まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第七章 戦艦 扶桑編
第110話 秘密


とりあえず、訳の分からない言動を繰り返している長門の事は置いておいて……。

最優先事項は、艦娘達の誤解を解く必要がある。

 

「ちょ、ちょっと……加賀、待てよ」

と声をかけるが反応しない。

「なあ、ちょっと聞こえてるのか? お前、……他のみんなもだけど、誤解しているぞ」

 

「誤解……ですか? 」

何故か挑戦するような目で冷泉を見る加賀。

 

「お、おう。お前達は、なんだか分からないけれど、誤解しているぞ。……まあ、一番誤解しているのは、そこの奴だけど」

そう言って自分を抱きしめるようなポーズのままうっとりとした瞳で虚空を見つめてモジモジしている長門を見る。

 

「俺の女になれって……言ったんでしょう? 」

 

「……はい」

淡々とした声で指摘してくる加賀の背後から立ち上るような気配に、思わずたじろいでしまう冷泉。

「……言いました」

 

「まさか、冗談で言ったとか言うのかしら? 誇りのために……自ら死を選ぼうとしている長門に、適当な事を言うような人ではないと、私は思っていたのですけれど」

 

「も、もちろん冗談で言ったわけじゃない」

 

「キーッ! テートク、私というものがありながら、出撃なんて嘘ついて隠れて他の艦娘を口説いていたのネ。し、信じられないデス。この裏切りモノぅ」

地団駄を踏みながら、金剛が大声で喚いている。……ただ、彼女の場合は、それが本気なのか図りかねる部分があるんだよな。なんといっても、あんな冗談みたいな口調だし……。

「でも、……でもダイジョウブ。私は心の広い女デス。浮気の一回や二回でテートクへの想いが冷めるなんてコト無いネ。ふふふ、正妻だからネー。懐が大きいんです。それに、障害があればあるほど、燃え上がるこのオモイ。だから負けないネ」

と、言いながら妙なポーズをする。

 

「冗談でないということは、あ、あの……、提督は長門のことを好き、なんでしょう? 」

金剛の話などまるで聞こえないかのように、加賀の追求が続いている。

 

「死を選ぼうとしている長門を死なせたくなかった。失いたくなかった。だから、必死でそう言った。彼女のことを好きだから、自分の手に入れたいから……そう言ったのは間違いない。少し、強引すぎたのは間違いないけれど」

正直にその時の気持ちを口にする。

 

「そう、そうなの……ね」

確認するような口調で加賀が答える。何故か伏し目がちだ。

冷泉は思う。自分の部下である艦娘も同じように好きになっているのだけれど。

 

次の刹那、右側面から衝撃が襲う。

「ヌー! やっぱり許さないネー! 」

勢いよく金剛が飛びついてきた。

 

「ぐえっ……ぶ」

本当に蛙がつぶれたような声を出す冷泉。

 

「ちょ、金剛! あなた何てことするの! 」

 

「ああっ提督、提督! しっかりしてください。え、え、え……首が変な方向に。あわわわ……」

 

「て、ていと」

 

「提督どうしたの? 何とか言いなさい、言いなさいよ。黙ってちゃ分からないわよ……もう、アンタたち、そこを退きなさい、邪魔よ。提督の所に行けないじゃないの。……ええい、さっさと提督から離れろっ」

 

「きゃー、司令官さんが白目で泡吹いてる」

 

「おもしろーい。提督の顔、ぶっさいく」

 

 

 

艦娘達が冷泉の周りに集まり、悲鳴と嬌声、怒声、そして何故か笑い声が起こっている。その中で冷泉は揉みくちゃにされている。冷泉の体を掴んで興奮気味に何かを言っている金剛と、彼女を引きはがそうとして殺気立った表情の加賀。人混みをかき分けて冷泉に近づこうとするものの、あっさりとはじき飛ばされて床に転倒する叢雲。怯えたような表情で何とかしようとするも、何も思いつかずに、ただただおろおろするだけの羽黒。面白い見せ物を観ている感じの大井と夕張。何かショックな事があったのか卒倒している神通。

