まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第160話 故に旅立つ

思わず冷泉は、秘書艦を見つめてしまった。

 

「ちょ、ちょっとそんなに見ないでください。は……恥ずかしいわ」

上目遣いでこちらを見ている加賀。むしろ、こちらの方が照れてしまうのだけれど……。

「加賀……」

冷泉は加賀を見つめ、彼女も真剣な表情で見つめ返してくる。手を伸ばし、彼女の頬に触れる。暖かい。そしてその手を首へと回し、自分のほうに引き寄せようとする。加賀は冷泉に為されるがままだ。

顔と顔が触れそうになるほど接近する。幽かに加賀の吐息が感じられるほどまでに接近すると、加賀は瞳を閉じた。

 

突然、

「んん、ゴホンゴホン」

と、咳払いの音。

 

驚いてそちらを見る冷泉。

なんと、入口の扉の所に、榛名が立っていた。

びっくりして、冷泉から飛び退く加賀。もちろん、冷泉も仰け反る。

 

「あ、あの……お取り込み中でしたか? す、すみません、提督にお話がありまして」

遠慮しがちに声を上げる榛名。

 

しかし……。

いつから榛名が居たのかまるでわからない。一体、何時の間にここに来ていたのだろう。

まあそもそも、吐きそうになって焦っていたわけだから、そのことだけで必死でトイレに入るまで周囲なんて気にもしないわけで、気付く筈もない。そして、トイレから出てからは、加賀しか見てなかったから、これまた気付くわけ無い。

加賀にひそひそ声で尋ねるが、彼女もまるで気付かなかったらしい

 

「えーっと、……榛名は、いつからここにいたのかな? 」

このことをスルーするわけにもいかず、探るような視線で冷泉は問いかける。

 

「トイレの前で、加賀さんが提督のお顔を拭いていたあたりからですね。私は、慌てた様子でここに入っていく提督のお姿をお見かけしたので、追いかけて来たのです。けれど、提督はトイレに入られたようですし、すぐにやって来た加賀さんがずっと扉の前で待っていらしたので、私は外で待っていました。すぐに提督も出てこられるのかなって思っていたんですけれど、なかなか出てこられなかったので、加賀さんにも声をかける機会を無くしてしまいました」

 

「つまりは、ずっと見ていた……そして、聞いていたわけ、だよな」

 

「いえ、私は外で待っていたので、お二人が何を言っていたのかまでは、聞こえてきませんでした」

何事も無かったように、榛名が答える。真顔で喋っているけれど、本当か嘘かわからない。けれど、彼女がそう言うなら、そうなのだろうと勝手に判断する。

 

「えっと……では提督、私は執務室に帰っていますので。……榛名が提督にお話があるようですし、お先に失礼しますね」

それだけ伝えると、あたふたと立ち去っていく加賀。すぐにエレベータの扉が閉まり、上へと上がっていった。

 

逃げられた。

 

そして、榛名が微笑む。

「すみません提督。お時間いただいて、よろしいでしょうか? 」

にこりと微笑む艦娘。来た時からそうだけれど、可愛い。そして、相変わらず短いスカートだなあ、と感じ、目のやり場に困ってしまう。。冷泉の視点からだとパンツが見えてしまいそうなくらいなのだ。ゲームだとここまでは短くなかったし、大破しても砲身で隠されていたはずなのだが。

 

それはともかく。

 

榛名が聞いてきたのは、明日出撃と言われたけれど、一体どこにいくのかということだった。

扶桑達の行方は、敵の攻撃で見失ってしまったため、どこへ行ったか推測が立たない状態だと聞いていた。それなのに、提督は出撃を命じた。何か考えがあっての結論だろうけれど、その根拠を教えてもらえないだろうか? ということだった。彼女曰く、どの程度の期間になるかといった疑問もある。期間によっては、搭載物資の量も考えないといけないらしい。確かに、極力物資は少ない方が燃料の節約になるし、艦の機動力も違ってくる。

 

「そういえば、お前達に説明していなかったな」

バタバタして気が回っていなかった事に今更気付く冷泉。

「加賀にもきちんと話をしていないし」

思わず反省の言葉が出てしまう。加賀も同様の疑問を持っているはずなのに、聞きもしなかった。恐らく、冷泉が精神的にタフな状況であることを鑑みて、落ち着くまで聞かないつもりだったのだろう。普段はぼろくそに言う事があるのに、気を利かせてくれたのだろう。

