週一回の更新で、ぼちぼちと書いていきますので、お付き合いください。
なお、登場艦娘は、戦艦(金剛、扶桑)、空母(祥鳳)、重巡(羽黒、高雄)、軽巡(神通)、駆逐艦(不知火、島風、村雨)などが初めから登場しますが、物語の進行に合わせて、少しずつ着任しいくことになります。
第1話 平穏から不穏への転換点(1/2)
ふと気づくと、季節は、もう11月になっていた―――。
ごく普通の会社に就職して三年目の冷泉朝陽(れいぜい あさひ)にとって、いわゆる「生活」というやつは、その七割以上が仕事であり、時間とノルマに追い立てられるように駆け抜けてきた。
三年目ともなると、ある程度仕事に慣れてきているわけだけど、朝から晩まで忙しさに追われ続けているのは、新入社員の頃とあまり変わっていない。
働いて、否、働かされてばかりで一日が終わっていくわけだ。
このまま年末まで突っ走り、有給休暇の消化なんて無理だと諦めていたんだけど、取引先の急なキャンセルが入ったため、いきなり一ヶ月近くポッカリと予定が空いてしまったわけで……。
この事については、何か大きな意志でも働いたのではないか? と本気で疑ってしまったし、このために立ち上げられたプロジェクトチームのみんなも同じような事を口にしていた。
「神の見えざる手」が動いたのかもしれないけど、ラノベとかじゃないんだから、そんなご大層なものが自分に関係するわけないんだけれど。
そんな妄想みたいな事はともかく、これからどうしようかと考えた。
社畜として教育されてきた冷泉に、長期休暇という概念は存在しない。ゆえに、次の仕事のことを考えてしまうわけで。
次の仕事、格好良い言い方をすれば、次の「プロジェクト」のための準備でもしようかと思っていた矢先に、突然、課長に呼び出され、「今すぐに長期休暇を取れ。いいな、これは業務命令だ。反論は許さない。休暇も仕事のうちだ。休みも取れない奴は、無能だ。もちろん、査定を気にしないのなら、休まなくても構わないが……」と休暇を取るように言われ、無理矢理、2週間もの長期休暇を取らされることとなった。
「休暇など取る暇のある奴は、出世など叶わん。働き方改革? 変な宗教にでもかぶれたのか? 」
課長は、真顔でそんな事を平気で言うような仕事人間だ。そんな彼が休暇を取れと言い出すなんて。
あの人のほうが、変な宗教でも拗らせたんだろうか? と少しだけ心配してしまった。
まさか、休み明けに出勤したら、席が無くなってるなんてことはないよなぁ、と不安になる。けれど、うちみたいなブラック企業ならありうる話だ。入社当時から受けてきた徹底した社員教育の成果か、そんなことばかり考えてしまう。
駄目だ駄目だ。ポジティブに行こう。まぁなんとかなるさ、と気持ちを切り替える。
実は……後で聞いたんだけど、労働基準監督署の調査が入るという情報が入り、慌てて休暇と取らそうとしたらしい。常軌を逸した時間外勤務が状態となっている我が社が目を付けられていたのは事実だし、関係のない業界では自殺者が出てマスコミも取り上げて大騒ぎをしていたからな。
結局のところ、それはガセだったらしいけども。
しかし、学生の頃以来の久々のまとまった休みが取れたわけで……。
それはそれで、嬉しい事だ。朝から晩までこき使われていたわけだから、少しくらいは羽を伸ばさないと。
そして、はたと気付いてしまう。
休むのはいいけれども一体、何をして過ごせばいいんだ? ……と。
こんな中途半端な時期に休んでも、何もすることなんて思いつかないし。一緒に出かけるような彼女は、勿論いない。
当然、スマフォのスケジュールアプリにはハロウィン→クリスマスイヴ→年末年始と空白で、何の予定も入っていない。
遊んでくれそうな友達だってみんな仕事で忙しいようだし、そんなに付き合ってくれないだろう。そもそも、友達と遊びに行ったのって何時のことだっただろうか?
仕事に追われていたせいかこれといった趣味も持ってないから、急に長い休みをもらっても、何をしていいかわからない。
録り貯めたドラマやアニメ、バラエティを観るか?
それとも買ったきりやってないゲームをクリアするか? 大学の頃に途中で投げ出してしまったタイトルもいれたら、相当な数があったはずだ。
最近やり始めた「艦隊これくしょん」のMAP攻略を、やろうかなと考える。
「艦隊これくしょん -艦これ-」開発/運営公式ツイッターによると、秋イベントが間もなく開催されるようだけれど、現状の冷泉が所属する舞鶴鎮守府の戦力では、攻略は難しいだろう。
戦艦は、金剛しかいない。任務のB10 「敵空母を撃沈せよ!」もクリアしていないから、正規空母赤城さえ所持していない状況だ。その他艦艇も始めたばかりだけに手薄過ぎる。初期艦の叢雲に怒られてばかりの毎日だ。時間もあることだし、本腰を入れて艦娘を建造もしくはドロップを狙い、既存の艦娘と併せて育成をしないといけないだろうな。
はぁ……。
思わずため息が出る。
ゲームばっかりじゃ駄目だろう。
今頃、後悔しても遅いけど、打ち込める趣味でも持ってたら良かった。かといって今からいきなり何か始めるっていっても浮かんでこない。
そんなことを考えながら家に帰り、ポストに押し込まれていた郵便物の整理をしていると、目についた封筒があった。
どういうわけか旅行会社のダイレクトメールが入ってたんだ。旅行会社なんて利用したことないのに、どうやって調べたんだろう。……そう考えてすぐに気づく。どうせろくでもない名簿会社から漏れたんだろうな、と。
「それはともかく、久々に旅行なんかもいいかな。温泉だったらなおいいかも」
チラシは、有名な旅行会社のものだった。全国各地の宿泊有のバスツアーが多かった。値段は、ピンからキリまで様々。しかし、どれもこれも家族連れをターゲットにしてる感じの物ばかり……。そんなバスツアーの中に一人で紛れ込んだら浮きまくるのは間違いなしって感じだ。
「こりゃ、駄目だ」
チラシを投げ捨てようとしたとき、一枚の紙切れがポロリと落ちた。
A4のコピー用紙にカラー印刷されたパンフレット。
用紙には、北海道ミステリツアーと書かれてあった。値段は相場より割と格安だし、日程もいい感じで、部屋も個室になっている。料理は全て食べ放題!
