「いやぁ、今日はついに八事務所合同ライブ当日! 楽しみですね、千鶴さん!」
「亜利沙、貴女どうしましたの!?」
「何がですか!?」
まるで『普通の人がライブを楽しみにしている』ような様子の亜利沙に、私は思わず驚愕して彼女の両肩を掴んでしまった。
「普段の貴女ならば『うっひょぉぉぉ! 今日は待ちに待ったありさの命日ですねぇぇぇ! 墓石には周藤良太郎と魔王エンジェルのサインを刻んでください!』とか言いかねないのに……なんですの、そのテンションの低さは!?」
「確かに普段のありさならば言いそうですけど、別に今もテンション低いわけではないですよ!?」
「しっかりして頂戴、千鶴ちゃん。貴女までボケに回ったら私の負担が大きくなるじゃない」
「はっ」
亜利沙の様子に思わず狼狽してしまったが、このみさんの言葉で我に返る。
「ご、ごめんなさい、取り乱しましたわ……」
「正直ビックリしました」
「亜利沙ちゃん、貴女もよ」
「この流れでありさにも非があるんですかぁ!?」
ちなみに亜利沙のテンションが低い理由は『昨夜の内の期待でテンションがオーバーフローを起こして現在落ち着いているから』らしい。
「つまりテンションが一周したってことですわね」
「朝起きてちょっとしたアクシデントがあったため、二周ぐらいしてますね」
「何かありましたの?」
「いえ……少々
「「?」」
そんな八事務所合同ライブの本番当日だが、出演しないシアター組はいつものように劇場に集まり定例ライブの打ち合わせ。正直なところ亜利沙だけではなく、私を含めて全員いつも以上にそわそわとしているのが目に見えて分かる打ち合わせだった。
勿論ライブが楽しみだという意味でもあるだが、同じシアター組の仲間である未来たちのことも気になって仕方がなかった。
「未来ちゃんと翼ちゃんは、静香ちゃんが一緒だから大丈夫でしょ」
「歌織さん、ちゃんと朝起きれたのかな……?」
「きっと紬ちゃんが頑張ってくれるわよ」
「琴美とエレナも、あの所恵美ちゃんとのユニットだもん、プレッシャー凄いだろうなぁ」
「……みんな気になるのは分かるけど、目の前のことに集中なさいな」
プロデューサーが未来たちと共に現地へ向かったため、今日の打ち合わせのまとめ役であるこのみさんが全員の浮足立った様子に溜息を吐く。
「でもこのみ姉さんだって気になるでしょ?」
「それとこれとは話は別。……風花ちゃん、貴女も良太郎君のライブが楽しみなのは分かったからそわそわ身体を揺するのやめなさい。
「っ!?」
そんな感じで各々が今晩のライブに期待を膨らませる中、一人だけやたらと暗い表情を浮かべるアイドルがいた。
「………………」
(……美奈子、一体どうしましたの?)
(それが分からんのです……今朝からずっとあんな感じで……)
暗い表情を浮かべる美奈子。こっそりと奈緒に聞いてみるも分からないと首を横に振られてしまった。
「美奈子さん、どうしたんですか?」
「杏奈たちでよかったら……話、聞くよ……?」
そんな美奈子に百合子と杏奈が声をかけた。二人は美奈子や奈緒と共に、この765プロ劇場設立当初からシアター組を支える一期生、二期生である私にとっては頼れる年下の先輩たちだ。きっと二人ならば美奈子が抱えているであろう悩みを取り払ってくれるに違いない。
「……ありがとう、百合子ちゃん、杏奈ちゃん。聞いてくれる?」
「勿論ですよっ!」
「うん……」
「あのね――」
「……ちなみに『未来ちゃんたち、ちゃんと朝ご飯食べれたかな?』っていう悩みじゃないよね……?」
「――聞いてアロエリーナ」
「杏奈ちゃん!? 美奈子さんが植物に話しかけ始めちゃったよ!?」
「……二十三年前の曲……」
「「………………」」
思わず奈緒と共に『確かにちょっと考えれば分かりそうな悩みだった……』と無言になってしまった。
「だって気になるじゃない!?」
「あ、開き直った……」
落ち込み状態からは脱することが出来たようであるが、今度は変なテンションになった美奈子が涙目で叫ぶ。
「朝凄い雪積もってんだよぉ!? 急なこときっとケータリングや食事の準備が滞っちゃった可能性だってあるし! 朝からきっと忙しいだろうし! きっと未来ちゃんたちお腹空かせてるよぉ!」
「……不確定な不安要素だったはずなのに……いつの間にか美奈子さんの中では確定事項に変わっている……」
「さ、流石にそんなことにはなってないんじゃないかな……?」
「私の目が黒い内は、シアターの子が空腹に悩まされるなんてことはあってはいけないの!」
「……志が高すぎてよく分からない方向に進んでる……」
いよいよ収拾がつかなくなってきたので、これは流石に私も介入を――。
