アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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もし今アイ転を書き直すとしたら、きっとこうなる。


番外編85 Another Lesson01 完全無欠のアイドル様

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 ――懐かしのアイドル特集!

 

 ――伝説のアイドル! 日高舞!

 

 

 

 それは大体十歳頃の記憶。たまたま居間のテレビに映っていたそれは、俺がまだ幼児だった頃に大流行していたアイドルの映像だった。

 

『うわ~なつかし~! 日高舞ちゃん、私も好きだったよ~』

 

 それを見ながらニコニコと笑う母さんは、とくに聞いてもいないけれど当時の思い出を俺に聞かせてくれた。

 

 どうやら彼女、日高舞は僅か三年で引退してしまった超人気のトップアイドルだったらしい。彼女以外の全てのアイドルが少し見劣りしてしまうほどの影響を与えたらしく、彼女の引退後『アイドル冬の時代』が訪れたとかなんとか。

 

 相当ミーハーだったらしく鼻息荒く語ってくれる母さんの話を話半分に聞きつつ、俺の意識はテレビに映る彼女の映像に傾いていた。

 

 素人目に見てもなんとなくそれは分かった。きっと画面の向こうから、過去の熱気が現代に伝わってきそうな、そんな感覚。

 

(……伝説のアイドル、ねぇ)

 

 しかし、何故か俺の心はビックリするぐらい()()()()()

 

 

 

 ――え? ()()()()()()()()

 

 

 

 今の振り付け、もうワンテンポ早かったら。

 

 今のブレス、もう少し短かったら。

 

 アイドルの歌にもダンスにも素人のはずの俺なのだが、何故か『もっとこうすればより完璧なパフォーマンスになるのに』という考えがポンポンと頭に浮かんでいた。

 

(いやでもトップアイドルって言われてるぐらいなんだから、そんなわけ……あぁ、手を抜いてるのか)

 

 所詮歌番組だ。わざわざ日本一のトップアイドル様が全力を出すほどじゃないってことなのだろうと、自分の中でそう結論付けた。

 

(……あれ)

 

 そして俺は、ようやくそこでそれに気が付いた。

 

 

 

 ――もしかして、これが俺の『転生特典』なのか?

 

 

 

 周藤良太郎。()()()()()()()()()()()()

 

 今まで謎だった自身の転生特典の正体に、ようやく気が付いた瞬間だった。

 

 この三年後……俺は『アイドル』となった。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 意識が浮上する。どうやら懐かしい夢を見ていたようだ。

 

 軽く伸びをしてソファーから身体を起こす。確か早めに楽屋入り出来たからひと眠りしてたんだっけ。

 

「……ん?」

 

 なにやら人の気配。

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

 ……なんか朝比奈(あさひな)りんと緋田(あけた)美琴(みこと)がお互いの胸を押し付け合いながら睨み合っていた。

 

「あ、リョウ起きた」

 

「ようやく起きたのね」

 

「おはよ、良太郎」

 

「おはよ……何でいるの?」

 

 俺が起きたことに気が付いた三条(さんじょう)ともみと東豪寺(とうごうじ)麗華(れいか)斑鳩(いかるが)ルカの三人に挨拶を返しつつ、一体何故俺の楽屋がこんなに賑やかになっているのかを尋ねる。

 

「美琴がお前に聞きたいことがあるっていうから一緒に来たんだけど、なんか楽屋の目の前で鉢合わせて」

 

「こっちも同じ理由。で、楽屋の前で睨み合ってたら、幸太郎さんが来て入室許可だけくれて去っていった」

 

「あの野郎……」

 

 楽屋に入れることは別にいいとして、寝ている俺を放置して立ち去るんじゃねぇよ。せめて起こせ。

 

「「………………」」

 

 一方で、二人は俺が起きたことにも気が付かずに睨み合ったままである。一言も言葉を発することなく、しかし何故かお互いの胸部を押し付け合うという贅沢な乳相撲を繰り広げていた。りんの素晴らしい大乳は言わずもがな、美琴の大乳もなかなか……。

 

「……写真撮っちゃダメかな?」

 

 是非ともこの光景をスマホに収めたいとユニットメンバーに撮影許可を取ったら、無言で両側から麗華とルカに丸めた雑誌で顔面を引っ叩かれた。痛い。

 

 

 

