するとともに、尊敬の念さえ感じるようになっていた。最悪の出会いだったけれど、結局、自分には人を見る眼がまるで無かったという証左であると思うようにしていた。そして、いつかこの借りを返せればいいな、彼女の力になることができればいいなと思うようになっていた。
「……けれど、恩返しをする日は、本当に来るのだろうか」
恐らく、彼女にはこの先も迷惑をかけることになりそうだ。ただでさえ大湊鎮守府の提督としての仕事があるというのに、きっと、冷泉がいなくなった時には、彼女に舞鶴鎮守府の事と、部下の艦娘をお願いすることになるはずなのだから。
冷泉がメチャメチャにした鎮守府を立て直す労苦を、彼女に押しつけてしまうであろう未来を思うと、本当に申し訳なかった。けれど、日本海軍の中で、そういった面倒なことをお願いできる人は、彼女しかいないのだから、仕方ない。彼女には、諦めて貰うしかない。
「いろいろと迷惑をおかけし、申し訳ありません」
そう彼女に言うしかなかった。
そういった事が一段落ついて、ひとり自分でいれたコーヒーを口に運ぶ。いつもは加賀がいれてくれるのだけれど、彼女はずっと眠ったままだ。どういうわけか、同じものの筈なのに、ちっともおいしくない。
そして、ふと現実に引き戻されてしまう。
意識をそちらに向けないようにしていたのに、考えないようにいろいろな仕事を無理矢理片付けようとしていたのに、ふっと空白が生まれてしまうと見たくも無い現実に直面させられてしまう。
「不知火……」
助けられなかった事、守ってやれなかった事、約束したのに何一つできなかった。彼女の苦しみを和らげてやることも、知ってあげることさえできなかった。それどころか彼女を敵として、沈めることさえ決意していた。なのに、逆に彼女に最後まで守られた。
泣き出しそうになるのを必死に堪える冷泉。今はそんな時ではない。とにかく、みんなを無事鎮守府に連れ帰る事が最重要事項なのだ。
それすらできなければ、命がけで冷泉を救ってくれた不知火に顔向けができないじゃないか。
唐突に電子音が鳴りひびく。何かと思うと、一般回線で通信が入ったことを知らせる音だったのだった。
さらに通信の相手を確認して、冷泉に衝撃が走る。なんと、その相手は扶桑だったのだ。
「……扶桑なのか? 」
声が震えているのを認識しながらも問いかける。
彼女は、投降するという。ただ、戦闘による艦の損傷が酷いため、移動に時間はかかるが、そちらに向かうとのことだった。
「ならば、誰かに迎えに行かせよう。一人でいては深海棲艦が現れたら大変だろう? 」
彼女にかけた言葉の半分は嘘だった。扶桑がこちらに来るということは、永末の艦隊を離脱したということだ。であるとすれば、それは裏切り。それを許すとは思えない。追撃の艦が派遣されているかもしれない。ここで更に扶桑までを失うなんてしたくなかった。
もちろん、不知火を殺した張本人である扶桑に対して、何の感情も無いなんてことは言えない。けれど、それ以上に彼女を救いたいという思いが強かったのだ。彼女は迎えなど不用と固辞するが、もはや決定事項だ。
早速、冷泉は無事な艦娘を招集し、扶桑からの通信内容を伝える。彼女たちの反応は早かった。
「今更、投降するなんてありえないです」
かつての仲間を否定するのを躊躇しながらも、高雄が非難する。
「ワタシ達を裏切り、それどころか不知火を殺した張本人を受け入れるなんて、絶対ありえないネー! 」
「高雄さんや金剛さんの言うとおりです。彼女のせいでたくさんの死傷者が出ました。鎮守府の施設にも甚大な被害が出たんです。そんな人を許すというのですか」
新参の榛名と速吸も呼応する。
