アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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のんびり回。


Lesson352 Episode of S.E.M 2

 

 

 

「まぁ、はざまさんのこだわりは知っていたし、それに付き合ってアイドルになったのは他ならぬ俺なんだけどさ」

 

 図らずも教師三人の人生を大きく変えてしまった女子生徒ことアイドルオタクAちゃんのことは一先ず置いておいて、話題はSEMの三人が踊ることになる振り付けに戻る。

 

「流石にこの激しい振り付けをそのまま採用したら、今みたいに全身筋肉痛になって動けなくなっちゃいますって……」

 

 現に床に這い蹲って動けなくなっていた次郎さんが苦笑する。

 

「なるほど……確かにそれは見過ごせないな」

 

 あ、道夫さんの眼鏡がアニメみたいに光った。眼鏡キラーンだ眼鏡キラーン。俺もいつか出来るようになりたい。

 

 

 

「まず一般的に筋肉痛と呼ばれている現象は、運動した数時間後に発生する『遅延性筋肉痛』のことを指す。これは運動によって傷ついた筋繊維を修復するときに生じる痛みとされている」

 

「主な原因は運動不足……まぁ要するにあんまり使ってない筋肉を動かすことで起きるので、日頃から適度な運動を心がけましょうってことです」

 

 突如始まった硲先生の講義に、一応アイドルの先輩として俺からも補足説明を入れる。

 

「はい、すどうさん」

 

「はい次郎さん」

 

 まるで生徒のように挙手した次郎さんに対して先生のように発言を促す。

 

「運動って、つまり毎日このダンスレッスンやるってこと……?」

 

「それはそれで手っ取り早いですけど、まずは有酸素運動から始めるといいですよ」

 

「そう、つまりは……ランニングだ!」

 

「はい! ミスターはざま!」

 

「はい舞田君」

 

 まるで生徒のように挙手した類さんに対して先生のように道夫さんが発言を促す。こっちは俺と違い、元とは言え本物の先生である。

 

「runningするのはmorning? それともnight?」

 

「運動直後は興奮して寝つきが悪くなると聞く。それを踏まえて、明日から早朝ランニングを行おう!」

 

「おぉ!」

 

「うぇ……」

 

 道夫さんの宣言に類さんは肯定的に、次郎さんは否定的に、それぞれ正反対の反応を見せた。

 

「どうだろうか周藤君。この道を行く先達として意見を聞きたい」

 

「いいと思いますよ。何事も体力が物を言う業界ですからね」

 

「周藤さんの123プロは『徹底的に基礎練習を行う』ことで有名な事務所でしたね」

 

「え、そんなことで有名になってるんですか?」

 

 プロデューサーさんが「そういえば」みたいなノリで言い出したが、個人的には初耳だったのでちょっと驚いてしまった。いや何も間違っていないけど。

 

 ただウチの事務所……というよりは『高町家の方針』と言った方がより正解に近い。それが結果として俺のアイドルとしての基礎を作り上げたので、そのまま123のアイドルたちにもそれに倣ってもらったのだ。

 

 そのおかげで、ウチの事務所に所属するアイドルは二時間でも三時間でもステージに立ち続けられる体力を獲得した。あの一番ひ弱だった美優さんですら、タイムさえ気にしなければ笑顔でフルマラソンを完走出来るぐらいだ。

 

「まぁ実際ステージに立つと色々と考えなきゃいけないことや気にしなきゃいけないことが沢山あって、それ以上に体力持ってかれるんですけどね」

 

「ふむ、いずれ我々もその境地へ至ったときのために、今からでも体力作りは重要だな」

 

「いやそのレベルになるまでアイドル続けられるかどうかが問題だと思うな……」

 

「ノンノン! 一緒にForever IDOL頑張ろう!」

 

「フォーエバーはちょっと……」

 

 とまぁそんなやり取りを経て、どうやらSEMの三人は明日から早朝ランニングをすることになったらしい。三人とも元高校教師という少々運動から離れた仕事をしていた上に、類さんはともかく道夫さんと次郎さんは三十を超えている。ここらでしっかりと基礎を見つめ直すのは良いことだろう。

