まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第104話 伝えられない想い

―――少し、時間は遡る。

 

冷泉を戦艦長門へと転送した叢雲は、黒煙を上げながら停止している戦艦から距離を置き、対潜水艦索敵モードへと移行する。

 

距離にして、300mほど離れたか……。

彼女の動きに呼応するように、駆逐艦島風も移動をする。ちょうど長門を中心に二人が左右に配置された形になる。

 

恐らく、既に敵艦はこの付近には居ないだろうと叢雲は考える。その証拠に、海底を探査しても艦影の痕跡どころか魚の姿すら見えない。

領域が解放されているようなので、やがてはこの海も再生していくのだろう。しかし、領域に取り込まれ、人間側に立てば、【汚染された】海域が元の自然に戻るまでは、これまでの領域解放の経験からすれば数ヶ月はかかるはずだ。

とはいえ、また人類の活動エリアが増えるのだから、人類の側に立つ叢雲にとっても、この事実は良いことなのだろう。

 

「ねえ、島風……」

叢雲は通信回線を開くと、作戦行動中の僚艦に話しかける。

 

しばらく待つが、……反応はない。

 

「提督は長門の所に行っているし、秘匿回線に切り替えているから、この通信が他の誰かに聞かれる事はないわ。……ちょっと、聞こえている? 」

少し苛ついてしまう。

出撃してから、ずっと気になっていたのだ。ずっと確かめたい事があったのだ。それは、作戦に同行している島風が、冷泉から話しかけない限り、答えない事に、話しかけない事に。冷泉提督は、叢雲と話している時も回線はつなぎっぱなしで、会話の内容は彼女にも聞こえていたはずだし、いつでも会話に参加することができた。少し前までの彼女なら、無理矢理にでも割り込んで来て、まじめな話をしていても引っかき回されていたのだ。それなのに、今回については、全く会話に入り込んでこなかった。それまでの島風の姿態度を見ている叢雲からすると、ものすごい違和感しか感じていなかったのだ。それでも、作戦中であるし、上官の冷泉がいる場では、そのことについて聞く事ができなかった。

今は、戦闘は終了していること、領域が開放されていく課程であることから深海棲艦が攻撃してくる可能性はほぼ皆無であること、冷泉が帰ってくるまでしばらくかかるであろう事から、ずっと気になっていたことを聞く事にしたのだった。

 

「ねえ、ちょっと。もしかして、寝てるの? 」

少し声が大きくなってしまう。

 

「……聞こえているよ、寝てなんかいないもん」

消えそうなくらい小さな声で、返事が聞こえてきた。

 

「ねえ、アンタ。一体、どうしたっていうの? 体調でも悪いの? 」

 

「え? 何の事かな? べ、別に、なんとも無いよ……」

 

「何ともないんだったら、もっとシャキッとしなさいよ。ちょっと前までは、人が話しているのを遮ってでも好き勝手に提督に話しかけてたじゃないの。それなのに、どうしたっていうの。出港してからずっと、黙り込んだままだし、通信だって音声回線しか使わないし、なんで提督を避けるようなマネをしてるの? 訳わかんないんだけど」

 

「特に、意味は無いよ。もしかしたら、少し、だるいのかもしれないけれど、別に提督を避けているわけじゃないよ」

 

「そうかしら? 出撃する時だって、だいぶ変だったわ。少し前までのアンタなら絶対、自分の方に乗れって我が儘言って大騒ぎしていたはずなのに、おとなしく引き下がるし何一つ文句も言わないし……。何なの、どうしたっていうのよ? アンタ、自分のことを提督のお嫁さんだとか馬鹿な事を言っていたじゃない。それなのに、急にそんな提督に興味無いような態度を取るようだと、嫌われるわよ。喧嘩でもしたの? ……ん? それとも、もしかして、提督の事を嫌いになったのかしら」

何気なくそんなことを口にする叢雲。

 

「そ、そんなことないもん。提督の事を嫌いになんかなるわけないもん! 」

急に怒ったように声を荒げる島風。

 

「だったらさあ、なんで提督にあんな態度取るのよ。アンタがいつもとまるで違うから、アイツだって心配しているはずよ。本当に何もないの? 」

 

「な、何もない何もないもん。本当に何にも無いよ」

どういう訳か動揺して必死に否定をする島風に、猛烈に違和感を感じ、それ以上に不安を感じた。そして、記憶を遡り、思い返そうとする。島風の変化を、自分がいつ頃気づいたのか、ということを。

 

「そういえば……」

叢雲は思い当たるところがあった。その確証を取るために、おもむろにネットワークへとアクセスする。そして、データを閲覧した事により、強い確信を持つ。

「あの日、加賀を助けるために、アンタと提督だけで出撃したわよね。その時だけど、舞鶴から加賀が交戦していたエリアまでの距離と到達時間の記録を見たんだけど……、これってアンタの最高速度を10%以上越えた速度で行かないと不可能な時間よね。私達普通の駆逐艦では到達不可能な速度よ、これ。しかも、瞬間的な速度ではなく、それを長時間継続しないといけないような……」

