まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

127 / 255
第127話 真夜中の来訪者

「……誰だ! 」

まさか、暗殺者……か? 

その可能性に、緊張が走る冷泉。

命を狙われる理由なら、鎮守府司令官となればいくらでもある。

一体、どの勢力が暴挙に出たのだろうかと推測してみる。

 

領域に取り込まれて以降、日本国に取り残された海外の工作員の活動が平時より活発化していが。彼等は、日本国の危機的な現状を本国に伝えようとするが、それを実行できずにいた。領域と呼称される事となった雲の外側へは、いかなる方法をもってしても通信は不可能な状況となっている。ならばと、直接領域の外へと向かおうとしても、本国へ戻るためには領域を抜けて行かなければならない。しかし、通常の艦船では領域では電子機器が使い物にならなくなり、戦闘どころか航行すらままならなくなる。そんな所を深海棲艦に襲われればひとたまりもなかった。何度かチャレンジを試みた者もいたようだが、海底の底深くに没した。

 

別の通信ルートを求めた彼等は、政府関係者に取り入ろうとしたり、軍関係者や民間会社へと交渉を働きかけたりした。混乱状態にあるそれら組織には、従来の手法やコネクションは通用せず、あらゆる手法が失敗に終わっていた。

打つ手が無くなった彼等は、最後の手として艦娘を指揮下においている鎮守府司令官に直接、接触を図ろうとしてくるわけである。直接的に接触することは危険が高い事を承知の上で、それでもそうしなければならないほど、彼らも追いつめられていたのだろう。

 

接待だけでなくハニートラップを使ったりして、どうにかして司令官のとパイプを得ようする。しかし、鎮守府の司令官はいろいろと癖のある人物が多いものの、その国への忠誠心は強く、彼等の誘惑は上手くは機能していないようである。もっとも、母国と隔離された状況では工作員が自由にできる金など僅かなものでしかなく、提督の心を動かすほどの事ができないというシビアな現実もあったわけであるが……。

懐柔できないとなれば、次に出る手は排除するしかないわけで、そういった危険と常に隣り合わせである。そして、今、それが現実となった? のか。

 

次の可能性。

舞鶴鎮守府特有の問題としては、その立地条件。

かつて軍が大阪京都兵庫を壊滅させた軍事行動に対する、軍隊への反抗心が根強い地域に存在していることがあった。

三都壊滅による混乱に乗じて、他府県から多くの特定外国人が流入し、生死不明となっているの住民の戸籍を乗っ取って日本人になりすます現象が多発していると報告を受けている。彼等は何食わぬ顔で潜り込み、町を闊歩し日本人として生活している。そして一部の者は市民としての当然の権利として、自らの利益を守り拡充せんとし、建前の反軍拡、完全平和活動を日本人として行ったりしている。そういった輩が軍に対する不満を抱えたまま生きている一般市民を煽動し誘導し、様々な妨害活動を繰り返してきている。それはまっとうな市民運動だけでなく、非合法な活動にも手を染めている。

 

もちろん、従来から活動している反政府運動家達や、反社会的勢力も勢力を弱めているものの、活動は続けている。世の中が混乱すれば、需要が増えるのかも知れない。

 

そして、工作員と不法入国者、反政府活動家らの勢力が何らかの原因で水面下で手を結ぶことになり、さらに大きな活動を起こそうとしている情報も入っている。

その勢力が来たというのか?