いまだ妄想の世界に取り残されたままの長門……等々。

 

そして―――。

 

冷泉提督を中心にワイワイ、キャーキャーと騒ぐ艦娘達の輪から少し離れた場所で、その光景を見つめる姿があった。

 

扶桑である。

提督の帰還と長門の無事をみんなで祝い、ついでに提督のスケベ具合を茶化して楽しむつもりだったのに、それができないでいる。本当はみんなと一緒に騒ぎたい。けれどそんなことできるような気分じゃないのだ。

 

あんな話を聞かなければ。聞かなければ良かった。

 

―――。

彼女の記憶は少し前、冷泉が長門救出に向かったすぐ後に遡る。

 

司令官の留守中の舞鶴鎮守府に、提督に面会を求める一人の客があったのだ。

客人の名は、永末為成という男だった。

 

彼の事は、扶桑はよく知っていた。少し前まで舞鶴鎮守府司令部にいた士官の一人だったからだ。記憶では提督の副官は小野寺大佐だったが、どちらかというと提督は、彼の方を重用していたように記憶している。確か、現在は軍を離れ、ある海軍関連団体に出向中だったと聞いていたけれど……。

一体、何の用なのだろう?

 

来訪については扶桑はもちろん、秘書艦の加賀も知らなかったけれど、確認してみると、どうやら事前に上から連絡が入っていたようだ。よって、提督不在とはいえ、無下に扱うわけにはいかないらしい。

 

現在、秘書艦立場にある加賀は、彼の事を知らないため、必然的? に扶桑が対応することになってしまった。

無謀にもあんな体で出撃した冷泉提督の事が心配で、こんな些事に構っていたくはないのだけれど、やむを得ないと自分を納得させる。自分以上に加賀のほうが提督の事を心配して憔悴が激しいのだ。とても、彼女に知らない人間の対応を任せられるとは思えなかった。

 

かつての同僚ではあるが、軍と無関係ではない団体からの来訪者である。組織としての弱みを知られるわけにはいかない。そこだけは注意すべき点だろうか。

 

そして、ふと疑問に思う。

提督の下で共に働いていた記憶だけはあるのだけれど、実のところ、当時の詳細についていまいち思い出せないのだ。彼の名前と顔は覚えているし、時には雑談をしたように思うのだけれど、それが何時であるとか、どのような内容であったかはまるで思い出せない。記憶の混乱がどういうわけかあるように感じる。

 

それでも対面した永末を見て、確かに見覚えのある顔であることが分かりホッとする。

出向中であることからか、軍人にしては髪は長い。銀縁眼鏡をかけている。身長は175くらいでがっしりとした体格であることがスーツ越しにも確認できる。

確か、たたき上げの自衛官だったはずである。かつての副官であった小野寺のように御賜組と呼ばれて、野心を胸に出世コースを行くわけではない。

 

「扶桑さん、お久しぶりですね。相変わらずお美しい」

立ち上がった永末は人なつっこい笑顔を見せると、名刺を差し出す。受け取ったそれには【全国防衛協会】と書いてあった。

名刺をしげしげと見つめる扶桑に

「軍関係者の福利厚生関係のお世話やイベント等のお手伝いをする名目で作られた組織ですよ。大した事をしているわけではありません。ただの天下り組織のなれの果てみたいなもんです」

そういって卑下するように今の職場の説明をした。

 

「お世辞でも嬉しいですよ。それにしても、お久しぶりですね、永末少佐。お元気でしたか? 」

 

「まあそれなりに元気でやってますよ。暇すぎるのが問題ですが。……少佐なんて呼ばれるのは随分と久しぶりなんで、なんだか照れくさいですねえ」

と笑った。

 