 

「何にせよ、加賀にも話す必要があるから、執務室へ行こう。一緒に聞いて貰った方が時間も節約できるし。……いいかな? 」

 

「はい、もちろんです」

ということで、二人で執務室へ行くことになる。

「では、車椅子は私が押して差し上げますね」

そう言うと、榛名は冷泉の後ろに回り込み、車椅子を押してくれる。こういったことになれていないのか、ずいぶんと前のめりな姿勢で体を密着させ、榛名は車椅子を押す。彼女の顔が冷泉の顔のすぐ側にあり、彼女の長い髪の毛が頬を撫でてくすぐったい。そして、その体勢のせいか、後頭部に榛名のたわわな胸が当たりっぱなしだったけれど、それを指摘したら彼女が恥ずかしがると思い、口に出せなかった冷泉であった。

 

「何をニヤニヤしてるんですか? 」

執務室に入ると、二人の姿をみた加賀が、冷めたような視線で一瞥して迎えてくれた。何だか怒っているようにさえ見える。

「どうしたんだ、加賀。何か様子が変だぞ」

 

 

「別に、何もありませんけど」

引きつったような笑顔を見せる加賀、その瞳は、あらゆる者を射殺しそうなほど、殺意に満ちた眼光を放っている。何か知れないが、少し怖い。

 

「じゃ、じゃあ、ちょっといいかな。二人とも座ってくれ」

そう言って、会議テーブルへと促す。

加賀は冷泉の正面に座り、冷泉の隣には車椅子を押した流れで榛名が腰掛ける。

 

「さて、バタバタ続きで伝えられずにいて、すまなかったな。榛名に聞かれるまで、完全に言ったつもりで忘れていたよ。……誰にも目的地を言ってなかったよな」

そう言いながら、冷泉は今回の目的地を秘書艦達に告げることとなる。

 

鳥取県の境港より北西へ約200kmの沖合に、10年ほど前に造られたメガフロート型資源採掘施設(VLFPs)がある。……あったと言うべきか。

 

領域開放後の海域は、原因は不明なものの突然に海底資源が豊富になるという現象が発生するのだ。それまでは全く存在しなかったはずの石油や天然ガス、鉱物資源が突然に採れるようになるのだ。その事実が確認されると、領域解放に成功した海域には調査船団が派遣され、地下資源の調査を行った。そして、一定量の資源が確認されると海上基地を建設し、艦娘を防衛のために常駐させ、資源採掘を行い、一般利用ももちろんされるが主として軍関係に利用された。

資源は無限にあるわけではなく、採掘を終えた施設は艦隊の一時的な停泊先として利用されることもあったが、ほとんどが利便性が悪い場所にあるために、結局のところ捨て置かれることが多かった。

 

冷泉が目標地……扶桑達の潜伏先として指定した場所は、それらメガフロートの一つであったわけである。そこは、既に資源採掘を終え、放置されて手つかずのまま数年が経過している施設だ。

場所的に辺鄙であり、領域に近いわけでもあったことから、他の資質としての二次的な利用ができないことも理由だったのだろうけれど、見放されうち捨てられて久しい施設だった。……だった筈なのだ。

 

陸地から200キロも離れた場所に行けるとすれば、鎮守府の艦娘護衛無くして、たどり着く事は不可能。当然の末路だが、その艦娘の隠れ家として利用されているとしたならば、まさに盲点だったといえる。

 

「そんな場所に隠れるなんて。……というか、提督は何でそんなことが分かるのかしら」

加賀が質問をしてくる。まあ、当然の疑問である。

 

「うん、科学的根拠はまったく無いんだけれど、……俺は自分の指揮下にあるお前達を検知する能力があるらしい。どんなにに遠く離れていても、その存在を認識できるようなんだ。……指揮下っていうのは少なくとも、舞鶴鎮守府に属するってことな。まあ、まれに現在はどこにも属していない艦娘の反応も拾うこともあるんだけど」

