アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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ようやくお嫁さんの出勤。


Lesson366 りょーくん、風邪引いたってよ。 4

 

 

 

「………………」

 

 気が付けば部屋が薄暗くなっていた。どうやら麗華からの自慢メッセージに腹を立てて不貞寝してしまっていたらしい。いやそもそも普通に眠かったっていうのもあるんだけど。

 

 壁に掛けられた時計を見ると、どうやらあれから三時間ほど経っているらしい。

 

(結局千鶴と凛ちゃんにお礼言い損ねたな……)

 

 流石に三時間も経っていれば帰ってしまっただろう。また後日改めて、渋谷生花店と二階堂精肉店へとお返しを持っていかねば。

 

 二人に対するお返しだけではない。今回の一件で迷惑をかけてしまった人たち全員へのお礼も必要だ。色々と俺の世話をしてくれた母さんや兄貴たち、今日の仕事で俺の抜けた穴を埋めてくれた事務所のみんなや麗華たちや、予定を変更することになってしまった仕事先の関係各所。

 

 そして――。

 

 

 

「すやぁ……」

 

 

 

 ――今こうして俺のベッドにもたれかかるようにして座って寝ている、俺の可愛いお嫁さんへのお礼を。

 

「すやぁって言いながら寝てる人本当にいるのか」

 

 病人のすぐ傍で寝るのは如何なものかと言いたいところではあるが、寝顔が可愛いしおっぱいも大きいから大目に見よう。

 

 とりあえず体を起こしてみるが、先ほどまでの熱っぽさはない。枕元に置いてあった体温計で測ってみる……三十七度か。まぁ先ほどよりは下がったのかな。……いやいきなり下がりすぎでは? ボブは訝しんだ。

 

「うーん……むにゃむにゃ……りょーくんてば……」

 

「ベタな寝言だなぁ……」

 

 可愛らしく涎まで垂らしておって……流石に乙女的にこれを見られるのはNGだろうから、りんが起きる前にそっと拭いておいてやろう。

 

「……はへぇ?」

 

「あっ」

 

 ティッシュをりんの口元に近づけた途端、りんが目を開けてしまった。そうなる気はしてたけど、随分とベタな展開である。

 

 さてこのままではりんに自分が涎を垂らして寝ていたことを気付かれてしまう。今更そんなことで幻滅するなんてことはあり得ないし、寧ろ可愛らしくていいねボタンを連打したいぐらいなのだが、きっとりん本人としてはそれを恥ずかしがるだろう。

 

 よってりんが起きる前に涎を拭けなかった俺が次に取るべき行動は、りんが涎を垂らしながら寝ていたという事実に()()()()()()()ということにすること。そこでまずは手にしていたティッシュを握り込んで存在を隠蔽して……。

 

 

 

「寝ているりんの胸を触ろうとしていました!」

 

「えっ!? あっ、はい! どうぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「熱はどう?」

 

「だいぶ下がったよ」

 

 電気のスイッチを入れて、りょーくんと一緒になって寝てしまっている内に薄暗くなった部屋を明るくする。必死に仕事を終えたもんだから疲れ果てていたとはいえ、まさかりょーくんの寝顔を見て安心してアタシも寝ちゃうなんて……おのれ麗華、この恨み忘れないからね……。

 

「どれどれ。りんおねーちゃんに測らせなさい」

 

 りょーくんの前髪を持ち上げて、自分のおでこをりょーくんのおでこにくっ付ける。当然、この方法で熱が測れるなんて本気で考えているわけではないので、そういうプレイの一種であるぐへへりょーくんのお顔が間近だぜぇ……。

 

「……ちなみにウチではおでこだけじゃなくて唇も当てて熱も測るから……」

 

「キャバクラにもないような異文化!」

 

 冗談はさておき。

 

「……ちょっと熱くない?」

 

「体温計さんは三十七度とおっしゃっていました」

 

「下がってないじゃん!」

 

 下がった方なんだけどなぁ……とぼやくりょーくんの肩を掴んでベッドに押し倒す。

 

「まだ寝てなさい! めっ!」

 