瞬間的な速度による負荷であれば、船体も持ちこたえる。しかし、それを遙かに上回る時間、動かし続ければ当然、どんな頑丈なエンジンでも破綻する。それを避けるためにリミッターが働くはずであるけれども、働いた形跡は無かった。

「これってもしかして……アンタまさか! 」

全身に悪寒が走るような感覚。そして、すぐに自分の推理が正しいことを知った叢雲。

「それで、アンタ、私に提督を乗せたのね。アイツが同乗したら、アンタの不調を気づかれてしまうから……それで避けているのね」

驚きと同時に怒りがこみ上げてきた。

「何をやっているのよ。アンタ、全部話しなさいよ。今の状態はどうなっているのか。そして、これからどうなるのかを。適当な嘘をついたって、ばれるわよ。それに、ちゃんと言わないと、提督にこのことを話すわ」

 

「ダメ! それは絶対に言っちゃダメ」

想像以上に強い言葉で否定される。

「お願い、提督にだけは言わないで、お願いだから。ねえ、叢雲、お願いします」

言葉は次第に弱々しくなる。

 

「じゃあ、……ちゃんと話しなさい。ドックに入っていたから、状況は聞いているんでしょう? 」

叢雲は極力声を和らげて、諭すように島風に問いかけた。

 

そして、島風から聞かされた事実。それは、叢雲の怒りや苛立ちを消し去るには十分だった。通常海域での艦娘の駆動力たる反重力リアクターの限界を超えた連続稼働……。それは島風の心臓部に深刻で致命的なダメージを与えていたのだった。

艦娘は人類にとっては、そのほとんどがブラックボックス化されたもので、艦娘側より与えられたテクノロジーで通常のメンテナンスはできるようになっている。けれど、当然ながら機関部や武装部分については、人類に対して秘匿化されている場所がほとんどであり、それについては手出しができないようにされている。否、調べることはできても、現在の人類のテクノロジーとはまるで異なる技術体系にあるため、たとえ日本の技術力を結集させたとしても、理解すら不能なものだったのであった。

ただ、艦娘側から供与された検査機器によるチェックだけは可能であるため、、それら検査機器によって確認したところでは、完全なる復元は不可能と判定されていた。艦娘側に一端引き渡し、ほぼ建造し直しをするくらいの事をやらなければ、もとの能力を回復することは無理らしいのだ。

舞鶴のドックでは、……人類の科学力では手の施しようが無いとのことだ。

 

「でも、前ほど早く走れないけど、それでも叢雲や不知火くらいの速度は出せるよ。だから、作戦には何も問題無いよ! 」

島風は強がるが、問題はそんなに簡単ではない。今後、だましだまし運用していくしかないとしても、機関部に受けたダメージはなんら措置がなされない……できない状態であるということは、運用を行えば行うほどダメージ箇所に影響を与えるわけで、徐々にではあるが損耗摩耗していくということだ。つまり、確実に機関部にはダメージが蓄積されていくわけであり、やがては崩壊するしか無いということだ。それを止めるには、鎮守府を離脱して元の世界、艦娘の世界に戻るしかないということだ。

 

それすなわち、別れを意味する。一時的なものなのか、永久なのか、そういった事案が無いために叢雲や島風にも分からない。

 

「アンタ、一応確認するけれど、修理もできない状態でこのまま動き続ければ、やがては壊れるってことを分かっているわよね」

 

「分かっているよ。でも、無理さえしなければ、全然大丈夫だよ」

 

「それは誰が保証してくれるの? 」

叢雲の問いかけに島風は黙り込む。

 

「もしかしてだけど、アンタ、体の事を提督に言ってないんじゃないの? だから、アイツを避けているんでしょう? 」

島風は黙ったままだ。

「なんでこのことを言わないの? ずっと隠し通せるつもりなの? 本気でそんなこと思っているの」

 

「……少なくとも、しばらくは言いたくない。時が来たら、提督に言うつもり」

 

「それは何時なの? いつ頃って考えているの? 」

 

「それは、わかんない。今考えてる所だから」

 

「何で提督に黙っているのよ。何で言えないのよ」

 

「……」

 

「はっきり言いなさいよ。言わないと、私が提督に言うわよ」

 

「ダメ、お願いだから、それだけはやめて!! 」

普段の闊達な島風からは想像もできないような弱々しい声だ。

 

「だったら、はっきりと言いなさい。なんでアイツに言わないのか。アタシが納得できる理由を今すぐ言いなさい! 」

 

「……提督に話したら、加賀にも、このことが知られてしまうじゃない。彼女を助けるために、私がこんな事になってしまったって。……そんなことになったりしたら、きっと加賀が悲しむ。そして、きっと、自分を責めるに違いない。そんなの嫌だもん」

確かに、提督に本当の事を話したら、島風はすぐにでもドック入りだ。ドックで治らないと分かれば、提督は軍上層部に掛け合って、島風を艦娘サイドに戻そうとするだろう。そんな騒ぎになったら、間違いなく加賀も島風の事を知ってしまうだろう。