 俺の顔面を引っ叩く乾いた音でこちらに気が付いた二人が乳相撲を止めてしまったので貴重なシャッターチャンスを失ってしまった。

 

「……で、なんだっけ? 俺に聞きたいことがあるんだっけ?」

 

 ヒリヒリと痛む鼻先を抑えつつソファーに腰掛け、今人気のトップアイドルユニットである1054(トウゴウジ)プロの『魔王エンジェル』と961(クロイ)プロの『Ailes de l’aube(エルデローブ)』の二つのユニットに来訪の目的を尋ねる。

 

「そう! そうだよりょーくん!」

 

「聞きたいことがある」

 

 ずずいとこちらに身を乗り出すりんと美琴。視線は自然と二人の胸元に吸い寄せられるが、頑張って視線を持ち上げる。

 

 

 

「「961プロ辞めるって本当!?」」

 

 

 

「……え、何処で聞いたの?」

 

 マジでトップシークレット案件なんだけど。

 

「たまたま社長室の前を通りがかったときに聞こえてきて……」

 

「ルカ」

 

「美琴めっちゃ聞き耳立ててた」

 

「………………」

 

 ユニットメンバーからの密告に美琴はそっと目を逸らした。

 

「それで、りんはどうして知ってんの? 美琴から聞いた?」

 

「麗華が教えてくれた」

 

「……麗華?」

 

「東豪寺の情報収集能力を舐めてもらったら困るわね」

 

 あれ、今もしかして『961プロの事務所に産業スパイがいる』って宣言された? いやまぁ薄々いるだろうなとは思ってたけど。

 

「それで」

 

「本当なの?」

 

 ……まぁ、コイツらなら話してもいいかな。

 

「半分正解。正確には『退所を打診して却下された』だ」

 

「そ、それじゃあ……!」

 

「あ、アイドル……辞めるつもりなの……!?」

 

 俺の肯定に、りんと美琴の顔が真っ青になった。ともみとルカも少なからずショックを受けた様子を見せており、麗華だけが変然としていた。

 

「辞めないよ。兄貴と二人で独立……もしくは961傘下の小さい事務所を立ち上げようとしてたんだよ」

 

「「ほっ」」

 

 露骨に安心した表情になったりんと美琴に、心が少しホッコリする。

 

「それにしても黒井社長、なんだかんだ言ってリョウのこと大事に思ってるんだね」

 

「いやぁ社長のことだから、手駒が減ること以上にウチ以外の利益が増えることが嫌だったんじゃない?」

 

 ともみとルカがそんな考察が、どちらもハズレである。

 

「『貴様のようなふざけたアイドルを野放しになど出来るかこの戯け!』ってメッチャ怒鳴られた」

 

『……あー……』

 

 社長の発言も勿論、それに納得するコイツらも大変失礼である。

 

「けどその代わり、少しだけ活動を縮小する方針になった」

 

 どちらかというとコチラが本命。最初に割と無茶な要求をしておくことによって後からの要求へのハードルを下げるテクニック的なアレである。

 

「活動を縮小って……結局お前何したいんだよ」

 

「何したいって……前々から俺はずっと公言してるはずだぞ」

 

 

 

 ――この『アイドル冬の時代』を終わらせる。

 

 

 

 それがこの俺、961プロダクションに所属するトップアイドル『周藤良太郎』が常日頃から掲げている野望である。

 

 今から十四年前。当時人気の絶頂であったトップアイドル『日高舞』の電撃引退。彼女の引退により芸能界は『アイドル冬の時代』を迎えることとなった。誰もが空席となった玉座を目指し、しかしその道の険しさから数多の人間が道半ばで諦めていき……やがてアイドル業界は疲弊し縮小していった。

 

「そんな中、颯爽と現れたのがこの俺、超絶トップアイドル『周藤良太郎』!」

 

「自分で言うな」

 

「間違ってないのが腹立つ」

 

 ほらそこ麗華とルカ、盛り下げない。りんと美琴みたいに歓声を上げろとは言わないから、ともみみたいなやる気のない拍手ぐらいしてくれ。

 

 自身の転生特典に気付き、トレーニングと下準備に数年かけてからアイドルとなった俺は、そのままトップアイドルへの道を駆け上がった。『伝説の再来』だの『新たな王』だのなんだの色々と言われつつ、俺は数年で日本のアイドルの頂点へと辿り着いた。

 

 ……辿り着いてしまった。

 

