まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第109話 旗艦という立場の重み

「まず、最初に……ここに集まった皆に謝罪し、きちんと説明しておかなければならないことがあるのだが、聞いてもらえるだろうか? 」

その言葉に、彼女がこれから何を語るつもりなのか? と、その場の艦娘達に妙な緊張が走る。何せ、戦艦長門といえば、前の世界にいたころの冷泉ですら、「艦隊これくしょん」というゲームを知る以前から知っていた(もちろん、大和や武蔵ほどではないものの)、有名な戦艦であるからだ。舞鶴鎮守府の中には、彼女に憧れている者もいることを知っている。

 

「ここにやって来た時に、皆すでに分かっていると思うが、私は……此度の深海棲艦との戦闘において、軍艦部分を喪失してしまっている。つまり、……私は、もはや戦う術をもたぬ者となっているのだ。だから、ここに着任したとはいえ、提督の、いや鎮守府の、そして諸君らの力になることができない事を了解してもらいたい。……これについては、本当に許して貰いたい。私は、もはや大日本帝国艦隊旗艦でもなく、今の日本国旗艦でもなく、それどころか軍艦ですらないのだ……。ふふふふふ、全くの役立たずが恥知らずやって来たと思って諦めてほしい。……すまぬ」

いきなりそんなことを言われて、艦娘達が明らかな戸惑いを見せる。慰めるべきか励ますべきか……。それ以前に彼女に対して何と声をかければよいか分からないのだろう。お互いに顔を見合わせるだけで、言葉にならないようだ。何とか口を開いた子から「……そんなこと、ないです」という言葉が漏れただけだ。

 

「軍艦部分を失った艦娘……。本来、我ら艦娘とは軍艦が主であり、そちらに与えられた戦闘力があるが故に深海棲艦達と戦うことができる。そして、それすなわち守るべき日本国のために存在する意義があるといえよう。本来ならば、私はここに来るべきではないはずだったのだ。戦うことのできない艦娘など、存在する価値など無いからな」

長門の声は次第に弱々しくなり、その表情も苦し気に見える。その諦めを含んだ悲しみが他の艦娘にも伝播していきそうだ。

そんな事言うなよ……冷泉が口を開きかける。その刹那、

「だが、しかし! ……今、隣におられる冷泉提督が、艦と運命を共にしようとした私に向かって、優しくそして力強く仰ってくださったのだ」

右の拳を握りしめると、長門は俯いていた顔を上げ、目をカッと見開いて叫んだ。

 

「え? 」

冷泉は、驚きのあまり声を上げてしまう。まさか……、まさか、ね……と。嫌な予感しかしない。

 

「提督は、失意にある私に、こう仰ったのだ。……俺の女になれ! と」

そう言った後、何故か頬を赤らめ照れたような表情になる長門。

 

「ぬえ? 」

 

「なに? 」

 

「うっ」

 

妙な声が辺りから沸き上がる。微妙な雰囲気が漂う。

不安が的中した冷泉からも、思わずうめき声が漏れてしまう。しかし、そんな状況など構わずさらに長門は言葉を続けるのだった。

 

「そして、さらに彼は、こう言葉を続けられたのだ。俺はお前を……戦艦長門としてではなく、一人の女として、舞鶴鎮守府に迎え入れることにしたのだ、と。もちろん、私はそれを拒否したさ。冷泉提督のような……す、て、きな殿方にそのような言葉をかけていただいて、女としての私を求められるなんて。……もちろん、一人の女としては、嬉しいと思う気持ちがあったのは事実だ。私の中にそんな部分があるなんて、思ってもしなかったけれどもな。……けれど、私は女である以前に、誇り高き日本海軍旗艦を勤めた戦艦であり艦娘なのだ。軍艦として国の為に戦い続け、勝利に貢献してきたという自負、誇りがある。かつて守りとおす事ができなかった無念もある。私には、やはりその誇りを捨てて、生きて生き恥をさらすことなど出来るはずもなかろう。だから、私は断ったのだ。……け、けれど提督は、全く諦めなかったんだ。な……なんと、だな。そして、そしてぇー。その要請を拒む私に対して、提督は、提督はぁああああ! ……私に手を伸ばして来てぇー、なんと、ごーいんにぃいい!! 」