「そうでしたね。今は確か……」

そう言いながら名刺を見る。

「今は東北支局の係長さんでしたか」

支局の係長がどの程度の役職なのかはまるで想像もつかない扶桑であったが、とりあえずそう言った。係長と言われ、少し苦笑いを浮かべた永末の顔を見るに、鎮守府にいたころよりは待遇は悪いのだろうと想像する。

「それにしても……冷泉提督がいらっしゃったら、久しぶりの再会を懐かしんでくれるのに残念です。提督とはいろいろとつもる話もあるでしょうし」

東北から来るのであれば、事前に連絡を貰っていたらいろいろと準備もできたのに……。提督だけじゃなく鎮守府の職員や艦娘だって彼を知る人は多いでしょうに。そう思うと少し残念だった。

そう思いながら彼を見ると、何故か不思議そうな顔をしてこちらを見ている。そして辺りを気にするような素振りを見せる。

 

「どうかされましたか? 」

と、問いかける。

 

「この部屋の機密性は大丈夫でしょうか? 」

突然、意味不明な事を問われる。

 

「はい。ここは会議用の部屋ですから、防音は完璧です。盗聴機器については毎日調査を行っていますし、私の照査でもそういったものは感じられませんよ。でも、それが何か? 」

心配そうに問いかける彼の為に、念のため艦の能力を発揮してこの部屋をサーチしてみたが何も反応は無かった。

 

「扶桑さん。私は冷泉提督と面識は一切無いですよ」

唐突に永末は告げる。

「私がこの鎮守府を去った後に彼は着任したはずですよ。お忘れになったのですか? それとも……」

 

「え? 何を仰るのですか。冷泉提督はずっと鎮守府にいらっしゃったでしょう? 貴方が異動する前から」

扶桑の心が警告をしてくる。

もしかして、この男は知っているのだろうか? そのために試すような事を言うのか? 自分の記憶と鎮守府の記録が異なる事を。冷泉提督の秘密を。相手がどの程度知っているかが分からない状況では、うかつに情報は出し過ぎないほうが無難だ。そう思い、言葉を選びながら、探るように話す。

 

「うむ。やはり……あなたは覚えていないのですね」

残念そうであり、またやはりといった感じで永末があっさりと核心の事実を告げる。

「扶桑さんは覚えてらっしゃらないのですか。本当に忘れてしまったのですか? 共に戦っていた緒沢三良の事を。舞鶴鎮守府司令官緒沢中将の事を! 」

その言葉を聞いた途端、扶桑の頭に刺すような激痛が襲う。視野が一瞬ではあるもののゆがみ、思わず蹌踉けそうになる。

全く記憶にないはずの人名ではあるのに、何かとても大切なもののように思われるその名前。何か大切な事を忘れているのに思い出せないもどかしさ。思い出そうとしても、記憶のキャンバスが黒く塗りつぶされたように、何も見えてこない。

なんなの、これは……。

今まではあえて避けてきた、見ないようにしていたものを突きつけられたような衝撃だ。ありえないほどの激しい違和感が扶桑の心を侵食していく。息苦しさを感じて、思わず呻いてしまう。

 

目の前の男は伝える。これまで伏せられていた……いや、彼女の記憶から消されていた人物の名前を。

ぼんやりと見えるその姿。

 

あなたは、一体、誰? 

心の遥か深い部分から声がする。「それは、とても大切な人」だと。

ほんの少し前までこの鎮守府の提督であった人。

 

混乱の中にある扶桑に、男は言葉を続けて、教えてくれる。

彼女の失われた記憶。……否、消された記憶を。

 

何者かの陰謀により、罪を着せられて粛正された、その懐かしい人の名前。そして、提督と彼の同調者は一斉に検挙され、尋問の末、粛正されたということを永末を憎々しげに語る。

永末も逮捕され、果てしないと思えるまでの尋問を受けた。幸い嫌疑不十分ということで釈放されたものの、閑職へと回されることとなった。これまでの日々は彼にとっては想像を絶する屈辱だったのだろう。

