まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第108話 戦艦榛名と呉鎮守府提督

呉鎮守府―――。

 

執務室の窓から外を見つめる男がいる。

鎮守府司令官の高洲だ。

彼の視線の先には、第一艦隊の姿があった。彼女たちは先ほど、瀬戸内海における深海棲艦の掃討作戦から帰投してきたばかりだった。

 

瀬戸内海における深海棲艦勢力の活動(そのほとんどが潜水艦であるが)は、最近、とみにその活動が活発となっており、流通の重要な航路となっている瀬戸内海航路の安全が非常に脅かされているのだった。出没する敵は、海底のどこかに存在する領域と繋がった地下洞窟を利用して自由自在に瀬戸内海に出現し、輸送船を襲って来るのだ。

近畿圏の鉄道および道路がかつて近畿圏で発生した事件により破壊されているため、西日本と東日本の陸路はほぼ遮断されたままとなっている。物資の大量輸送は、海路しか残されていないため、深海棲艦襲撃によるその被害は、もはや無視できないレベルになっていたのだ。

この状況に対応するため、呉鎮守府は本来の領域攻略を放棄してまで瀬戸内海の海上交通の安全確保および領域とつながる地下洞窟の調査に専念せざるを得ない状況が続いているのだった。

この戦略変更により、呉鎮守府に配備される艦娘は、軽空母、軽巡洋艦、駆逐艦、潜水艦といった対潜水艦攻撃が可能な艦種に限定される形となっており、増員要求においてもすべて対潜能力に優れた艦娘を要望している現状である。

 

「ただ一人を除いて……な」

誰に言うでもなく、高洲提督は思わず呟いた。

視線の先には、タグボートに曳航されながらドックへと移動する戦艦榛名の姿がある。

 

「提督、どうかなさいましたか? 」

隣の机に座っているメガネをかけた艦娘が、心配そうに問いかけてくる。長い髪のいかにもクラスの優等生っぽい子が、現在の呉鎮守府の秘書艦となっている。

 

「いや、大淀、たいしたことではないよ」

そう言ってごまかす。

彼女は、常に冷静な対応ができるだけでなく、みんなに気配りもできるよくできた艦娘だ。高洲が若ければきっと好意を持つだろうと断言できる容姿、性格だった。とはいえ、今の自分から見たら娘、いや……それどころか孫といってもおかしくないくらい歳が離れているなのだが……。

ふふふ……。その現実に思わず、嗤ってしまう。

 

本来ならば、すでに退職し軍の関連企業にいわゆる天下りをして、悠々自適な第二の人生を送っているはずの高洲が、いまだ現役で現場にいるのは、すべて深海棲艦のせいだった。

世界に突然に現れた深海棲艦との戦いで、アメリカ第七艦隊と共に出撃した自衛隊の艦船は壊滅し、さらに基地や施設への敵による一斉攻撃を受けたため、若手中堅どころの錬殿高い優秀な人材は、そのほとんどがこれからの輝ける未来とともに命を散らしてしまったのだ。

結果、再編された日本軍の制服組と言われる兵士には、錬度士気の低いもしくは若さだけが取り柄のものか、定年退職まじかのものしか残されていなかったのだ。文官だけでは戦闘もままならぬということで、高洲が現場の責任者として引っ張り出されたというわけなのだ。

楽しい老後の夢を奪い去られた彼としては深海棲艦がとてつもなく憎いが、かといって拒否しても鎮守府を任せられる者が見当たらない状況と背広組に任せるわけにもいかず、消去法で仕方なく任務を執り行っているだけなのだ。ゆえに、積極性が足りないという批判を受けていることも知っている。それはいけないことだと認識をしていながらも、もはやそういったことに対する熱意というものが少なくなっている自分に老いを感じざるをえないのではあるが。

 

「何のことはない……。また、榛名が損傷を負って帰ってきたな、と思ったのだよ」

と、ぽつりとつぶやく。

高洲の言わんとする意味を理解する大淀は、一瞬だけ言葉に詰まるが、すぐに言葉を返してくる。

「榛名さんは、鎮守府旗艦として常に前向きに行動しています。その姿は尊敬に値します」

 