 

まだまだ敵勢力と推察される勢力は存在する。

鎮守府の外側の警備については、陸軍が担当しているため鎮守府内にいれば安全なはずであるけれども、陸軍と海軍は歴史的に仲が悪い。警護と称して監視し、隙あらば勢力逆転の材料としようと考えている部分もあるようだ。

日本国軍においても同様で、いろいろな経緯があり緊密な連携は取れているとは言い難い。そして、陸軍自体の問題もあり、事はより一層複雑になっている。彼等は深海棲艦と戦うことができないため、海軍施設及び艦娘を警護する任務を与えられている。これが彼等のプライドを痛く刺激し、時折手抜きのようなことして、敵を侵入させたりすることがあるのだ。また、わざとでなくとも、人手不足が深刻であり無秩序な増員を繰り返している影響で兵士の統制が末端まで行き渡らず、また、兵士の経歴を調べることなく採用するため、得体の知れない人間がどんどんと入隊しているとの噂もある。特に関西エリアは三都消失の影響で行方不明者が多数でておりその行方不明者の戸籍を乗っ取ってなりすます輩が全国から集まってきているという情報も得ている。そういう勢力が陸軍内部で増えてくると、一発逆転を狙って暴走する事もあり得るわけである。

 

それにしても、敵だらけだな。

冷泉は危機的状況にありながらも、わりと冷静に現状を把握している。

 

しかし、いろいろと問題は抱えているとはいえ、今はまだまともな連中が多い陸軍と配下の艦娘等のおかげで鎮守府内の安全は保証されているはずなのに、こんな状況でここまで侵入できる者がいるとしたら、恐ろしく能力が高いか、内部に強力な内通者がいるしか考えられないのである。

このため、もし、侵入者が敵であれば、冷泉は絶体絶命の状態といえる。

 

さて、枕元のボタンを押すべきだろうか?

しかし、それについては、躊躇する。躊躇せざるをえない。

 

このボタンを押せば、介護チームが駆けつけてくれるが、彼等は非戦闘員である。ガタイの良い連中で構成されているけれども、軍人では無い。当然ながら、戦闘訓練は受けていない素人にすぎない。そんな彼等を命の危険の中に呼ぶなんてことはできない。

ならば、どうすればいい? 冷泉は右手しか動かせない状態。武器など持っていないし、持っていたとしてもまともには使えないが。それどころか、ベッドから1ミリさえ動くことができないのだ。

 

このままだと、ただ殺されるだけだな。

 

もはや、侵入者が殺意を持たない存在であることを祈るしかない……。もし、殺されるなら、それもやむを得ないのかもしれない。不本意であることは間違いない。知人すらいない異世界に取り込まれ、そして死んでいくなんて悲しすぎるけれど。けれど、これも運命なのかもしれない。そういった、ある種、諦観めいたことを感じながら、再び侵入者を見る。

 

月明かりに照らされたシルエットは長い髪、胸の膨らみ……。ほっそりとした長い足。

 

―――どう見ても、少女にしか見えない。とても暗殺者には見えない。

 

彼女は、薄暗さの中、白い着物のようなものを着ている事は判別できる。シルエットからは手に凶器など持っていないようだ。しかも動き自体が戦闘訓練を受けたもののそれには、とても見えない。なんというか……あまりに無防備なのだ。夢遊病者のようにフラフラと歩いているようにさえ見えるし。

それ以前に、冷泉の記憶に今部屋に現れている少女の姿に見覚えがあるのだ。だって、あんな姿から、想像できる人物なんて、鎮守府にだってそういない。

「……? ん、こ、 金剛か? 」

こんな夜中にふざけて、こんな真似をするのは彼女くらいしかいないだろうな。最近は、あまり遊んであげていなかったから、拗ねていたのかもしれない。それで、夜中にこんな悪戯を考えたのだろう。そう思うと、ほほえましく感じてしまう。……本当に子供っぽい奴だ。

 

しかし、彼女は冷泉の問いかけに反応しない。

明らかに冷泉の方を見ているよう視線を感じるのだが、声すらあげない。顔がはっきりと見えないから、断言できないけれど、金剛じゃないのだろうか?