一言一言語る彼の言葉の節々に苦悩と屈辱、怒りが感じられた。

 

「閑職に回されたとはいえ、現状に満足していたわけではありません。私なりにできることをやってきたつもりです。かつての仲間達とも……だいぶ減ってしまいましたが、ネットワークを構築できました。生きていさえいれば、希望はあるといいます。確かにその通りですよね。……左足の機能は失ったとはいえ、なんとか生きていられる事に感謝していますよ。こうやってこの場に立ち、あなたと再会もできましたからね。」

そういえば彼の歩き方がぎこちなかった事が思い出された。

言葉を選びながら、そして周りを気にしながら永末は語り続ける。

「これまで、いろいろと辛いことが多かったです。しかし、やっと挽回の時が来たのです。私の仲間もだいぶ増やすことができました。いろいろな準備も整いつつあります。……汚名を着せられた緒沢提督の名誉を回復する時が。けれども我々人間だけの力では、できないことが多すぎます。……そのために力を貸してほしいのです。艦娘であるあなたと、志を同じくする舞鶴鎮守府の艦娘たちの力を」

 

「いえ、あの、その……。仰る事が理解しきれません」

そう言って否定を試みる扶桑であったが、彼の言う事が全て事実であることが何故か理解できていた。彼の話によって、これまでいろいろと疑問になっていた事がすべて説明できてしまうのだった。ただ、艦娘の力を借りて何をやろうとしているのかは知りたくもなかった。

 

「あなたはもう理解できているのではありませんか? 艦娘達は、軍によってあの時の記憶が操作されているようですが、緒沢提督と結びつきの特に強かったあなたの記憶までは完全に操作しきれなかったようですね。あなたと様子を見ていれば私にも解ります。すぐにとはいいません。是非とも前向きに考えて貰いたいのです。時間はまだあります。こちらにもまだ準備し切れていない部分がありますから」

 

「……こんな大事な事は、提督に……冷泉提督に相談しないと返答できないです」

扶桑はこの世界で今、最も信頼できる人物の名前を出した。彼なら扶桑の相談にも真剣に考え、もっとも正しい解答を示してくれる人であるからだ。……これまでの戦闘や生活を通じての結論だ。

その答えを聞いた途端、彼の表情に急激な変化が生じる。

 

「それは駄目です! 」

強い口調で否定される。

 

「何故でしょうか? 冷泉提督は、今、もっとも信頼できる方だと私は思っています」

 

「……記憶操作の影響があるのかもしれませんが、冷泉提督は緒沢提督の後任として着任したという事実をよく考えてみて下さい。緒沢提督は粛正された。その事実を後任の提督が知らない筈がないですよね。彼は……血で汚れた舞鶴鎮守府の提督の椅子に平然と座っているということなのですよ。この事実をしっかりと認識して下さい。国家としては犯罪行為を行った提督の後任として配置するならどんな人物を配置するのでしょうか? 」

それについては、考えるまでもない。

 

「自分たちにとって都合のよい、自分たちの考えを理解している、自分たちの意図するように行動する人物……」

苦しげに答える扶桑。

いつも艦娘達の事を想い、自分の命よりも大切に思ってくれている、スケベなところが欠点ではあるが、艦娘の味方である、愛すべき存在。それが冷泉提督だった。

 

「そうです。緒沢提督に汚名を着せた、仲間を粛正した勢力。つまり私達の敵である勢力に繋がる存在であることは間違いないのです」

彼は私達の敵……と、扶桑も仲間であるように言った。

 

「では、冷泉提督は何者だというのですか。提督は私たちのために行動してくれます。なのに……」

 

「はっきりと言います。冷泉提督は、前任の緒沢提督を殺した奴らの仲間であると」

その瞬間、扶桑の頭にあの時の風景が唐突に蘇った。

 

目の前で射殺される冷泉提督とは違う人の姿を。

 

 

 


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