どの辺からかそうなった分からないけれど、長門は自分の言葉に酔っているのか目が虚ろになり、声は大きくなる一方だった。何を思っているのか不明だが、かなりの興奮状態にあるのだけは端から見ていても分かる。

 

おい、お前、何を興奮しているんだよ。冷泉は、慌てて彼女がこれ以上、ろくでもない余計な事を言わないように止めようとするが、間に合わなかった。

 

「提督は、私に……無理矢理、せ、接吻をしたのだ! しかも、それはそれは濃密で濃厚な……長く甘いものだったよ。初めてそんなことをされた私は、私は頭に血が上ってしまい、何故だか全身が熱くなってしまい、本当に何が何だかわからなくなったんだ」

興奮気味に語りながら、彼女は自分で自分を抱きしめるような仕草をし、体をクネクネさせている。

「私は、提督によって傷物にされてしまったのだ。日本海軍の頂点を極めているという自負があった私が、一人の人間である提督によって、無理矢理穢されてしまったんだ。……ああ! なんと屈辱的で退廃的で、そして、悩ましい事なんだろうか。……けれど、私は提督を責めたりはしない。彼の行動は、私を助けるために仕方なくしたことなのだから。愛のない口づけであろうとも、これが私の初めてだったのだから、嘘と分かっていても……信じてしまいたかった」

そう言って彼女は冷泉を見つめたままだ。潤んだ瞳で、おまけに何だか若干上気したように紅潮した顔をしている。

 

ふと、何か気配を感じ、冷泉は何気なくその気配のする方、つまり隣の加賀を見た。

そこには、驚いたような顔をして長門を見つめている加賀がいた。そして、冷泉い見られていることに気づくと、急に無表情になり、すぐに彼から目を逸らす。しかし、目があった瞬間に、一瞬ではあるけれど凍り付くような視線を浴びせてきたのは気のせいだろうか?

 

そして、続けて冷泉は、前に並んでいる艦娘達の方を見る。

みんながあまりの事実に凍り付いたような表情をして、まるで時間が止まったように制止したままだった。

 

司令官である冷泉が、余所の鎮守府の艦娘を助けに行ったのに、何故だかその艦娘に無理矢理キスをしたという事実……。何をやっているんだと失望されても仕方ない話だろう。

長門は、一、応冷泉を庇うような言葉を言ってはいるものの、やってしまった事実を弁解するにはあまりに説得力がなさ過ぎる。

これはただのセクハラ……いや、そんなレベルでは勘弁してくれそうもないな。明らかな犯罪行為と認識されてもおかしくない……かな?

 

「長門……あなたの言っている事、それは事実なの? 」

冷泉の心を冷え冷えとさせる声が隣から聞こえてくる。

「提督があなたに、そ……その、強引にキスをしたというのは」

 

「ああ、もちろん本当だぞ、加賀。私がお前に嘘など言ったことがあったか? 無いだろう? それがすべてだよ」

 

「そう……。そうなの」

チラリと冷泉を一瞥し、すぐに目線を逸らす秘書艦。その表情からは彼女の感情は読み取れない。まるで興味が無いけれど、事実確認のために聞いただけのようにさえ見える。

 

「ちょっと待てい、テートク。一応確認するケド、それ、本当なんデスか! ……それって、もしかして、浮気? 」

と金剛が疑わしげな表情で見ている。

 

「ま、またですか、まーた、私以外にちょっかいだしたのですか? 一体、どれだけの子にちょっかいを出せば気が済むんですか、提督は。本当に助平ですねえ。……それなのに、わりと長く一緒にいた私には、何も無しですか? それ、結構傷つきますよね」

高雄、お前、何を批判しているのかよく分からないぞ。

 

「ついに一線を越えたのね、このゲス野郎」

眉をつり上げて、叢雲が睨んでいる。

「アンタ、ホント……スケベで度し難いほどに、いい加減な奴ね」

 