 

胸の大きさから推測するに、次に考えられるのは扶桑なんだけれど、彼女は今、遠征中だ。ここに来られるはずがない。

うむ……長い髪なら祥鳳もいるが、あいつの胸はあんなにでかくない。それは、断言できる。

 

鎮守府にいる艦娘とだと仮定すると、神通かもしれないが、彼女はさっきまでいたし、そもそも彼女もやはり、胸の大きさが違う。違いすぎる。彼女もそれなりにあるのは確認済みだが、眼前の少女ほどのものではない。……叢雲や島風なんてことは、世界が反転してもありえないし。

 

「まさか、長門なのか? 」

どういうわけか忘れていたけれど、胸の大きさで推測すろとしたら、考えられるのは長門くらいだ。確かに、こんな夜這いめいた事を考えそて、おまけに実践しそうなのは、アイツくらいしかいないだろう。横須賀鎮守府時代のまともな時の彼女の方が印象に残っているから、変遷した長門の異常性癖を忘れてしまっていた。

 

「横須賀鎮守府の旗艦だったプライドは、一体、何処いったんだよ……」

思わずほやしてしまうが、それでも彼女は黙ったままだった。

 

おかしい―――。

 

長門ならフンフン言いながら、「さ、流石、流石だ我が主よ。暗闇でも私を見分けるとは何というその崇高なるスケベ具合! いつもその嫌らしい視線で私の体をなめ回すように視ているだけの事はあるな。視線で私を犯して、一人興奮しているんだろう。うおうお、なんという下劣さ。なんという卑猥さなのだ。ああ! こんな辱めを受けるくらいならば、くっ! こ、殺せ、ケダモノめ」なんて一人で興奮してるんだろうけど、何の反応もない。

 

少女は、無言のまま歩み寄ってくる。

 

近づくにつれ、だんだんと謎の少女の詳細が見えてくる。一体、誰なんだ? うちの艦娘にこんな子いたっけ? ……いや、いない。記憶をたぐってもたぐっても存在しないものは存在しない。シルエットだけじゃなく、醸し出す雰囲気も冷泉の記憶には無かった。

 

少し少女は横を向き、そのおかげで月明かりに映し出される。

「え? ……」

思わず、呻くような声を上げてしまう冷泉であった。

 

なんと、そこにいたのは、榛名だったのだ。はっきりと視認できたから、見間違う筈がない。しかし、冷泉の知る榛名の雰囲気とはまるで違う存在がそこにいたのだ。

 

月光により青白く照らされた彼女は、思い詰めた表情をしていて、無言のまま冷泉の方へと近づいて来る。

視線を上下させて気づくが、金剛と同じようなデザインの服を着ているはずなんだけれど、なんか……スカートの丈がとんでもないくらいに短い。膝上何センチならあんなになるのか分からないけれど、白くて細い太ももがほとんどあらわになっている。股下ゼロセンチといってもいくらいだ。下着も見えそうなくらいで、どうしても目がそこに吸い寄せられそうになるのを必死にこらえて視線を上に上げようと必死で努力する。すると、今度は胸元に瞳が固定されそうになる。彼女の着た巫女服の胸元は、金剛のそれとだいぶ違って、胸のラインを強調するようになっていて、艶めかしい。

視線のやり場に困る冷泉は、動揺しながらも榛名の顔を見る。

 

遠くを見るような瞳で、焦点が合っているのかどうなのかわからない。冷泉を見ているが、その視線は冷泉を通り抜け、まるで異なるどこかを見ているようにさえ思えてしまう。顔色も昼間見た時と異なり、驚くほど白く見える。いや、血の気が失せて、青白いといってもいいくらいだ。それが更に彼女を艶めかしく見せている。

 

「は、榛名……なのか? こんな夜中にどうしたんだ? 」

そう言うのが精一杯の冷泉。

質問に答えることなく、彼女は歩調を変えずに近づいてきた。そして、すぐ側まで来ると、冷泉にかけられた布団を引きはがし、ベッドの上へと這い上がって来て、わざと冷泉の体に体をこすりつけるようにしながら、彼の体に跨る。完全に馬乗り状態になると両手を冷泉の顔の隣に立て、顔をゆっくりと近づけてくる。息がかかるほどの距離まで顔を近づけられ、思わず視線をそらせてしまう冷泉。そうするとバインバインと揺れる彼女の強調された胸がお出迎えする。慌てて視線を戻すと、彼女と目が合ってしまう。

榛名の潤んだ瞳はセクシーで視線を逸らすと胸が見えるからさらに逸らそうとすると体に跨った彼女の下着と白い太ももに目が釘付けになってしまう。

 

どうすりゃいいんだ!

