まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第132話 意外な障害

 

なんだか部屋の空気が変わったような気がする。

わりと和やかな感じだと思っていたけれど、それが一変し、凍り付いたようにさえ感じられた。

 

先ほどまでぼんやりした顔で興味深げだった長門が、頭を抱えるような仕草を見せる。

秘書艦の加賀だって、目を閉じて頭を何度も左右に振っている。

 

「ねえ……提督」

加賀が諭すような口調で話しかけてくる。

 

「どうしたんだ、二人とも。なんだか様子が変わった感じなんだけど、何かあったのか? 」

 

「……あのね、提督」

深いため息をついた後、再び加賀が言葉を発する。

 

「はいはい」

よく分からないまま、相づちを打つ冷泉。

 

「ちょっと前だったら、何言ってるのこの馬鹿は?って思ったけわ。でも、これまでの提督の行動を見て、常にあなたが何らか根拠があって行動している……少し脳天気に見えるけど、いろいろと考えてる人だと理解しているつもりです。けれど、あえて質問します。改二ってどういうことか、解っていて? 」

冷泉の事を信頼しているのか、そうじゃないのかよく分からない言い方で問われる。

 

「ふふん。もちろん、解っているつもりだ。いや、えっと、だいたいは、解っているつもり……なんだけど。たぶん」

言葉は尻すぼみになってしまう。冷泉が知っているのは『艦隊これくしょん』でのことであり、こちらの世界の改造は知らない。だから、解っているつもりとしか答えられない。

 

「そう……そうなんですか、やっぱり……ね。では、おさらいになる部分も多いかもしれませんが、きちんと説明しますね。……艦娘は一定の熟練度、提督みたいにゲームばっかりやってた人にわかりやすく言えば、RPGのレベルみたいなものですね、つまりそこまでに達すると改造という工程への移行が可能となり、艦本体の改装及び兵器換装、動力調整などが行われます。そして、リンクする艦娘側の新艦への対応の調整を行うことになります。それが改造と呼ばれる作業です。そうして、改造が成功すると、艦娘と艦双方のステータスが向上することになります」

そこで一端、加賀が説明を止め、冷泉の理解度を確認するように見てくる。そこまではゲームと変わることはなさそう。冷泉は、頷く。

「しかし、改造可能な熟練度については、各艦娘によって異なること、艦娘の熟練度を数値化する事は現在のところ、人類にできません。何故なら、艦娘というもののほとんどがブラックボックス化されており、解析する権限が人には与えられていないからです。このため、データを収集し、試行錯誤を繰り返すしかなく、人類は何度も何度も失敗を繰り返してきました。しかし、その失敗のデータ、成功のデータの積み重ねのおかげで、おおよその予想ができるようになってはいます。現在では、いくつかのステップを踏むことで、対象の艦娘の熟練度の予想数値を算出することは可能となっています。もっとも、それは、あくまで予想値でしかありませんけれど……。ここからが本題になります。その予想値を得るために、横須賀鎮守府においては、日々のデータ収集を徹底するだけではなく、定期的にドッグで集中的な診断を行っていました。これらの蓄積によって、可能性を審査し、最終的に提督が判断する手続きを取っていたのです。……けれど、提督が仰った神通、祥鳳、扶桑については、いえ、舞鶴鎮守府在籍の全ての艦娘についていえることなんですが、過去数年に渡り、データを計測していた形跡がありません。定期診断さえ、できていない子もいました。これについて横須賀鎮守府だけが特殊だった可能性があるので、なんともいえません。……けれど、提督はそんな状況でありながら、この三名を改造対象として選択しました。いえ、それどころじゃあありません。改二まで行うという決断をしています。これはどういう事なんでしょうか。どういう根拠なんでしょうか? 」

心の底から不思議そうに問いかけてくる秘書艦。

 

冷泉は焦るしかない。どういう根拠で改造するのかを、冷泉に問いかけているのだ。正直に答えるべきか、そうしないか。

正直に答えるならば、自分の異能を告白することになる。しかし、これはこれで信用に値するデータは無い。ただの法螺吹きとしか思われないだろう。逆に嘘をつく事も難しい。そもそも、理由が思いつかない。日々の行動を記録したデータを元にして検討した結果だ、と言おうとしていたのに、データが無いなんてどうなっているんだ。冷泉はすでにこの世にいない、前任の緒沢提督に文句が言いたくなった。

