アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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kwsmさん「はるかといっしょにおねんねしたかったパフ」

最近、東山さんが忙しそうでナニヨリデース!


Lesson68 俺がアイドルになったワケ 5

 

 

 

「……うぅ……」

 

 千早ちゃんの後を追って部屋の中にお邪魔させてもらうと、千早ちゃんは洗面所の鏡の前で寝癖を直そうと躍起になっていた。流石に寝癖が付いたままで異性の前に出るのは恥ずかしかったようで、その必死な様子に思わずクスリと笑ってしまった。

 

「千早ちゃん、私がやってあげるよ」

 

「は、春香……」

 

 千早ちゃんの手からブラシを受け取ると、洗面台の脇に置いてあった寝癖直しのスプレーを使って千早ちゃんの寝癖を直す。

 

「………………」

 

「………………」

 

 しばし無言のまま千早ちゃんの髪を梳く。

 

「……えっと、ちゃんとご飯食べてた?」

 

「……うん」

 

「………………」

 

「………………」

 

 再び無言。

 

「……あ、あはは。本当は色々話したいことがあったのに……何を話したかったのか、忘れちゃった」

 

 良太郎さんの話のインパクトが強かったというのもあるが、こうして直接千早ちゃんの顔を見ることが出来た安心感で胸が一杯だった。

 

「はい、寝癖直ったよ。これからはお休みの時に家で一人の時もちゃんと直そうね?」

 

「も、勿論分かってるわ。……ありがとう」

 

 どういたしまして、とブラシを返す。

 

「……えっと、今お茶を……」

 

「あ、私も手伝うよ」

 

「春香は待ってて。……色々と迷惑をかけちゃったお詫びにもならないけど、これぐらいさせて欲しいの」

 

「……うん」

 

 千早ちゃんがキッチンへと向かったので、私はリビングのカーペットの上に腰を下ろす。

 

 以前お邪魔した時よりは片付いているが、それでもまだ少し段ボールが多い千早ちゃんの部屋だった。

 

「お待たせ」

 

 元々ポットにお湯が沸かしてあったらしく、千早ちゃんはものの数分もしない内に紅茶を淹れて戻って来た。

 

「ありがとう、千早ちゃん」

 

 千早ちゃんが淹れてくれた紅茶に口を付ける。温かい紅茶が、冷えた身体を暖めてくれた。

 

「……千早ちゃん。さっきも言ったけど、今日は千早ちゃんに渡したいものがあって来たの」

 

 まずはこれ、と紙袋から優君のスケッチブックを取り出して千早ちゃんに手渡す。

 

「……これ、優の……」

 

「千早ちゃんのお母さんが、千早ちゃんに渡してほしいって」

 

 千早ちゃんのお母さんに会ったのは、前回千早ちゃんの様子を見に来た帰りだった。

 

 社長さんが千早ちゃんのお母さんに連絡を取っていたらしく、千早ちゃんが歌うことが出来なくなったことを知ってやって来ていたらしい。

 

 しかし、千早ちゃんのお母さんは千早ちゃんに会おうとしなかった。自分では渡せないからと、持ってきていた優君のスケッチブックを託されたのだ。

 

「そう……あの人も、来ていたのね……」

 

 そのことを千早ちゃんに伝えると、千早ちゃんはスケッチブックを捲りながらそう呟いた。

 

 自分の母親のことを「あの人」と呼ぶ千早ちゃんの気持ちは、残念ながら私には感じ取ることが出来なかった。

 

 それでも、今の千早ちゃんがとても寂しそうな眼をしているということだけは、私にも理解することが出来た。

 

「あと、これ」

 

「……これは……CD?」

 

 再び紙袋から取り出したのは、一枚のCDケース。

 

「あのね、千早ちゃん。私達、新しい曲を作ったの」

 

「新しい曲?」

 

「うん。765プロのみんなで詞を考えて、作曲の先生の曲を付けてもらったの。……どうやったら千早ちゃんに私達の気持ちを伝えることが出来るのかって考えて。……そうだ、歌にしようって。みんな作詞は初めてだったけど、頑張ったんだよ?」

 

 今の千早ちゃんに伝えたいこと、思い出して欲しいこと。

 

 それぞれが抱く千早ちゃんへの想いを形にした曲。

 

 開けてみて、と千早ちゃんに促す。

 

「……っ!」

 

 無地のCDケースの中に収められた一枚のCD。そこに書かれた、私達765プロのみんなの共通の想い。

 

 

 

 ――また一緒に歌おう!