冷泉は、自分に付与されたと思われる能力の一つを示したのだった。

遠征中の艦娘がどこにいるかを遠征計画書を見ないでも把握できていたし、たとえ予定より早く帰投しても、それを誰よりも早く感知できた。もっとも、領域に入ってしまうと、追うことはできないようだ。

ちなみに、余所の鎮守府の艦娘については、全く知ることができない。ただし、かつて横須賀へ列車で移動中に感じた事があるように、鎮守府を離脱している艦娘も検知できるみたいだけれど。

 

「普通なら何をおかしな事言ってるんでしょう……と言うところですが、提督の過去の深海棲艦との戦いで、ありえないスコアをたたき出したことを知っていますので、一概に否定する事ができないです。私が敵に捕らわれた際にも、あり得ない攻撃をしたみたいですし」

どうやら加賀はこちらに来てから、冷泉の対深海棲艦のデータなどを参照したらしい。

榛名はよく分からないのか驚いたような表情で見ているだけだ。

 

「俺の言っている事が信じがたいのは事実だけれど、これは間違いない。間違い無く感じるんだよ」

パソコンを操作しながら冷泉は語る。画面表示で、対象施設を表示させる。残念ながら、画像は深海棲艦の侵攻前のものしかないため、過去の衛星画像にメガフロートのCGをはめ込んだだけのものだけれど。

 

二-27号採掘基地。

 

それが名称だった。

上から見るとカタカナのコの文字のような形状をしている。凹んだ部分は港となっているようだ。活動時は輸送船や護衛艦用はそこに停泊していたようだ。また、燃料タンク等も建設されていることから、補給施設としての機能も持たしていたようだ。居住用の建築物も存在し、数百人規模の人間が常時居住するよう造られていたため、一つの有人島といってもいいものだ。だからこそ、艦娘達が長期にわたって潜むこともできたと考えられる。

 

監視衛星や偵察機を飛ばすことができない状況である現状、補給さえ可能ならば、隠匿先としては悪くない選択だといえる。どうやって補給をしたかは謎ではあるが。

 

「確か、そこは舞鶴鎮守府と佐世保鎮守府の警備エリアの境界線に近い場所ですね」

と加賀。

 

「そうだな。そんな地理的条件も考慮して、緒沢という提督が選定したのかもしれないな。艦娘を隠しておくには丁度いい施設になるだろう。舞鶴鎮守府の警備エリア内であれば、遠征を利用すれば

補給も容易だろうしな」

緒沢提督という冷泉のよく知らない、舞鶴鎮守府の前任の提督が何かを考えて使用していた施設。補給とかも彼の指示により行われていたのだろう。

彼が何を考え何をしようとしていたのかは、彼が死亡したことから永遠に分からなくなっているのであるが。

「緒沢提督が何を考え何を為そうとしたのかは、彼が亡くなった今となっては謎だが。……そういった事が起こりうることを想定していたかどうかは定かじゃないけれど、永末という男達に利用されるとは思っても見なかっただろうな」

前任の鎮守府指令官が何かを画策するために造っていた施設を、彼の部下であった永末と彼の属する勢力が利用し、そこに隠匿された艦娘をも従えて何かをやろうとしているのだ。

 

「……えっと、提督、教えてくださいますか? 提督はこの島から艦娘の何を感じ取られたのでしょう? 」

 

「言葉にしてもお前達が信じられるとは思えないけれど、凄く幽かな反応が感じられるんだ。それは普段俺がお前達から感じ取るようなものとは大きく異なる……なんて言ったらいいんだろうかな」

問いかける榛名に分かるように言葉を探る冷泉。

「何か諦めの中にも僅かに救いを求める声が聞こえるんだよ。それは、いい表現が見つからないけれど、山奥にある廃村の、長い間誰も住んでいない広大な敷地の屋敷に夜中に忍び込んで、運悪く古井戸に落ち込んだ人が助けを求めるような感じって言えば分かるかな。人里離れた場所だからめったに訪れる人はいない。しかも夜中だ。おまけに落ちた井戸は相当に深い。そして、自分は足を骨折した……それくらい悪い状態。俺が想像できるのは、そんな感じになっている人の助けを求める声なんだよ」

 

「何それ、どうしようもない状態じゃないの」

 

「ああ。自分が助かる望みは無いと分かっていてそれでも、もしかして……そんな想いが伝わってくるんだ」

 

