一方、鎮守府の片隅。加賀達がいる場所より遠く離れた場所。艦娘の逃げ惑う姿があった。
4人の武装した男達に追われている。彼等は軍服を着ていない。それどころか、街のチンピラと区別が付かないような格好をしている。それだけで……鎮守府の兵士では無いことは明らかだ。。そして、彼等は日本軍の正規装備では無い銃器を手にしている。海軍の守備兵力と比較して圧倒的な装備を得ていることからか、周囲を警戒などする必要も無いかのように安心しきっている。本来の獰猛で暴力的さを隠すことさえしていない。目の前の獲物を追い立てるため、全速力で駆けている。
追われているのは、巫女のような服を身に纏った、長い黒髪の少女だった。
……戦艦・榛名であった。
彼女は行き先を誰に告げる事もなく、一人で鎮守府の敷地内を歩いていた。そして、そんな時に、敵襲を知らせる警報を聞いたのだ。幸か不幸か、そのサイレンの音で、我に返ってしまった。
そして、まず最初に困惑した。
一体、ここは何処なのだろう……と。
不思議かもしれないけれど、これが現実。彼女の記憶では、つい先程までは、寮の自室にいたはずなのい。それなのに、気付けば突然、こんな場所に一人で立ってたのだ。どういう経路でここまで来たか、まるで覚えていない。冗談などでは無く、記憶が欠落していた。
そして、……またなのと、ショックを受ける。
舞鶴鎮守府に着任して以降、何度こんなことがあっただろうか?
記憶の断片的な喪失。
まるで何者かによって時間ごと切り取られたように、唐突に知らない場所に移動している自分がいるのだ。しかも、何故その場所にいるか、どうしてこの場所に来たのかという理由に思い当たらず、ただただ困惑するだけ。
榛名が訪れている場所は、鎮守府の武器庫の中だったり、艦娘でも出入りが制限されているドッグの研究室の奥深くだったり、緊急時の地下司令室の中だったり……。
誰に命じられた訳でもなく、誰に呼ばれた訳でも無く、榛名はそこにいた。何の目的でそんなところに居たかなんて、自分の事だというのに、想像もつかないのだから。ただ、嫌な予感だけはしてしまう。もしかして……無意識のうちに、舞鶴鎮守府を探っているのでは? と思ってしまうのだ。
そんなはず、あるわけ無い。全く訳が分からない……。それでも自分に対するスパイ疑惑は、ただの思い込みなんだと自分を納得させることはできた。
けれど、もっとも驚かされたのは、気がついたら真夜中に、あろう事か冷泉提督の宿舎に忍び込み、それどころかベッドに横たわった提督に馬乗りになっていた事だ。
あの時は、恥ずかしさで本当に頭の中が真っ白になり、訳も分からないことを言って逃げ出してしまった。
―――今でもそれを思い出すだけで顔が火照ってしまう。
自分が冷泉提督に対して、好意を持っているのは事実だと思う。呉鎮守府で役立たずだった自分を拾ってくれた恩人なのだから。けれど、寝込みを襲うなんてはしたない真似を無意識のうちにしてしまうなんて……。あれ以降、提督と目を会わすことさえ怖くてできないのだ。提督がそのことを黙っていてくれるから騒ぎにならないけれども……。
しかし、自分はまるで夢遊病者のように、知らぬ間にあちこちを彷徨いてしまう事は本気で何らかの対策を打たないといけない。でないと、やがて何らかのトラブルを起こしてしまうだろう。そうなったら、ここにいさせてもらえなくなるかもしれない。
そんなことは絶対に嫌だ。本気で思う。
だから常に注意して……と思っていたのに、また記憶が飛んでしまいこんな場所にいる。
「本当に私って変になったのかしら」
そして、そんなことを言っている時に、明らかに舞鶴鎮守府の人間とは異質な存在と出くわしてしまったのだった。
ここの人達は、みな艦娘に対して紳士的に対応してくれる。何気ない一言にも、彼等がいろいろと気を使ってくれているのがよく分かる。そして、みんな仕事熱心だし、優しくて善良な人達ばかりだった。だけど、今、榛名の前に現れた人達は、見慣れた鎮守府の人達と異なり、雰囲気がだいぶ粗暴に感じられる。おまけに見慣れない銃器を持っている。
彼等は、普段見かける人達より少し長身で、彼等の切れ長の細い目は澱み、表情は弛緩したように見える。言葉使いは意図的か分からないけど汚いし、服装だって鎮守府の兵士の格好では無い。かといって鎮守府に出入りするような人にも見えない。