 

「………………」

 

「む、どうかしたのか、周藤君」

 

「いえ。ちなみにどの辺りで何時頃から始める予定ですか?」

 

「そうだな……場所は事務所近くの河川敷にしよう、近隣の定番ランニングコースだ。時間は六時だ」

 

「六時……!? え、つまり何時に起きなきゃいけないんですか……!?」

 

「えっと……うん、五時には起きて準備した方がいいんじゃないかな!」

 

「マジですか……」

 

 五時起きという事実にガクッと項垂れる次郎さん。本格的なアイドルの仕事が始まったら五時どころか四時とか三時起きも普通にあるから、ここは慣れてもらいたいところである。

 

「ともあれ、事務所近くの河川敷で六時からですね、分かりました」

 

「……え、分かりましたって周藤さん……まさか」

 

「いえいえまさかそんな」

 

「まだ何も言ってないんですけど……」

 

 

 

 

 

 

「来ちゃった」

 

『周藤良太郎が来ちゃった!?』

 

 翌日の六時。ジャージを着て315プロ近辺の河川敷に顔を出したらとても驚かれた。

 

「本当に来ちゃったのね……」

 

「ちょっと気分転換したくて」

 

 呆れたように苦笑する次郎さんに、軽く準備運動をしながら答えた。とはいえここまで軽く走ってきているので既に身体は温まっている。

 

「そちらも出席率いいですね」

 

 寧ろSEM以外にも315プロのほぼ全てのアイドルが参加しているので出席率は驚異の100%超えである。いないのはつい最近事務所に加入したらしい蒼井兄弟ぐらいだった。

 

 さてそんな315プロの面々が突然現れた俺に少々引き気味の面々ではあるが、そんな中でも肯定的な姿勢を見せてくれた四季がまるで犬のようにパァッと笑顔を輝かせて近寄って来た。

 

「わぁ! リョーさんっちも走るんすね!」

 

「リョーさんっち!?」

 

「お前それは流石に勇気ありすぎる呼び方だぞ!?」

 

「おー、リョーさんっちも走るぞー」

 

「「そしてそれ受け入れちゃうの!?」」

 

 隼人と春名が驚いている。うーむ、まだ新鮮な反応だ……。

 

「ってことはリョーさんっちも運動不足!?」

 

「んなわけあるかい」

 

 トップアイドルとして体力が落ちてる暇なんてない。アイドルとは延々と走り続けるような仕事で、その中でも俺は常にトップスピードで走り続けることを求められるような立場なのだから。

 

「じゃあなんで来たんすか?」

 

「四季、お前もうちょっと言葉選ぼうぜ……」

 

「聞いてるこっちがひやひやするよ……」

 

 四季の言動に春名と隼人が冷や汗を流している。

 

(名前の読みが同じだから、こういう天然なところはウチの気紛れチシャ猫と若干被るところがあるな……)

 

 四季は猫というより犬だけど。

 

 

 

 

 

 

「美優さん! 志希さん(あのバカ)は何処行きましたか!?」

 

「え、さっき『志保ちゃんのところに行ってくるね~』と言って行きましたけど……え!? まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 なんかまた志希が失踪して志保ちゃんが怒っている気配がした。美優さんと三人で朝早くから現場って言ってたけど……まぁいいか。最近の志保ちゃんは逞しくなったし、きっとなんとかしてくれる。うん。

 

「さっきも言ったけど気分転換だよ。最近忙しくてランニングとかやってないし」

 

 後は315プロのアイドルと交友を深めたい……という理由もあった。

 

 315プロのアイドルと俺は、八事務所合同ライブでは白組として一緒のステージに立つ。俺もプロなので初対面の人であろうとも最高のステージにする自信はあるが、どうせならお互いに楽しいステージにしたい。

 

「てな感じで特に深い理由はないんで、皆さんお気になさらず」

 

「勿論っす! あの『周藤良太郎』と一緒に走れるなんて、ハイパーメガマックスでテンションっすよ!」

 

「うんうん! ミスターりょーも一緒に、runningでLet’s enjoy!」

 

