アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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【緊急闇深注意報】


Lesson350 覇王世代の宴 4

 

 

 

 八年前、とある一人の少女が日本から海を渡りアメリカへと旅立ち、そこでアイドルとしてデビューした。

 

 初ステージはそこそこ大きな街の片隅。しかし僅か三ヶ月後、彼女はブロードウェイの看板にその名を輝かせた。

 

 圧倒的な歌唱力。圧倒的なパフォーマンス。見るもの全てを魅了したなんて言葉が陳腐に感じてしまうほど、アメリカ全土の人間は彼女に魅了された(きょうふした)

 

 

 

 彼女の名は玲音。『女帝』とも呼ばれる輝きの向こう側(オーバーランク)に至ったトップアイドル。

 

 去年の春、『周藤良太郎』と世界の頂点をかけて競い合った正真正銘の怪物。

 

 

 

 そんな玲音が今、何故かわたしたちの前に現れた。

 

 

 

 

 

 

「おやおや、随分とご挨拶じゃない。アタシだってみんなと同期みたいなもんでしょ?」

 

 リョウの珍しい怒鳴り声を受けたにも関わらず、玲音はカラカラと笑っていた。

 

「……だからといって、貸し切りのレストランに入ってくるなんて随分と横暴な真似をしてくれるじゃない」

 

「へぇ、貸し切りだったんだ。スタッフにお願いしたら()()中に入れてくれたもんだから、全然気付かなかったよ」

 

「言ってくれるわね……」

 

 麗華の言葉も笑顔で受け流す玲音。

 

 これは流石にスタッフの人は責められないな……きっと玲音に凄まれて怯んじゃって、その上で「もしかしてこの人も本当は参加者だったのかも」とか思わされちゃったんだろう。

 

「もう一回聞いてやるよ……てめぇ、何しにここに来た。うっかり迷い込んだなんてふざけたこと言い出すつもりじゃねぇだろうな」

 

 再び玲音に問いかけるリョウの声は、普段の飄々とした彼からはとても想像出来ないほどの『敵意』が隠しきれずに溢れていた。

 

 ……リョウが玲音のことを毛嫌い……もとい苦手としていることは知っている。彼女の名前が出るたびに露骨に嫌そうな声を出して拒絶するので、既にかなりの人数が知っている事実である。

 

 しかし()()()()()()()()()()()()は、実はわたしも知らない。

 

 リョウ本人は「あんな出鱈目な奴、二度とやり合いたくない」と『どの口が』なんてことを言っていたが、なんとなくそれ以外にも理由があるような気がするのだ。じゃないとあのリョウがここまで毛嫌いするわけないと思う。

 

 どうやらりんはその理由を知っているらしいのだが、何故か頑なに口を開いてくれない。りんもリョウほどではないにせよ玲音のことを嫌っていて「アタシもちょっと関わりたくないかな」とは言っていたが……本当になんなんだろう。

 

 さて、傍から聞いているわたしたちですら背筋が伸びそうなぐらいに冷え切ったリョウの敵意溢れる声を、一身に受ける玲音はというと未だに余裕綽々な笑みを崩さない。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、そんなに大声を出してどうしたのさ、ハニー」

 

「だからお前マジでそれやめろ……!」

 

 

 

 

 

 

「「「「……は、ハニー……?」」」」

 

 わたしと麗華と律子と美琴の声が重なる。正直理解が追い付かないんだけど……え、今コレ何が起こってるの?

 

「だぁからマジでいい加減にしろっつってんだろがあああぁぁぁ! りょーくんはアタシのもんだっ!」

 

「あ、いたんだ朝比奈りん」

 

「ぶち(ころ)すぞテメェ!」

 

 マズい、りんの精神テンションが貧民(がくせい)時代に戻っている。

 

「ちくしょう、なんで日本に戻ってまでこいつに怯えにゃならんのだ……」

 

 リョウはリョウで顔を覆いながらさめざめと泣いてるし。

 

「とりあえず、椅子を一つ追加で。あと何か適当にワインでも貰おうかな」

 

「「帰れっ!」」

 

 

 

 

 

 