明らかに危険な人達……そう結論づけた。何気なく彼等のよどんだ瞳の奥をのぞき込んでしまい、そこにある欲望と粗暴さ冷酷さを感じてしまい、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
恐らく恐怖に引きつった顔になってしまったのかもしれない。それが彼等の心に火を点けたようだ。
「へえ……」
下卑た声を一人の男が発する。そして、榛名を上から下へとなめ回すように視て、視線を往復させる。それだけで何だか自分が穢されたような気がして戦慄する。
「おいおい、こいつ……艦娘だよな。……おい、おまえ……艦娘だろ? 」
値踏みするような態度で男が問いかけて来た。それに対しては、答えるまでもないだろう。巫女服やセーラー服を着た少女が鎮守府にいたら、それは艦娘以外考えられないのだから。
「この巫女服……そしてこの髪の色。ちょっと待てよ」
男の一人が携帯端末を取り出し、何かごそごそ始める。
「まじか! こりゃビンゴや。情報どおりやな、みんなよく聞け、こいつが榛名やで。巫女服を着ているヤツは、ここには3人しかいねえはずや。そんで、扶桑って女は、裏切ってここにはいねえはずだ。あとは金剛って艦娘だけやけど、あれは髪の毛が茶髪だし、もう少し馬鹿っぽい顔をして、こいつより巨乳らしいしな」
一斉に爆笑する男達。
ずいぶんと失礼な事を言う連中に、自分の置かれた状況を忘れて、内心カチンと来た榛名。
金剛姉さんは、馬鹿じゃなくて凄くしっかりしているんだから。彼等の評価は、大きな間違いだ。姉の名誉の為にも、是が非でもその誤りを正してやりたい。そして、もっと大きな間違いも正したい。金剛姉さんより自分の方が胸は大きいのだ……と。けれど今はそんなことを言っている状態じゃないことも理解している。
「じゃあ、さっさとこいつを捕まえちまおうや。こいつを連れて行けば良い金になるんやから?
キンちゃん達は、加賀って女を捕まえに行ってるんだし。どっちが早いか賭けてたよな」
この男達、鎮守府に侵攻するなんていう大それたことをしている上に、賭けまでしているなんて……。その大胆さに驚きを隠せない榛名。
「いや、待てや……」
一人の男が喋る男を制止し、榛名を見つめて舌なめずりをする。
「金も欲しいんやけどなあ、まあ見てみろよ。こんないい女が目の前にいるんだぜ。このまま連中に渡すなんて、もったいねえじゃん。ちょっとくらい味見してからでも、いいんじゃねえの。絶対ばれないはずだし。キンちゃん等だって同じ事考えるはずだぜ。……けどよ、向こうは6人だ。俺たちは4人だ。時間を考えたら、俺たちの方がじっくりと楽しめるんじゃね? 」
その言葉を聞いた男達が衝撃を受けたような顔をする。
「へへへ、そりゃいいや! 俺ら、賛成だ」
「うんうん、艦娘とやれるなんて、この先ありえねえもんな。俺も賛成だ」
と、男達がすぐさま同意する。
彼等に取ってはここが敵地であり、何時、警備兵達がやって来るかなど問題視していないようだ。
港や司令部のある辺りからは、未だに爆発音が何度もしている。あちこちから黒煙が上がっているのが見えることから、彼等の仲間達が鎮守府に侵攻してきているのだろう。そして、彼等の攻勢は、まだ続いているようだ。鎮守府の警備兵達は、その対応に追われているのだろうか? 未だに誰も現れないということは、こんな離れた場所にまで、手が回らないのかもしれない。……その事実は、榛名にとっては絶望的なものだった。
「じゃあ、決定やな」
そう言うと男達が榛名を見た。
その瞬間、榛名は反射的に駆け出していたのだった。……男達の欲望の餌食にならぬように。
本来なら、艦娘の身体能力があれば、人間の追跡など躱すのは容易なはずだった。けれども、逃走する瞬間、敵の一人が発砲し、不幸な事に榛名の左足に命中してしまった。その傷は逃走しようとする彼女にとっては大きなハンデとなってしまった。普通の人間程度の脚力しか使えなくなった彼女は、足を引きずりながら逃げるしかなかった。動かす度に激痛が走り、自由に動かすことができない。へたれ込むように倒れてしまう。思った以上に足の怪我は酷いようだと冷静に判断できる。命に別状は無いし、入渠すればすぐに回復する傷であることは間違い無い。けれど、今のままでは歩くことさえままならない。男達から逃げ切ることなど叶うはずも無いということが解ってしまう。
