まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

138 / 255
第138話 始まりの地

第二帝都東京へは向かうには、日本列島を反時計回りして関門海峡を抜け、瀬戸内海を通って太平洋へと出る西ルートと、時計回りに進み津軽海峡を抜けて太平洋へと出る北ルートがある。瀬戸内海は深海棲艦との遭遇の危険性が高いため、本来であれば北周りのルートを行く方が良いのであるが、前回と同様大湊警備府の許可が下りなかったために、やむを得ず西回りのルートを選択することとなった。

何だかよく分からないけれど、大湊の葛城提督にはずいぶんと嫌われてしまったようだ。そのことをぼやいていると、加賀には「自業自得でしょう? 」とあっさりと言われてしまったけれど。

加賀は、提督と一緒に第二帝都について行きたいくせに、妙に意地を張ってそれを言えないから、やたらと提督に強く当たってるんだよ。女心を分かって欲しい……と長門に謝られたけれど。

 

それでも神通を旗艦とした3隻の艦隊の航海は、敵に出会うこともなく、至って順調だった。

途中、呉鎮守府提督へ挨拶の為に立ち寄ると、予想していなかった歓迎を受けることとなる。なんと、わざわざ鎮守府を上げての親睦会を準備していてくれたようで、予定には無かったけれど呉鎮守府で宿泊する事となった。

 

酒宴での高洲提督は終始ご機嫌で冷泉に話しかけてくれ、思った以上に気さくな人だと知ることになった。

 

「冷泉提督、……その、だな」

いろいろな話をしているなかで、急にかしこまったように高洲が問いかけてきた。

「いや、何、……提督のところでお世話になっている……榛名なのだが、うむ、元気にやっているだろうか」

やたら饒舌にどうでも良いことを話すと思っていたのだが、どうやらそれが聞きたかったらしい。随分と戦艦榛名のことを特に気に掛けているらしく、舞鶴鎮守府の環境に馴染んでいるだろうか、他の艦娘達と上手くつきあえているだろうか? などと尋ねてきた。それだけではなく、彼女は人見知りな所があるから、できれば冷泉冷泉提督にはその辺りを気にしてもらいたいなどといろいろとアドバイスを貰った。

まるで父親みたいだな……冷泉はそう思った。確かに、彼からすれば、榛名は自分の娘のように思えるのだろう。まるで、一人暮らしを始めた娘を心配するような父親のような……そんな気持ちなんだろうなあ。そう思うと、何だか彼の態度が微笑まく感じられるとともに感心させられる。

本当に可愛くて仕方がないんだろう。まあ、確かに可愛いのだが。そんな可愛がっていた娘を、仕方ないとはいえ、軍内部では嫌われ者で得体の知れない若造の所に行かせてしまい、舞鶴で榛名がいろいろと苦労しているんじゃないかと、後悔しているようにも感じられた。

 

「榛名は……いえ、彼女は、元気にやっていますよ。それに大丈夫です。私にお任せ下さい。提督が心配されているような事が無いようにしますから」

と自信たっぷりに語るしかなかった。それで、高洲提督の心配が解消されたかどうかは分からないけれど。

そういった話をしていたせいで、冷泉が聞きたいと思っていた宿舎での榛名の奇行について、確認することができなかった。

そんなことはあったものの……神通達は呉鎮守府の艦娘達と親交を深めることができたようで、満足げだったから、まあ良しとするか。

 

そして、翌朝早くに出立となった。

瀬戸内海は未だ危険だということで、高洲提督は4隻の駆逐艦を護衛につけてくれた。敵に出会うこともなく……もっとも、流石に対戦能力の高い7隻の艦隊にわざわざ戦いを挑むような愚か者は深海棲艦には存在しなかったようだ。

瀬戸内海を抜け、護衛してくれた艦娘達に礼を言って別れることとなる。

 

数時間で冷泉達は、日本国政府より【第二帝都東京】と命名され、艦娘勢力が管轄するエリアへと到着した。

 

第二帝都東京とは、位置的には旧東京都における江東区および墨田区全域を指すエリアのことである。深海棲艦の侵攻から日本を救った艦娘勢力(特に名称がないため、現在もこう呼ばれている)の六隻の艦隊が最初に入港したのが東京港フェリーターミナルだったことから、彼?彼女?等の本拠とされることとなった。以後、次第に影響範囲を広め……もちろん日本政府の許可を得ての話である、現在のエリアを支配下に置くこととなっている。

 

深海棲艦との戦いの中で、居住していた住民のほとんどが避難もしくは死亡していたため、特に大きな混乱もなく、エリアの支配地化は完了した。もっとも、仮に反対する勢力があったとしても、深海棲艦を排除するだけの力を持つ存在に逆らうことなどできるはずもなかったのであるが……。

 

現在は、艦娘勢力側が認めた政府関係者のごく一部のみが、艦娘勢力との交渉窓口として立ち入ることが許されている状態となっていて、それ以外の人間は境界に近づくことさえ認められていない。それだけに勢力下に治められた後、そこがどうなっているかは多くの国民に知らされていない。