「あんなに優しい言葉をかけてきたたくせに。……フン、やっぱり、男なんて信用できないわ」

これは大井の発言。まるで裏切られたかのような、恨めしい目でこちらを見てる。

 

「提督、大丈夫です。私は、全然気にしてませんから」

何があろうとも、絶対に揺るぐことのない信頼を寄せてくれるのは、神通だけだよ。冷泉は嬉しくなった。ただ、周りの険悪な雰囲気で声にすることができなかった。

 

「鎮守府に変質者が紛れ込んでいたのね! 」

 

「みんな落ち着いて。提督は仕方なく、あの、してしまっただけだから、もしかしたら、悪くないかも。たぶん……。分からないけれど」

 

「理由を聞けばみんな納得できるかも? うーん、無理だろうけども」

 

様々な言葉が執務室内に乱れ飛ぶ。大半が冷泉に対して批判的な意見だ。まあ、そりゃそうだろうけど。ちょっとやりすぎた感はあったけれど、あれくらいのショック療法をしないと、あの場を乗り切ることはできなかっただろう。長門の決意を変える事ができないだろう。それに、そもそも彼女にキスをしたこと自体は、全く後悔していないし。

 

「何とか言ってくださいよ、提督。きちんと理由を説明してください。長門さんを助けに行ったっていうのに、どうしてそんなことになるんですか? 意味がわかりません」

艦娘たちが冷泉に迫ってくる。何か言わないと、この場は収まりそうにない。

 

「な……長門の意志に反して、俺が強引にキスをしたのは事実だ。そして、俺の女になれっていったのも事実だよ。彼女には舞鶴に来てほしかったし、そのためなら手段を選ぶつもりなんてなかったし。彼女には悪いことをしてしまったかもしれないけれど、後悔はしていない。でも、こうして連れ帰ることができたんだから」

 

いろいろな経緯があって、勢いでそういう事になったという説明は、行った事に対するただの言い訳でしかないから、あえて弁解はしなかった。事実は事実だし、それで責められるなら仕方ないし。言い訳じみた事を言えば、長門に対して嘘を言ったことになる。冷泉が長門を助けたかった事、鎮守府に迎え入れたかった事、すべて本当の事なのだから。

もはや、どうにでもしてくれといった気分だった。

 

「提督、それだけなのですか? 何か言い訳はしないのかしら? 」

妙に加賀の声が冷たい。他の艦娘たちの視線も痛い。

やはり女の子の気持ちを無視して強引すぎたのだろう。それに対してみんなが怒っているのは分かる。

 

「もちろん、長門には謝りたい。彼女の気持ちを無視して、あんなことをしてしまったことは反省している。けれど、長門に言った事は嘘じゃない」

 

「やっぱり、男の人はみんなスケベなんですね。だって、提督ですらそうなんだから。信じていたのに、裏切られた気分です。うえええん」

 

ずっと黙ったまま冷泉を見つめていた羽黒が悲しそうに呟いた。

他の艦娘達も、言葉には出さないが批判するような目で冷泉を見ている。

 

「みんな、ちょっと待って貰えないか」

この場の険悪な雰囲気をやっと悟ったのか、長門が口を開いた。

「お前達、提督を責めるようなことを言わないでくれ。……自分は艦を失った存在。本来なら、軍艦であるならば存在する意味がないはずだ。しかし、冷泉提督は私に一緒に来いと言ってくれた。軍艦ではなく、体一つでいいから自分のところに来いと。彼は私を一人の女として認めてくれたのだ。艦としては存在する理由の無い私に、彼は居場所を与えてくれたのだよ。ゆえに、私は軍艦としてではなく、女として身も心も冷泉提督の物になったのだ」

ちっとも冷泉を庇うような台詞になっていない。余計にややこしくなりそうなことを彼女が宣言した。

 

「つまり、長門、あなたは提督の恋人になったということ……ね」

ぽつりと加賀が言う。

 