「確かに、榛名はまじめだ。まじめ過ぎるぐらいにな。ほぼすべての海戦に休むことなく、旗艦として参加している。……だが、戦闘において何の成果も挙げていない。戦力としてカウントもできない。……更に損害を受けて帰ってくるだけ鎮守府の資材を無駄遣いし、ドックを一つ埋めてしまうことから、鎮守府にとっては害しか無いとも言えるのだがな」

 

「けれど、それは彼女には酷だと思います。潜水艦相手の戦いは戦艦にとってはあまりにも条件が悪すぎるのですから……」

同情するように秘書艦が呟く。榛名の立場を慮り、辛そうな表情さえ浮かべている。なんと優しい子なのだろう。

 

そうなのだ……。大淀の言う事ももっともなのだ。それは高洲も理解している。

他の鎮守府と同様、領域開放が主となる任務だった頃の呉鎮守府なら、戦艦榛名は、貴重な戦力の一人だったのだ。けれど、いまは状況が変わってしまった。それもあまりにも劇的に。

「確かにお前の言うとおりだ。今のうちの主戦場は、彼女にとってはあまりに変化が急すぎて、かわいそうだと思うよ。敵がいきなり潜水艦のみになってしまったのだからな。……戦艦とは、潜水艦に対する攻撃手段を全く持たない。そして、逆に敵からは反撃のできない都合のいい的にしかならない。敵艦出現とともに半領域化してしまう戦場では、旧式の兵器しか使用不可能になるからな。戦艦はただの鉄の塊でしかない。せいぜい、他の艦の盾になるしかないのだからな」

 

「そうですね。榛名さんには辛い日々だと思います」

 

「旗艦という立場が榛名を余計に辛い立場に追いやってしまっている。……他の艦娘ならば、その能力に相応しい場所へ異動させことができた。けれど鎮守府旗艦である榛名をそうやすやすと出すことはできないからな。安易にしてしまえば、まるで彼女がこの鎮守府に必要が無いと言っているとの同じだからな。そんなことを言われたら、榛名の心が持たないだろう」

人一倍生真面目で責任感の強い彼女の性格を良く知る提督であれば、異動させるという選択肢は選択できないのだ。

「それに、鎮守府の体面というものもある。鎮守府の旗艦とは戦艦もしくは正規空母と決まっている。よその鎮守府はみなそうなっている。横並びを重視する軍という組織にいる以上、それを変えるのは難しい。古臭い慣習といえばそれまでだが、それを変えるにも相当の労力が必要なのだよ。そういった諸事情で今まで据え置いてきたわけなのだが……」

言葉を続けようとしたとき、扉がノックされたため、高洲は言葉を止める。

 

「失礼します、榛名です」

噂をすれば影というわけかもしれないが、その本人がやってきたようだ。

 

「入れ」

高洲の声を聞いて、扉がゆっくりと開かれた。

巫女のような装いの長い髪の少女が入ってきた。旗艦という立場なのに、少しおどおどした表情をしながら彼の方を伺うように見てくる。

どうしてそういった態度になるかは、彼女の全てを知る高洲であるからこそ、理解できている。

何の戦果も挙げることができず、損傷して戻るばかりを繰り返している事を気に病んでいるだ。そして、本来なら艦娘自体もドック入りするのが通例のところ、先にこちらに来るように指示されたから、何を言われるのだろう? ……それについての不安もあるのだろう。

 

「任務、ご苦労だったな」

と形式的な言葉をかける。

 

「提督、申し訳ありませんでした」

はじかれた様に榛名が頭を深々と下げる。

「また、みんなに迷惑をかけてしまいました。……本来ならば、私がみんなを守ってあげなければならないのに。本当に申し訳ありません」

一体、何度こんな謝罪を聞かされたのだろうか? 帰投する度にこんなやりとりを繰り返してきたのだろうか?。戦艦が潜水艦相手に勝ち目などないのに、それを承知で出撃しようとする榛名。そして、それを止めようともしない司令官である自分。……いい加減嫌気がさしているのが本音だ。しかし、旗艦たる榛名を鎮守府に係留したままで置いておくこともできない事情もあった。それは余剰戦力であると判断されたならば、本部へ返す措置が取られる可能性もあるため、どんな形でもいいから実績を残しておかなければならないのだ。

