アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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八事務所合同ライブ編スタート!


第九章『アイ MUST GO!』
Lesson383 始まりの朝(夜中)


  

 

 

「……ん……?」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった……というのが、日本のサブカルチャーにおけるテンプレートらしい。あたしはよく分からないけど。

 

 勿論、寝ている間にこっそりと移動させられていたなんてこともない限り、知らない天井なんてことはない。そこはいつものリョータローの家、ママさんの寝室の天井だった。その証拠に、今もあたしの隣では年下と見紛う可愛らしい女性がくーくーと寝息を立てている。……これで経産婦だというのだから、人体とはなんとも不思議なものだ。ちょっと研究してみたくなる。

 

 リョータローや社長に『お前の一人暮らしは信用ならない』と言われて周藤家で寝泊まりするようになり、借りているマンションに帰ることの方が少なくなってしまった。もうそろそろ向こうのマンションを引き払ってもいいじゃないかという話が出てきたぐらいだ。

 

 ゴロンと寝返りをうって壁にかけられた時計を見てみると、時刻はまだ午前三時。道理でまだママさんが寝ているわけである。勿論普段のあたしだって起きるような時間ではない。

 

「……うみゅう……」

 

 なんとも見た目相応な寝言を口にするママさんを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、そのまま寝室を後にする。

 

 日の出前の廊下はまだまだ薄暗く、しかし真っ暗闇というわけでもないので気を付けてリビングへと進む。

 

「……あれ」

 

 リビングから音が聞こえた。それはパタパタというスリッパの音やジャーという水道の音といった生活音だったが、静まり返った家の中ではやたら響いて聞こえるような気がした。あたしの他にも、こんな時間に起きてきた人がいるということだろうか。

 

「おっ、自力で起きたか。偉いぞ志希」

 

「あら、おはよう。アンタもコーヒー飲む?」

 

「……随分とガッツリ使い回したね」

 

「ナンノコトカナー」

 

「……朝っぱらからりょーくんも志希も何言ってんの……?」

 

 

 

 

 

 

 ほぼ夜中と言っていい時間に起きてきたおかげでどうやら志希は寝ぼけているらしい。ハハハそんなまさか使い回しだなんてそんなことがあるわけないだろうバカを言っちゃいけないよただシチュエーションが同じだったから文書が似ちゃっただけさ。

 

 だから良い子はEpisode17とか読み返しちゃダメだぞ良太郎お兄さんとの約束だ。

 

「んー多分夢でも見てたのかなー。朝起きてからずっと既視感があってさー。でも夢の中にはリンがいなかったんだよねー」

 

「あぁそれは夢ね間違いなく夢ね。あたしがりょーくんと一緒にいないわけないもの」

 

「判断基準そこでいいのか……」

 

 さて、現在時刻は午前三時を少し回ったぐらい。日付は変わり……今日はもう八事務所合同ライブ当日である。

 

「二度寝したーい」

 

「良くもまぁこの状況で二度寝しようと思えるわね」

 

「心が強ぇアイドルなのか……?」

 

 当然二度寝など許されるはずもなく、あと一時間もしない内に家を出る予定である。ちなみに兄貴は昨日から現場に泊まり込んで諸々の最終調整中。

 

「もし本当に二度寝したらそのまま車の中に放り込むから覚悟しておけよ」

 

「……つまり運んでくれるってこと?」

 

「えぇ。あたしとりょーくんが片足ずつ掴んで引き摺ってあげるわ」

 

「シキちゃんの後頭部の髪の毛なくなっちゃうよ!?」

 

「甘えんじゃないわよ。うつ伏せよ」

 

「シキちゃんのお顔が大根おろしみたいになっちゃう!」

 

「多分紅葉おろしだと思うぞ」

 

「そりゃあ引き摺られれば出るもんも出るよね!」

 

 そんな周藤家メンバーの心温まるやり取りをしつつ……三人が揃って目を背けていた話題を俺が口にすることにする。

 

「……さて、二人とも、窓の外は見たか?」

 

「……見たよ」

 

「うん、見た」

 