「提督は、それが誰か分かるのですか? 」

と、榛名。

 

「ああ。もちろん、はっきりと分かるよ」

あっさりと冷泉は答える。

「不知火だよ。あいつが今、どういう常態かは分からないけれど、相当にやばい状態にあるのは間違いない。あいつはどんな状態になっても自分で何とかしようとするし、誰かに頼ろうなんて自分からは絶対しない奴だ。そんな不知火がわらにも縋る想いで助けを求めている声が聞こえるんだ。……もうどうにもならない諦めの中で、それでも助けて欲しいって思っているのが分かってしまうんだ」

苦しげな表情をする冷泉。

 

「他の艦娘のことは、提督でもおわかりにならないのですか? 」

 

「それが不思議なんだけれどな、不知火以外、誰一人、反応が無いんだよ」

と榛名の問いに冷泉が答えた。

 

「それは、どういうことなのでしょうか? 」

 

「扶桑達の反応を感じることができないんだ」

その言葉を発する時、冷泉は息苦しくなるのを感じる。

「それが自分の指揮下にあるってことの証明でもあるんだけれどな。つまり、永末って奴に賛同して舞鶴を離脱した艦娘達は、すでに俺の指揮下からも離れたってことになってしまうんだ」

そう、扶桑以下、舞鶴にいた艦娘達は、冷泉を見放し別の司令を求めたということなのだろう。

 

「そんなことは無いはずよ。提督に対する艦娘の感情はいろいろあると思うけれど、鎮守府を離脱した子達の中で羽黒と初風はそんなことを望む筈がないわ。彼女達は無理矢理引き込まれたに違い無いのだから」

強い口調で冷泉の考えを否定する加賀。

「だって、あの二人は提督の事を大好きだったのよ。指揮官としてだけでなく、一人の男性として。だから、どんな事になろうとも、あなたを裏切るような事をするなんて信じられないわ。きっと、彼女達にも何か事情があるに違い無いわ」

 

冷泉の事を好きかどうかはともかく、反応が無い事に何か理由があるのかもしれないって事には一理ある。冷泉が感知できないような場所にいるのかもしれないし、気を失っているのかもしれない。

けれど、不知火と別の場所にいるとは思えないから、その可能性は少ないのだろう。不知火だけは、未だ冷泉の指揮下にあるといえるが、他の艦娘達は何らかの事情で、もはや冷泉の影響下から離れてしまったのだろう。

艦娘を戦力として何かに使おうとしている永末達からすれば、艦娘を殺すような真似は絶対にしないだろう。貴重な戦力なのだから。ならば、羽黒や初風は生きている。しかし、冷泉には感知できない。ということは、完全に指揮下から外れているということだ。彼女達の意思かどうかは分からないけれど、そうなったということだ。

 

「少なくとも、不知火は無意識のうちに助けを求めている。その思いを俺は感じ取ることができる。そして、それはこの海上基地から感じ取れるんだ。……現状、何の情報も無い中で、唯一採れる方策がこれなんだ。俺以外は……信じることはできないかもしれないけれど、ここに行くしかないって考えている」

 

「凄いです。提督にそんな能力があるなんて、びっくりです、凄すぎます」

本当に驚いたように声を上げる榛名。冷泉の腕を両手で掴んで体をすり寄せてくる。美少女にそんなことをされて喜ばない人間なんているわけもなく。こんな状態であっても、冷泉は照れてしまう。

 

「はいはい。提督の妄言かもしれませんけれど、仰るように現状、何の情報も無い有様です。スケベ男の妄想みたいなものに賭けるしかないということですね。……嘆かわしいですが、仕方ありませんね。で……榛名さん、ちょっと提督が困っていますよ。離れなさい」

呆れたように加賀が呟く。鋭く榛名につっこみも入れるが。

 

「俺の言う事を信じてくれるか? 」

 

「信じるも何も、あなたは舞鶴鎮守府の指令官という立場を忘れているのですか? 最高意思決定機関が提督なのです。あなたがこうすると言えば、皆それに従うのです。信じる信じないなんて関係ありません。私達は、あなたの想いを実現するために皆動くのですから」

と断言する加賀。

冷泉の隣でも、榛名がうんうんと頷いている。

 

「とにかく、扶桑達と話をしなければならない。あいつらが何をしようとしているのかを知らなければならない。そして、話がどう転ぶかは分からないけれど、戻ってくる意思のある艦娘は連れ戻したい。少なくとも、不知火は連れ戻す」

誓うように冷泉は語る。

 

その話し合いの先に戦いがあるというのなら、あなたはどうするの? 

