「夏だなぁ……」
外に響くジワジワという蝉の声とうだるような暑さに、すっかり夏になってしまったことを実感する今日この頃。
「それでまゆー。今日なんで呼び出されたと思う?」
「流石に分からないわぁ」
アタシとまゆは社長に呼び出されていた。
普段からお仕事の話はプロデュース業を兼任している社長からされることが多いので話をすること自体は普通のことなのだが、こうして社長室に直々に呼び出されることは滅多に無かった。それこそ、初めてこの事務所に所属することになった時やリョータローさんが出演するシャイニーフェスタへの同行を言い渡された時ぐらいである。
とりあえずいつまでも社長室の前で突っ立っているわけにもいかないので、まゆがコンコンと扉をノックする。
「社長、佐久間まゆと所恵美です」
中から「ん、入ってくれ」という社長の声が聞こえたので、扉を開けて「失礼します」と二人で入室した。
「わざわざ悪いね、二人とも」
「や、まゆちゃん、恵美ちゃん」
「あれ、リョータローさん?」
そこには部屋の主であり私たちを招き入れた社長の他に、何故かリョータローさんがマグカップを手に打ち合わせ用のソファーに座っていた。漂ってくる香りから察するに、コーヒーを飲んでいるらしい。いくら室内はクーラーが効いているとはいえ、よくこんな時期に熱いコーヒーが飲めるなぁとどうでもいいことを考えてしまった。
「俺のことは気にせずどうぞ」
「はぁ……」
ヒラヒラと手を振るリョータローさんに、そんな生返事しか出来なかった。
「早速だけど本題に入らせてもらうよ」
「っ」
社長の言葉に思わず背筋が伸びる。基本的に全員が和気藹々としている事務所だが、こうして社長室に呼ばれて話となると少しばかり緊張してしまう。隣のまゆも同じように背筋を伸ばしていた。
「突然だが、二人には765プロに出向してもらうことになった」
「「え?」」
社長から告げられたその一言に、思わずアタシとまゆの口からそんな声が漏れてしまった。
それは、765プロの全体ミーティングでのことだった。
「みんな! アリーナだ! アリーナライブが決定したんだ!」
『あ、アリーナ!?』
プロデューサーから告げられたその重大な告知に、全員が声を揃えて驚愕する。
何しろアリーナライブとなると、今までのライブと比べて収容人数の桁が違うのだ。私たちがニューイヤーライブを行ったホールの収容人数が五千人なのに対し、アリーナとなれば一万人は優に超える。いきなり倍以上のファンの前で歌うことになる。
私たち765プロにとって過去最大のライブになるのは間違いなかった。
アリーナライブが出来ると興奮して騒ぐ私たちを宥めるために律子さんが一喝した後、プロデューサーが改めて話を進める。
「それでだ。今回のライブは合宿を組みたいと思っているのと……更に新しい試みが二つあるんだ」
「試み……ですか?」
貴音さんがその言葉に首を傾げる。
「あぁ。まず一つ目に、今回はバックダンサーを取り入れたステージにしてみたいと思っている」
「ダンサー……!? 凄い! 広いステージでも、派手に見えますよね!」
「あぁ。スクールに通っているアイドル候補生に頼むことになると思うが、みんなはアイドルの先輩として支えてあげて――」
「ちょっといいかね?」
「社長?」
プロデューサーの言葉の途中だったが、それまで脇で聞いていた社長が咳払いを一つしてから一歩前に出てきた。
「バックダンサーの件についてなのだがね。とある事務所からの要望で、デビュー前の新人アイドルを参加させることになった」
「え?」
「社長、それ私たちも聞いてないんですけど……」
突然の社長の言葉に、私たちだけでなくプロデューサーや律子さんまで驚いていた。
「それってつまり、他の事務所のアイドルの子ってことですよね?」
「うむ。しかし安心したまえ。君たちが知らない事務所のアイドル、というわけでもない」
「私たちが知っている事務所の、新人アイドル……?」
まさか……。
「社長、もしかして……」