「何よりも、扶桑は提督さえも殺そうとしたのですよ。それだけは絶対にあってはならないこと。そんな艦娘を、私は許すことはできません。面と向かい合ったら、自分を制御できる自信がありません」
と高雄。
「それだけではないカモネ。きっとこれは、罠としか考えられない」
と金剛が騒ぎ出す。冷泉の殺害に失敗し、艦も損傷した扶桑は捨て身の作戦に出たのだと言う。
「だから絶対に、彼女の話に乗ってはダメネ」
「お前達の言う事はもっともだ。それについては俺もちゃんと認識しているよ。……けれど、俺は扶桑を受け入れるつもりだ」
一斉に反論の言葉が冷泉に浴びせかけられるが、それを無視する。
「もうこれ以上、お前達が戦う姿なんて見たくないんだ。扶桑は投降すると言って来ているんだ。俺は、彼女を信じる。いや、俺が信じたいだけなのかもしれない……」
冷泉の言葉に、艦娘達は黙り込んだ。
「扶桑のしたことは、決して許される事ではない。それは俺だって許すことはできない。けれど、彼女が救いを求めているのであるなら、俺は手を差し伸べたい。どんな状況であろうとも、俺は扶桑を信じたい。これがどれほど愚かな事かなんて、理解しているつもりだ。それでも、俺は彼女を信じ、そして、できることなら救いたいんだ。俺の手で! 扶桑の上官である俺の力で。お前達の気持ちも分かる。けれど、一度だけでいい。俺を信じてもらえないか? 頼む」
そう言って冷泉は頭を下げた。
―――しばしの沈黙が流れる。
「そんなに頭を下げられたら、もう何も言えなくなるネ。ずるいネ」
と金剛が口を開く。
「加賀や神通がなんて言うかは分からないけど、まあ二人とも寝てるからいいか。ワタシはいつでも提督の味方。ここにいるみんなも提督の味方ネ。提督が信じるっていうなら、それがどんなに馬鹿で間違っていても、ワタシ達もそれを信じる! だって、提督を信じているんだからネ 」
他の艦娘達もいろいろ思うところはあるかもしれないが、皆頷いてみせる。
「すまない、みんな。……ありがとう。俺を信じてくれて、感謝する。敵が現れるかもしれないし、永末が追っ手を差し出すかもしれないから、迎えを出したい」
冷泉は艦娘達を見る。
「私が行きます」
と、榛名が手を上げる。
「私はほとんど損傷が無い状態ですし、扶桑さんとの関わりもほとんど無かったですから、彼女にもニュートラルに対応できると思います」
「分かった。ありがとう、榛名」
他の艦娘には頼みにくい雰囲気があったので、榛名が立候補してくれたのは冷泉にとっても僥倖だった。皆、扶桑と共に死線を乗り越えてきた友だと思っていたはず。そんな彼女が何の相談もなく裏切り、多くの死傷者を出し、不知火を殺し、更には指揮官である冷泉すら手に掛けようとしたのだ。今更、投降するといっても、はいそうですかとは受け入れられないのは当然だ。最悪は誰かに命令しなければならないと思っていただけに、安堵する。
そして、出発となる。
例え戦艦とはいえ、一人で行かせるのはどうか? と迷ったが、通常海域ならば戦艦は、ほぼ無敵であること。かつ深海棲艦の行動は、ここ数日低調であることからおそらくは問題ないと判断した。それに、扶桑のいる場所との距離は、おおよそ250km。ならば、最悪、金剛や高雄の主砲の射程範囲であることから、万が一の事があったとしても、援護は可能だし、全速力で向かう時間くらいなら榛名であれば持ちこたえるだろうという計算もあった。
「提督、まかせてください、きっと提督の思いは、扶桑さんに伝わります。それに、私もがんばります! 必ず扶桑さんを、無事連れて帰ります」
そう言って、元気に榛名は敬礼する。
「うん、頼むぞ榛名」
そして、戦艦榛名は出航していった。