「やふー! 僕もエンジョーイするー!」

 

「完璧にお気になさらずってのは、ちょっと難しいが……うん、一緒に頑張ろうぜ! リョーさん!」

 

 四季と類さんとピエールと輝さん、315プロの圧倒的ライトサイド組が肯定的な反応を示してくれた。眩しいなぁ……意図的に陽キャラっぽい雰囲気は醸し出すように意識してるけど、根っこの部分は前世からの陰キャの俺には強い光じゃ……。

 

「……まぁ、反対する理由はないよ」

 

「こちらこそ、我々のトレーニングに付き合っていただけることに感謝したい」

 

「いえいえ、よろしくお願いします、次郎さん、道夫さん」

 

 てなわけで、ランニングスタート。最初の目標は自分のペースで二十分間走り切ることである。

 

 

 

 

 

 

「そういえばリョーさんっち、今日も眼鏡かけてるんすね。それ伊達っすか?」

 

「いや本物。最近めっきり視力落ちちゃって」

 

「え、でもテレビで眼鏡かけてるところ殆ど見ないっすけど」

 

「普段はコンタクトしてるからな。最近はプライベートだと殆ど眼鏡だよ」

 

「ってことは、オレとリョーさんっち、あと薫っちせんせーも含めて、三人でメガネトリオっすね!」

 

「眼鏡三兄弟って感じじゃないかな」

 

「勝手に変な括りに入れないでくれ」

 

「そう固いこと言うなよ兄さん」

 

「そうっすよ! 兄ちゃん!」

 

「ヤメロ」

 

 

 

「そういえばみのりさん、童顔ですけど三十超えてるんですよね、その童顔で」

 

「いきなり刺すの止めない?」

 

「どうですか? みのりさんが『アイドルにスカウトされた』って話してくれたときに言ったように、ちゃんとトレーニング続けてましたか?」

 

「まぁね。あの『アイドル好きのリョーさん』の言うことならま違いないだろうなって思って、コツコツ走ってたよ。元々現場参戦のための体力作りはしてたしね」

 

「それはよかった。推す側も推される側も体力がいる世界ですからね」

 

「ど、道理で、みのりさん、俺より、年上なのに、余裕そうだと、思ったよ……」

 

「次郎さんの場合は、私生活面に少々問題がありそうですけど」

 

 

 

「へぇ、旬と夏来は幼馴染か」

 

「はい」

 

「うん……」

 

「俺もいるぞー、幼馴染。現代に生きる本物の剣士の幼馴染が」

 

「なんですかその肩書!?」

 

「剣士って……今も本当にいるんだ……」

 

「あとは何故かお嬢様口調で喋る精肉店出身の庶民派アイドル」

 

「その肩書もなんなんですか……」

 

「精肉店……?」

 

「それはきっと765プロの二階堂千鶴ちゃんだね! 765プロシアター二期生の一人で初見の人はその豪華な見た目とお嬢様口調に圧倒されるんだけど実際にそのMCを聞いて見ると圧倒的庶民派のギャップがいいんだよねしかもそれを全く隠すことなく寧ろ実家の精肉店の宣伝をしちゃうところがまた可愛いというか見た目は美人さんそのものだよねそうかそんな千鶴ちゃんともリョーさんは幼馴染だったのかあぁそれもっと早く聞きたかったないやでもリョーさんはアイドルだって隠してたんだもんないやそれでも幼馴染という情報ぐらいは教えてくれてもよかったんじゃないかないやいやでもでも」

 

「みのりさん!?」

 

「みのりさん余裕そうですね」

 

「すっごい……早口……」

 

 

 

 大体そんな感じで、早朝のランニングを楽しく過ごさせてもらったわけである。

 

 

 




・『徹底的に基礎練習を行う』ことで有名な事務所
基礎は大事だってケンイチでも言ってたし……。

・「来ちゃった」
※基本的に何処にでも来ます。

・みのり>次郎
ビジュアル的にもちょっとビビる。



 今回は比較的にのんびりした回。美琴編がずっと重かったからね。

 とはいえずっと目を逸らし続けるわけにはいかないので、次回には本題に戻ります。

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