 

「特に改二については、より高い熟練度が要求されていて、それに満たなければ失敗となります。資材の損失の大きさは当たり前として、艦娘へのダメージも相当なものとなります。場合によっては再起不能となることもあると聞いています。そんなリスクがある改二を、何のデータの積み重ねもない状態のままで、行おうとしているのですか? 」

続けざまの加賀の言葉に動揺せざるをえない。

失敗したら資材が無駄になるだけじゃないのか? 艦娘にダメージ? 再起不能? そんなの聞いたことないぞ。

 

冷泉が知る改装とは、一部の艦娘については高いレベルまで育成すると「改」の次の段階、つまり「改二」という改造をすることが出来る。これによる改造を行うと更にステータスが強化されるし、ゲームでは艦娘の立絵の変更も行われる。ゲームでは一大イベントである。改二で顔とはスタイルが変更され、いまいちだった子も劇的にあか抜けした可愛い艦娘になることが多い。更に艦娘によっては、一部ステータスが一気に強化されたりもする。また、艦種自体が変更となる場合もある。今回、冷泉が提案した扶桑の改二もそうであるのだが。……こんなところだ。

しかし、こちらの世界では、改造というものは存在する。改造するためには、設定レベルがあるが、艦娘のレベルは人間では分からない。よって、改装申請しても規定レベルに達していないため失敗することもある。その際は資材は消失するし、艦娘にも負荷がかかるらしい。改二ともなれば、再起不能になるなど更にリスクが高い。

 

どう説明したらいいんだ? ……。

 

「提督、黙り込んでいては私達を納得させることはできないぞ。どういう根拠で提督がそう仰るのかを私達にも伝えて欲しい。リスクを仲間に負わせる指示なのだ。それなりの理由があるのだろうけれど、現状のままでは私達には理解できないのだ」

長門までが追求をしてくる。

 

このまま嘘を突き通すか? それとも自分の能力を明かすか。冷泉は少し考え込むが、すぐに結論づける。

 

「俺には、艦娘の熟練度が解るんだよ。そして、どの段階で改造できるかっていうのもね。だから、お前達の心配は杞憂に過ぎない。俺が大丈夫と判断すれば、それが正解だ」

きっぱりと言い切った。

 

「はあ? 」

予想通り、呆れたような表情を見せる二人の艦娘。

「冗談は止めて下さい。そんなこと信じられる訳ないでしょう? 」

 

「冗談では無いよ。俺は艦娘の熟練度が解る証拠を見せてやろう。加賀、お前はレベル88、長門は97だ。そして、扶桑はレベル80、神通は62、祥鳳は46だ。三人とも改造レベルに達している。扶桑、神通においては改二レベル80および60を越えているだろう? まだまだだぞ。他の艦娘だって言えるぞ」

冷泉は自信たっぷりに語った。

しかし、当然ながら、二人の艦娘は唖然としたままだ。やはり、いきなりそんなことを言われても、信じられるはずもないのだろう。冷泉の言ったことは、あまりに荒唐無稽な話でしかないからだ。 

「……やっぱり、信じられない……かな? 」

 

「当然です。いきなり自分には特殊能力があって、ブラックボックス化された艦娘のステータスを読み取ることができる。それどころか、各艦娘の改装レベルさえ把握している。そんなこと信じられるわけがありません。私達ですら正確には知らない熟練度を知ることができるなんて、ありえません。あなたは人間なんですよ。私達のサイドにいる存在では無いのです。そんな人がどうしてそこまで知りうるのですか? 」

もっともな事を加賀に言われて、反論の余地なし。

 

「しかし、実際に俺には解るんだ。解るんだから仕方がない」

 

「仕方ないって言われて、はいそうですかなんて言えません。一般的な事なら聞き流せますが、事は改装の事。艦娘にリスクが生じる話です。簡単に終わらせることはできないのです」

 

「この能力について、科学的に説明することはできない。やってみなければ、証明する方法も無い。けれど、これは絶対に自信がある。お前達、俺が言うこと……信じてもらえないのか? 」

説明を尽くして納得させる方法が無い冷泉。とにかく情に訴えるしか方法がない。必死に彼女達に訴えかけるしかないのだ。

 