 頷く二人。

 

「「「………………」」」

 

 三人揃って窓の外を見る。まだ暗いのでカーテンは閉めているが、僅かに開けたその隙間から見えるその景色は……()()()()

 

 

 

「「「……本当に積もっちゃったかぁ……」」」

 

 

 

 雪である。

 

 

 

「まさか昨日の輝さんとの会話そのものがフラグになってるとはなぁ」

 

「シキちゃんいつも思うだけど、そのフラグって考え方自体がそもそも良くないんじゃないかな」

 

「ぐう」

 

 志希から正論を言われてなんか悔しかったからせめてぐうの音だけだしておいた。

 

「現状の積もり方的に電車とかが停まりそうな感じではないけど……」

 

 心配そうに窓の外を見上げるりん。まだわずかに雪がちらついているらしく、これからどれだけ積もるのかは文字通りお天道様次第である。

 

「路上の凍結も怖いし、準備が出来次第俺たちも早めに出発するぞ」

 

「え~あたしまだ準備してないよ~」

 

「アンタの荷物は昨日の内にあたしがまとめて幸太郎さんに渡しといてあげたわよ」

 

「えっ」

 

 先ほどは冗談で言ったがもしものときは本当に寝ている志希をそのまま車に放り込むつもりだったため、志希の荷物は本人よりも先に現地入りしている。

 

「全く、感謝しなさいよ」

 

「うん、素直にありがたいんだけど……なんでそんなお母さんみたいなことしてんの」

 

「アンタにお母さんと言われる筋合いないわよ!」

 

「なんで今しきちゃんキレられたの……?」

 

 そんな二人のやり取りを尻目に、三人で飲んだコーヒーのカップを流しへと運ぶ。

 

「洗い物しておくから出かける準備してこい。外は寒いからしっかりと着込めよ」

 

「はぁい」

 

「コート着るだけだから準備楽ち~ん」

 

「その分しっかりとやる気を持って行けよ」

 

「そこになければないですね」

 

 せめてそれぐらいあれ。

 

「というかお前がボケると俺がボケる余地がなくなるからやめてくんないかなぁ!? こういうことやってるから『最近の良太郎大人しいよね』とか言われるんだよ!」

 

「大丈夫、全然大人しくないから」

 

 そんなことないよな、と同意を求める視線をりんに向けたが既にそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「見て見て静香ちゃん雪だよ雪! お外真っ白!」

 

「そうね、未来ワン」

 

「未来ワン!?」

 

 雪を見てはしゃぐ未来は犬っぽいなぁなんてことを考えていたら思わず口から漏れ出てしまった。自重自重。

 

「そんなに積もっていないとはいえ……この後どうなるのか……」

 

 そして未来と一緒に劇場の窓の外を見ていた琴葉さんが心配そうな表情をしているが、私もそれが気になっていた。

 

 さて現在の時刻は午前三時。どうしてこんな夜中に私たちが劇場に揃っているのかというと、ついに本番当日を迎えた八事務所合同ライブの現地へ全員で向かうためだった。

 

 朝から最終打ち合わせやゲネの予定が入っているため今日の集合時間は午前五時。私たちが経験した中でも最大の大仕事ということで、誰一人遅刻することなく現場入りするために『全員で劇場に泊まろう』ということになったのだ。

 

「それにしても五時集合だなんて早いよね~。開演午後六時なんでしょ? 十三時間もあるよ!」

 

「計算がちゃんと出来て偉いわ未来」

 

「流石にそれはバカにされてるって分かるからね!?」

 

 未来の言いたいことも尤もだが、先ほども言ったが今回のライブは八事務所合同で行われる過去最大規模のものであり、出演するアイドルも総勢五十四人と大人数だ。私たち劇場のアイドルよりも人数が多いのである。

 

「普段から一緒にライブをしている私たちのライブですら準備に時間がかかるんだから、他の事務所の人たちとのライブの準備に時間がかからないわけないでしょう?」

 

「た、確かに……」

 

 寧ろそれに本番当日まで気付かないのね、未来……。

 

「……そういえば他の人たちは?」

 

