まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第116話 みんなを救ってあげる

背中に冷泉提督の視線を感じている。痛いほど、じりじりと感じる。

けれども、あえて気づかない振りをする。そして、一歩一歩……ゆっくりゆっくりと歩みを進めていく。彼から離れなければならない。決して、立ち止まってはいけない。振り返ってはいけない。

振り返れば、その瞬間、彼は再び話かけてくるのだろう。そして、扶桑の身を案じる言葉を、優しい言葉かけてくるに違いない。その時、はたしてそれを拒絶できるのだろうか? 

 

否……できない。

 

きっと、自分はその声に、冷泉提督に縋ってしまうに違いない。全てを打ち明け、彼に全てを委ねてしまうのだろう。

「提督、私を助けて……」

と。

 

そして、きっと提督は、彼の全力でもって助けようとしてくれるのだろう。彼の立場もそして、命さえも投げ打ち、そうしてくれるに違いない。

 

ほんの少し前の扶桑なら、きっとそうしただろう。そうに違いない。彼に縋ることが一番正しい選択であり、彼ならきっと間違った事はしないだろうと信じられた。無条件に全てを任せられた。

 

―――真実を知るまでは。

 

今、自分がそう思う事は、実は全てが嘘なのだと知ってしまった今、もはや、冷泉提督を頼ることなどできない。彼を信じることなどできるはずがない。

 

所詮、彼は、敵なのだ。

 

彼を縋り全てを打ち明けること。そして、彼が自分の為にしてくれること。それは、本当の自分が求めるものではない。記憶操作意識改変の影響を受けた、ニセモノの扶桑という存在が求める事なのだから。

 

自分の心にある二つの相反する意識。どちらがホンモノであるか、それを扶桑は知ってしまった。

 

最早、ニセモノには騙されない。

 

自分は、愛する……いや、愛していた提督の意志を継ぐのだ。そして、自分が愛する提督とは……冷泉提督などでは無く、もうどこにもいない緒沢提督なのだから。

 

冷泉提督が自分に声をかけるかどうか逡巡しているのが気配で分かる。

だから、今は絶対に隙を見せてはいけない。

自分が求めているのは救いではなく、戦いなのだから。そう思うと、気持ちが軽くなった。大きく深呼吸をすると、更に歩みを進める事ができたのだ。

大きくふらつきそうになる気持ちが、ゆっくりではあるものの、消えていくようで、なんだか気持ちよくなってきた。

結局、提督は扶桑に声をかけることもなかった。扶桑は正直、助かったと思った。

 

 

宿舎に戻ると、扶桑宛のメールボックスに何通かの手紙が届いていた。

 

艦娘は、存在そのものが軍事機密の一つであることから、極力外部との接触は無いようにされている。もちろん、国民のほとんどが今、日本を深海棲艦から護るために戦っている存在が旧日本海軍の艦船の形状をした異文明の何かによりもたらされた未来兵器である軍艦とその人格部分である艦娘であることは知っている。

ただし、詳細な情報は、それほど多くは公開されていない。軍艦部分については、海上を行き来するその姿を見ることはあっても、人格部分である艦娘を直接見る機会など一般の国民にはほとんど無いからである。

情報があまりに少ないと、人は不安になる。だから、艦娘に対して何か得体の知れない、恐ろしいモノといった認識を持つ国民も少なくないのだ。

 

もちろん、存在自体を隠蔽隔離している訳ではない。ネット回線が軍事利用最優先となって利用が制限されるようになり、テレビが24時間放送されなくなってしまい、かつてほど自由に情報が手に入れられなくなったとはいえ、艦娘が外見が美少女の形状をした存在である事を知る人も多くいる。そして彼ら彼女らは、艦娘をアイドルのように感じ、それぞれの艦娘をあこがれの存在、アイドルのように崇拝してファンレターを送ってくることも頻繁にあるのだった。追っかけといった存在もあるくらいなのだから、戦時中とはいえ日本は平和といえる。

 

送られてきたファンレターは艦娘達に届けられるが、当然、内容については検閲がなされているわけではあるが……。

自分たちを応援してくれる人がいる事は艦娘たちにとっては励みになり、それを楽しみにするものも多い。扶桑もわりと嫌いでは無かった。

 

部屋に戻って何通かに目を通すうち、一通の手紙の差出人に目が止まった。

 

「永末……さん? 」

思わず声を上げてしまった。

 