「ちがうちがう。加賀、お前は、否、お前達ということになるのかな。……みんな勘違いしているぞ」

笑いながら長門が否定する。

「私は冷泉提督の恋人になったわけではないぞ。安心していいぞ、加賀。いくら私でも、お前が冷泉提督の事を大好きだってことは、ちゃーんと分かっているさ。お前の恋路を邪魔しようなんて、これっぽっちも思っていないぞ。お前は素直になって、自分の気持ちをそのままぶつければいいんだぞ。……お前なら、その価値があるし、きっと願いは叶うさ。あ、んーと、他の艦娘達にも十分チャンスはありそうだから、他の子もがんばれ。うんうん、この戦いは、苛烈かもしれないけれどな……」

艦娘達を見回しながら、にやりと笑う長門。

 

「な! 何を訳の分からないことを言っているの、あなた。なんで、私が提督なんかを……」

いきなり話を自分に振られたせいか、驚きを隠せず動揺するようなそぶりを見せる加賀。

 

「え? 誰が見ても、お前の態度を見ていれば、誰だって提督の事を好きなのは分かってしまうぞ。まさか気づかれていないなんて思っていたりするのか? それとも、なにか? お前、提督の事を嫌いなのか」

 

「いえ、あ、その。別に、きらいでは無い、けれど……」

ちらちらと冷泉を見、どういうわけか恥ずかしがる加賀。

 

「ふふ。お前は提督の正妻を目指してがんばればいいんだ。きっとその夢は叶うだろう。……そして、私は提督の愛人として……。ううう、親友の想い人と知りながらも、提督との恋に落ちてしまうなんて。なんて卑怯な女なのだろうか、私は。くっふっふん。お前に気づかれないように立ち回り、お前の事を応援しながら、こっそりと提督と逢瀬を楽しむ。背徳の限りを尽くす二人は、お前を裏切っている罪を感じながらも愛し合うのだ……ううううう、なんと悩ましい悩ましい。はぁはぁ……」

何かに取り憑かれたように、うっとりとした表情を浮かべながら長門は遠くを見つめている。その姿は、日本帝国海軍旗艦の凛々しさなど何処にもなく、ただの変な女にしか見えなくなっている。けれど、その表情はとても生き生きと充実しているように見え、とても幸せそうに思えた。

 

彼女のこれまでの生活が、……日本国旗艦という立場のストレスが大きかったんだろうな、と冷泉は思わざるをえなかった。その立場がどれほどの心労をもたらしていたのかは、想像もできないけれども、重圧から解き放たれた時、彼女はついに翼を広げて飛び立つ事ができたのだろう。

ちょっと行き気味に見えるけど、まあ、はっちゃけてしまったんだろうということで、冷泉は、むしろ、ほほえましく感じることができた。

 

最初は長門の言葉に動揺したのか慌てたような素振りを見せていた加賀だったが、親友の痴態を見たせいか、またいつもの冷静な艦娘に戻っている。というか、変わり果てた長門を見てどん引き状態だ。哀れみさえ含んだ目で彼女を見ている。他の艦娘達も完全に壊れてしまった長門のイメージをどう修復して良いか分からず、困惑のなかざわつきながらも沈黙するしかなかった。

その沈黙がさらに長門を刺激しているのかもしれない。彼女は恍惚とした表情だ。

「みんなそんなに見ないで貰えないか……。恥ずかしいではないか。そんなに哀れむような目をしないでくれ、なんだか変な気分になってしまうぞ。……いや、それが嫌なわけではないのだが」

と意味不明な言葉を繰り返すだけで、とても幸せそうだ。

 

つかつかと加賀が冷泉に歩み寄り、

「提督、長門の解放をお願いしますね。とても……大切な人なんでしょうから」

とニコリと微笑んだ。

すべてを理解したような意味合いで言った言葉なんだろうけど、それは一から完全に誤解した理解だと思う。この誤解を解くのは大変そうだ。

その誤解については、他の艦娘達も同様らしい。

 

これは、また新たな頭の痛い問題の発生だ!

冷泉は、思わず遠い目をしてしまうのだった。


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