 

 

 

「……書いてくれたのは、みんなを代表してプロデューサーさんが。でも、みんなからの言葉はちゃんとこの中に入ってるよ」

 

「……っ」

 

 千早ちゃんは、顔を俯かせて肩を震わせていた。

 

 そんな千早ちゃんの頭を抱き抱えるように引き寄せる。

 

「まだ声が出るかどうか分からないから怖いかもしれない。……でも、もう一回頑張ろう。諦めずに……私達と一緒に」

 

「……うん……ありがとう……春香っ……!」

 

 多分、千早ちゃんは今回のことで一度も泣いていなかったのだと思う。

 

 優君の事故がフラッシュバックし、歌声を失い、とてもつらい思いをしていたはずの千早ちゃん。でも、きっと彼女は泣いていなかった。

 

 だから、ようやく涙することが出来た千早ちゃんを、私はぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、春香。……みっともないところ見せちゃったわね」

 

「それって寝癖のこと?」

 

「は、春香っ!」

 

「あはは、冗談だよ、千早ちゃん」

 

「……聞いてみてもいい?」

 

「もちろん!」

 

 頷くと、千早ちゃんはCDのウォークマンを持ってきて聞く準備を始めた。

 

「えっと……春香も一緒に」

 

「……うん!」

 

 肩を寄せあい、ウォークマンから伸びたイヤホンを各々の右耳と左耳に付ける。

 

 ……曲が始まった。思わず「どう?」と聞きたくなったが、千早ちゃんは真剣な表情だったので止めておいた。それは歌に対していつだって真剣ないつもの千早ちゃんで、再びその表情が見れたことが嬉しかった。

 

 

 

「……いい曲ね」

 

「でしょ?」

 

 約七分のやや長めの曲(みんなで歌詞を考えていたら予想以上に長くなってしまった)が終わり、イヤホンを外したら千早ちゃんは笑顔だった。

 

「えぇ。今の私には勿体ないぐらい……でも、それ以上に『歌いたい』って気持ちで一杯だわ」

 

「千早ちゃん……!」

 

 『歌いたい』

 

 一度はアイドルを止めるとまで言っていた千早ちゃんの口から再びその言葉を聞くことができ、とても嬉しかった。

 

「そういえば春香、この曲の名前は?」

 

 千早ちゃんからのその問いかけに、私は静かに首を振った。

 

「実はまだ決まってないの」

 

「え?」

 

 そう、この曲にはまだ名前が付いていない。

 

 作詞をしている最中に出てきた案は何個かあった。

 

 でも。

 

「この曲の名前は、千早ちゃんに決めてもらおうと思って」

 

「……え!? わ、私が!?」

 

「うん」

 

 それが765プロみんなの総意。

 

 この曲は、765プロのみんなが一丸となって作り上げた曲。千早ちゃんのために作られた曲なのに、そこに『千早ちゃん本人の想い』が込められていないなんて悲しすぎる。

 

「だから、千早ちゃんに考えてもらいたいの」

 

「私が……」

 

「もちろん今すぐにとは言わないよ? これからゆっくりと……」

 

 ふと、千早ちゃんが何かを思案しているような表情だったことに気付いた。

 

「もしかして千早ちゃん、もう何か浮かんだの?」

 

「え? ……えっと、その……」

 

「何でも言って! 千早ちゃんの考えた名前だったら、絶対みんな賛成してくれるから」

 