「ほら、アレだよ。昔少しだけ話したことあった少年が、いつの間にかカッコよくなって大スターになってるっていう、そんな感じのアレ。いやホントびっくりだよね、アタシが昔、とある公園で出会った男の子が自分と同時期にアイドルになって、そして世界一を決める舞台で再会するなんて、そんなの運命だって思うじゃん。いや運命そのものだよね。しかもその歌声とダンスが『世界一のアイドル』だって自負してる自分と同レベルなの。あ、言っとくけどアタシは今でも良太郎には負けてないと思ってるからね。アタシの方が絶対『世界一』だから、近いうちにリベンジしてその称号返してもらうから。話が逸れたけど、要するに気になってた男の子が孤高のアタシと同じ高みに上ってくれていてすっごい嬉しかったの。そんでもって滅茶苦茶カッコいいし、ついでにアタシのこと滅茶苦茶意識してくれてるし、そんなのもう愛じゃん。だからこれはもう結婚だなって」

 

 ふてぶてしくも居座りやがった玲音は、そう長々と言い切ってからプハーッとグラスのワインを飲み干した。

 

「結婚だな、じゃねぇんだよ……」

 

「あ、リョウのフォントが戻った」

 

 あれ疲れるんだよ。

 

「アンタも知ってたの?」

 

「あん?」

 

「……ごめん」

 

 一方でりんのフォントは戻っていなかった。思わず麗華が素直に謝ってしまうレベル。

 

 しかし、結構いいワイン飲みやがって……アイツの分も支払うの嫌だけど、かといってアイツから金を徴収するのもなんか嫌だな……。

 

 ……『Q 結局どういうことなの?』という人のためにざっくりと説明すると、要するに『A なんか得体の知れない化け物に求婚されて怖い』ってことである。本当はもうちょっと色々あるけれど、要約するとこういうことだ。

 

 胸のボリュームは些か物足りない感じはするもののこいつは間違いなく美人である。それは認めよう。しかし考えてみて欲しい、例え美人であろうとも、こいつは『拳銃を突き付けられて本気の殺意を向けられても一歩も引かない』どころか『なんの躊躇いもなく自分の命を自分の歌声に賭けることが出来る』のだ。そんな相手からやたらと大きなハートマークの矢印を向けられれば、誰だって恐怖を覚えるに決まっているのだ。

 

 以前美城さんには「こいつの相手は俺がする」みたいな啖呵を切ったが……正直ちょっとだけ後悔した。こいつの実力は分かっていたつもりだったが、実際に対峙して分かった。分かってしまったのだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 俺の才能が転生特典という養殖物であるのに対し、玲音の才能が紛れもなく天然物。その差は殆どないと俺は思っている。

 

 だからIEでこいつに勝てたのは……きっと奇跡だと思っている。何か一つ、ボタンの掛け違いがあったら、俺はこいつに勝てていなかった。

 

「………………」

 

「そんなにアタシのこと見つめてどうしたのさ」

 

 だからそんな相手にベタ惚れされるのがホント怖いんだよ……。

 

「いや真面目な話、本当になんでお前ここにいるんだよ」

 

 冷や汗でべったりの手のひらをナプキンで拭きながら、そろそろ本題に入る。

 

 こいつに対する敵対心とか反発心とかそういうの抜きにして、純粋にここにいる理由が分からない。正確には『ここに俺たちがいる』と知った理由だ。

 

「ん? そりゃ教えてもらったからだよ。折角一時的にとはいえ日本に帰って来たんだから『友だち』に会いに来るぐらい普通でしょ?」

 

「『友だち』……?」

 

「そう、友だち」

 

 そう言って、玲音は()()に向かってヒラヒラと手を振った。

 

「てなわけで、ほったらかしにして悪かったね。久しぶりにハニーに会えてテンション上がっちゃって」

 

 

 

「ううん、そういうところ、変わってないなって思うよ」

 

 

 

 ……え、み、美琴?