それに、榛名を自分の手の中から手放すには、まだまだ惜しい……勿体無いという高洲の実に個人的な気持ちもあったため、簡単には踏ん切りがつかなかったのだ。

 

つまり、未練だ。

しかし、それも終わる。

 

「それについて、お前が謝る必要は無い。……戦艦が潜水艦相手に勝てる道理など無いのだからな。それを承知で出撃を許可し続けた私にこそ非がある。むしろ、私がお前に謝らなければならないのだ。辛い思いをさせ続けてきたな。すまなかった」

心から彼女の気持ちを思い、その言葉が彼の口から出てきた。

 

「そんなこと……ありません」

消え入りそうな声で答える榛名。むしろ、高洲の言葉に戸惑いを感じているようだ。真意を探るように見つめてくる。その瞳は普段、彼を見つめる彼女のものとは大きく異なっている。

どちらかといえば、不安の方が大きいように思える。

 

「どうしたんだ、榛名? 態度がいつもと違うように見えるが」

 

「いえ、私はいつもと変わりありません」

 

「そうか? 私にはお前が何か怯えているように見えるぞ。……お前にもそう見えないか、大淀」

 

「……そうですね。よく分かりませんが、確かにいつもの榛名さんとは違うように私にも見えます」

静かに秘書艦が答える。その時、一瞬だけ二人の艦娘の視線が交錯するがすぐにお互いが目を逸らす。

 

「だそうだ。実際のところどうなんだ? 」

問い詰めるように高洲が言うが、榛名は下を向いたままで答えない。

……まあ、予想通りか。

「まあ、いい。お前にドック入りを後回しにして来てもらったのは重要な話があったからだ」

その言葉を聞いた途端、彼女の全身に緊張が走るのが分かった。

「そんなに緊張しなくて良いぞ。お前にとって悪い話ではないのだからな」

努めて優しい声で語りかける。

驚いたような顔で榛名が顔を上げる。

「……舞鶴鎮守府の冷泉提督を覚えているか? 」

 

「は? ……はい、覚えています。横須賀でお会いしていますし、先日、瀬戸内海でもお会いいたしました」

問いかけの意図を理解できていないながらも、正確に答えてくる。そして、彼の事を話す時、彼女に僅かながらではあるが、動揺したような揺らぎが生じているのを感じ取れてしまう。そして、それが何故だか心を苛立たせる。

 

「お前は、彼の事をどう思うか? 」

 

「……どう思うか、ですか? 私は、ほとんどお話した事が無いので、どう思うかと言われても答えることができません。けれど、鎮守府司令官の任についておられるくらいですし、資料からも優秀な司令官であるようです。それから、艦娘の間の噂では、艦娘思いの人であると聞いています」

高洲も聞いたことのあるエピソードを彼女も知っているのだろう。彼の事を語る榛名の表情は、憧れの人物の事を話す少女のそれに思えた。それだけで、彼女の冷泉に対する感情が読み取れる。

こんな年寄りより、やはり年の近いほうがいいのだろうな。そう思って少し寂しさを感じる。同時に苛立ちも……。

 

「実は、冷泉提督がお前を舞鶴鎮守府に迎え入れたがっているらしいのだ。そして、上のほうも彼の意向を尊重するらしい。そこで、私としては、お前の意思を確認しておきたいと思っている。……どうだ? 」

 

「私は、……この鎮守府で、高洲提督の下で、ずっと戦いたいと思っています」

少しだけ考えたような素振りを見せた後、彼女は答えた。

 

実に榛名らしい模範的な回答だ。彼女の性格からして、はい変わりたいです、などと答えるはずがないのは分かっていた。

「ふははは。聞き方が悪かったな。こんな聞き方をして、はいそうです、なんて答えられるはずがないな。……すまなかった」

 

「いえ、そんなことは。それに、今言ったことは私の偽らざる本当の気持ちです。私は提督にずっとお仕えしたいのです」

 

「お前にそう言ってもらえるだけで、司令官冥利に尽きるな。その気持ちだけは受け取っておこう。だが、現実的な話もさせてもらうぞ」

その言葉を聞いた途端、榛名の顔が曇るのが分かる。しかし、そんなことを構っていられない。

「現在の鎮守府の置かれた状況、そして、お前の立場を考えてもらいたい。今回の戦闘においてもまたお前は損傷を受けるだけで、お前として何ら戦果をあげられなかったな。相手が潜水艦なのだから、それは仕方のない事だ。だが、それを永遠に続けられるのか? 」