危機的状況に困惑し、途方に暮れてしまう冷泉。けれど、何か違和感を感じてしまう。着任したばかりの榛名はこんな感じの子だっただろうか? と。何か様子がいつもと違うように感じてしまう。そもそも、こんな大胆な行動をするような子じゃないと思うのだが。

 

しかし、この状況……、どう考えても夜這いをかけられたといって良いのではないか?

「おい、……榛名、どうかしたのか? じょ、冗談はよせよ」

何とかこの場を逃れようと声をかけるが、返事は無い。こんな状況、嬉しいけれど、どうしていいかわからない。こ、こんな状況に追い込まれるなら、暗殺者が来たほうが良かった。それなら対処しようがあるのに、とぼやきそうになる。

 

そんな冷泉の混乱を余所に、呼吸を少し乱しながら榛名が迫ってくる。

「は、榛名……、一体何を……」

冷泉の言葉にお構いなく、彼女は顔を近づけてくる。目を閉じた少女の唇が直ぐ側まで近づいてくる。こんな美少女にキスをされようとしている現実に、驚きと困惑と嬉しさがごちゃ混ぜになってしまう。

こんなシチュエーション、滅多にない。男なら受け入れるべき。

 

「榛名……」

冷泉は動く右手を動かすと……、

「やめろ! 」

彼女の体を突き放す。

右手一本の弱々しい抵抗でしかないが、少女には十分だったようだ。

一瞬驚いたような表情になり、硬直した。しばらくそのままだったが、目を伏せてうつむき加減になる。

「……ど、どうしてですか? 」

消え入りそうな声で少女、は言葉を初めて発した。

「どうして? こういうことは嫌いなんですか」

 

「いや、そんなわけでは」

思わず本音が出てしまう冷泉。一応男だから、そういった事は嫌いなはずは無く。けれど、時間と場所を……考えて。いや、考えたらいいわけじゃない。慌てて妄想を否定する。

 

「提督……」

再び榛名は冷泉を見つめてくる。瞳を逸らすことを許さないほど強い想いが込められた、迫力のある瞳だ。

「私なんかじゃあ、……駄目なんですか? 」

 

「え? 」

唐突な言葉に言葉が続かない。

 

「私は金剛姉様のように綺麗では無いから、……駄目なんですか? 姉様のように胸が大きくないから、提督の好みでは無いのですか? 確かに、姉様には敵わないかもしれません。けれど、……けれど私だって、姉様に負けないくらいの胸はあります! 」

そう言うと彼女は冷泉の右手を掴むと自分の胸に押し当てる。そして、さらにその弾力に満ちたものを揉ませようとする。

「ど、どうですか、私だって姉様に負けていません」

右手に伝わってくる弾力に冷泉は必死に抗っているため、言葉が出ない。

「私、提督の事が大好きです。……ですから、提督も私を受け入れて下さい。すぐにとは言いません。けれど、私のことも艦娘としてではなく、一人の女の子として、見て欲しいんです」

その真剣な眼差しに、そして想いに圧倒され、冷泉はしばらく呆然としたままだった。

黙ったままの冷泉に焦れたのか、彼女は掴んだ冷泉の手を自らの服の中へと導く。彼女の胸へと。理性なんて簡単に吹き飛ばすような状況に冷泉は意識が遠のきそうになるのを感じた。

 

「提督……」

榛名は冷泉に頬を寄せて囁く。

「大好きです」

そして、目を閉じて唇を重ねようとする。

 

