まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第135話 遠征艦隊の帰投

遠征に出ていた、扶桑を旗艦とした第二艦隊が帰投する。

 

司令室には、扶桑のみが報告にやって来た。

神通が旗艦の時の遠征艦隊は、必ず帰投した際には全員で報告に来ていたから、少し違和感を感じてしまう冷泉。その事を問うと、

「皆疲れてしまっていて、すぐに休養させる必要を感じたので、自分の一存で決めてしまいました。知らなかったとはいえ、申し訳ありません」

と謝る扶桑。しかし、その謝罪はあくまで事務的な口調でなされ、自分には自分の考えがあるので……といった感じで、彼女の内なる声が聞こえてきそうだった。

 

扶桑は秘書艦でいた事もあったから、遠征艦隊が帰投した時に、どうしているか見ていたはずなんだけどな……。わざわざ異なることをする必要性も感じられないんだけど。きっと扶桑も疲れているんだろう……。そうに違いない。そう思い、そのことを問いかけると、

「初めての遠征でもあり、確かに少し緊張過多だった部分があったかもしれません。私をフォローするために、他の子達は、いろいろと無理をしてがんばってくれました。初めてのことが連続して発生したせいで、彼女達も普段より疲れてしまったのかもしれませんね。それは、私にも言えることかもしれません。初めての遠征の旗艦でしたから……」

と答える扶桑。

実際、彼女も疲れたように見える。いつもより元気がないし、どことなく不安げな顔をしている。

 

「そうか……。とにかく、まずはご苦労だったね。十分な成果を上げてくれてありがとう。さすがだよ、扶桑」

心からの慰労と賞賛をする冷泉。けれど、彼女はあまり嬉しそうに見えない。どういうわけか、はあ……といった感じで溜息をつくし、なんだか心ここにあらずといった感じにも見える。いつもの彼女らしくないといえばらしくない。

それだけ、遠征任務はストレスだったんだろうと一人納得する。

 

「そうだ! 扶桑。お前にいいニュースがあるんだぞ」

漂う、どんよりとした雰囲気を察したのか、長門が気を利かせて話題を変える。

「なんと、艦娘たちの改装がなされることになったんだ。……喜べ、扶桑。お前もその候補に挙がっているぞ」

 

瞬間、驚いたような声を上げる扶桑。どういうわけか、その反応は喜びというよりは、不意打ちを食らったように見えてしまった。そして、怯えたような探るような視線を冷泉に向けてくる。……違和感を感じるが、気のせいだろうか?

 

「私なんかを改装するよりは、他の子達を……」

その声色は、遠慮というより拒絶のほうが割合的に多く含まれているように感じ取れてしまう。

 

「いろいろと検討した結果だよ、扶桑」

喜んでくれないことに違和感を感じながらも、冷泉は言葉を続けた。

「鎮守府の資金力では、改装できる艦娘の数も限られてしまう。その中で、誰を優先するか俺なりにいろいろと検討したんだぞ」

 

「どうしたんだ、扶桑。もっと喜んだらどうだ? 何が不満なんだ? 提督が不思議がってるだろう。艦娘と生まれたたら、改装による強化は喜ばしいことだ。強くなれば、より一層、鎮守府に貢献できる。これは、艦娘としては、喜び以外の何者でもないじゃないか。うう、私も艦があれば……。あそこをいじって、うんうん、あっちにも手を入れて……ハアハア、ああ! 提督何処を触っているのだ。止めてくれ……そこは改装とは関係のない場所じゃないか、ふふん、たまらない」

 

「何を興奮しているの、長門。かつての威厳は何処にいったの。あまりにもポンコツすぎるわ」

と、隣で加賀が呆れている。

 

「それはともかく。……今回の改装については、あなただけでは無いから安心して。提督のお考えでは、神通と祥鳳の三人が改装の対象になっています。そして、神通については、改二段階へと改装が予定されています。この改装により、舞鶴鎮守府の戦力の強化は、確実なものとなるでしょうね」

扶桑に対する改二について、加賀は言及しなかった。けれど、それは当然のことだ。冷泉の中では、扶桑の改二への改装は決定事項であるものの、その条件が確定していない状況であり、申請ができていない状況であるからだった。戦艦扶桑の改二には、改装設計図が必須であることを知るのは、全人類の中で冷泉のみ……らしい。けれど、設計図の入手方法については、冷泉は知らない。ゲームの中だとイベントや特別任務をクリアする必要があるのだが、こちらの世界でも同様なのかは不明だ。だから、断言できない。それ以前に、扶桑に改二が実装されていることさえ、世界は知らぬままなのだから。

 

「いえ、喜んでいない訳ではないんです。ただ、あまりに急だったものですから、驚いてしまっただけです」

そう言うと、笑顔を見せるが、何故だかぎこちない。

やはり、少し疲れているのだろうか? 普段より顔が疲れているように見える。

 