自分を助けるために、島風が重篤な状態に陥ってしまったと知ったら、彼女はまた自分を責めてふさぎ込んでしまうに違いない。

 

「けれど、それは仕方ないじゃない。それに、いつまでも隠し通せるもんじゃないわよ。いつか絶対にばれるんだから」

 

「でも、加賀が悲しんでいたら、提督がきっと悲しむよ。提督の大好きな加賀が悲しんでいるのを見たら、きっと提督は耐えられないと思う。きっと悲しむ。……私は、そんな提督の姿を見たくないもん」

提督が自分の命に変えても守ろうとした艦娘……正規空母加賀。冷泉提督は、いつも彼女の事を気にかけていたように思うし、戻ってきてからも彼の視線の先には、いつも加賀がいたように思う。

少し悔しい気もするけれど、確かに冷泉提督にとって、一番大切な艦娘が加賀なんだろうって叢雲も感じていたのだ。二人並んで歩く姿はとてもお似合いだったし、その姿を見た時、凄く心が痛くなった。もちろん、そんなこと知りたくもないし、認めたくもないのだけれど……。島風は提督のお嫁さんになりたいと願っていることを公言していただけに、彼の事には叢雲よりも恐らくは敏感だったはず。そんな彼女だから、誰よりも先にそのことに気づいていたんだろう。

自分の好きな人が悲しんでいたら、きっと辛いだろうな。もし、その原因が自分だったとしたなら、きっと自分も辛い。だから、隠そうとする。隠しきれないと分かっていても隠したい。

それは、自分の好きな人の心が、別の人に向いている事を必死に否定する事に似ている。島風の心がそうなのかどうかは、叢雲には分からない。けれど、自分がもし、島風の立場なら、同じような行動をしているんじゃないかと思っていまう。

 

それは恐らくは、確信。

 

辛い……な。

そう思った。心から思った。

本当は自分のことを話したい。そして、大好きな人に慰めてほしい。けれど、それをしてしまったら、自分の好きな人の……大切な人が悲しんでしまう。

島風は何も悪くないのに、被害者なのに苦しんでいる。

とてもやるせない。

 

大好きな人だから、悲しませたくない。

彼女は、そう思ったのだろう。

 

「……でも、これから先、どうするの? 隠しきれると思っているの。それはいつかきっと破綻するわ。隠すということは、この先ずっと戦闘や遠征に出るということよ。どんどん疲労が蓄積されて、やがてはアンタの体が壊れるかもしれないのよ。そんな不幸な未来しかないっていうのに、アンタは隠し続けるっていうの? 」

 

「それでも構わないもん。提督といっしょにいられるのなら。きっと……提督のお嫁さんにはなれないけど、それでも提督の役に立てるなら、それでも構わないって思っている」

 

「止めなさい。アンタの気持ちは分かるわ。分かるから言うわよ。今すぐ、提督に本当の事を言いなさい。そして、修復のために艦娘の世界に戻るのよ。そうすれば、アンタは不幸な未来を避けられる」

 

「嫌! 絶対に嫌。あっちに行ったら、戻ってこられる保証がなんてないもん。それに、言ったとしても本当に治してくれるかなんて誰も知らないし、そんなこと、今まで一度も無かったことなんだよ。もしかしたら私達駆逐艦なんて、作り直したほうが手っ取り早いって思っているかもしれないし」

 

「けれど、今のままでいたって、やがては……」

 

「それでもいいもん。私は、ずっとずっと提督の側にいたいもん。……提督には好きな人がいるっていうのは辛いけど、でもでも、会えなくなるよりいいもん」

必死に話す島風の言葉を聞きながら、叢雲は息苦しくなるのを感じた。

それは会えないよりもっと辛いことではないのか? それは彼女の実体験ではなく、想像でしかないけれども、恐らくは正しいはず。

 

「だから、叢雲。あなたも提督には言わないでいてね……お願いだから。私なんてどうなったって全然構わない。けどね、私のせいで提督が辛そうな顔をするのだけは、見たくないの。だから、このままでいいの。だから、この事は黙っていてね。叢雲、約束したよね……本当の事を話したんだから、いいでしょう」

それは、厳しい約束だった。

島風の事を思うのなら、冷泉にすべてを話すべきだ。

たとえ隠し通したところで、そう遠くない未来に最悪の形で発覚することになる。取り返しのつかない状態になってから、提督は知ることになるのだ。その時、彼はどう思うのだろうか。自分の事を気遣って、秘密を隠された事を彼はどう思うのだろう。

 

「……」

島風の願いに対し沈黙で返すしかなかった。島風はそれを同意と受け取ったようだ。

 

本当にそれでいいの? その言葉を何度島風に言おうとしたか。……けれど、言葉にはならなかった。

 

訪れるであろう未来が見え、叢雲はそのことに絶望せざるをえなかった。

 

誰か教えて。

一体、自分はどうすればいいの?

 

 

 

 

 

 


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