まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第112話 あなたは何なの? 私達の味方なのですか?

……そして、回想から現実に戻されると、この有様である。

扶桑は現実とのギャップに大きくため息をついてしまう。

 

金剛に体を揺さぶられたせいで、白目をむいて虚ろな顔のまま気を失っている冷泉提督の姿が彼女の視界の中央に捉えられている。

ただのスケベで考えなくいろんな艦娘にちょっかいを出し、それがバレて彼女達の追求にあい酷い目にあっている情けないだけの男でしかない……。本当にただのお調子者にしか見えないんだけれど。

扶桑は、冷泉提督という人物に対する正確な判断ができていないことに気づき、衝撃を受けていた。これまでは、自身の目で見て感じる冷泉提督という人物は、常に艦娘の側に立ち、ともに歩んでくれる、スケベで浮気性で少し頼りないけれども、それでも信じられる人物であると思っていたのだ。けれど、今の扶桑にはそれが正しいと言い切れる自信が無くなっていた。

 

それは、永末の言葉が原因だった。

 

確かに、自分の記憶には多くの齟齬があるの認識していた。それは気になっていたけれども、あえて目を逸らしていた部分があった。そこを彼に指摘されてしまった。

彼の証言から、冷泉提督が来る以前に、緒沢という提督がいたのは、自分の感覚からしても、おそらく事実だと思う。これについては、名前は知らないが冷泉提督が舞鶴鎮守府に着任する前に、別の提督が存在していたことは彼自身が認めていることからも間違いないことだ。

 

断片的に扶桑の記憶に残っている、衝撃的な事案。

扶桑の至近で頭を打ち抜かれ、倒れていく高級士官の姿。それが扶桑にとって大切な人、緒沢提督であるかは、一生懸命思い返しても、はっきりしない。そして、その血を浴びてしまう自分。ものすごい形相で駆け寄ってくる官憲たちの姿。

 

記憶が事実として、何故、緒沢提督が撃たれたのか、その理由は全く記憶に無いし思い当たることもない。けれど、かつての彼の部下である永末が言うには、何者かによって濡れ衣を着せられて粛正されたという。記憶にある永末は、信じるに値する人物だったはず。だから、彼は嘘は言っていないのだろう。……けれど、もし、そうだとすれば、冷泉提督は少なくとも緒沢提督と敵対する勢力に近い存在ということになってしまう。

 

扶桑の愛した提督を殺し、彼の部下たちを拷問にかけて放逐した連中の……。

 

だけど、それを信じたくない自分がいるのも事実だった。

冷泉提督は、絶対にそんなことをするような人じゃない。彼のことをそれほど知らないはずなのに、これといった根拠も確証も無く、そう思ってしまう自分、いや、冷泉提督を信じたいと思っている自分がいるのだ。

……これは、自身の上司となった司令官に対し無条件に行為を持つように設定された、艦娘に課せられた呪いなのだろうか? 自らの意志など関係無く、そういった感情を意図的に植え付けられ操られてる存在の悲しい性、結果なのか?

そんなことを考えた途端、頭の中に抉るような痛みが発生する。まるで真実に近づこうとすることを妨害するかのように。

扶桑は痛みに耐えきれず、永末から貰った錠剤を服用した。するとどうだろう。あれほどの激痛が僅かな時間で収まり、それどころか、今までも靄がかかったような重苦しさが急激にクリアになるのを実感できた。気分爽快とはこういうことをいうのだろうか。実にすがすがしい。……こんな便利で速攻性のあるものが存在するなど知らなかったし、教えても貰えなかった。艦娘担当の技師から、そんなのクスリがあることさえ聞いたことが無かったのだから。

この事実だけも分かる。自分たちは何かを隠されている。騙されていることに……。

 

永末は、扶桑の疑問について語る。

さすがに、恋愛感情を抱くところまでの記憶操作思考操作まではできないだろうけど、提督の言葉を信じること、好意的に見ることくらいはできるだろう。軍隊組織であることから、上司を疑うことは組織としてのメリットが無い。故に、艦娘に対する操作については問題が無いと考えるだろう。もちろん、人類側の意志ではそこまでの操作はできないだろうが、艦娘サイドが人類側の意向を認めればそれも十分あり得ることだ。

 

緒沢提督という人物が存在し、かつては舞鶴鎮守府にいる扶桑達が指揮下にあったという事実。何らかの理由で彼は敵により排除され、扶桑達はその事件の記憶を意図的に消されたこと。そして、その後釜として、冷泉が何食わぬ顔で着任したということ。冷泉は緒沢提督のことを名前しか知らないようなことを言っていたが、同じ軍隊組織にいて、しかも後任の司令官として配置されるような地位にいる人物が、自身の任地の前任である緒沢提督が排斥されたことを知らないなどというはずが無いのだ。それだけで、冷泉提督が少なくとも嘘をついていることの証明となる。

信じたくなくとも事実は受け入れざるを得ない。

 

そして、結論―――。

 

真実は未だ霧の向こうにぼんやりとしか見えないけれど、私の前で緒沢提督という人物が射殺されたのは事実なのだろう。そして、後任として着任してきた人が……冷泉朝陽であった。