ただ、造船所や兵器工場、研究所が造られており、ここより多くの艦娘と軍艦が生み出されるとともに、艦載機や各種兵器も生産されている。彼等のおかげで、今の日本国がなんとか存在しているのは間違いない。また、大がかりな改装つまり改二や大規模な修理についてもこちらで行われることとなる。

こういった事情から、多くの人間が研究者および作業員として第二帝都東京に居住している筈なのであるが、彼らがどういった人選で選ばれたのか、また彼らはどういった生活をしているのかは全くの謎となっている。

 

巡洋艦神通以下の艦隊は、ゆっくりとした速度で指示された港へと近づいていく。

艦橋から見ているだけではあるけれども、第二帝都と呼ばれるエリアに入った時から、明らかに空気感が変わるのを冷泉は感じた。それは、領域とはまた異なる異質な場所に来たと直感的に感じてしまう。

日本列島の沿岸部は、かつて深海棲艦との戦闘で破壊された町並みの多くが、修復されずに残されたままになっている。しかし、第二帝都東京と呼ばれるこの場所は、まるで戦争などがあったことが無かったかのように、整然とした町並みがあった。これが深海棲艦との戦争が起こる前の姿のままなのかは、観光でしか来たことのない冷泉には分からない。ただ分かること……それは、ここが人間の住む世界では無いということだけは、理解できた。かつては賑わっていたはずの場所には、人間の姿はほとんど見あたらない。ひっそりと静まりかえった風景としての町並みが存在しているだけだ。

 

「凄い場所だな……」

ぽつりと冷泉は呟く。

 

「提督、大丈夫ですか? 」

横をみると、横に立っていた神通が心配そうに覗き込んでいた。

 

「ああ……俺は平気だよ。少し空気感が変わったから、驚いただけだ」

 

「少しお疲れなのではないですか? ……私なんかの為にお付き合い頂き、こんな遠くまで来てもらい、申し訳ありません」

改二改装を控え、彼女の方が緊張しているはずなのに、冷泉の事ばかり心配している。舞鶴からここに来るまで、ほとんど寝ずの番で冷泉に付き添っていたのだ。

 

「お前の方こそ心配だよ。ここからは俺のことばかり心配せず、改装に向けた心の準備を進めるんだぞ。……大丈夫、俺が一緒にいてやるからな」

そう言うと神通の頭を撫でてやる。彼女は少し頬を赤らめながら瞳を閉じ、冷泉にされるがままにしている。

神通……。冷泉に対しては、本当に従順で素直な子だ。常に冷泉の事を気にかけ、冷泉の期待に応えようと相当に無理をしている。彼女の価値基準は、常に冷泉を中心にしていて、そこに一切の迷いが無い。いつの間にか、冷泉が絶対の存在になっている。信頼しすぎじゃないのか? と、こちらが心配になる。どこかのタイミングでそれを諫めてあげないといけないと思ってはいるんだけれど。

もちろん、彼女の信頼に応えるように無い能力を振り絞って頑張るつもりだし、絶対的な依存をされるのは結構嬉しかったりする。彼女が冷泉に寄せる気持ちが恋愛感情であったら、本気で嬉しいんだけどなって思うが、そんなことはありえないので、変な気持ちを起こさないようにしないといけない。

 

「提督……」

神通が話しかけてくる。慌てて妄想から復帰する。

「まもなく接岸します」

 

「わかった」

モニターに映し出された映像には、いつの間にか現れた作業員達が接岸準備を始めている状態が映し出されている。数隻のタグボートも近づいてきている。

「では、俺たちも下船準備を始めるか」

もっとも冷泉は、言うだけで実作業は何もできないのだけれど。神通の改装作業には数週間かかるらしいので、その分の着替えなんかを持参しているが、自力では運べないので、港にいる作業員が宿泊先に運んでくれるのだろう。また、冷泉の介護の為の人員もあらかじめ待機済みらしい。いろいろとみんなに迷惑をかけて申し訳ないと思いながらも、どうしようもないから仕方ない。

 

早く元気になれればいいのだけれど、果たしてそんな可能性はあるのだろうか。それを考えると目の前が真っ暗になってしまうから、極力考えないようにしている。鎮守府運営の仕事が無かったら、恐らくは絶望的な未来に心が持つだろうか……自信は無い。日々の生活に追われ、本当にしんどい思いばかりしているけれど、こんな生活が無ければ早晩、精神が崩壊するかもしれないな。忙しいことに感謝しないといけないんだろうと、自分を納得させる。

 

「了解しました」

神通は冷泉の心の奥底の煩悩に気づくことなく、可愛い笑顔で答える。

ああ、こんな可愛い子たちが常に側にいてチヤホヤしてくれるから、なんとかやっていけるのかもな。本気で思った。

 