「あぁ。要望があったのは、123プロダクション。良太郎君と幸太郎君、二人から直々にお願いされたのだよ」
『えぇ!?』
先ほどアリーナライブ開催が告げられた時に勝るとも劣らない驚愕の声が事務所に響き渡った。
恵美ちゃんとまゆちゃんはアイドルの卵である。
卵である以上、いつかはアイドルとしてデビューさせるつもりであり、当然彼女たちもそのつもりでこの事務所に入ったはずである。
しかし、彼女たちがデビューするということは当然123プロダクションの新人アイドルという肩書きでデビューするわけであり、それは即ち『周藤良太郎の後輩』という肩書きを否応無しに背負わされるということだ。注目度や期待度は他の新人アイドルよりも大きくなるだろう。舞さんの娘である愛ちゃんも似たような状況であるが、既に引退して十年以上経つ彼女と現役でトップアイドルの俺とでは少々事情が違うのだ。
そんな状況でいきなりステージに立たせて大丈夫なのかと兄貴は考えたわけである。
簡単に言うと、デビュー前にステージの上を経験させたいと考えたわけである。
「んで、ちょうど765プロのみんなが今度のライブで新しい試みとしてバックダンサーを取り入れるって話を聞いてね」
「二人をバックダンサーとして参加させてもらうことになったんだよ」
高木社長に話を持ちかけてみたところ、二つ返事でオッケーしてくれた。他事務所だというのにここまで快く承諾してくれるとは、こう言ってはアレだが少しお人好しが過ぎるのではないかと思う。しかし「他ならぬ良太郎君と幸太郎君の頼みだからね」との高木社長の言葉に兄弟揃って少しだけ目頭が熱くなった。人が良すぎるでぇ……。
「あのー、経験を積むためにバックダンサーというのは分かったんですけど、良太郎さんやジュピターの皆さんのバックダンサーじゃ駄目だったんですか?」
ここまで説明したところで、恵美ちゃんが控えめに片手を挙げた。まぁ恵美ちゃんの疑問はご尤もである。
「ダメよ恵美ちゃん。良太郎さんの曲はあくまでも一人でのダンスを想定したものだから、バックダンサーを付けると逆に見栄えが悪くなっちゃうのよぉ」
しかし俺が説明する前にまゆちゃんが代わって説明してくれた。
まゆちゃんの説明の通り、元々俺のステージは『周藤良太郎の歌とダンス』で魅了するものだ。そこにステージの広さは関係無く、広いステージでも派手に見せるためのバックダンサーを立たせたとしてもあまり意味が無いのだ。
「あと男性アイドルの後ろに女性のバックダンサーっていうのもね」
というわけで同じようにジュピターも除外。
そこで同じ女性アイドルの事務所であり、旧知の中である765プロにお願いしたのだ。
初めは1054プロの麗華たちに頼むという案もあったのだが、彼女たちはバックダンサーを使うつもりが無いとのことだった。
「決定事項の事後報告みたいな形で申し訳ないけど、大丈夫かな?」
兄貴の確認の言葉に、恵美ちゃんとまゆちゃんは一瞬視線を交わらせてから頷いた。
「もちろん大丈夫です!」
「全力で頑張らせていただきます」
そう、二人は快諾してくれた。
「というわけで、春香ちゃん、千早ちゃん、ウチの新人二人をよろしくね。俺も練習中に顔は出すと思うけど」
「はい! もちろんです!」
「任せてください」
翌日。打ち合わせを終えて帰ろうとテレビ局の廊下を歩いていたところ、収録終わりと思われる春香ちゃんと千早ちゃんに遭遇した。経験云々の話を混ぜて新人二人のことをお願いすると、春香ちゃんと千早ちゃんは笑顔で頷いてくれた。以前の千早ちゃんだったらもう少し固い対応だったのに、こうして笑顔で頷いてくれるところを見るとだいぶ柔らかくなったなぁとしみじみ思う。
「あぁそうだ。遅ればせながら春香ちゃん、第二十五回アイドルアワード、大賞おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
アイドルアワードはファン投票によって行われる、その年で一番活躍したアイドルを讃える賞である。