舞鶴鎮守府に対して敵対心を持つ彼が、堂々と扶桑への連絡に郵便を使うなど、考えもしなかったからだ。外部からの郵便は、当然ながら、職員による検閲が入る。

「そんなこと知らないはずないのだけれど」

国家に反旗を翻すような考えを持つ者同士の通信なら、もっともっと注意すべきはずなのに、何を考えているのだと憤りさえ扶桑は感じた。

「過去に問題を起こして退役した士官が元の職場の職員に、……それも艦娘に連絡を取るなんて、とても目立つことなのに。一体、何を考えているの? 」

とはいえ、外部の人間が鎮守府内の艦娘に接触することは、たとえ内通者がいたとしても相当に困難な事なのだけれど。だから、永末がどのようにして扶桑に連絡を取るつもりなのかは気になっていた。けれど、こんな方法を取るとは思ってもみなかった。

 

封筒は裏返したり角度を変えて見たりするが、開封し修復したような形跡が見あたらなかった。

封筒を新たに作り直して手紙を入れることをしないかぎり、このような状態にはならない。他の手紙については巧妙に隠されてはいるが、検閲の後は確認できた。

 

つまり、永末からの手紙だけは検閲を逃れて届いたということになる。これはすなわち、舞鶴鎮守府内部に彼の協力者が存在するということの証明である。

それは扶桑にとって心強い事であり、永末の属する組織がそれなりの力を持つことの証明でもあった。

鎮守府に内通者がいたとしても、艦娘に直接面会することはなかなか難しい。その立場に立てる人間を仲間に入れることは相当に難しいだろうし、その人間にもリスクが伴う。ある意味、こういった単純な方法が効果的であると思い、目から鱗が落ちたような気分になった。あまりに単純すぎて、盲点ということなのだろう。

 

永末からの手紙。それはワープロ打ちの文面だった。最初に手紙には読んだ後、すぐに処分するように指示がかかれているとともに、今後の連絡方法についての事も書いてあった。

基本的な連絡は、このような手紙で行うが、具体な話については、直接面会をして行うとある。

 

「そんなリスクを冒して、大丈夫なのかしら? 」

疑問は、あっさりと解決する。

 

永末との面会の方法は、実に簡単なものだった。

それは、扶桑が遠征に出撃すればいいという事だったのだ。

 

本来、遠征に戦艦が出ることは、任務によっては珍しくないことである。ただし、舞鶴鎮守府ではここ最近は無かったが、それは戦艦の数が減少しているため、仕方なく行っていなかっただけなのだ。実際、かつては、扶桑も頻繁に出撃していたのだから……。

 

間もなく鎮守府には榛名が着任することとなっている。戦艦の数も増えることになる。その辺りも考慮しての話なのだろうか。榛名の舞鶴鎮守府への着任は、軍内部でも公表されている内容ではない。永末は、それを知りうる立場にある者との繋がりがあるということか……。

そこから考えると、永末の急な登場と榛名の着任に関連があるのではないかと勘ぐってしまう。

「榛名さんが私たちの仲間になれば、ずいぶんと心強いのだけど……」

そう思うものの、そんなにうまくいくわけ無いと戒める。

 

指示の中には、遠征に際して同行艦については、扶桑が仲間になるように説得すべき艦娘を連れて行けばいいとあった。確かに、鎮守府での会話で、デリケートな事を話題に出すのは、他の艦娘の目があるから、することは難しいだろう。しかし、遠征中ならば僅かな艦娘しかいないし、直接、艦に呼び出せば他に漏れる心配もない。そして、人の目を気にしなくていい艦内ならば、遠征中という開放感から艦娘達も本音で話してくれるだろう。

 

本題となる永末達との面会も、遠征先の港は鎮守府と比べて格段にセキュリティも甘くなっているから容易だろう。物理的に遠征先に鎮守府並のセキュリティを求めるなど、不可能なのだから。よって、人目をそれほど気にせずに会うこともでき、綿密な打ち合わせも可能となるだろう。

 

【すべては私に任せていただき、あなたは私の指示にしたがってもらえばいいのです。

そうすれば、すべてうまくいきます。】

 

期待を持たせるような言葉で手紙は終わっていた。

 

「あまりに簡単に進みすぎるので少し怖いわ」

思わず独りごちる。

この一歩を踏み出すことは、冷泉提督との決別を意味する。そして、舞鶴鎮守府の仲間と呼べる艦娘達との別れもありうるということだ。極力、みんなをこちら側に引き込みたいと思うけれど、最初から不可能だと断定できる娘もいる。

扶桑達の行動が明るみなる日が必ず来るだろう。その時、自分は彼女達と戦えるのだろうか? 生死を共にした仲間を斃せるのだろうか?