 劇場の休憩スペースに布団を持ち込んで全員で雑魚寝をしていたのだが、私たち三人以外のメンバーがまだ起きてこない。

 

「エレナはもっと早くに起きてたみたいよ。少し体を動かしたいって言ってから、今はレッスン室にいるはずよ」

 

「翼は、私が起きたときにはまだ寝てたよ」

 

 となるとあと二人。紬さんはいいとして……問題は歌織さんだ。なんとうか……ハッキリと言ってしまうと歌織さんは寝起きが悪い。非常に悪い。本当に悪い。去年の夏の合宿の際も、ユニットメンバー総出で起こしにかかったほどである。

 

 そんな歌織さんが、こんな夜中の三時なんていう時間に起きることが出来るなんて私たちはこれっぽっちも考えていなかった。

 

「そろそろ歌織さんを起こしに行った方がいいですかね」

 

「そうね……」

 

「歌織さん、今日は一時間ぐらいで起きてくれるかなぁ」

 

 三人で覚悟を決めて休憩スペースへと向かおうと腰を上げる。

 

 

 

 ――これは、私たちの闘いである。

 

 ――私たちのステージを待ってくれているファンのために。

 

 ――誰一人欠けることなく私たちがステージに立つための。

 

 ――誰にも知られることのない闘いである。

 

 

 

「……おふぁようございまぁ~す」

 

「「「歌織さん!?!?!?」」」

 

 闘いが終わった。

 

 

 

 私たちが起こしに行く前に、歌織さんが起きてきた。

 

「え、どうしたんですか歌織さん!?」

 

「お腹でも痛くなっちゃいましたか!?」

 

「それか熱!? 気持ち悪かったりしますか!?」

 

「……あの、流石に扱いが酷くありません……?」

 

 『順当な扱いです』という言葉が喉元まで出かかったが飲み込む。それだけの衝撃を私たちが受けているということを理解していただきたい。

 

「わ、私だって、こんな大事な日にぐらい、早起き出来ますよ……」

 

「そうですね、以前よりもマシな方でしたね……」

 

「紬さん……!」

 

 赤い顔でゴニョゴニョと言い訳をする歌織さんの後ろから、既に疲れた表情の紬さんが現れた。

 

「もしや紬さん……貴女……!」

 

「えぇ……私は……やりましたよ……!」

 

「紬さん……!」

 

「紬ちゃん……!」

 

 未来と琴葉さんの二人と共に、私は紬さんの功績を称えよう。

 

 

 

「おーっすおはよー。みんな起きてるかー? そろそろ移動するから車に乗る準備を……え、なにこれ」

 

「プロデューサーさん……今ここに、一つの闘いが……終わりました……」

 

「本番当日の朝になんの闘いが!?」

 

 プロデューサーさんを混乱させてしまったが、多分私たちも早朝で変なテンションになっていたのだと今になって反省する。

 

 ちなみに歌織さんは終始真っ赤な顔を抑えながら「これからはちゃんとはやおきするもん……」と言っていた。申し訳ないけど、多分無理です。

 

 

 




・「……随分とガッツリ使い回したね」
・Episode17とか読み返しちゃダメだぞ
『だってシチュエーション殆ど同じだから』という被告人の供述。

・「心が強ぇアイドルなのか……?」
正統後継者なのか……?

・雪である。
雪である()

・「えぇ……私は……やりましたよ……!」
アニメでもそうだったけど、やっぱり個人的には歌織さんを起こす役目は紬だと思うの。
莉緒ねぇ派のみんな、すまんな。



 年も明けてついに第九章の八事務所合同ライブ編がスタートです! 多分皆さん予想しているでしょうが2024年は合同ライブで終わる予定です今年もお疲れさまでした!

 実際、かなり気合を入れながら書くのでそれだけの長さにはなると思います。

 シャニ勢がほぼいない中、各々の担当Pには若干の申し訳なさを感じつつも、ここで一つの『アイ転の集大成』をお見せできるような展開になればいいなぁと考えております。

 それでは今年一年、対戦よろしくお願いします!

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