アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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一方その頃、非出演者サイドのアイドルたち。


Lesson395 輝きの観測者たち

 

 

 

 八事務所合同ライブ。それは出演するアイドルたちにとって一世一代の大舞台と言っても過言ではないだろう。あの『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』に集められたという自信とプレッシャーを背負い、彼ら彼女らは今晩の大勝負に挑む。

 

 ……そして、そんなアイドルたちの雄姿を見守ろうとするファンたちにとっても大勝負でもあった。

 

 これはそんな観測者(オブザーバー)たちの物語。

 

 

 

観測者(オブザーバー)って言うとマイクラみたいだよな」

 

「寧ろそこ以外で聞いたことないかな」

 

 という奈緒と加蓮の会話はさておき、私たちトライアドプリムスは朝早くから事務所の収録ブースに集まっていた。

 

「いや~、まさか一晩でこんなに積もるとは思わなかったよなぁ」

 

「本当にね。今日は朝も早かったからお父さんに車で送ってもらったけど、雪のせいで予定よりもさらに一時間早く家を出ることになったもん」

 

「私のとこもそうだよ」

 

「全員だな」

 

 昨晩からチラチラと降り始めていた雪が深夜になって誰も気付かないうちに豪雪になっていたらしく、朝起きたら窓の外が真っ白でビックリしてしまった。近年稀にみる大雪だったからハナコを連れて雪道の散歩をしてみたかったところではあるが、今日に限ってはそうも言ってられなかった。

 

「こんな大雪だっていうのに朝早く起きて収録(しごと)しに来る私たちって本当に偉いよねぇ」

 

「自分で言うなって」

 

「でも今日は朝早くから頑張らなきゃいけない理由があるわけだからね」

 

「そうだな。なんてったって……!」

 

「今日は合同ライブだもんね!」

 

「うっさっ!」

 

 そう、今日は八事務所合同ライブ当日。夕方からの公演とはいえ時間に余裕を持たせるために、私たちはプロデューサーにお願いをして今日の仕事が早めに終わるようにスタートの時間を前倒しにしてもらったのだ。割と無茶なお願いをした自覚はあるが、どうやら今回の仕事のスタッフの中にも同じくライブに参加する人がいたらしくすんなりとオッケーを貰うことが出来た。スタッフさんには本当に感謝。

 

「加蓮落ち着いて。興奮しすぎるとまた熱が出て倒れるよ」

 

「残念! 今の私はライブブーストがかかっていて病弱属性は無効化されてるのだ!」

 

 随分と自信満々な物言いではあるが、確かに今の加蓮はいつも以上に生き生きとしていて活力に溢れている感じだった。

 

「そーゆー凛だって楽しみにしてるんだろ?」

 

「そーだよ! さっきからずっとソワソワしてるじゃん」

 

「そんなことないよ」

 

 確かに楽しみだけど、良太郎さんのライブに参加するのは初めてというわけではない。私には加蓮よりも余裕があるのだ。

 

「一週間前ぐらいからずっと今日のセトリ予想してたぐらい」

 

「どーりで最近凛の反応が薄いと思ったらさぁ!」

 

「それで? 凛の予想はどんな感じなの?」

 

「ふふ……予想(出来)ないわ」

 

「それ近い将来別の奴が言いそうなセリフ……」

 

 いや冷静になって考えてみると全八事務所総勢五十四人ものアイドルが出演するライブのセットリスト予想なんて出来るわけがなかった。良太郎さん個人に絞っても全く予想が出来ない。

 

「『Re:birthday』は名曲ではあるんだけど、私個人としては『レイニー・レイニー・デイリー』を聞きたい」

 

 ただコレ梅雨の曲だから雰囲気的にやってくれるか微妙。

 

「私は『Aster Sky(アステールスカイ)』が聞きたいなぁ。まだ大きなライブで披露してないはずだし」

 

「そりゃ先月発表されたばっかりだからね……」

 

 加蓮のは予想と言うか願望だった。いや私のも願望と言えば願望なんだけど。

 

「奈緒は? 良太郎さんの曲で何が聞きたい?」

 

「え? いや聞きたい曲なんて沢山あるし、そ、そもそも良太郎さんだけのライブってわけじゃないんだから……」

 

「で? 何が聞きたいの?」

 

「『ほわいと・ましゅまろ』」

 

「「え?」」

 

「『ほわいと・ましゅまろ』」

 

「「ド甘々なラブソングっ!」」

 

 乙女かっ! いや乙女だけどっ!