そんな厳しい質問は、優しい加賀と榛名はしてこなかった。恐らく疑問を感じていただろうけど、あえてしなかったのだ。

こんな馬鹿な提督と、お前達は運命を共にするつもりなのか? ……口に出しそうになったが、その言葉を冷泉は飲み込む。

そして、それ以上の事は言えなかった。

冷泉は、艦娘の場所を検知するだけでなく、その心の断片も感じ取ることができるのだ。

そして……不知火は、泣いていた。自分ではどうすることもできずに泣いていたんだ。冷泉に助けを求めることもできずに、ただただ一人泣いていた。

……不知火を泣かす奴は、絶対に許せない。どんな理由があったとしても、あいつを苦しめるなんてあってはならないんだから。

 

「よし。出発までそんなに時間は残されていない。お前達も準備を進めてくれないか」

そう言って、冷泉は彼女達に指示をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「金剛さん……」

誰も居ないと思っていたのに唐突に声を掛けられ、慌てて辺りを見回す金剛。

視界に一人の少女を捉える。

 

あまり馴染みのない顔。

ショートカットで、白いジャージを着てミニスカートの女の子だ。どこかの部活やってる中学生みたいな感じ。

確か、第二帝都東京から提督が持ち帰った艦娘だ。

 

速吸って言ったっけ。

 

「えっと、速吸ちゃんだっかカナ? 」

目をごしごしと拭いて涙をぬぐい取る。うずくまってずっと泣いていたから、目を腫らしているかもしれないし、化粧も落ちてしまっているかもしれない。

「何か、ワタシにご用? 」

できれば一人にして欲しい。さっさとどこかに言ってほしい。そんな雰囲気を漂わせながら、少女に問いかける。

 

「あ、すみません。お取り込み中でしたか? 」

無邪気に笑う速吸。

金剛が何を思い、何に悲しんでいるかなんて全く分からないんだろう。

 

「用件があるなら、早く言ってほしいネ」

どうしたんだろう? 自分でも何だか苛立っているのが分かる。

 

「あ、怒っちゃいましたか? ごめんなさい。金剛さんを怒らせるつもりなんて無かったんです。私も確認してこいって言われてて、でも、なかなか金剛さんと二人っきりになるチャンスが無くって、とても焦っていて……本当にごめんなさい」

本当に済まなさそうに謝る少女。悪気が無かったということだけは、理解できた。金剛が睨んだせいだろうか、少し顔が引きつっているようにも見える。

 

「怒ってないから、安心してほしいネ。だから、教えてくれる? ワタシに何が聞きたかったの? 」

慌てて笑顔を作ってみせる。

 

「私が第二帝都東京から来た事は、ご存じですよね。ちょっとですね、実は用事を言われていたんです。お前、舞鶴鎮守府に行くんなら、確認してこいって。まあ、逆らえない人ですから、言われたとおり聞くしか無いんですけれど……。全然面識の無い人にいきなり話すなんて、ちょっと苦手なんですけど。しかも、戦艦の方になんて……」

確かに、艦娘同士とは言っても、初対面の戦艦にいきなり話しかけるのは、結構重圧を感じるのは想像に難くない。

 

「大丈夫ネー。そんな緊張しなくても大丈夫だよ」

と、彼女の緊張を解こうと、努めて笑顔をみせようとする。

 

「そ、そうですか? いいんですか? 」

期待するように速吸が見つめてくる。

 

「うん、いいよ」

 

「で、では、メッセージをお伝えしますね」

軽く息を吸い込んで、彼女は言葉を発した。

「三笠さんからのメッセージです。……この前にお話させていただいた横須賀鎮守府への異動について、冷泉提督にお話は済んだでしょうか? あなたの願いを叶える為に、私の方としても努力しました。実は、冷泉提督へそれとなくあなたの気持ちを伝えているので、彼からもいい返事を貰えたと思います。……ということです。金剛さんの答えを教えてください。私から、三笠さんへお伝えしますので」

