まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第147話 無垢なる魂

「鎮守府にいる艦娘のみんな、……よく聞いてください。あなたたちは大変な誤解をしているのです。……それを今から話します」

提督執務室で事務処理をしていた加賀の耳に、唐突に入ってきた声。それは執務室に設置されたスピーカーから聞こえてくるものだった。

何の操作も無くスピーカーからいきなり聞こえる音声とは、緊急を意味する全チャンネル一斉放送であることを示している。そして、聞こえてくる声の主がすぐに戦艦扶桑のものであることが分かり、驚いてしまう加賀。

 

―――あなた、何をやっているの?

 

最初に思った事がそれだった。

なぜなら、艦娘同士の通信については特定のチャンネルが用意されていて、任務に関係の無い案件について、基本的にはそれを使うようにと指示されている。

全チャンネルを使用するということは、いかなる状況においても聞き取れるようにする必要となる、切迫した緊急案件でしか行わない取り決めになっていたのだった。

 

遠征から帰って来ただけで、何故こんな方法を使うのか? 加賀には理解ができなかった。どう考えても緊急事態は発生していないのに……。

 

しかし、次の瞬間、それが誤りであったと気付かされる。

 

「私達艦娘は、軍によって記憶操作をされ、真実から目を逸らされ利用されていたのです。私達は軍に騙されていたのです。私達は良いように利用されていたのです。それが正しい事だと思わされて! 」

 

「はあ? 」

思わず声を上げてしまう。

一体、彼女は何を言っているのだ? この音声が艦娘だけでなく、鎮守府全体に聞かれているということを彼女は理解しているのか? 艦娘……しかも、戦艦である彼女が話す言葉の重みを理解しているのか? こんな事、もはや冗談では済まされないレベルになっていることを分かっているのだろうか?

隣にいる長門と目が合うが、彼女も戸惑いの表情を浮かべるのみだ。

 

「みなさん、覚えていますか? 」

 

「何を言っている? 早く通信を止めさせないと」

加賀は慌てて立ち上がり、通信機の置いてあるテーブルへと移動し、操作をする。その間も彼女の放送は続く。

 

「緒沢提督という人を覚えていますか? ……もしその名前に何かを感じる人がいるなら、今すぐ、私達の下に来てください。まだ今なら間に合います。私達にあなたたちを助けさせてください」

 

「ちょっと、ま、待ちなさい扶桑。あなた、何を言っているの? そもそも、こんなみんなに聞こえるような通信をして何を考えているの」

割り込むように通信を接続する。通信機は映像も送るため、ディスプレイに扶桑の姿が映し出される。恐らくは向こう側にも加賀の姿が見えているだろう。

 

「……加賀さんですか? 」

驚いたような声で扶桑が答える。

全チャンネル通信に対してはこちらも同じ回線で訴えるしかない。加賀の声もみんなに聞かれてしまうが、もはや仕方がない。まずは彼女を落ち着かせないといけないようだ。

「鎮守府にいなかったあなたは知らないでしょうね。だから、私が何を言っているのか理解できないと思うわ。……でも、あなたにも説明してあげましょう」

 

「いや、そんなことはいいから……。その話は後で聞いてあげるから、今は通信を切りなさい! あなたの声は鎮守府中に聞こえていることを解っていて? これは緊急時しか使用しない回線ということを忘れたの? そもそも、一体何を考えているの? 何かあったの? 」

矢継ぎ早に質問をぶつける。

 

しかし、扶桑は加賀の言うことなどまるで聞く耳を持たないかのように、話続ける。

「冷泉提督が着任される前に、緒沢提督という方がいらっしゃいました。その方は舞鶴鎮守府の指令官として活躍され、私達……ここにいる多くの艦娘達に慕われていたのです。それは今の冷泉提督と同じくらい……いいえ、彼と比較なんて緒沢提督に失礼です。問題にならないくらいに慕われてた。けれど、ある時、提督は軍部の策略に陥れられ、殺害されてしまったの。この事は加賀さんや長門さん……それから島風以外はみんな知っていることよ」

 

「……仮にそれが事実というなら」

そうは言ったものの、加賀の知る限りそんな事実があったという記録は無い。

「どうして、舞鶴鎮守府の艦娘達が何も言わないの? 」

 