「……それ以上は駄目だよ」

冷泉の口から出た言葉は、自分でも驚くほど冷静なものだった。

「それ以上は、やめるんだ。……榛名」

 

「ど、どうしてですか? 」

本気で驚いたような顔で見つめてくる。

「やはり、私なんて女として魅力が無いからでしょうか」

その表情からは、彼女がショックを受けているに見える。

 

「違うよ。お前が魅力がないはずがない。お前はとても綺麗だし女の子として魅力的だと俺は思うよ」

 

「だったら、どうして私の気持ちに答えてくれないのですか? 」

 

「こんな事されたって、俺の今の体の状況を見たら分かるだろう? こんな体になる前だったら、きっと今俺の中にある欲望を抑える事ができないかもしれない。……けれど、今の俺は全身麻痺状態なんだよ。どんなに望んだとしても、何もできない。たとえいけない事であってもそれをすることもできないんだからな。……けどな」

冷泉は、本音を隠さずに語りながら、彼女を見つめる。

榛名の様子はやはりいつもと違うように感じる。これが違和感としてずっと感じているものの正体なのだろうか。

「やっぱり、体が元気だったとしても、今のお前の気持ちには答えられないって思う」

 

「何故ですか? 私の事を綺麗だと仰って下さるのなら、何を迷われるのですか? ……やはり、私の事がお嫌いなのですか? 」

 

「嫌いじゃないよ。……けれど、お前の気持ちが本気じゃないって思えるから、受け入れないんだよ。お前は、うん、なんだかよく分からないけれど、自分の気持ちを偽って俺にこんなことをしているようにしか思えないんだ。何かに急かされるように……? 上手く言えないけれど、お前が望んでやっている事じゃないはずだ。だから、受け入れられない」

 

「そんなことありません。私は提督にお会いしたときからずっとあなたのことをお慕いしています。提督は、一目惚れは恋じゃないと仰るのですか? 」

 

「一目惚れは否定しないさ。けどな、お前が俺のことを好きだと仮定したとして、どうしていきなりこんな行動をするんだよ。お前と俺が出会ってどれほどの時間が経っているっていうんだ? 実際にお前と共有した時間なんてほんの僅かしかないだろう? そんな時間でどうしていきなりこんな事しようと思うんだ? 」

 

「好きだからです。好きになるのに時間は関係ありません。そして、私はこうしたいと思うからここに来たのです。それじゃあ駄目ですか? 」

 

「よく分からないけれど、今のお前は何かに急かされるようにしか感じられないぞ。とにかく既成事実を作らないと、……何かカタチのあるものを手に入れないと落ち着かないって感じのことしか感じられない。何を焦っているんだ? 」

 

「提督が大好きだからです。提督を誰にも、いえ、金剛姉様に取られたくないからです。何をやっても姉様には勝てなかった。何もかも姉様が私から奪い去っていった。だけど、提督だけは渡したくないんです」

少しだけ涙ぐみながら彼女は告白した。金剛という存在の大きさに対する彼女の考えを。

金剛と榛名にどんな過去があるのかは分からないけれど、彼女の人格構成に金剛の存在が影を落としているのだけはなんとなく理解できる発言だった。……けれど、それは彼女の本音かも知れないけれど、今回の行動とは何の関係もないと直感的に分かった。

 

「お前にもいろいろあるってことは分かるけど……。はっきり言えることは、お前は俺のことを好きじゃないって事だけは分かるんだよな。ちょっと寂しいけど」

できればそうじゃないって思いたい。鎮守府の艦娘みんなから好意を持たれていたい。ゲーム艦隊これくしょんをやったことのあるプレイヤーならみんなが思う事だ。事実なんて認めたくないけど、認めないと先に進めない。