 そう促すと、千早ちゃんはやや迷いながらも「それじゃあ」と頷いた。

 

「……二、三ヶ所、歌詞を変えてもらいたいところがあるの」

 

「……え?」

 

 曲名ではなく、歌詞に対しての提案だった。

 

 思わず呆気に取られてしまった私に、千早ちゃんは慌てた様子で首と手を横に振った。

 

「あ! べ、別にみんなが考えてくれた歌詞に不満があるわけじゃないのよ!?」

 

「そ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ、千早ちゃん。さっきも言ったけど、この曲は765プロのみんなで作った曲なんだから、千早ちゃんにだって歌詞を考えても何もおかしくないんだから」

 

 それで何処を変えたいの? とCDケースの中に入れておいた歌詞が書かれた紙を取り出す。

 

「えっと……ここ、このサビのところ。『ここに誓おう』、『ここに誓うよ』、あと最後の『誓いを』」

 

 その三ヶ所を指差す千早ちゃん。

 

 

 

「この『誓い』を……『約束』に変えたいの」

 

 

 

「『約束』……?」

 

「えぇ」

 

 千早ちゃんはそうしっかりと頷いた。

 

「まだ一度も歌っていないし、まだ本当に歌えるのかどうかも分からない。でも、私はもう二度とアイドルを辞めるなんて言わない。みんなと一緒にアイドルを続ける。この曲を、その『約束』にしたいの」

 

 

 

 ――誓うことは独りでも出来る。

 

 ――でも、『約束』することは独りでは出来ない。

 

 

 

「……うん、いい! 凄くいいと思う! みんなもきっと賛成してくれるよ!」

 

 思わず千早ちゃんの手を取ってしまった。千早ちゃんは恥ずかしそうに笑う。

 

「ありがとう、春香。それで、この曲の名前なんだけど……」

 

「ふふ、千早ちゃんが何て名前にしたいのか、何となく分かっちゃった」

 

 特に示し合わせた訳ではない。

 

 自然と、私と千早ちゃんの声は揃っていた。

 

 

 

「「……『約束』」」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末と言う名のオチを語ることにしよう。

 

 後日行われた765プロの定例ライブに、千早ちゃんはちゃんと出演することが出来た。

 

 765プロの仲間全員が作詞をした彼女の新曲。曲名は『約束』。最初はやはり声が出なくてヒヤリとしたものの、春香ちゃんを筆頭に全員がステージ上に集まり、一緒に『約束』を合唱。

 

 そこで千早ちゃんは、見事歌声を取り戻した。

 

 その時の彼女の表情は、泣き顔ではあったものの、今までで一番の笑顔だった。

 

 ……と、りっちゃんが教えてくれた。

 

 

 

「『如月千早が語る過去。弟の死を乗り越えた、現代の歌姫』か」

 

「……わざわざそれを記事にする意味は本当にあったのか?」

 

「あるに決まってるでしょ」

 

 手元の週刊誌に掲載されているのは、善澤さんが書いた千早ちゃんの記事。下手に隠して他の事務所からのネガティブキャンペーンとして使われるぐらいなら、いっそ自分から告白してしまおうと、千早ちゃんと高木社長、赤羽根さんとりっちゃんが相談して決めたらしい。

 

 『不幸自慢か』だとか『同情でも欲しいのか』と心無い声も少なからずある。

 

 けれど、一度乗り越えた彼女たちならもう大丈夫だろう。

 

「それより恭也、早く仕事終わらせろよ。月村の家で勉強会なんだろ」

 

「だからもう少し待っていろ。というか手伝え」

 

「拒否します」

 

 パサリと雑誌を閉じてコーヒーカップを傾けつつ、翠屋店内の掃除をする恭也の後ろ姿を眺める。先ほどの言葉で分かる通り、勉強会へ向かうのだが恭也の仕事終わり待ち状態である。

 