「それは、艦娘に対する記憶操作を軍部が実行したからです。入渠する度に調整と偽って記憶まで弄り回していたのよ。そして、ほとんどの艦娘が事件の事どころか、緒沢提督の存在そのものまで忘れてしまった……忘れさせられてしまったの。それどころか、殺された緒沢提督の代役で着任した冷泉提督が元々いた提督であると思い込まされ、あろうことか彼に好意を持つような艦娘まで出てしまうことになってしまったわ。こんなの、あまりにも酷い現実です。私達は大切な提督との思い出を奪われ、それどころか彼を殺した勢力が送り込んだ冷泉という男の事を信頼し慕うように操られてしまっていたの。……でも、私はほんの僅かだけれど、記憶が残っていた。そのせいでずっとずっと違和感を持ったまま生活してきたの。冷泉提督は演技とはいえ、確かに優しい人を上手に演じていました。みんなが違和感なく彼を受け入れるくらいに。けれど、私は失った記憶が違和感となり、彼を拒絶していた。そして、ついに私は真実にたどり着くチャンスを得たのです」

そう言って彼女は、永末という人物との邂逅を語り始めた。

彼が属する勢力の助力を得て、記憶を次第に取り戻し、そしてついには真実にたどり着いた……ということらしい。

 

そして、彼女は言葉を続ける。

 

加賀や長門は知らない事だけれど、かつて舞鶴鎮守府の領域討伐戦において轟沈したと思われた艦娘の多くが、緒沢提督の考えにより轟沈と偽装され秘密の場所にかくまわれているということを。

そして今後、扶桑達はその彼女達と合流し、戦力を整え、緒沢提督を陥れた勢力と戦うというのだ。

 

「何を馬鹿な事をいうの? あなた、言っている事の重大さに気づいていて? それは、それは明らかな反逆じゃないの」

思わず叫んでしまう。

 

「いいえ、反逆ではありません。正義の遂行です。永末さんは軍に属する方です。私達は独立軍ではなく、軍の援助を得ながら戦うのです。正義をねじ曲げ、邪な思考のみで行動する敵を討つために」

 

「愚かな……」

加賀の心の奥底に猛烈な怒りがこみ上げてくるのを感じた。愚かどころか狂っているとしか思えない。

 

「扶桑、馬鹿な考えは止めるんだ。いまなら間に合う。考え直せ」

たまりかねて長門が叫ぶ。

 

「ふん。新参のあなたたちには、私達の気持ちなんて解るはずがありませんからね。理解して欲しいとは思っていません」

淡々とした声で、扶桑が答えた。

「ふふふ、所詮、余所から流れてきたようなお二人に、私達の悲しみ苦しみ、悔しさなんかが理解できるはずがありませんものね。大切な指令官を目の前で殺されたというのに、その存在すら消された私達の苦しみが……。私達には悲しむことも苦しむ事さえも奪われてしまい、ただの兵器として使われてきたのですよ。あなたたちのように恵まれた環境でぬくぬくと生きつづけ、たとえ艦娘として用無しになって鎮守府を追われても、すぐさま新しい提督に取り入るような要領がいい尻軽女ではないのです。ずっとずっと一人の提督を思い焦がれる、哀れな存在なのです」

 

「な! 」

頭に血が上り、思わず叫びそうになる加賀を隣にいた長門が諫める。

そうだ、今は感情的になって口論している時ではないのだ。加賀は大きく深呼吸をし、長門に頷く。

 

「仮に、あなたが言うことが正しいとしても、あなたは冷泉提督の指揮下にある艦娘なのです。あなたの行動は、提督に対する裏切り行為とは思わないの? その行動がどういった結果を招くか考えたの? 冷泉提督がどう思われるか考えが至らないというの」

冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら、扶桑に向けて問いかける。

 

「冷泉提督の事を考えろ? とでも言うのかしら」

答えを返す彼女の声は、恐ろしく冷たかった。

「冷泉提督は、緒沢提督の後任としてやって来た。ということは、緒沢提督がどういった形で亡くなったかを知っていたはずなのですよね? 軍の将官クラスが死亡した事実を隠すことなどできないのですから。それなのに、彼の態度はどうでしたか? まるで緒沢提督の存在を知らないかのように演技をしていたのです。加賀さんや長門さんは知らなくても、他の艦娘のみなさんは覚えていますよね」

加賀に対してではなく、聞いているであろう他の艦娘に訴えかけるように話す。

「あまりに白々しい態度をとりながら、彼は私達に取り入ることができました。その能力だけは褒めていいくらいです。優しそうな笑顔で私達に近づき、言葉巧みに取り入り多くの艦娘を味方に取り込んだようです。でも、私達はそんな甘言に騙されなかった。ある意味運が良かった部分もあるかもしれません。けれど、なんとかしのぎきった。……大切な人を殺され、更に敵の手の者を信頼するような愚を犯さずに済みました。冷泉提督に対して、何も思うところはありません。彼がどうなろうとそれは私達には関係の無いことですから」

 

「あ、あなた何て事を」

誰よりも艦娘のことを想ってくれている冷泉提督をどうでもいいという扶桑に対して、猛烈な怒りがこみ上げてくる。側にいながら、彼の気持ちをくみ取ることができないなんて、どういう事なのか! 