 

「そ、それは。でも、もっともっと、私ががんばれば……」

 

「冷静に分析するんだ。がんばったところで、お前の砲撃が海に潜ったままの敵に当たるはずがなかろう。逆に敵の魚雷はお前を狙い放題だ。……そして、それだけではない。お前がいるために、他の艦娘がお前を守るために余分な仕事が増えてしまっていることを知らぬわけではないだろう? お前を守るために被弾する子もいる。幸いな事に、今は軽微な損傷で済んでいるが、やがてお前だけでなく、他の艦娘にも重大な事態が起こるかもしれない。その時、お前はどうするというのか? 私がしっかりとした決断をしなかったのが最大の原因だから、お前を責めるつもりはない。鎮守府旗艦を港に係留させたままということはできないのはわかっているからな」

 

「そ…それは」

それ以上言葉が続かない榛名。

 

「お前の感情はともかく。……今回の話、お前にとっても悪い話ではないだろう? 呉鎮守府にいたところで、お前に活躍の場は無いのだ。けれど、舞鶴へ行けば領域開放の任務がある。あそこはまだまだ戦力不足と聞いている。戦艦であるお前の活躍する場が十分にあるはずだ。そして、一番の懸案である旗艦を他の鎮守府へと異動させるという問題も、上層部の判断というお墨付きがある。もはやそれに囚われる必要は無いのだよ。私の外部への体裁も取り繕う必要も無いのだから、気にすることはもはや無いのだ」

提督のその言葉を聞いた途端、彼女の瞳に光が宿るようだった。彼女も旗艦としての立場に囚われ、身動きが取れなくなっていたのだろう。

 

「もう一度聞く。榛名よ、お前はどう考えているのだ? お前はどうしたい? 」

 

「……はい。もし、許されるのであれば、舞鶴鎮守府で戦いたいです。私の力がどこまで通用するのかを確かめたいです。……もう、戦闘の度に、みんなの足手まといになるのは、本当に辛すぎです」

最後の言葉が彼女の本音だったのだろう。

その言葉を聞き、高洲は頷いた。

 

 

榛名が部屋を去った後、高洲は秘書艦に話しかける。

「大淀、何か言いたいことがあるのではないのか? ずっと何か言いたそうにしていたようだが」

 

「はい。確かに今回の榛名さんの人事については異論はありません。鎮守府の事を考えれば、正しい選択であることは疑いようのないことですから。けれど、この人事が何故、急に決まったのでしょうか? 今までずっと足手まといと陰口を言われながらも、榛名さんを使い続けて来られた提督が、どうしてこのような結論に至ったのでしょう? 」

 

「まあ、消去法ということだよ。鎮守府の旗艦をよそに出すということは、たとえ上司である司令官であっても決めることは非常に難しい。艦娘の能力不足を指摘することでもあり、また司令官の指導力不足を問われる可能性もあるからな。しかし、今回、受け入れ先の鎮守府があったこと。そして、それに乗っかるように上層部も承諾を出したことが大きな原因だな。誰も傷つかずにウィンウィンの関係を維持しつつ、すべてを動かすことができたのだからな。むしろ、一番の利益を得たのは我々かもしれないぞ。榛名の変わりに数人の対潜特化した艦娘がこちらに配属されることになりそうだからな。これで大幅な戦力増強になるぞ」

新しい艦娘が四人も着任したら、いろいろと大変だ。

 

「本当ですか! それはすばらしいです。艦隊運用も楽になるでしょうね」

驚きのあまり立ち上がる大淀。仲間が増えることが嬉しいのだろう。この話を聞いたら、他の艦娘も喜ぶだろう。もちろん、榛名の異動を惜しむ声もあるだろうが、戦力外の一人が消え、戦力となる艦娘が4人も来るのであれば、先を見れば、遙かにに嬉しい事案だ。

 

「そうだな。これから旗艦を誰にするかで私は頭を悩ませなければならない。けれど、贅沢は言えないな。むしろ、それは嬉しい悩みなのだがらな」

 