タラップが接続されると、数人の作業服を着た職員がやってきて、冷泉達の荷物の搬出を始めた。冷泉達に一瞬、興味を示したような表情を見せたが、冷泉と目が合うと慌てて視線を逸らし、黙々と作業を始める。どうやら会話は禁止されているのだろう。

冷泉も神通に車椅子を押されて、第二帝都東京の地に降り立った。すぐに叢雲、長波の二人もやって来る。

 

「ようこそいらっしゃいました」

声のする方を見ると、一人の少女が立っていた。冷泉と目が合うと、小さく会釈をする。ショートカットの女の子で、白いジャージに黒いミニスカート姿をしている。そのスカート丈はかなり短いいため、ハイソックスを履いた素足に思わず目が行ってしまう。

「冷泉提督、遠路ご苦労様です。私は、給油艦速吸と申します。これより、み、皆様のご案内をさせていただきまし、す。よ、よろしくお願いします」

慣れない言葉を使ったせいか、ぎこちない話し方になっているが、そんな姿はなんだか初々しく可愛い。名前を聞かなくてもその容姿と格好で彼女が誰かはすぐに分かったんだけど。

 

「ほう……」

思わず溜息が出てしまった。特にエッチな意味は無かったんだけれど、どういうわけか背後で叢雲らしき咳払いが聞こえる。

「う……。出迎えご苦労様。私は、舞鶴鎮守府司令官冷泉だ。しばらくの間、こちらでお世話になるけど、よろしく。それから、もっと普通に喋って貰っていいよ」

 

「はい、よろしくお願いします」

緊張が取れたのか、彼女の素の笑顔が見られた。冷泉達は彼女に案内されて、すぐ近くの建物へと案内される。

移動は少し進むとすぐにエレベータに乗り、降りてすぐにトンネルのような通路に設置された水平型エスカレーターで移動する。何度も割と長い時間、水平型エスカレーターに乗ったり降りたり、乗り換えたりを繰り返し、さらにはエレベータで上がったり下がったりを繰り返した。意図的に複雑な経路を取っているのだろうか?

その間、一人の人間にも会わなかったわけであるが……。

 

本来なら車で移動するところを冷泉が車椅子ということでこの移動方法となったのか、それとも見られたくない場所があるから、地下通路を移動させたのかは分からない。

移動中ずっと、速水がここの説明をしてくれたので、それほど退屈はしなかったのだが。

 

そして、通路の突き当たりの扉がある場所まで案内されると

「それでは、こちらでお待ち下さい」

と、速吸に案内されて部屋の中に入る。見上げるほどに高い天井、壁面は木製のようだ。片側は窓らしいが巨大なブラインドが下ろされていて外は見えないようにされている。床には通路よりはだいぶ高級なふかふかに感じられる絨毯が敷き詰められていた。中央にテーブルが置かれ、それを挟んで茶系色のソファーが並べられている。上座となる場所はソファーが撤去されており、そこに冷泉の車椅子が入ることになる。冷泉を挟んで両側に神通達が並ぶことになる。

それにしても、応接室ということだから、もっと立派な造りなのではないかと思ったが、想像以上ではなかった。ここは艦娘勢力の本拠地となるわけだから、その力を訪れた者に示すため、贅の限りを尽くした物にする……なんて感覚は人間だけなんだろうな。彼女達にとっては、全く無意味な事なんだろう。そんなことを考える。

 

唐突に扉が開かれ、二人のセーラー服姿の女の子が入ってくる。見たことのない子だけれど、彼女達も艦娘なのだろうか。背丈からすると駆逐艦なんだろうけど。

そして、彼女達の後方から一人の女性が現れた。その瞬間、神通達が直立状態になる。何事? って感じで彼女達を見るが、妙に緊張したまま硬直している。叢雲ですら普段の生意気な態度は姿を潜めてしまっている。

蒼を基調としたドレスを着ている。そのお尻の部分を膨らませたデザインは、いわゆるバッフル・スタイルってやつだろう。大正時代を舞台にしたドラマで見たことがある。なんか、すごい豪華な建物の中で舞踏会なんかやっていたやつだ。髪型もそれっぽく作り込まれている。どちらにしても、普段生活には大変そうに見える。そんなことを緊張感もなく、冷泉は考えていた。

ゆっくりとした歩調で歩むと、やがて、テーブルを挟んで冷泉の前に立つ。彼女の背後に二人の艦娘らしい子が立つ。

「はじめまして、冷泉提督。私がこの第二帝都東京と名付けた街の代表を形式上務めています、戦艦三笠と申します。私の我が儘で、遠路はるばるお呼びだてして申し訳ありませんでした」

そう言って、彼女はニコリと微笑んだ。

 

戦艦三笠は、まだ艦隊これくしょんに実装されていない、いや、そもそも実装されるかどうかさえ不明なんだけれど。

だから、冷泉も見たことはなかった。

 

けれど、これまで出会った艦娘とは何かが違うことだけは分かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。