 

「そっか……奈緒はあーゆー感じのホワイトデーが理想なんだね」

 

「ち、ちがっ!?」

 

「この曲のおかげでホワイトデーのマシュマロの意味が完全に真逆のものになっちゃったもんね……女の子の理想だよねうんうん分かる分かる」

 

「だから違うってぇ!」

 

 奈緒は真っ赤になって否定しているが全然その通りだということは私たちにはちゃーんと分かってるからさ、安心してほしい。

 

 ちなみに私と一緒になって奈緒を揶揄っている加蓮もこの曲が大好物(おきにいり)だということは知っている。リリースされた直後は延々と鬼リピしていたのも知っているし、サビの『ダーリンって呼んでよ』のところで小さく「ダーリン」と口ずさんでいたことも知っている。私が何枚か抱えている加蓮への切り札の一枚。

 

 その後、私たちの会話を聞いていたスタッフさんたちも混ざって『今回のライブで聞きたい曲』談義に花が咲いてしまった。良太郎さんだけじゃなくて、麗華さんたちや冬馬さんたちのファンも多いのでそれはもう大盛り上がりしてしまい、開始時間が予定よりも遅くなってしまった。それでも当初の予定よりはだいぶ早いからいいけれど……。

 

「それじゃ気合入れていくよ、加蓮、奈緒」

 

「勿論っ!」

 

「おうよっ!」

 

 

 

 

 

 

「しまむーが滑って転んで尻もちついてお尻が大きくなったって!?」

 

「私のお尻は大きくありませんっ!」

 

「いや、しまむー嘘はよくないよ」

 

「えぇ!?」

 

「しまむーのお尻はデッカいよ」

 

「言い方ぁ!」

 

 卯月ちゃんが転んだと聞いて心配していたのだが、未央ちゃんとのそんなやり取りを目にしてなんだか気が抜けてしまった。

 

「それはそうと気を付けなきゃダメにゃ卯月ちゃん」

 

「は、はい、ごめんなさい」

 

「そーゆーみくちゃんだって、今朝転びそうになってたくせにー」

 

「李衣菜ちゃんっ!」

 

 卯月ちゃんに注意するみくちゃん。そしてそんなみくちゃんを茶化す李衣菜ちゃん。本当にこの二人のやり取りは、いつまで経っても変わらないなぁ……。

 

「でも変わらないからこそ、それがいいっていうものもあるよね」

 

「杏おねーさんの見た目の話でごぜーますか?」

 

「おっと仁奈ちゃん、それは人によっては言葉のナイフになるから気を付けようね」

 

 自分の見た目のことを全然気にしてない杏ですらちょっとだけチクッと来たよ。

 

「よく分からねーですけど分かりやがりました!」

 

「分かりやがってくれてよかったよ」

 

 さてそんな初代シンデレラプロジェクトの面々が集まっているここは事務所の一室。

 

「しまむーのお尻の大きさは置いておいて」

 

「未央ちゃんっ!」

 

「ごめんごめんもう言わないから……とはいえ本当に今日は気を付けないといけない日だからね」

 

「そ、そうですね……何せ今日はっ」

 

「合同ライブ、だからね」

 

 そう、八事務所合同ライブ。ここにいる面々は残念ながら346プロダクションの選抜メンバーから外れてしまったアイドルたちである。

 

「はーいいよなーお姉ちゃんはー! 今日はリップスとして参加出来るんだもんなー!」

 

「ありすちゃんもなんだよねー。羨ましいなー」

 

「まぁまぁ二人ともぉ! 今日は素直に応援してあげようにぃ!」

 

 唇を尖らせて不満を口にする莉嘉ちゃんとみりあちゃんを宥めるきらり。この光景も二年前からずっと変わることのないものの一つである。

 