 

 

 

「久しぶり、みーちゃん」

 

「うん、久しぶり、れーちゃん」

 

 

 

「「「「「……はあっ!?」」」」」

 

 突然ぶち込まれた新情報という名の爆弾が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「お、幼馴染……!?」

 

「うん。れーちゃんが日本を離れる前からの幼馴染」

 

「それからもずーっと連絡取り合ってたし、なんだったらこっそり帰ってきて一緒に遊んだりもしたんだから」

 

 美琴と玲音は顔を見合わせると「「ねー」」と息を揃えた。俺たちの同期の新たな一面に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。

 

「実はれーちゃんには『今日同期会があるんだ』って言っちゃって……」

 

「それを聞いて、たまたま帰国してたついでに遊びに来てあげたってわけ。さっきも言ったけど、アタシだって同期みたいなもんだしねー」

 

 正直「お呼びじゃねぇんだよ」ってすっごい言いたいけど、こうなってくると美琴に対する「余計なことをしやがって」という糾弾にもなりかねないからグッと言葉を飲み込む。このやろう、美琴を人質に取りやがって……。

 

 そんな俺の恨めし気な視線を無視するように、玲音は美琴と楽しそうに会話をしていた。

 

 

 

「それにしてもみーちゃん、961辞めちゃったんだね」

 

「ごめんね、折角れーちゃんが口利きしてくれたのに」

 

「気にしてないよ。あの人、見る目あるのに扱うのヘタクソだから。それにみーちゃんが961よりもいいところがあるって判断した結果なんでしょ?」

 

「うん、この事務所ならきっともっと()()()()()()()()()()()()なアイドルになれる気がしたんだ」

 

「うんうん、いいねーその向上心。お姉さん嫌いじゃないよ」

 

「……私の方が年上なんだけどな」

 

「アハハッ、拗ねてるみーちゃんも可愛いよ」

 

 

 

 ……おい待て。色々と待て。

 

 美琴が961に入った理由が玲音の口利きだという点に関しては、まぁいい。玲音の口振りからすると黒井社長と何かしらの接点があるように聞こえるが、こいつの渡米前の来歴を一切知らないのできっと何かしらあったのだろう。

 

 だが、しかし、美琴の()()()()()()()()という発言だけは、聞き逃すことが出来なかった。

 

(まさか、美琴、お前……)

 

「りょ、りょーくん……?」

 

 思わず立ち上がってしまった俺を、りんは不思議そうな目で見ていた。麗華たちもいきなり立ち上がった俺に視線を向けている。

 

 しかし俺の視線は、楽しそうに談笑する玲音と美琴の二人しか見ていなかった。

 

「……あぁ、うん、言いたいことは分かるよ、良太郎」

 

 そしてそんな俺に気が付いた玲音は、ニッコリと笑った。

 

「でも仕方がないよ」

 

 

 

 ――誰のせいでもない。

 

 ――アタシのせいでも。

 

 ――勿論、良太郎のせいでも。

 

 

 

 ……そんなこと。

 

(飲み込めるわけ、ねぇだろぉがよ……!)

 

 

 

 誰よりもひたむきで、誰よりも熱心で、誰よりも向上心に満ち溢れている、そんな俺たちの友人である緋田美琴。

 

 彼女は既に。

 

 『周藤良太郎』と『玲音』という強すぎる光に晒されて。

 

 もう、既に……。

 

 

 

「? どうしたの、良太郎?」

 

 

 

 いきなり立ち尽くした俺を見ながら、美琴は優しく微笑んだ。

 

 

 




・「そんなに大声を出してどうしたのさ、ハニー」
実はアイ転世界では美希が使用しないこの呼び方、なんと再雇用先は玲音でした。
……どうしてこうなった。

・りんの精神テンションが貧民時代に戻っている。
貧民時代のシーザーでももうちょっと大人しい口調だと思う。

・「だからこれはもう結婚だなって」
真面目なキャラに変な属性が付与されることでお馴染みのアイ転世界です。

・玲音は俺と同格の才能を持っている。
玲音は『この世界』で一番神様に愛されている。

・「久しぶり、みーちゃん」
・「うん、久しぶり、れーちゃん」
新たな設定追加。なんか仲良さそう……良さそうじゃない?

・『周藤良太郎』と『玲音』という強すぎる光に晒されて。
イカロスの翼。



 美琴編終わりです。はいコレで終わりです。勿論解決編というかそういうのはいずれ書きますが、美琴が抱えている問題はこれで全てです。

 原作の方ではどうなるのかは分かりませんが、アイ転世界における美琴が抱えている闇はこういう形になりました。諦めることよりももっとタチの悪い何かです。

 ちなみに玲音が悪役のような立ち位置になりましたが、良太郎にとってのラスボスではあるものの美琴にとっての悪役ではないのであしからず。



 ……次回このままsideM編の流れに戻るってマ???

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