「そうか……。だったらいいんだけど。まあ、とにかく、お前も改装可能レベルに到達しているわけで、改装を行えばより一層強くなり、今後の出撃においても我々が優位に戦闘を進める確立が上がるわけなんだよな」

実際には火力を落とす代わりに、耐久力と索敵が上がるわけであるのだけれど。改になったところで、劇的に強くなるわけではなく、改二前提でも扶桑改装なのだ。しかし、確証が無いため、今はそれを彼女には伝えられない。伝えられればきっと彼女も、もっともっと喜ぶんだろうけれど。

 

「は、……はい」

 

「で、なんだけど。改装のスケジュールについて打合せをしておかないといけないな。ドッグの空き具合との兼ね合いがあるんだけれど、神通については、改および改二を一気に進めたいって考えてるんだ。だから、お前と祥鳳の順番だけになるわけだよな。どちらを先にという事だが、まあ、遠征チームの疲労回復を先にする必要もあるだろうから……」

 

「提督、お待ちください」

と、工程の話している最中に、それは扶桑によって遮られる。

 

「うん、どうかしたのか、扶桑」

 

「はい」

と、一瞬間を置いた後、

「提督よりの申し出は大変嬉しいんですが、改装については少し待っていただけませんでしょうか? 」

 

「え? それはどういうことなんだ? 何かあるのか? 」

 

扶桑は頷く。

「第二艦隊として遠征を終えたばかりですが、少し休んだ後、すぐにでも遠征に出たいと考えているのです。私を含んだ遠征チームでの戦果が、どの程度まで上げられるのかを、限界を試してみたいのです。もちろんそれだけじゃありません。遠征で痛感したことがあります。チームワークをもっと高める必要があることを。今後も、このような編成で出撃することが考えられますから、この問題は、早急に解決しておいたほうがいいのです。提督もそう思うでしょう? 問題を先送りしてはいけないはずです。そして、何が原因かをきちんと確かめる必要があるって」

普段、自分の意見をそんなに言わない艦娘が、いつになく強く主張してくるため、少し圧倒されてしまう冷泉。

 

「うん……。言ってることは間違っていないけど、初めての遠征でお前も疲れているんじゃないかな。少し休んでからでもいいんじゃないか? 」

 

「休むのは、その後でもいいでしょう? 明後日には準備を進めて、出撃したいと考えています。この件について、承諾をお願いします」

 

「ねえ、扶桑。どうしたの? 少し急いていませんか? 提督も休むように仰っているのですし。それに、あなたが大丈夫でも、他の子達が疲労を残しているかもしれません。駆逐艦の子は慣れているかもしれませんが、大井はあまり遠征に出たことがないですからね」

と加賀が割って入る。

 

「……わかりました。明後日というのは急すぎました。すみません。確かに、疲れている子もいるかもしれませんね。休養については同意します。けれど、5日以内には出撃させてください」

同意したのかそうでないのか分からない言い分だが、それ以上は妥協できないといった感じの口ぶりだ。

「提督、お忘れかもしれませんが、遠征のノルマというものがあるのですよ。現在の舞鶴鎮守府の達成状況は、そのノルマを下回っています。このままではペナルティが科されるかもしれません。故に、休む必要性は重々承知しています。けれど、長くは休めないということを理解してください」

そう言われて、始めて気づく冷泉だった。そういえば、神通達ががんばっているとはいえ、それは最近の事。長期的なノルマ達成率が低いままだったのだ。それは、冷泉が倒れたりした影響が大きいのだけれど。

 

「ですから、少し、難度の高い遠征を考えています」

そう言って、扶桑が冷泉の回答を待つまでもなく遠征の説明を始める。その内容は空母を含めた艦隊での護衛及び敵地攻撃というものだった。航空戦力により敵背後を突くという電撃作戦であり、ある程度の練度が要求されそうなものだった。しかし、戦艦扶桑を含めた艦隊編成であれば、そう難しいものでもなさそうだ。何気に大井と不知火、村雨の各艦は、練度も高く、装備についても充実させていたのだ。

「この遠征を繰り返し成功することができれば、当面の間はノルマに追われないだけの成果を上げることができます」

 

「しかし、空母はどうするんだ? 」

と、加賀の方を見る冷泉。

 

「加賀を艦隊に編成するつもりはありませんよ、提督。彼女ではこの遠征にはオーバースペックです。それに、そこまでの強敵が出現する海域でもありませんから。当然、私が編成する空母は、軽空母が最適。よって、祥鳳となります。空母の彼女がいれば、この作戦は成功率が大幅に上げられますから」

その言葉に、加賀が安堵したような表情を見せた。

 

圧倒的な航空戦力を誇る加賀とはいえ、前回、沈没寸前まで追い込まれた事もあるし、加賀本人も負傷を負ってまだ間もない。まだまだ戦闘には不安があると思われる。かつ、加賀に搭載する艦載機も実は全数揃っているわけではないのだ。何せ、艦載機無しで舞鶴に着任してきたからな、彼女は。本来搭載する烈風や流星は、痛い出費となるから、すぐにはそろえられないわけで……情けない話だけれど。