幸運だった男達は榛名逃亡の恐れが無いと判断し、胸をなで下ろす。そして、榛名を撃った男を一人の男が力任せにぶん殴った。
「てめえ、大事な商品を傷物にしやがって。万一、殺してたらどうするつもりなんや。お前ぶっ殺すぞ」
「でもでも、もし撃たなかったら逃げられたかもしれな……」
言葉の途中で銃床で何度も殴りつけられ、本来なら殊勲者である男は悶絶する。
「結果オーライ、一人減ったから3人だ。アイツの分も楽しもうぜ」
気絶した男をもう一度蹴りつけた後、にやりと笑いながら男が怯える榛名を見た。
恐怖……。
死の恐怖とはまた異なる、自分が穢されるかもしれないという、初めて感じる恐怖が榛名の心を支配した。
撃たれた事など気にしている場合じゃない。痛みを堪え、必死になって逃げようとする。立ち上がる事も困難であり、這って逃げるしかない。けれどそんな動きでは逃げ切れるはずもなく、すぐさま男達に確保されてしまう。
「いや……」
絶望を感じ、思わず声を上げてしまう。
男達は、興奮気味に彼女を引き起こす。
「こんな外じゃあ気分がでねえな。どっか良いとこねえか? 」
「……なあ、あそこはここの連中の宿舎みたいだけど」
一人が指さす。その先には、職員用の宿舎があった。
「おう、そこならベッドぐらいはありそうだし、シャワーも使えるやろうな。おう、ちょうど良いな、さっさと連れていこうぜ」
自分がどういう目に遭うかを不幸にも想像してしまった榛名は、悲鳴を上げて抵抗しようとするが、逃れることができない
「た、助けて、提督!! 」
来てくれるはずもない男の姿を求めて、榛名は必死に手を伸ばす。
「いや、いやいや。やめて、誰か、誰か! 助けてください」
「うるせえな、馬鹿が! おまえは、もう駄目なんや。良くわからんけど、艦娘って売れば高い値が付くみたいなんだよな。裏の世界には、欲しがる人間ってのがいっぱいいっぱい、いるんだよ。まあ、まず市場に出ることなんて無いから、とんでもねえ値段になるらしいな。売られた先でおまえ達が何されるのかは知らねえけど、ふふん、どうでもいいわ。相当良い金になるみてえだし、まあ仕方ねえだろうな。けどよ、フヘヘヘ、その前に俺たちを楽しませて貰うぜ」
そう言って、男が榛名の頬を平手で叩く。思った以上に力が入ってしまったのか、彼女は地面に倒れ込んでしまう。
「まったく、往生際の悪い女だ。ちょっと我慢してたら、良い思いをさせてやるんだから、じっとしてればいいんだよ」
男は倒れた榛名に近づいて、彼女の腕を掴んで引き起こす。殴られた時に唇を切ったのか、彼女の口から一筋の血が流れ落ちる。
絶望的な状況を認識し諦めでもしたのか、彼女の瞳から光が消えかけている。
それを見て、榛名が自分の逃れられない運命を知り、すべてを諦めて大人しくなったと判断した。男は、ついでといった感じで彼女の胸の膨らみをわしづかみにしてみる。その瞬間、ぴくりとだけ彼女が反応する。
「おお、こいつの乳、すげえでかいじゃん」
と、興奮したように声を上げてしまう。
「まじか? 」
「ああ、こいつ……隠れ巨乳かも! よく見たら、乳周りぎっちぎっちにサラシ巻いてやがる。そんでも布きれ越しにも感じ取れるぜ……かつて無いほどの我が儘ボデーや! こいつは間違いない。なんかええ匂いもするしなあ。く、くう……た、たまらん」
「なんやて、俺にも揉ませろ」
興奮気味に、他の男達が騒ぐ。
「まあ待てや。順番だよ順番。最初は俺だろ。俺が味見してからや。お前等はそれでも見ながら扱こいてろ」」
そう言って、榛名を捕まえている男が宣言する。それに対して、他の男達はしぶしぶといった漢字で同意したようだ。どうやら彼がこの中で一番権限があるようだ。誰も反論できないみたいだ。
「へへへ、そうと決まればさっさと連れていこうぜ。そんでもってサラシ剥ぎ取って、中身を見ちゃおうぜ」
その時。
「私の……」
突然、男に片手で抱かれていた榛名が口を開いたのだ。
「は? ……何だよ」
思わず問う男。
先程まで抵抗していた少女とは思えない、まるで異なる声色に内心驚いてしまった。すべてを諦め、大人しくなった者が発する絶望の声……とは異なるものだったからだ。
その声はまるで抑揚が無く、感情の無くなったとてつもなく冷たい声。更に彼女の瞳からは、どういうわけか恐怖や怯えの色が消え去っていた。何も映し出さないような空虚な瞳になっているのだ。そして、そこに何の感情も無い、……人とは思えないものがそこにいるかのような。