 

「私達は救える艦娘を救うため、危険を冒して鎮守府に戻ってきました。今なら間に合います。みなさん、今すぐ私達の下に来て下さい。本当の敵を討つために! 」

加賀の気持ちも無視して、扶桑はみんなに訴えかける。

 

「提督に、……冷泉提督に連絡を取らないと」

こんな状態で議論しても仕方がない。扶桑との会話は成り立たない。ここは司令官たる冷泉提督の言葉で艦娘達の混乱を鎮めて貰うしかない。

「長門、提督に連絡を取って頂戴」

 

「駄目だ。さっきから連絡をしているんだが、話しにならない。提督は現在会議中であり、会議中は誰も入ることは許されないとのことだ。では会議は何時終わるのだと問えば、時間は未定だとしか答えない。鎮守府の緊急事態だと言っても、伝言だけはするがそれも会議終了してからだと! そもそも提督が不在で鎮守府が回らないというのなら、その鎮守府の危機管理はどうなっているのかと逆に問われてしまった。くそ……全く話しにならん」

忌々しそうに長門が答える。

 

「なんですって」

加賀は目の前が真っ暗になる。

「こんな大事な時に……」

あり得ない話だけれど、こんな時にどうして提督が鎮守府を離れる事になったのだろう。どうして提督が不在の時にこんな事件が起こってしまうのだろう。

まるでお互いが連絡を取り合っているかのように。

 

……まさか。さすがにこれは考えすぎだわ。

そう自分に言い聞かせて、次の手を考える。

「向こうが駄目だというのなら絶対に無理なんでしょう。提督とさえ連絡が通じれば、扶桑達を説得することができるかもしれないのに。……何かいい手は無いかしら」

 

「そうだ、叢雲が提督と一緒に行っていただろう。彼女と連絡を取ってみればいいんじゃないのか? 叢雲は会議には入っていないだろうし」

 

「そうね、それしかないわ。長門、急いで叢雲に連絡を取って頂戴。そして、今の緊急事態をなんとしても提督に伝えるように言って」

 

「了解だ」

長門は頷くと、通信機を操作し始める。

 

次にどうすればいい?

加賀は思考を巡らす。とにかく、今は時間を稼ぐことが大事だ。扶桑との会話を引き延ばし、鎮守府に引き留めるのだ。なんとか叢雲が提督に連絡を付けてくれれば、通信回線により艦娘達に司令を送ることもできる。彼が引き留めれば、向こうへ行こうとしている彼女達も思い止まってくれるかもしれない。

緒沢提督という存在と、舞鶴鎮守府の艦娘達の結びつきがどの程度の深いものなのかは理解できない。けれど、それが冷泉提督と築き上げた物を上回るものであったというのなら、事は難しい方向に行かざるを得ないのかも知れないけれど。

 

「大変よ! 」

唐突にドアが開かれ、一人の艦娘が飛び込んでくる。群青色の軍服を着た高雄である。慌てた様子で声を上げる。

 

「どうしたの、そんなに慌てて」

また問題事ではないかと不安になりながら、問いかける。

 

「漣が何の命令も受けていないのにみんなの制止を振り切って出港したの」

 

「何ですって」

今日はどれほどの災難が降りかかるのだろう。しかし、そんな不満を言っている場合じゃない。今すぐ彼女に連絡をしなければ。

「漣、漣。聞こえますか? 今すぐ答えなさい」

声がだいぶ苛立っているのが自分でも分かる。冷静にならなければならないのは分かっているが、感情を抑えきれない。

「早く答えなさい! 」

 

「……もう、そんなに怒鳴らなくても聞こえますよ」

めんどくさそうな声が聞こえる。映像はオフにしているらしい。

 

「あなた、何処に行こうとしているの。そもそも出港許可は下りていないわよ」

 

「ぎゃーぎゃー言わないでよ。この状況で命令無視で出る事で、漣が何を考えてるか分かってるでしょ」

 

「鎮守府を裏切るというの? 冷泉提督を裏切るというの? 」

思わずそんな言葉が出てしまう。

 

「裏切るとかそんなんじゃないんだよね。冷泉提督? あの人、私、あんまり好きじゃなかったんだ。なんか違うかなってずっと思ってたの。それが扶桑さんの言葉でピンと来たんだ。あ、ここは漣のいる場所じゃ無いって。だから、本当にいるべき場所に行くだけ」