「そ、……そんな言い方は、ひ、卑怯です。信じられないのかなんて聞かないでください。提督は私の為に、命を賭してまで行動してくれました。そんな人の言葉を信じられないなんて言えるわけが……ないでしょう。それは卑怯です」

小声で答える加賀。

 

「私は信じるぞ、提督。そもそもこの命、提督に拾われた物だ。故に、私は、すでにあなたの物だ。あなたの言うことが全てなのだ。信じてもらえないかなどと問いかける必要など無い。信じろ、それだけでいいのだ。それだけで私は、納得できるぞ」

ぶっ飛んだ回答ではあるが、本気の気持ちを伝えてくれる長門。

 

「うん。二人にもっとちゃんと説明できればいいんだけれど、俺にも説明ができないんだ。けれど、間違いなく改装は成功する。それだけは間違いない。俺を信じてくれとしか言えない情けない男だけれどな」

 

「自信があるのだか無いのだかわかりませんが、これまでの行動が、提督の言葉を信じさせてくれます。正直、理性では納得はしていませんが、信じます」

 

「二人ともありがとう。早速、改装の段取りを始めて欲しい」

感謝するとともに、指示を為す。

 

「しかし……改二の件ですが」

ホッと胸をなで下ろす冷泉に、加賀が指摘する。

 

「他に何か問題があるのか? 」

 

「はい。第一段階の改装については、鎮守府で可能なのですが、改二となると鎮守府のドックでは不可能なのです」

 

「え? そうなのか。どこかに専用の工場でもあるのかな」

思わず口にしてしまうが、改二への改装所を知らないということを言ってしまうのは不味くなかったか、と一瞬焦ってしまう冷泉。さり気なく二人を見るが、特に何も気づいていないようだ。それを見てホッとする。

 

「第二帝都東京……。そこに艦娘の第二段階改装を行える、唯一の工場があるのです」

加賀の言葉に少しではあるものの、驚く冷泉。艦娘を遠く離れた第二帝都にまで移動させなければならないとは知らなかった。恐らくは改装に時間もかかるだろうから、その辺も調整しないといけないな。

 

「なるほど。……艦隊運用に少し調整が必要だな」

 

「そうですね。数ヶ月かかる場合が一般的ですからね」

 

「一度に二人を出すことはできないから、順番だな」

 

「他の鎮守府の艦娘の状況にもよりますから、すぐにというわけにもいかないでしょうしね」

 

「なるほど。……そういえば」

冷泉はふと思いだした事を問いかける。

「改装設計図って鎮守府にあるのかな」

その問いかけに一瞬だけ首をかしげる加賀だったが、

「現在、舞鶴鎮守府にはありません。けれどそれがどうかしたのですか? 」

と、真顔で答えてきた。

 

「ちなみに、勲章とかはあるのかな? 」

 

「同じく一つもありませんが。……提督がきちんと仕事をしていなかったせいもあるんでしょうね。きちんと任務をこなしていたら2~3個は得ているはずなんですけれど」

 

「そうだな。横須賀だと十数個は常にあったように記憶しているが。必要性が無いから気にもしなかったものだが……。提督よ、舞鶴鎮守府の重要性から鑑みるに、少し怠慢だったのではないだろうか。いや、責めるわけではないのだよ。提督には提督の考えがあってのことなのだろうから。人間、やる気の無いときもあるさ。提督の能力の高さは、私が保障する。安心しろ」

褒めているのか貶しているのか解らない物言いだ。けれど、長門なりに庇ってくれているんだろうな。

 

「で、提督。改装設計図が何か関係するのですか? それを手に入れるのは、結構な手間と時間がかかるものですけれど」

不思議そうに問いかけてくる加賀に、冷泉は曖昧な笑みを返すしかできなかった。

 

やばいよ……。

偉そうに改二にするって言ったけど、必要なものが無いじゃないか。

幸い、加賀も長門も知らないみたいだけど、改装設計図がなければ扶桑を改二にできないじゃないか。こっちの世界では必要ないのかもしれないけれど……。

 

今後の艦隊運用から、扶桑の改二は必須だと考えていたのに、早くも暗雲がたれ込めてきた事に、頭を抱えそうになる冷泉だった。


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