 

その言葉を聞いた瞬間、すべてが氷塊した。

冷泉提督の、金剛が抱いていた彼への想いを一気に冷めさせた、彼の情けないまでのあの態度……。その原因のすべてが、三笠による差し金であったということだ。恐らくは、彼女が提督に対して、金剛が舞鶴を離れたがっている事を伝えたのだろう。彼の性格からしたら、何としてでも金剛の願いを叶えようとするはず。それがあの煮え切らない態度となったのだ。金剛が舞鶴への想いを断ち切りやすいように、あえて嫌われるような態度を取ったのだ。舞鶴の現状で金剛が出て行くなんてありえない事だ。すべて金剛の我が儘でしかない。それなのに提督は、自分が悪者になることで、金剛が出て行きやすいように、あんな態度をしたのだ。

 

ご、ごめんなさい、提督。

提督の気持ちを慮って、金剛は息苦しくなるのを感じた。最低な男だと失望した自分が情けなかった。誰よりも金剛の事を考えて行動してくれたのだ。舞鶴鎮守府の現在の状況は最悪で、冷泉提督の立場も非常に危うい状況だというのに、金剛が鎮守府を離れることを許可してくれるなんて。それどころか、金剛が何の躊躇もなく舞鶴を、冷泉提督を切り離せるように仕向けてくれたのだ。

提督の事を誰よりも大好きだったはずなのに、何一つ提督の気持ちを分かってあげられなかった。そんな自分が猛烈に腹立たしかった。

 

「金剛さん、どうされたんですか? 三笠さんに連絡しないといけないので、結果を教えてくれますか? 」

しばらく金剛が黙ったままだったので、速吸が再度声を掛けてきた。

 

真意を知った今、自分が答えられる事は一つだ。

「私は、横須賀なんかに行かないね。今は行く事なんてできない。提督を置いてなんていけるわけないネ」

今からならまだ間に合う。提督に取り消して貰うんだ。

 

「あれ? 金剛さんは横須賀に行くって、さっき冷泉提督にお話していましたよね? なんで私に嘘を言うんですか」

不思議そうな顔をする速吸。

 

「あなた、聞いていたのね。だったら何でわざわざ聞くの」

少し苛立ちを感じて、金剛は新しく舞鶴鎮守府にやって来た艦娘を睨んでしまう。

 

「怖いです、金剛さん。全部、三笠さんに言われたとおりにやっているだけなんです。許してくださいよお。もう怖いから全部言っちゃいます。私は、冷泉提督が金剛さんの件について絶対話すはずだから、彼から目を離すなって命令されていました。案の定、提督はあなたに横須賀行きの件を告げましたよね。それを確認したら、金剛さんに、裏で三笠さんが冷泉帝特に手を回した事を含め、すべてを明かしてから彼女の真意を聞けって言われてたんです」

 

「そ、そんな事して何になるっていうネ? 意味が分からないよ」

 

「……私には分かりませんけど、三笠さん曰く、きっと金剛さんは前言を撤回するからって言ってました。実際にそうなったからびっくりしてます」

とぼけているのか何も知らないのか……恐らく後者なのだろう。速吸は無邪気に答える。

 

遊んでいるのだ。

すぐに三笠の意思を感じ取った。目的なんて何もない。ただ、金剛や冷泉提督を振り回して、その様子を見て笑っているに違い無いのだ。

心を弄び踏みにじる。……そんな悪意に満ちた艦娘に対して腹が立ってきた。

 

「許せないね。提督を苦しめるなんて。……三笠さんに伝えて。私は絶対に横須賀には行かない。ずっとずっと冷泉提督と一緒にいるって。あなたの思い通りなんてさせないからって」

かなりの剣幕で話したせいだろうか。速吸が怯えたような表情になる。

 

「そ、そんなに怒らないでください。私だって何がなんだか分からないまま話しているだけなんですから。金剛さん、怖いです」

 

「もういいね。さっさと彼女に伝えるネ。本当に腹が立ってるんダヨ、私」

 

「……」

彼女は、何も言わずに、じっとこちらを見ている。何だか金剛を観察しているようにも見える。何か見透かされるような感じで、違和感を感じてしまう。

 