「でもまー、みんなは現地参加出来るだけマシなんじゃない?」

 

 ネットでは抽選に外れた人たちの阿鼻叫喚というか怨嗟の声がずーっとひしめき続けている。専用掲示板とか、多分心の弱い人が見たら失神しちゃうんじゃないかってぐらい呪詛が書き連ねられていた。

 

「そうね……確か倍率が凄いことになっちゃったって聞いたわ」

 

「ダー。私は、千倍を超えた、と聞きました」

 

「いや流石にそれは……」

 

『………………』

 

 全員揃って口を閉じて「いや……まさか……あるいは……」とか考えてしまった。マジっぽくて怖い。

 

「ともあれ人も大勢いるだろうから、みんな気を付けて来てよねー」

 

 不本意ながら明日も仕事。もしこれで全員燃え尽きて仕事が出来ない状態になってしまったら、杏が尻拭いをする羽目になる可能性が高い。そんなのまっぴらゴメンである。

 

「……あれ? その言い方だと、まるで杏ちゃんは行かないみたいにゃ?」

 

「え? 行くわけないじゃん」

 

『行くわけないじゃん!?』

 

 当然のことを口にしたのに、何故か全員から驚かれた。

 

「合同ライブだよ!? 八事務所が一堂に介する合同ライブだよ!?」

 

「こんなライブ二度と開催されないかもしれないんだよ!?」

 

「いや……冷静に考えてみてよ。そんな会場に杏が行くと思う?」

 

『………………』

 

 再び全員が沈黙した。うんうん、そんな現場にわざわざ杏が行くわけないんだよ。

 

「とはいえ気にならないといえば嘘になるからね。杏は自宅で配信観てるよ」

 

「そ、そっか……確かにそっちの方が杏ちゃんらしいかも……」

 

「うにぃ……残念だったねぇ仁奈ちゃん……杏ちゃんと一緒に行くの楽しみにしてたのに……」

 

 そう言いながらきらりが仁奈ちゃんの頭を撫でる。

 

 ……そういう言い方をされると、ちょっとだけ心が痛む。仁奈ちゃんが杏のことを何故か慕ってくれていることは知っている。けれど、だからといってわざわざ一緒にライブに行くかどうかは別の話だ。そもそもチケットがないわけだし……。

 

「……仁奈ちゃん、なんで笑ってるの?」

 

「……ふっふっふー」

 

 あら可愛い笑い方。じゃなくて、え、本当になんで仁奈ちゃん笑ってるの?

 

「そんなこともあろうかと! 美優おねーさんからチケットを貰っているですよー!」

 

『えええぇぇぇ!?!?!?』

 

 え、ちょっ、なに!? どういうこと!?

 

 詳しく事情を聞いてみると、どうやら仁奈ちゃんは123プロの三船美優さんとプライベートで仲が良いらしく、なんとチケットを二枚も貰っているらしい。関係者チケットというわけではないらしいが、それでも紛れもなく現地参加出来る正真正銘本物のチケットらしい。

 

 ……な、何故だろう……なんか、別世界でもこんなことがあったような気がする……!

 

「というわけで、杏おねーさんも参加するでごぜーます!」

 

「………………」

 

 流石の杏も、ここまでされておいて尚「行かない」と年下の女の子を突っぱねるほどのダメ人間に成り下がるつもりはなかった。

 

「……仁奈ちゃん、今度からそういうことは当日に言わないでね?」

 

「はいでごぜーます!」

 

 イイオヘンジダナー。

 

 

 




・オブザーバー
マイクラ楽しい。

・「ふふ……予想(出来)ないわ」
この子もこの子で喋らせるのが難しそうなんだよなぁ……。

・『レイニー・レイニー・デイリー』
・『Aster Sky』
・『ほわいと・ましゅまろ』
良太郎の楽曲の一部。そろそろまゆに楽曲解説させる番外編でも書こうかな。

・別世界でもこんなことがあったような気がする……!
ほらあれよ、運命は収束する的なほにゃらら。



 基本的にシンデレラ畑だからこのメンバー書きやすいなぁ……というお話でした。

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