 

「何を馬鹿な事を! 」

軽い口調で話す艦娘に怒りがこみ上げてくる。

 

「加賀さん、そんな怒ってばっかじゃ駄目だよ。まあ、鎮守府のみんなと離ればなれになるわけだけど、これも運命だよ。仕方ないよね。じゃ、ばいばい」

そう言うと、漣は通信を切った。

 

「いらっしゃい、漣さん。私達は、あなたを歓迎しますわ」

と、嬉しそうな声で扶桑が話す。

画面に映る彼女の顔は勝ち誇った笑みを浮かべているように見えてしまう。それでまた加賀の苛立ちが増加する。

漣が扶桑達の艦隊に合流した事が確認された。

 

「他に私達と共に歩む同志はいらっしゃいますか? ……いませんか? 本当にいないんですね? 10数えますから、それまでに答えて下さい」

念を押すような扶桑の言葉。

 

「長門、まだ叢雲と連絡は取れないの? 」

 

「どうやら通信が届かない場所にいるらしい。まるで反応がない」

 

「分かったわ。とにかく連絡を続けて頂戴」

 

「10数えました。舞鶴鎮守府にはもう私達と行動をする者はいないということですね。……わかりました。仕方ありませんね」

寂しそうな表情を浮かべた扶桑が、一瞬、視線を逸らす。

「では、これで私達は鎮守府を去ります。艦娘のみなさん、次にお会いするときは、こんな事にはなりたくないのですが、敵同士となるかもしれません。これも運命だと諦めましょう。お互い、歩み寄ることができなかったのですから。そして、鎮守府の皆さん。いろいろとお世話になりました。敵である人もいると思うのですが、ほとんどの方は本当に私達に良くしてくれました。ありがとう。そして、……さようなら」

通信が途切れる。

 

次の刹那。

長門が叫ぶ。

「扶桑達の艦隊に熱源反応あり。何を考えているんだ? あいつら、砲撃をするつもりだぞ」

そして、モニタに映し出された扶桑達の艦隊の砲門が火を噴くのが見えた。

思わず高雄が悲鳴を上げる。

 

「エネルギー反応多数。……鎮守府ゲートに全弾着弾」

彼女達は鎮守府と外洋と間に造られた巨大なゲートを攻撃したのだった。

 

「被害状況は分かるかしら? 」

感情を無くした声で加賀が問いかける。呼応して長門が連絡する。現地の人間に確認しているのだろう。

「ゲート開閉装置は大破。……門扉も損傷を受けている。あいつら、追撃を出せないように出口を壊してしまった」

モニタには反転し、移動を始める艦隊の姿があった。海に出る唯一の門を破壊された訳だから、しばらくの艦船の出入りは不可能だ。修理にどれくらいの時間がかかるかも分からない。

 

ドン。

 

思わず机を叩いてしまう。

 

「してやられたな」

長門が加賀の肩に手を置いた。

 

「一体、何を考えているというの、扶桑達は。こんなことしたら、もう二度と戻る事なんて出来ないのよ」

そして、その事は扶桑達と戦火を交える可能性を示唆していた。恐らくは避けられない運命なのだろう。

なんでこんな事に。

悲しくて悲しくてどうしていいか分からなくなった。

 

そして―――。

 

轟音と閃光。衝撃波が襲ってきた。

「今度は何事? 」

 

外を見ると遠くで黒い煙が上がっている。

「爆発だ」

長門が叫ぶ。

 

振動は複数回続く。

次々と爆発が起こり、火の手が上がるのが見える。

「倉庫が燃えている。それだけじゃない。格納庫や弾薬庫も燃えているわ。何なの? 攻撃なの? 」

高雄が右往左往する。

「まさか、扶桑さん達の攻撃っていうの? 」

 

「高雄、落ち着きなさい。扶桑たちからは追加攻撃の兆候は無いわ。それに彼女達は鎮守府を去って行ってる所よ。彼女達とは違う原因による爆発だわ」

努めて冷静に加賀が反応する。

 

「じゃあ、何が原因なの。こんなの普通ならあり得ないじゃないですか」

 

「分からない。けれど……」

加賀が答えようとした刹那、鎮守府中にサイレンが鳴り響く。

 

「総員、戦闘態勢! 総員、戦闘態勢! 鎮守府に侵入者あり! 侵入者あり! 敵は武器を所持しているとの報告。敵は武器を持っている。全員武器を取り、敵を迎え撃て。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない」

あり得ない警報が鎮守府全域に放送される。

 

「何が、起こっているというの? 」

呆然とした表情で爆発と火災が起こっている窓の外を見つめながら、加賀は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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