「はーい。……とは言っても、さっきまで寝てたから眠くないんだよな」

 

「それはアタシもだよ。今日は色々あって疲れてたから、りょーくんの顔見たら安心して寝ちゃってた」

 

 こんな日に限って時間のかかるレコーディング三本、とかいう鬼のようなスケジュール。怒りのあまり声が震えそうになるが、それでNGを出してしまってレコーディングの時間が伸ばすわけにはいかないので、必死に自分の感情を抑え込んだ。抑え込み過ぎた結果、結局NGを出してしまったときは流石にキレそうになったが……ともみが用意しておいてくれたりょーくんのASMRで何とか正気を保つことが出来た。

 

 そうしてようやく全てのレコーディングを終えたアタシは、ありとあらゆる声を振り切ってスタジオを飛び出してタクシーに飛び乗り、周藤家へとやって来たのだった。

 

「知ってる。涎垂らして気持ちよさそうに寝てたよ」

 

 えっ。

 

「……き、きづいてたの……?」

 

「………………」

 

 待って、目線を逸らさずにアタシの質問に答えて。「失言した」って空気を醸し出しながら沈黙しないで。さっきは何も気付いてない感じだったじゃん。部屋が暗くて何も見えてなかった感じだったじゃん。

 

 ……見えて、いたんだね。

 

「あっ、その照れて赤くなった表情めっちゃいい」

 

「やかましい!」

 

 思わずペチンとりょーくんのおでこを叩いてしまった。

 

 

 

「もう! もう! 本当にもう! アタシ本当にずっとりょーくんのこと心配してたんだからね!? それなのにこの仕打ちは酷いと思うよ!?」

 

「涎垂らしてたのはりんの自己責任では」

 

 気付いてないフリをするなら最後まで隠し通してって言ってるの!

 

「……本当に心配したんだよ。だって、りょーくん……」

 

 自分で口にしておいて、しかしそれ以上言葉にすることが怖かった。

 

 だって、それを口にしてしまったら()()()()()()()()()()()だから。

 

「……心配させてゴメン。本当に大丈夫だから」

 

 そう言いながら体を起こしたりょーくん。「だから寝てないと……」と言おうとしたアタシだったが、りょーくんはこちらに向かって腕を広げていた。

 

「………………」

 

 ポスンと正面からりょーくんの腕の中に自分の身体を預けると、りょーくんはアタシの身体を抱きしめたまま後ろに倒れ込んだ。……なんとなく、いつものりょーくんの腕の中よりも、少しだけ体温が高いような気がした。

 

「……長生きしてね、りょーくん」

 

「具体的にはどれぐらいがお望み?」

 

「ずっとず~っと。アタシの夢は、子どもや孫たちと一緒に今のアタシたちのステージの映像を見ることなんだから」

 

「それは……楽しそうだな」

 

「でしょ?」

 

 私はそんな未来を望んでいるし、そんな未来を()()()()()()

 

「だから、もうアタシを不安にさせるようなこと、しちゃダメだよ?」

 

「肝に銘じるよ」

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 お風呂に入ってくると言って部屋を出て行ったりんを見送ると、まるで狙ったかのようなタイミングでスマホに着信。……なんと、少し意外なことに四季からである。しかもビデオ通話。

 

「……よっ」

 

『あっ! リョーさんっち! こんばんわっす!』

 

『え!? 本当に出たの!? マジで!?』

 

『うわ本当だ! ってことはそこ良太郎さんの部屋!?』

 

『ちょ、ちょっと、いきなり失礼じゃないか!?』

 

『良太郎さん……こんばんは……』

 

「おう、こんばんは」

 

 予想通り画面には四季だけでなく春名と隼人も映っており、聞こえてくる声から旬と夏来も近くにいることが分かった。

 

『それよりリョーさんっち! 風邪引いてぶっ倒れて一時は意識不明なんて話を聞いたんすけど、大丈夫だったんすか!?』

 

「え、なに、そんな話になってんの?」

 

 予想以上に大事になっていた。予定を急に変更すること自体は、多くはないがそれなりにあったことなので噂になることはないだろうと思っていたけど、どうしてそんなことになっているのやら。

 