何か分からず、男は戦慄した。
そして、
「……私の体に、その汚い手で触れるないでくれませんか」
はっきりと彼女は宣言した。先程までの怯えたような声ではなく、抑揚の無い、まるで機械のような声だった。
「何を言ってやがるんだ。おまえ、自分の置かれた状況が恐怖で解らなくなったのかよ」
追いつめられて頭がおかしくなったとしか思えない態度に、驚きと戸惑いの混じったような声を出してしまう。
「もう一度、言います。私の体に、汚い手で触れないでください。あなたの肥だめのような息が臭くてたまらないのです。……今すぐ離れなさい」
その口調は丁寧だ。
「な! 馬鹿が」
生意気な態度を取った少女に激高したのか、男は榛名の胸ぐらを掴むと右拳で殴りつけようとする。どういった事が原因でそんな態度に出るのかは謎だったが、生意気な態度を取る奴は力を見せつければ押さえ込める。強めに殴ってやれば、女なんてすぐに大人しくなる。これまでの経験から間違いない。艦娘だって、所詮は女。その能力は人間を大きく凌駕すると言われているが、人に危害を加えられないという条件付けをつけられているのだから、恐れることなど無いのだ。一瞬ではあるけれど、少女を怖いと感じた本能を必死に押さえ込むためより過激な行動に出ざるを得ない。
その刹那、男の体がくるりと宙を舞ったと思うと、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐえっ」
つぶれたような情けない声を上げる男。受け身を取ることもできず、まともに地面に体を打ち付けたため、呼吸ができなくなり悶える男。
「うげうげ、て……てめえ」
呼吸を取り戻し、喚きながら両手をついて立ち上がろうとするが、起き上がれない事に気付く。
「あれ? 」
そして、自分の体を見て悲鳴を上げる。
さっきまであった自分の両腕が根本から無くなっていたのだ。千切れた服から血が吹き出ているのを見て痛みを一気に感じ、恐慌状態となる。
「腕がっ腕があ、俺の腕がああ」
「醜いです……ね、あなたたちは」
何が何だか分からない男は、声のした方向を見上げる。そこには男を見下ろすように榛名が立っている。艦娘の両手には、かつて男の物であった腕が握られていた。
彼女は、汚らしそうに男の腕を投げ捨てた。そして、片足を引き上げると、静かに仰向けに倒れた男の顔を靴底で踏みつける。
「……許せない。本当に、許すことができない。……あなた達は、その汚い手で、私の体に触れてしまった。あなた達は、してはならない事をしてしまいました。私の……私の体に触れて良いのは、提督だけだというのに。これほど不愉快な思いをしたのは、初めてです。……絶対に許せない」
そう言うと、踏みつけた足に力を込めてくる。静かな口調だったものの、そこには明確な怒りが感じられた。
「おえおっ、何すんだよ、い、いっ痛い痛い痛い。頼む、止めてくれ、そんなに力を入れたら」
情けない声で必死に懇願する男。なんとか逃れようとするが、両腕が付け根からねじ切られているため、顔に載せられた足を除けることができない。どうすることもできないのだ。抵抗しようとしても、どうすることもできない。白く細く美しい足が視界に入っているが、今はそんな余裕などない。
「おい、おまえ等、なんとかしろ。た、助けてくれ」
仲間に必死に懇願するも、彼等はあまりの状況の変化に対応できず、パニックになっているようで、呆然と見ているだけで動くことができない。
そうしているうちに、榛名の踏みつけた足の力がさらに強まっていく。
「お、おい、冗談は止めてくれ。い、痛い。本当に顔が潰れてしまう。お、お願いだ、止めてくれ。た、助けてくれ。許してくれ、謝る。な、何でもするから、ふいひゅい、助けてください」
男の哀れな姿を見下すように、榛名は見下ろす。その瞳は虫けらを見るかのように、無反応だ。足元で喚く男の声などまるで聞こえていないかのようだ。
鼻の骨が奇妙な音をたてて潰れていくのが分かる。さらには前歯が圧力に耐えかねて、一本づつ、順番にへし折れていく。まるでそれを意図しているかのような力の入れ方だった。男は、呻き悲鳴を上げる声は聞こえているだろうが、それでも容赦なく踏みつけた足は力を増していく。
「い……い、いうえお」