体制に逆らった疑いで処断された人物の後釜にすえるとするならば、当然、緒沢提督を殺害した勢力の意向を汲んだ人事が行われたのだろう。

それすなわち、冷泉提督が少なくとも扶桑たちの味方にはなり得ない存在であることの証左である。

 

心の奥底では、それを信じたくない自分がいる。けれども、その気持ちこそは、自分の本当の気持ちでは無いのだ。偽の感情に騙されてはいけない。常に冷静な思考をしなければならない。事実のみの積み重ねで真実を見据えなければならないのだ。

 

そうすると、冷泉提督がいかに疑わしいか存在であるかが見えてくる。

 

彼は、扶桑の知る、これまで出会ってきた様々な提督と比べても妙に艦娘たちに優しいところがある。否、異質なほどに優しすぎる。そして、新たな艦娘を積極的に引き入れようとしている事実。それは単に彼が女好きでスケベなせいであるように装ってはいるけれど、今の自分は絶対に騙されたりしない。彼の真意は、実はそれだけではないのだろう。

 

優しくすることは、扶桑達を懐柔するだけでなく、自分たちを取り込み、施された記憶操作の成果の確認しているに違いない。新しい艦娘を引き入れることは、鎮守府に残る旧緒沢派の可能性がある勢力および艦娘を排除することが目的だと思われる。それは間違いの無い事だろう。

 

そこでふと考えてしまう。

他の艦娘達は、このことを知っているのだろうか?

少なくとも、自分と志を同じくしていないのは、緒沢提督がいなくなった日以後にやって来た駆逐艦島風、そして、正規空母加賀だ。彼女達は、自分達とは全く違う立ち位置にいる。二人以外の艦娘達に対し、正体不明の敵勢力に悟られぬように探りをいれなければならない。そして、やり方をどうするか、何をきっかけにすれば良いかなどを考える。考えを進めれば進めるほど、関係無い部分で疑惑と違和感がわき上がってくる。冷泉の最近の行動をみるに、自分の影響下に取り込むために、艦娘に対する様々な工作をしていることに思い当たってしまう。その上に、新しい艦娘を次々と引き入れようとしている。

これは明らかに舞鶴鎮守府における彼の支配体制を整えるための行動だ。

彼は、緒沢提督の身に起こったすべてを知っているのか。すべてを知っていながら、どうしてあんな顔ができるのか? 自分に対してあんな優しい笑顔を向けられるというのか! 

 

私の大切な人を殺した奴らの仲間のくせに!!

 

そこに思い至った瞬間、心の奥底から激しい怒りがこみ上げてくる。どす黒くドロドロとした感情だ。

知らぬ間に、冷泉に対して好意を持ち、惹かれ始めていた自分に猛烈に腹が立ってきた。自分でも気づかぬ間に、彼の計略に填まってしまっていたのだ。まるで恋した少女のように、冷泉提督に夢中になり、彼を目で追うように操られていたのだ。私の心をもてあそぶなんて、絶対に許せない。

そして、使命感がわき上がってくる。記憶を改ざんされ、彼のマインドコントロール下に置かれ懐柔されてしまっている金剛たちを、何としても目覚めさせねばならないのだ。彼女達を護れるのは自分しかいない。自分がやらなければならないのだから。

まずはそれが最初の仕事だ。

 

それが第一歩だ。次にすること……それについては、永末から依頼を受けている。

 

何はさておいても、冷泉提督を絶対に信じるなと。そして、舞鶴鎮守府の艦娘の中に、扶桑と同じ記憶を持つ同士がいないかを誰にも悟られぬように探ってほしいと言われている。そして、あわよくば鎮守府以外の冷泉と繋がりのある存在、彼に指示を与える存在を探り出してほしいことも言われた。それが黒幕と繋がっている可能性が高いからだ。

彼から依頼されたのは、この三つだった。

二つ目の依頼については、扶桑がしようとしていることだから、何ら問題がないわけなのだが。

 

それを見つけてどうするのか? と問えば、彼は真剣な目で扶桑に訴えた。自分の目的は無実で消された緒沢提督の汚名を晴らすこと。そして、自分を拷問し、体を人生をメチャクチャにした連中の黒幕を見つけ出し、彼らに復讐することであるという。

 

しかし、扶桑は思う。そんなことできるのだろうか? いや、できるはずがない。

所詮、永末たちは、体制派により粛正された側でしかない。いくら言葉で飾り立てたとしても、ただの敗残者でしかない。そもそも、今の彼や彼の支持者にどれだけの力があるのだろうか。敗者が復活できるほど今の日本は甘くはない、と結論するしかない。……恐らくは、前回と同じように捕らえられ拷問され、今度こそ消されるのだろう。おそらく、それは彼も分かっているのだろう。それでも動かずにはいられないほどの何かがあるのかもしれないけれど。扶桑からすれば愚かな行いでしかないけれど、考えは人それぞれだ。他人が口を出すような事ではないのだから。

そう、それは彼らの勝手なのだから。そして、敗残者の自殺に付き合うつもりなど、扶桑には無かった。好きにすればいい。自分は自分の信じるものに従い、自分が為すべきことを行うだけだ。

 

そんな思考をする扶桑に対し、永末は言った。


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