『りょーいん患者で有名な朝比奈りんさんが、そんなようなことをSNSで……』

 

 りんさんぇ……。

 

『朝比奈さんにしては珍しい取り乱し方してたから、きっと何かヤバいことがあったんだろうなって噂になってましたよ』

 

「……教えてくれてありがとう、夏来、旬……」

 

 何かしらのフォローをしないといけないところだけど……もういいや、兄貴と留美さんに丸投げしよう。これぐらいはやってくださいお願いします。

 

『それでリョーさんっち、体調の方は大丈夫なんすか?』

 

「あぁ、まだちょっと熱はあるけど、明日には復帰出来そうだよ」

 

 グッと拳を握って見せると、画面の向こうから『おー!』という小さな歓声が上がった。

 

『良かったっすよ!』

 

『俺たちも凄い心配したんですよ』

 

『と言っても、僕たちなんかに心配されたところで……なんて感じでしょうけど』

 

「……いや、そんなことあるわけないだろ」

 

 こうして純粋に心配してくれる相手に、そんなことを考えるわけないだろう。

 

 ……315プロだって、もう()()()()なんだから。

 

「よし、それじゃあ心配かけちまったお返しに、今度焼肉にでも連れてってやるよ」

 

『え!? マジっすか!?』

 

『いいの!? オレらめっちゃ食うよ!?』

 

「あぁ。食い放題なんかじゃない焼肉で好きなだけ食わせてやるよ」

 

『『『やっほー!』』』

 

『な、なんかすみません……』

 

『違うよ、旬……こういうときは……ありがとうございます』

 

「いいってことよ」

 

 あぁ、若い奴らがはしゃいでるところを見ると嬉しくなる限り、俺もすっかり歳を取ったなぁ……。

 

 ……なんてことを考えている矢先の出来事であった。

 

 

 

「ごめんりょーくん、着替え忘れちゃったー」

 

 

 

「あ」

 

『『『『『え』』』』』

 

「え?」

 

 

 

「……ふー……つい最近俺も連れて行ってもらった皇室御用達っていうお店があってだな」

 

『別に口止めとかしなくても大丈夫ですよ!?』

 

『お、俺たち何も見てませんから! 誰にも言いませんから!』

 

 まぁ、いつかはバレることだとは思ってたけどさぁ……うん。

 

 

 

「ホントにごめんなさい……」

 

「いや油断してた俺も悪かった」

 

 

 

 

 

 

「俺、復活!」

 

 昨晩はとんだハプニングがあったものの、翌朝目が覚めると熱はすっかりと下がっていた。これにて今回の風邪引き騒動は幕を引いたわけである。

 

 とはいえ、昨日は一日中寝てたわけだし、なんとなく体は鈍っている気がする。

 

 普段はあまり飲まないが……折角だし貰った栄養ドリンクでも飲んで気合入れるか。

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

「おはよーりょーくん! 具合どう?」

 

「おいっすー、志希ちゃんも様子を見に来てあげたよ~」

 

 

 

 

 

 

「えっ!? なになにどういうこと!? りょーくんが七色に光り輝いてるんだけど!?」

 

「あ、結局飲んでくれたんだ~」

 

 

 

「どうしてこんな眩しいことになってんの!?」

 

「えー、だってホラ、トップアイドルっていうのは常に輝いてるみたいなもんじゃん?」

 

 

 

 

 結局その日も仕事はお休みとなった。

 

 志希は関係各所からマジで怒られることとなった。

 

 もうなんかいろいろとつかれた。

 

 はいはい、とっぴんぱらりのぷぅ。

 

 

 




・「キャバクラにもないような異文化!」
100カノのアニメ化は本当に嬉しいお願いだから美々美先輩加入まではどうかお願いします。

・ゲーミングりょーくん
感想で「飲んだら光るかもしれない」って言われたから……。

・「まぶしい理由は聞いてねぇんだよぉ!」
ここ絶対にコラだと思ってた。



 書いている内に忘れそうになりましたが、番外編ではなく本編のお話でした。

 たまにはこういう日常回もやらないとね?

 そして次回が本物(?)の番外編になります。

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