「何? 早くするネ」

 

 

「……本当に三笠さんの言うとおりになるんですね」

と、関心したように答える。

 

「どういうことね? 」

 

「きっと金剛さんは怒りだして、横須賀に行かないって言い出しますよって。何で怒らしたりするんですか? って聞いたら、ただ笑っているだけでしたけれど。でも、それじゃあ、金剛さんを横須賀に行かせることもできなくなるんじゃないですかって聞いたんです。そしたら、それは絶対にないですよって答えてくれました」

 

「何よ、それ。私は行きませんから」

強く強く否定する金剛。その意思は硬い。絶対に負けてたまるかといった感じで、意地になってしまっている。

 

「では、何故かお答えします。これも三笠さんからのメッセージにすぎないのですけれど。えっと、……もし、金剛さんが横須賀行きを断った場合、冷泉提督の今後の立場がより一層悪くなることを再考してください。現状の冷泉提督は、非常に危険な状態にあります。自分の部下艦娘に大量離反されたこと、およびそれに関連して鎮守府に敵勢力の侵入を許し、多くの死傷者を出してしまったこと。そして、そんな大事が起こった時に指令官たる彼が不在であったこと。それも出撃でもなんでもない、緊急性など何一つ無い艦娘の改装について行っていただけなんて。これらの事案だけで、指揮官としての責任問題となるでしょう。これまでの冷泉提督の言動から、彼を援護してくれる人はほとんどいないでしょうね。軍法会議になった際、彼はどうすればいいのでしょうか? そんなとき、金剛さんを大変な時期であるのに横須賀の為に異動させたなんて事実があれば、横須賀の生田提督はどうするでしょうか。困難な時期であったのに、横須賀のために貴重な戦艦を出してくれた事に恩義を感じるでしょうね。軍部の大勢が冷泉提督の処罰に動いたとしても、横須賀鎮守府が反対すれば、そう簡単には動けなくなります。それほど、軍の中での横須賀の地位は高まっているのですから。それをみすみす逃してしまうのですか? それも、自分の我が儘で。……とのことでした」

 

「くっ」

完全に三笠に弄ばれている。金剛は悔しさで歯ぎしりをしてしまう。

すべては彼女の手のひらで遊ばれているだけなんだ。彼女が何を考えて動いているのは分からないけれど、それに逆らう手立てが無い事だけは分かった。

自分が舞鶴に残れば、冷泉提督は今回の責任を問われて捕らえられ処分される。けれど、自分が横須賀に行けば、その危険性が無くなるかもしれないのだ。

提督の役に立つには考えるまでもないじゃないか。

 

「三笠さんは何を考えているの? 私や提督をどうしたいっていうの? 」

 

「わかりません。私は、金剛さんにメッセージを伝えろと言われただけで、三笠さんが何を考えているなんて、分かるわけないです。そんなこと想像できるほど頭良くないですもん」

と、無邪気に答える速吸。

「で、金剛さんは、結局どうされるんですか? 私は三笠さんじゃあないですから、いくらお話しても答えは出せないです。もちろん、戦艦の金剛さんとお話できることは、私としては嬉しいんですけれど」

 

悔しいけれど、どうすることもできない。

弄ばれていると分かっていながら逆らう事ができない。

自分の望みが叶うというのに、その代償として一番大切な物を失うというジレンマ。

けれど、大切な物を守るためなら、なんだってする。

誰よりも提督のことを好きなのは、自分なんだから!

 

「私は、横須賀に行くネ」

さようなら、冷泉提督。今まで何の役にも立つことができずにいたけれど、少しは提督のお役に立てるかな? うん、きっと役に立てるはず。そうでなくちゃ、悲しすぎるもん。

 

「そうですか。はい、わかりました。金剛さんのお気持ちは、きちんと三笠さんにお伝えしておきますね」

速吸はホッとしたように笑顔を見せる。

「金剛さんがいなくなると、冷泉提督も悲しむと思いますけど、ご安心下さい。三笠さんから、冷泉提督を悲しませないように努力せよ、と命令されています。何ができるかはわかりませんけど、私もがんばりますから」

 

「そ、そう。うん、頑張ってネ」

心のこもらない返事をするしかなかった。


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