戦艦榛名は冷泉の事を好きだと見つめてくる。

けれど彼女の視界には冷泉は無く、彼女は別の誰かの姿を見てるのが分かってしまうのだ。それが誰だか分からないところが歯がゆいけれど。

「お前は俺ではなく、他の誰かを好きなはずだ。なのに、舞鶴鎮守府に赴任したから上司である、司令官である俺を好きになろうとしているだけなんだ。こんな極端な行動に出る理由はいろいろあってお前も混乱しているからなんだろうって推測はできるけど。……だから、お前は自分の気持ちを偽る必要なんてないぞ」

 

「そんなことありません。そんなはず無いじゃあないですか。何を言うんですか、提督は!! 何を馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 」

突然、目を大きく開き、動揺を隠そうとヒステリックに榛名が突然叫ぶ。

「榛名は司令官の事が大好きなんです。そうじゃなきゃいけないんです。そして、提督も私のことを好きになってくれなきゃ駄目なんです。そして、そして、金剛姉様より私を選んでくれるんです。加賀さんよりも私の事を好きになってくれるんです。ですです。私が自分に嘘をついてるなんて、何をおかしな事を言うんですか、アナタは? おかしいのはアナタですよ、提督」

自分の感情を制御できなくなったのか、榛名は言葉までおかしくなっていく。頭をブンブンと前後に振り、何かをブツブツ唱え出す。

「嘘だあり得ない何でこんなことに信じられない上手くいくはずなのに私じゃだめなのやっぱり無能な私許して下さい何をやっても上手くいかない駄目な艦娘生きる資格ないここでも認められない無能戦艦のくせに姉様助けて」

タガが外れたように言葉遣いもおかしい。張りつめた緊張が一気に切れてしまったような感じだ。精神の安定を失いかけている。

 

「しっかりしろ、榛名」

冷泉は声をかける。ぼんやりとした……ここに現れた時よりずっと同じの焦点の定まらない瞳で冷泉を見る。

「しっかりするんだ、榛名。お前には俺がついているじゃないか。どんな事があったってお前は俺の部下であり大切な艦娘だ。何があろうとも俺が側にいてやる。だから、しっかりしろ。どんな運命になろうと、俺が一緒に引き受けてやるから! 」

こういう状況で言うような台詞じゃないけれど、何とかしたいという想いだけで叫ぶ。

その言葉が通じたのか彼女は動きを止める。

 

しばらく見つめ合ったままの状況が続いただろうか?

「……」

やがて榛名の瞳に色が戻ってくるのが冷泉にも感じ取られた。虚ろだった瞳に生気が戻ってくる。劇的な変化を遂げるのがよく分かる。青白かった肌に血の気が戻ってくる。

瞳の焦点が冷泉に合うのが分かる。

 

「て、……提督? 」

寝ぼけたような声を出す榛名。はっとしたような表情に一気に切り替わると、焦ったように周囲を見渡す。そして、自分がどういう状況にいるかを一瞬にして把握したのか、顔が真っ赤になる。

「あ、あの、提督、何で私こんなところに。……どうしてこんな格好で、なんでなんで? 」

あろう事か自分が上司である冷泉の部屋にいて、パンツが見えそうな格好で彼に跨っているのかがはっきりと理解できないようだ。

「私、どうしてこんな事に……」

 

「え? 何も覚えていないのか」

言われた冷泉の方が驚いてしまう。

「困ったもんだなあ」

 

「あ、あの。提督……すみません」

更に顔を赤らめた榛名が冷泉に言う。

 

「どうしたんだ? 」

謝る前にベッドから降りて欲しいんだがと想いながらも、まずは部下の言葉に耳を傾ける冷泉。

 

「あの、提督の右手が……あの、私の、あの、私の胸を」

それ以上は言わすなと黙り込んでしまう。

その言葉に冷泉は今頃気づく。自分の右手が彼女の服の中へと潜り込んでいて、ずっと彼女の胸を揉み続けていたことに。

「わ、……わっわ。す、すまん」

慌てて手を離すが、その手に残った、ふわふわもっちりした感触は、暫く消えなかった。

 

榛名は大あわてで身支度を調えると、何度も何度も謝りながら部屋を出て行ったのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。