まともに声を出すことができない。全身が痙攣するだけだ。そして、スイカか何かが潰れるような、ぐしゃりと潰れる音がして、沈黙が訪れる。
ねちゃりという音をさせながら、目の前の艦娘が足を潰れた男の顔から引き抜く。ピンク色の何かが糸を引いているのが見える。彼女は足を何度か振ったり、地面に擦りつけたりしてそれを落とそうとしている。
先程、銃で撃ち抜かれたはずの足は既に出血が収まっているようで、完治しているようにさえ見る。
「はぁ……凄く汚いけど、少し我慢するしかありませんね。……さて、では次はあなたたちね」
そう言うと、にこりと目の前の艦娘が嗤ったように見えた。
それを見て男達は、全身の血の気が引くのを感じた。自分たちは、とんでもない化け物に手を出してしまったことに、手遅れとは分かりながらも……恐怖する。そして、今更ながら、金儲けの話を持ち込んだ連中の事を本気で呪った。
「か、……艦娘は人間に手出しできねえはずやないか。楽な金儲けだって言ってたのに、く、くそう」
喚くまくる男達。
しかし、榛名は彼らを蔑むように嗤うだけで、何も答えない。
「けっっけけええ」
恐慌状態に陥った男は銃を構え、敵を狙う事もなくフルオートで引き金を引く。この距離なら狙わなくても当たるはずだ、との判断なのだろう。
「死ねぇい、死ねやああ! 」
もはや、艦娘を捕らえて売り飛ばすだの、艦娘をみんなで犯して楽しむなんてこともどうでもよかった。とにかく、こんな化け物をさっさと殺さないと、こちらがやられてしまう。カエルか何かのように踏み潰されて殺されるなんてごめんだ。その思いだけで必死だった。
しかし、榛名の反応は、彼らの引き金を引く速度よりも速かった。
一瞬、消えたかと思われる程の速度で動き、瞬時に一人の男の眼前に現れ、微笑んだ。そして、次の刹那、右手の指を男の両眼に突き入れる。
男の絶叫。
榛名は、くるりと男の背後に回り込み彼の頭頂部を右手で掴む。その力は万力のように、男は振りほどくことができない。彼女はゆるやかな動きで左手で男の首を固定する。そして、ゆっくりと右手に力を込めて男の頭を後ろへと傾けていく。ゆっくりゆっくりと……。
人間の首の稼働域には、限界がある。男の後頭部が背中に付きそうになるあたりで限界を迎えたようで、その動きが止まってしまうが、榛名は手を止めない。
彼女の細い腕からは信じられないほどの力のため、男は抵抗することさえできない。
「あう、あうあう」
気道が圧迫されているのか男は、声を出すことができない。涎が垂れ舌があり得ない長さではみ出し、よだれが頬を伝わり落ちていく。更に、男のズボンが生暖かいモノで濡れていく。
それでも、彼女の手の動きは止まらない。そしてついに、何かがねじ切れる音がして、男の痙攣は停止する。
それを確認した彼女は、一気に右手を引く。その瞬間、その男の首がねじ切れて体から剥がれ落ちる。切断面から、薄気味悪い色の液体がどろどろと流れ落ちていく。
「ひっひっ、ひええええええええ!! 」
仲間の処刑を時間が停止したかのように見ているだけしかできなかった最後の男は、次は自分だということに気づかされ、狂気に汚染され発砲する。しかし、射線が見えるかのように榛名は楽々と回避し、男のすぐ側に移動してきた。そして、銃を構えた男の両腕を掴むと、いとも簡単にねじ切る。
「ぎゃああああん」
男の悲鳴。
続けて彼女は右手で男の背後に回り込み、今度は後頭部を鷲づかみにした。そして、そのまま地面に叩きつける。あり得ない力に翻弄され、男は飛び込むような形で顔面を地面に打ち付けられた。しかし、それでもその力は相当に手加減されているようで、緩やかに緩やかに男の顔が変形していくのが見て取れる。
男の悲鳴と何かの擦れて潰れる音が連続して聞こえる。
しばらくの間は、男に意識があったのが、何か喚き続けていた。恐らくは命乞いだったのだろう。しかし、榛名は聞く耳を持たず、何かの作業を続けるかのごとく、機械のように、何度も何度も地面に彼の頭を叩きつけたのだった。
最後の男が絶命すると、榛名はゆっくりと立ち上がった。
すべてを終えた彼女は、何気なく男が持っていた銃器を手に取り、虚ろな瞳で見つめるだけだった。
そして、遠くから人が駆け寄ってくる音が聞こえてくるのを感じた。
榛名は、その事に気づいていながらも無反応だった。
それが敵でないことが分かっていたからだ……。