「……あれ、結局事務所を辞めようとした理由は何?」

 

「『アイドル冬の時代』が終わったから、俺の役目はもう終わった的な……?」

 

 りんと美琴が首を傾げるが、どうやら勘違いしているらしい。

 

「『アイドル冬の時代』は()()()()()()ぞ」

 

「「え?」」

 

「お、終わってない……!?」

 

「世間的には『周藤良太郎世代』って盛り上がってるけど」

 

「………………」

 

 何も言わない麗華以外はどうやら本当に分かっていなかったらしい。

 

「確かに()()盛り上がってる」

 

 『周藤良太郎』を筆頭に『魔王エンジェル』『Ailes de l’aube』『ZWEIGLANZ(ツヴァイグランツ)』『Jupiter(ジュピター)』といったトップアイドルがアイドル業界を盛り上げていることには間違いない。間違いないんだけど。

 

「偏りすぎ」

 

「……まぁ」

 

「それはそう」

 

 『魔王エンジェル』以外全員961プロなんだよ。これは素直に社長の手腕を褒めるべきなんだろうけど、そうじゃないんだよ……。

 

「社長の思惑通りなんだろうし、俺もそれに乗っかった部分がある。それは認める」

 

 おかげでアイドルという存在そのものの価値が上がり、一度は離れてしまった世間からの羨望の目を引き戻すことには成功した。

 

 でも、俺は俺自身がしてきたことは『この冬を乗り切った』だけだと思っている。

 

 

 

「寒い冬を乗り越えて雪解けが訪れても、芽吹かなくちゃ意味がないんだよ」

 

 

 

 だから俺は一度、ほんの少しだけ前線を退く。退くって言っても半歩下がるぐらいの僅かなものだが、それだけでもきっと見えてくるものがある。

 

「……ホント、アンタ舐めてるわよね」

 

「ん?」

 

「つまり自分が全力出さなくても、私たちには追い付かれないって思ってるんでしょ?」

 

 そういうつもりじゃないんだけど……いや、麗華の言う通りか。

 

「俺は別に追いつかれていいと思ってるし、なんだったら追い抜いてくれてもいいと思ってる。そうじゃなきゃ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 超えて見せろよ、アイドルたち。

 

 所詮俺は転生チート野郎だ。

 

 舞台は暖めておいてやった。

 

 精々俺を『踏み台』にして駆け上れ。

 

「でも簡単に超えれると思ってくれるなよ?」

 

 何せ俺は。

 

 

 

「完全無欠のアイドル様だからな」

 

 

 




・『もっとこうすればより完璧なパフォーマンスになるのに』
改変1 純粋にアイドルとしての才能の上方修正。

・美琴とルカ
改変2 仲違いすることなく良好な関係のまま。

・961プロの『Ailes de l’aube』
改変3 美琴とルカがそのまま961でデビュー。ちなみにフランス語で『夜明けの翼』。

・961プロ所属『周藤良太郎』
改変4 例の事件後、ドイツから帰国したばかりの黒井社長の目に留まった。
ちなみに兄貴はプロデューサー。

・ややマイルドな黒井社長
改変5 良太郎を抱え込んでおいて苦労人枠から逃げられるとでも?

・『ZWEIGLANZ』
改変6 961でデビュー済みの玲音と詩花。良太郎からの敵意は無し。

・超えて見せろよ、アイドルたち。
改変7 王様というよりも、超えるべき壁として徹底してる。



 ぼくのかんがえたさいきょうの961プロ!

 もし今のアイドルマスターの環境、および作者の認識の状況でアイ転を書き直すとしたら、というIFストーリーでした。

 色々な事務所とかアイドルとかが登場するようになったから時系列を整理したっていうのが大きいですが、一番大きな改変場所は『961プロへの認識』です。

 当時はアニマスで徹底的に悪役として描かれていた黒井社長ですが、その後のメディア展開で『売り方が間違ってただけでやっぱり有能だったのでは?』という風潮が高まりつつある昨今。

 そして『朝焼けは黄金色』で完全に見方が変わりました。メンタルケアの仕方が下手なだけであって、メンタルケアの必要が一切ない良太郎と組ませれば成功するだろうなって思った。そして良太郎の影響で性格は変わらなくても他のアイドルへの対応もマイルドになるかなって思った。

 とまぁそんな妄想でした。続きは書きませんのであしからず。

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