命令とあらば、いかなる状況でも彼女は出撃するだろうけど、まだそんなリスクを負わせるわけにはいかない。出撃するなら完全な状態でさせるのが、基本だからだ。

そして、それ以上に、扶桑たち遠征メンバーなら、達成できるだろうという信頼もあった。

 

「うん。扶桑がそう言うなら問題ない。お前が選んだメンバーなら、その遠征を十分達成できるだろう。だから、信じているなんて言わない。……成功を確信している。それと、お前達に無理をさせてしまって、……すまない」

冷泉は頭を下げる。

 

それを見て一瞬ではあるが、彼女の瞳が動揺したように見えた。いや、これはたぶん、冷泉の気のせいだろう。

「……だ、大丈夫です。決して無理をしているわけではありませんから。それで……この遠征をまずは成功させる必要がありますので、先程の話に戻ってしまうのですが、私と祥鳳の改装については、少し、待っていただきたいのです。改装に入ってしまうと、遠征に行くべき二人の艦娘が動けなくなるので、ノルマ達成に支障が出てしまうのです。このメンバーで遠征を繰り返す事が、最良の方法だと断言できますので。提督、是非、承諾してください」

 

「うむ……」

悩んで見るが、答えは既に決まっている。扶桑の提案に従うのがベストであると。扶桑と祥鳳の改装を行うのは、もちろん大事であるが、それは火急の案件では無い。優先順位としては、まずは鎮守府のノルマを果たすこと。そこで余力ができれば、彼女達をドッグに入れて改装作業ができるだろう。それまで待ったところで、それほど違いは無いのは間違いない。

「まずは神通の改二を先行して行い、遠征の目処が立ってから、扶桑達の改装を行うのでも何ら問題は無いな。……了解だ。扶桑、お前の提案を承諾しよう。遠征の成功に向けて、準備を進めてくれ」

 

「了解しました」

ほっとしたように笑顔を見せる。

「では、準備にかからせていただきます」

そう言うと、椅子から立ち上がり立ち去ろうとする。

 

「あれ、もう帰るのか。そんなに急がなくてもいいだろ? 仕事の話は終わったんだから、ちょっと雑談でもしていかないのか? 」

と、冷泉が引き留める。

神通チームが遠征から帰ったら、いつも遠征の状況報告を聞いていたのだ。そのほとんどは、雑談がメインだ。彼女だけではなく、遠征艦隊全員がこの執務室に集まり、遠征での出来事や途中停泊した街の様子、人々の状況。食事は旨かったのかとか、お土産は何があるのか……いろんな事を聞くのが冷泉の楽しみでもあった。

舞鶴鎮守府以外のところが現在どんな状況なのか。そこに住む人々の生活はどうなのか。深海棲艦がどう世界に関わっているのか。そういった事だけではなく、艦娘達が何を考え何を思うのかがそういった雑談の中から感じ取れることを重要視していたのだ。

まあ、単純に若い女の子と話すだけで、楽しいのは間違いないのだけれど。

 

それが今回、扶桑達の遠征艦隊では、扶桑以外の艦娘は、ここに来ていない。普段は来ていた村雨さえも現れていない。いろいろと連携で問題があったらしく、普段以上に疲労が蓄積したためとの報告だった。やむを得ないのかもしれないけど、少し寂しく思えた。だからこそ、余計に事務的に話を終了させて帰ろうとする扶桑に、一言かけててしまったのだ。

 

冷泉の声に立ち止まった扶桑は、ゆっくりと振り返り

「すみません。私も少し疲れてしまったようです。申し訳ありません、失礼します」

とだけ言うと、二度と振り返ることなく去っていった。

彼女の表情からは、笑顔が消えていた。

 

バタンと閉まった扉をしばらくぼんやりと見ている冷泉。

 

「提督、振られてしまいましたね」

と、加賀が優しく声をかける。

 

「さすがの提督でも、いつもモテるわけでは無いのだな。……まあ、ドンマイ」

長門が冷泉の肩に手を置くと、うんうんと頷いて見せる。

 

妙に優しくされるとかえって辛くなるんだな、と実感させられる冷泉だった。

 

しかし―――。

 

扶桑は、何か急ぎの案件でもあるのだろうか? 言葉や態度は普段とそれほど変わらないように思えたけど、会話中ずっと、彼女からは焦りのようなものが感じ取れたのだ。

最初はそうでもなかったけれど、途中からそれが顕著になったように思える。

さて、どの辺りからだっただろうか?

艦娘の僅かな変化も見逃さないように気をつけているだけに、その変化が気になる。何らかのフォローもしてあげないといけないし。

冷泉は考え込まずにはいられないかった。

 


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