「美奈子ちゃん、ちょっとみんなにおやつ作ってきてくれるかしら」
「わっほーい! お任せあれ~!」
――しようと思ったら、そちらを見ることもなくこのみさんが冷静に対処をしてしまった。喜色満面で給湯室へと駆けていく美奈子の姿を呆然と見送る。
「……流石に手慣れてますわね」
「いや対処方法としては間違ってないんやろうけど、美奈子が作ってくるであろう大量のおやつの処理方法はどないするんや……?」
この後全員で滅茶苦茶おやつ食べた。
「亜利沙、お昼ご飯食べる余裕あるかしら……?」
「………………」
無言で首を横に振る亜利沙。いくら『アイドルちゃんの作ってくれたおやつ』であったとしても、流石の亜利沙も限界を超えて食すことには無理があったらしい。
さて、胃袋以外は無事に打ち合わせを終えたところでシアター組は一時解散となった。今回は幸運にも……本当に本当に幸運にも全員が現地参加のチケットを手に入れることが出来たため、後程現地で集合する手筈となっていた。
そうして解散をした後、とある人物と待ち合わせをしていた私は亜利沙と共に地元の商店街を歩いていた。
「いやぁそれにしても本当に幸運でしたね! まさか全員現地参加の権利を得てしまうとは!」
「本当ですわね。随分と都合がいいぐらいの幸運ですわね」
「SNSを見る限り、かなりの人が抽選に漏れてしまっていたというのに……これは何か意図的なものを感じざるを得ませんね!」
「……そろそろこの会話もやめた方がいいのかしら」
「え?」
そんなことを話している内に待ち合わせの場所である……私の実家である二階堂精肉店へと帰って来た。
「……うぷっ」
亜利沙の顔色が良くないが、生憎今の私に彼女を責める資格は持ち合わせていない。私は私の実家である精肉店を誇りに思っているが、流石に今の状況で揚げ物の香りを嗅ぐのはキツいものがあった……胃が……。
「そ、それで、千鶴さんのご友人という方はまだ見えられていないんですか?」
「そうですわね……」
店先の邪魔にならないところで通りを見渡して待ち人の姿を探す。
「……あ、来ましたわ」
商店街の向こうから歩いてくる私の友人にして……
「千鶴さん、こんにちは!」
「えぇ、こんにちは、ニコ」
私立音ノ木坂学園二年、矢澤にこである。
「ややっ! 貴女が千鶴さんのご友人ですね! 今日はよろしくお願いします!」
「わっ……ほ、本物の松田亜利沙ちゃん……!」
「いやぁ、普段自分がしているリアクションをされる側になるというのは、些か気恥ずかしいものがありますね……」
最近、私経由で765プロのアイドルと顔を合わせる機会が増えたとはいえ、ニコは根っからのアイドルファン。こうしてアイドルと直接会話をすることが未だに緊張するらしい。
「わたくしとは普通に話せますのに」
「ち、千鶴さんはその、アイドルというよりは……その……お姉ちゃん、みたいな……」
……ちょっと嬉しいけど照れますわね。
「にこちゃん! 千鶴さんからはお話は聞いてますよ! なんでも――」
「っ」
「――アイドルが大好きでアイドル研究会に所属しているそうですね!」
「……は、はい」
「………………」
どうやら幸運なことに、亜利沙はニコの笑顔が固まったことに気付かなかったらしく、羨ましそうに「ありさの学校にもそういう部活動があったらよかったのに!」と話していた。
当然、私は亜利沙ににこの『スクールアイドルとしての活動』の顛末のことを一切話していない。未だにスクールアイドル自体に未練はあるらしいが……一年経った今でも未だに二の足を踏んでしまうらしい。
――まぁ良いじゃん。ニコちゃんにはニコちゃんの進むスピードがあるよ。
……とは良太郎の言葉。しかしニコの学園生活も後一年と少し。そろそろ活動を始めなければ、彼女のスクールアイドルの思い出はずっとあのときのままで止まってしまうのではないだろうか……。
(……というのは、流石に私の余計なお節介ですわね)
良太郎ほど楽観的に、あるいは不思議な自信を持って考えることは出来ないが。
「部活動として過去のアイドルのライブを見たり……」
「えぇ!? 本当に最高じゃないですか!?」
少なくとも、楽しそうに
「ところでニコ、そのアイドルのライブのBDはどうやって購入しているんですの?」
「……勿論部費ですよ」
「それで申請が通るって、流石は私立校ですね!」
「………………」
「「……まさか無申請!?」」
・友人からメッセージ
Lesson385参照。
・「聞いてアロエリーナ」
ちょっと言いにくいんだけど♪
・私立音ノ木坂学園二年 矢澤にこ
無事に進級出来たらしい(失礼
最近主人公の出番がない……なくない?