「あ、あの……。提督、よろしければ、私の事も考慮に入れてくだされば」

大淀がもじもじしながらも、珍しく自己主張をしてきた。

 

「ふふん。ああ、勿論分かっているよ。お前の能力を日本で一番把握しているのは、私だからな」

そういって高洲は彼女に近づくと、彼女の頬に右手を添えて見つめる。

「安心しろ、悪いようにはしない」

 

「はい……」

少しうつむき加減になりながら、秘書艦が答える。その頬には赤みが差している。

 

さて……。

機密通信をするからということで、秘書艦には執務室から出て行ってもらった後、高洲は考える。

これ以上の事は、今は秘書艦にも話さない方が良いだろうな。

 

しかし、あの冷泉が榛名を欲しがるとは……。思わぬ収穫だ。こちらとしては、厄介払いが円満にできるし、榛名を差し出したということで、冷泉提督には、大きな貸しができた。話をするときには十分にそのことを彼に認識させておかないといけない。大事な旗艦を君の、いや舞鶴鎮守府の為に差し出すのだからなと。そして、絶対に秘密にしないといけないことがある。彼には思いもつかないだろうな。まさか、榛名がずっと高洲の手の中にあるということを……。これで、舞鶴鎮守府の動きは、常にこちらの監視下に置くことができる。

 

「横須賀と舞鶴……。双方が潰しあってくれれば、最高なのだがな」

近年、目覚しい勢いで力をつけてきた横須賀鎮守府。彼らの力は絶大なものへとなっていっている。その暴走を防ぐためには、対抗馬が必要だった。それにもっとも相応しいのは、舞鶴の冷泉提督だ。

現在、舞鶴は意図してかどうかは不明だが、戦力増強を活発に行っており、その過程で横須賀と対立している。加賀、長門の舞鶴鎮守府への異動の件がその証拠だ。あれについては、生田提督もだいぶ頭に来ているだろうな。いいきっかけになるかもしれない。……提督同士の年齢は近く、野心家同士の事だ。必ずぶつかることになる。その際に、うまく双方をコントロールできる立場にあれば、自分にも捨て去ったはずの願望が叶えられるかもしれない。そんなことを思うと、にやけてしまう。

この辺の戦略については、佐世保との提督とも打ち合わせ済みだ。年老いたとはいえ、彼と私にも欲というものがある。一人ではできないことも、考えを同じくする二人であれば、叶うかもしれない。人生も終わりが近い頃になっても、チャンスがやってくるとは、人生とは不思議なものである。

 

あとはうまく立ち回れるかどうかだ。まだまだ行動を起こすには早すぎる。強いては事を仕損じる。人生経験の豊富さが、二人の若い提督と異なり自分の武器だ。焦ることはない。最後の最後で果実を手にすればいいのだから。

 

高洲は受話器を取り、プッシュする。

「私だ。榛名の舞鶴鎮守府への異動が確定した……。彼女の嫁入り支度は、念入りに綺麗にしてやってくれよ。冷泉提督のところにいくのだからな。ふふふふふ、彼はまだ若くお盛んだろうからな。ん? ……記録データの関係? ああ、そうだったな。危なかったな、忘れていたよ。良く気がついてくれた。感謝するよ。……それについては、確実に初期化しておいてくれよ」

ここでの余計な記憶を持ったまま、冷泉提督の所に行ったら大変だ。そのままで送りつけてしまった時を思い浮かべ、嗤いそうになる。実際にそうなったら、あの冷泉提督の事だ。必ず怒り狂って、呉まで殴りこんでくるだろうな。……本気で私を殺そうとするかもしれんな。

あー、怖い怖い。

 

これからは、より一層の動乱の時代が始まるのだろう。

そのためには打てる手は全て打っておかねばならない。打つ手を間違えると、冷泉提督の前任者のような事になってしまうからな。何事も慎重さが必要だ。

 

これからの戦いに敗北は即、死であるからな。

年齢とともに失ったと思っていた熱い物が自分の中から込みあがってくるのを感じ、高洲は嬉しくなった。

 

実に愉快。実に楽しい……と。

 




ちょっとしたトラブルで、先週の続きのデータを忘れてきました。
このため、急遽、違う話を挟むことになりました。

榛名異動に関するエピソードとなっています。

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