当然と言ってはアレだが既に俺も男性アイドル部門で受賞しており、三年連続で受賞してからは殿堂入りという扱いになってしまった。
ちなみに今年の男性アイドル部門は冬馬が見事受賞。受賞の知らせが届いてドヤ顔をしつつも喜びが滲み出ている冬馬に少しだけホッコリしたのを覚えている。
「千早ちゃんも、海外レコーディングだっけ?」
「はい、ニューヨークへ。その後はイギリスに」
「それも聞いたよ。フィアッセさんに『クリステラソングスクール』への紹介状を書いてもらったんだってね」
それはフィアッセさんの母親にして『世紀の歌姫』と呼ばれる世界的オペラ歌手であるティオレ・クリステラさんが営んでいる少数精鋭の音楽学校だ。卒業生はフィアッセさんやSEENAことゆうひさんを始め、全員が世界的なレベルの歌手として活躍している。
そこでレッスンを受けることが出来るということは歌手にとってまさしく夢のような話であり、千早ちゃんはそこでレッスンを受けるに値するとフィアッセさんに評価されたということなのだ。マジちーちゃんパネェ。
「一週間という本当に短い期間ですけど、レッスンを受けさせてもらうことになりました」
「こりゃあ歌だけだったらすぐに千早ちゃんに追い抜かれちゃうなぁ」
ダンスを含めた総合的なものだったら負けるつもりはないが、以前合同トレーニングをした際に聞かせてあげた『青い鳥』以上のレベルにまで千早ちゃんが成長する日も近いだろう。
「そういえば良太郎さんも、新しい映画の主演ですよね。おめでとうございます」
「ん、ありがと」
覆面ライダーの撮影がついこの間終わったばかりではあるが、次は無表情な少女漫画家の男子高校生のラブコメ映画への出演が決定。友人でアシスタントの役を冬馬が演じることになり、この映画は123プロのダブルキャストとなった。ちなみにヒロイン役は未定。
いつかは春香ちゃんたちの映画『眠り姫』みたいに123プロオールスターとかの映画をやってみたいものである。
「まぁ一足先にハリウッドデビューが決まっちゃった美希ちゃんには負けるけどね」
俺の場合はわざと国内の仕事に専念していたというのもあるが。
それを抜きにしても、本当に最近の765プロの躍進は目覚ましい。
加えて今回のアリーナライブだ。去年の今頃は全く彼女たちのことを知らなかったというのに。虫ポケモンもビックリの成長率である。全員しあわせたまごでも持っているのではなかろうか。
「まだまだ私たちは頑張りますよ!」
「……熱いねぇ」
「ふふっ」
フンッ! と意気揚々とガッツポーズをする春香ちゃんの姿が大変眩しかった。
・収容人数
25話のニューイヤーライブはパシフィコ横浜国立大ホール、劇場版のアリーナライブは横浜アリーナだったらしいのでそこの収容人数を参考にしました。
・更に新しい試みが二つ
話の都合上カットすることになってしまいましたが、もう一つは『リーダーを作る』です。一応劇場版未視聴の方のためのフォローをば。
・ティオレ・クリステラ
とらハ世界における最高峰の歌姫。名前だけの登場になる可能性が微レ存。
この作品において冬馬に続く、ちーちゃん魔改造フラグです。
・無表情な少女漫画家の男子高校生のラブコメ
※なお原作はラブの欠片も無い模様。
野崎→良太郎 みこりん→冬馬で想像したら思ったよりもしっくりきた。
・虫ポケモンもビックリの成長率
「虫ポケモンは成長が早い」ってポケスペでグリーンさんが言ってた。
・しあわせたまご
なぜORASではペリッパーが持っているのだろうか……。
ようやく劇場版とリンクし始めた本編です。
作中ではやや個性が薄かったバックダンサー組(ミリマス勢)を中心に展開していくつもりです。知らないって人は是非ミリマスの予習を!(ステマ)
それとついに今週からデレマス二期が始まりますよ!
地上波では17日、ニコニコ動画では20日に生放送&動画配信です!
まだアニメ見たことが無いって人もこれを機に是非どうぞ!