そして、限定10名様。
考えるまでもなく、即、電話して申し込んだのだった。
そして、何と抽選に当選のお知らせが来た。
すべてがとんとん拍子に進んでいった。これって、まるで運命の歯車が回り出したかのようだ……。
そんなこんなで、今、冷泉朝陽は、舞鶴発小樽行きのフェリーに乗っている。
旅程の始まりが、いきなりフェリーとは予想外だったけど。もちろん、添乗員は無し、チケットと行き先がマスキングされた謎の行程表だけが送られて来ただけのミステリーツアー。ちなみにフェリーは20時間程度乗船することになっている。その後、バスに乗り換えになっている。
ツアー参加者も誰がいるのか、限定10名となっていたけど、そもそも何人参加しているのかさえ知らされていない。
まあ、それはそれでいいかなと思う。ミステリだけに。
行程表を見ると、予定をきっちり組んでくれているので、考える手間が省ける。肝心の行き先が分からないのが不気味と言えば不気味だけれど。
けれど、どうせ行きたい所など、ほとんど無いんだし……ということで納得した。
それにしても、夜行フェリーの一人旅だ。
なんだか、久々にワクワクする自分がいた。
子供の頃の旅行を思い出して、用事もないのに船内をウロウロしたりカップラーメンをデッキに出て食べたりした。本当に童心に帰ってしまうな。子供のように興奮していたけど、一通りやることやったら、すぐにすることが無くなってしまった。
景色だって夜だから真っ暗で何も見えない。
仕方ない。寝るか。どうせ、まだまだ先は長い。そう思って、横になる。
しかし、深夜になってから、海が荒れてきたようだ。船が上下揺れるのを感じた。それも結構揺れている。船旅に慣れていないせいか、少し気持ち悪くなる。
小樽行きのフェリーでは、この程度の揺れは当たり前なのだろうか。そんなに多くないフェリーの乗客は、何事もないように平気で寝ている。
ミステリーツアーの客なら、この揺れに慣れていないから起きていると思うんだけれど……。冷泉と同じような客は、どうも見あたらない。
けれど、冷泉は眠ることができず、結局、再びデッキへと出た。
外に出てみると、確かに揺れ自体はそんなにたいしたことはないみたいだ。しかし、冬の海上の外気は恐ろしく冷たい。寒さで手をポケットに入れる。
やがて、霧が出て来た。
しかも、かなり濃密な霧のため、みるみる視界が狭まっていく。
突然、意味もなくホラー映画のワンシーンを思い出す。
少し背筋に寒気が。
――ザワザワ。
ワクワク感を伴うシチュエーションに、怖いながらもドキドキしているのを感じた。
いや、でも何か少し違うような……。ざらついた嫌な感じだ。
もしかして、何かが始まる?
……しかし、残念なことに、それは10分も経たないうちに霧散してしまった。そして、波も落ち着いてきたようだ。
どうやら、ただの気のせいだったらしい。
ホラー的な雰囲気も無くなってしまい、ただの真っ黒な日本海をフェリーが進んで行くだけだ。
期待しただけ、損をした気分になる。もっとも、何かあったら洒落にならないと騒ぐんだろうけど。
見えるのは、真っ黒な水面にわずかに見える白い波。
そんな時、遠くに光が見えたような気がした。
最初は、儚げなくらい弱い光だった。しかし、それは次第に接近して来ているのが分かった。フェリーと併走しているようで、追いついてくる感じだ。
光は一つではなく、複数……。
海なんだから、他に航行する船もたくさんあるだろうから、別に不思議でも何でもない光景なのだけれど。
やがて、光がかなりフェリーに近づいてくる。それは、幾艘の船のようだった。
船団がフェリーに接近してくる理由って何かあっただろうか?
しかし、その速度はフェリーに追いつくくらいなのだから、冷泉が乗るフェリーと比べると相当に速いわけだ。
一体、あれは何者で、何のために動いているのか。そん疑問が過ぎる。
次の刹那、激しい光の明滅がしたと思うと、あたりに耳を劈くような轟音が響く。
それが砲撃音と気づいたのは、フェリーのすぐ側に着弾し爆発したからだった。
轟音と共に、デッキに立った冷泉よりも高い水柱が立つ。
爆風と振動にあおられて、冷泉は倒れそうになる。同時に海水が滝のように頭上から降り注いでくる。
振り落とされないように必死になって、手すりに捉まり何とか転倒を免れた。
「なんだ、これ」
悲鳴にも似た声で叫んでしまう。
北朝鮮の工作船がフェリーに砲撃でもしてきたのか?
しかし、攻撃してきた船は、この距離からでもかなり巨大だと視認できる。テレビなんかで見た工作船レベルは漁船レベルの大きさだったはず。だから、可能性はすぐ否定された。
考える間を与えないかのように、再度の砲撃が始まった。
先ほどと同じく、光の明滅の後、耳をつんざくような轟音の後、飛翔音が接近してくる!
そして、最悪の事態が起こる。
砲撃が、フェリーを直撃したのだ!