「良太郎お兄さん、おかわりはいかがですか?」

 

 空になったカップを持て余していると、ポットを手にしたなのはちゃんが近寄って来た。

 

「ん、ありがとー」

 

「はい! お勉強頑張ってくださいね!」

 

 そう言いながら店の奥に消えていくなのはちゃん。

 

 ……そうかぁ、改めてなんだけど、もう四年かぁ……。

 

 ボンヤリとなのはちゃんが去っていった裏口を眺めていると、ふと気が付いたら口が開いていた。

 

「……なぁ、恭也。もし……もし、なのはちゃんがいなくなったとしたらさ――」

 

「そんなことあり得ない」

 

 ご自慢の神速のような速度の否定だった。「いなくな」辺りで既に言葉が被っていた。

 

「いやそうだけどさ、もし……」

 

「その『もし』は絶対に無い」

 

 流石剣士と言うか、真っ向からバッサリ切られてしまった。

 

 言い切るなぁこのシスコンは、と思いつつ視線をそちらにやると、恭也は掃除の手を止めて真っ直ぐにこっちを見ていた。

 

 

 

「なのはがいなくなるなんてことは絶対に無い。俺や美由希、母さんや父さんが絶対にそんなことをさせるはずがない」

 

 ――だから。

 

「お前が心配する必要はない。『なのは』は、絶対にいなくならない」

 

 

 

「……そうか」

 

「あぁ、そうだ。お前は余計なことを考えずにアイドルをやっていろ。それがなのはにとっては一番だ」

 

「余計なことを考えずには流石に酷いぜ。俺はいつだってなのはちゃんやファンのことを考えながら歌っているっていうのに」

 

 

 

 幼馴染と軽口を言い合う、そんな昼下がり。

 

 

 

 

 

 

「そういえば恭也、お前月村へのプレゼントって」

 

「………………」

 

 ……どうにか俺だけでも罰ゲーム回避できないかなぁ……。

 

 

 




・春香と千早in千早宅
アニマス20話内での二度目の千早宅訪問の際に春香が説得に成功して扉を開けさせることが出来ていればこうなっていたのではないか、という作者の想像から生まれた原作再構成的なオリジナル展開。

・千早ちゃんを、私はぎゅっと抱きしめた。
・肩を寄せあい、ウォークマンから伸びたイヤホンを各々の右耳と左耳に付ける。
しかしいざ蓋を開けてみれば何故か作者も意図していなかったキマシタワー的な何かが。
アレー?

・「千早ちゃんに決めてもらおうと思って」
歌詞と曲名に関しては完全に作者が捏造したオリ設定。
アニメ本編で『約束』は765プロのみんなが千早のために作詞した曲という設定ですが、歌詞に含まれている「約束」という言葉だけは千早自身の想いを込めさせたかったので。

・善澤さんが書いた千早ちゃんの記事
例え同じ内容でも書き手と書き方が変われば意味合いはガラリと変わります。
これで、珍しく黒井社長に先手を打つことが出来た形になりました。

・「その『もし』は絶対に無い」
フラグではありません。この世界は『基本的に』みんな幸せな世界となりますので、そういう鬱的な展開は『ほとんど』ありません。



 というわけで蛇足的な感じではありますが、千早回終了です。珍しく主人公が絡まない原作再構成のようなラストとなりましたが、こういうルート分岐的なものは考えていて楽しいですね。

 この回を持ちまして千早は美希に続き765プロで二人目となる『覚醒』状態となりました。だからと言ってそこまで何かが大きく変わるわけではありませんが。

 さて今回重めにシリアスをやったので次回は(作者の)息抜きを兼ねた番外編『恋仲○○シリーズ』をお送りする予定です。

 番外編ばかりであれですが、リアルで忙しい上に今回のシリアスで神経を使ったので色々と「ひゃっはー!」したいと思います。



『デレマス六話を視聴して思った三つのこと』







 ……ネ、ネタに走ることすら出来ないンゴ……。

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