 

一瞬だけ不安になる。

 

けれどすぐに気持ちが切り替わる。

みんな騙されているんだし、きっと話し合えば分かってくれる。こちらが誠意を示せば、きっと通じるはず。だって、仲間なんだから。……それでも分かってくれなければ、それだけ洗脳の度合いが高いということだ。残念だけれど、そうなってしまったら、もうどうしようもない。せめて楽に逝かせてあげるのが、仲間として唯一できることなのだ。その時は、絶対に躊躇してはいけない。躊躇すれば、こちらが殺られるかもしれない。それは認められない。扶桑には遠大な目標があるのだから。

場合によっては背後からでも討つ覚悟がある。卑怯者と罵られようとも構わない。崇高な目的のためにはあえて汚れ役にでもなろう。

こんな強い意志を持てるなんて、自分らしくないと思いながら、扶桑は興奮している自分に何故か気分が良くなっていた。

 

まずは、冷泉提督に覚られぬよう、遠征に自分が出られるように申し出てみよう。彼と自分の力関係なら、きっと認めてくれるはずだ。現在、遠征に出ている神通達は、あまりにも遠征過多で無理がかなり来ているのは明らかだ。一度、彼女達を休ませて、他の艦娘で編成して遠征べきだと進言すれば、きっと提督も納得するだろう。もちろん、神通は平気だと言い張るだろうし、彼女がそう言い張れば、他の駆逐艦娘達に反論などできるはずもなく、どんなに調子が悪くてもそれに従うしかない。それほどの力関係が、……いいえ、信頼関係が彼女達にはあるのだけれど、ちょっと扶桑が提督に対して過剰に状況を報告してあげれば、あの提督なら信じるだろう。それだけ扶桑の事を信頼しているようだし。

そして、艦娘を最優先にする彼の事だから、きっと真に受けて、無理をするなと神通を叱りつけるだろうな……。そして、強く提督に言われたら、神通も大人しく従うしかない。彼女の提督に対する崇拝度は異常なくらいだから。

 

そして、彼女達が休養するとなれば、遠征任務が滞ることになる。それは鎮守府としても好ましい状況じゃない。そんな時、代替として自分が遠征に出ると言えば、自然な形で遠征に自分が出られるし、さらに提督に貸しを作ることもできるという一石二鳥の作戦となる。

 

冷泉提督を騙す事になるが、彼も扶桑達を騙しているのだからお互い様だ。そう思うことで後ろ暗さから目を逸らそうとしている自分に少しだけ腹が立った。

 

正義を為すために、少々の犠牲はやむを得ないのだ。

そう思わねばやってられない。

 

そうなのだ。取り急ぎ、この案を進めることにしよう。

そして、遠征の同行艦を速やかに決めなければならない。遠征もある程度長めの方がいい。急いてはいけないが、のんびりもできないのだから。

私達に残された時間は少ないのだから。

 

「候補者は、まずは大井ね。彼女からまずは引き入れてみましょう。あとは……」

いろいろと候補者を考え、徐々に仲間を増やしていかなければならない。しかし、急いては事をし損じる。焦ってはならない。けれど、先んずれば人を制すともいう。今はそのバランスを取りながら、動いていくしかないのだ。

「感触のいい娘が見つかったら、永末さんから貰ったクスリを試してみるのもいいかもしれないわ。……あれを飲むと、頭が凄くクリアになるから。頭の中の靄が晴れるような、敵の意識操作から一時的なものかもしれないけれど、解放されて自由に考えることができるから……。そうなれば、洗脳の効果も落ちるだろうし、忘れていたことを思い出すかも知れないし。そうだわ、それがいいわ。きっとうまくいくはず。あ、ちょっと待って。もし、抵抗するような子がいたら、どうしましょう? ……うん、そうね。少々強引な方法でもやむを得ないかしら。最初は抵抗するかもしれないけれど、真実を知るためなら、みんな許してくれるわ。むしろ、感謝されるかもしれないわね」

そんなことを考えながら、彼から貰ったクスリを服用する。瞬間的に体が熱くなるが、頭は驚くほどクリアに……そして、すっと気分が落ち着いてくる感覚。艦娘としての柵から解放されるような気持ちよさ。今、頭を悩ます嫌なことがみんなどうでも良くなる。ふわふわと体が宙に浮くような感覚に、

「ふふ……うふふふ」

と、扶桑は一人、幸せそうに微笑んでしまうのだった。

 

そうよ、きっと上手くいくはずなの。

 

私がみんなを解放してあげるから。

みんな待っててね。

 

きっと……ね。

きっと、私が助けてあげるから……。

 

みんな幸せになれるから。

 


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