アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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やべぇ、今回のお話四話に収まらないような気がしてきた。


Lesson45 恋と演技と苦手なもの 3

 

 

 

「着いた着いた」

 

 公園を出て歩くこと約十分少々。良太郎さんに連れてこられたのは、一軒の書店だった。

 

「えっと……『八神堂(やがみどう)』?」

 

 どうやら全国チェーン店ではなく、個人経営の書店のようだ。レンガ造りのシックな外見だが、自動ドアのガラス越しに見える店内の様子は普通の書店のようである。

 

「蔵書数はそんなに多くないんだけど、個人経営故のフットワークの軽さで最新刊から古本まで幅広く色々なジャンルの本を仕入れてるから結構人気の書店なんだよ」

 

 まぁ人気なのはまた別の理由もあるんだけど、と良太郎さんは言う。良太郎さんがよく利用する書店らしい。

 

「ここが、自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所?」

 

「そうだよ。ここに響ちゃんに会わせたい人がいるんだ」

 

「自分に……?」

 

 誰なのだろうかと首を傾げる。とりあえず、書店ならいぬ美は中に入ることが出来ない。

 

「真、悪いんだけど、いぬ美と一緒に外で待っててもらえるか?」

 

「うん、いいよ」

 

 いくら触ることが出来るようになったとはいえ雪歩にいぬ美を預けることは出来ないので、自分の提案を快く受け入れてくれた真にいぬ美と共に外で待ってもらおうとリードを渡す。

 

 しかし良太郎さんは「あぁ、多分大丈夫だよ」とそれを止めた。

 

「え、でも、普通は書店ってペットの連れ込み禁止ですよね?」

 

「まぁ普通だったらダメだろうけど、ここは厳しくNGにしてる訳じゃないし、いぬ美は大人しいから問題ないと思うよ」

 

 まぁ入れば分かるよ、と良太郎さんはベルの音と共に自働ドアを潜って中に入って行ってしまった。本当に大丈夫なのかと若干不安になり真や雪歩と顔を見合わせるが、良太郎さんを信じて自分たちも良太郎さんの後を追うことにする。そして店内に足を踏み入れた瞬間、良太郎さんが大丈夫だと言った理由が分かった。

 

「お、おっきい犬ぅ!?」

 

 そこには、雪歩が思わず驚き飛びのいてしまうぐらい大きな犬が、誰もいないカウンターの前にデンッと伏せの状態で鎮座していた。いぬ美もそこそこ大きいセントバーナードだが、そのいぬ美よりも半回りほど大きい青い毛並みのその犬は、まるで置物のように微動だにすることなく赤い瞳で真っ直ぐと自分たちを見ているようだった。

 

「おっす、ザフィーラ。店番ご苦労さん」

 

 良太郎さんは手慣れた様子でその犬の頭を撫でるが、一切動じる様子がない。本当に置物のようだが、わずかに尻尾がパタパタと動いていた。

 

「悪いけど、ご主人様を呼んできてくれないか?」

 

 良太郎さんが頭を撫でながらそう頼むと、ムクッと起き上がりカウンターの中に入り、店の裏へと向かっていった。本当に良太郎さんの言葉を理解しているようだった。

 

「良太郎さん、あの子は?」

 

「ここの店の飼い犬のザフィーラ。凄い頭が良くて店番もこなすスーパードッグだ」

 

 なるほど、店主の飼い犬がこうして店内にいるからいぬ美が中に入っても問題ないという訳か。

 

 だが疑問が一つ。

 

「良太郎さん、一つ聞きたいんだけど……」

 

「ん? 何? スリーサイズは非公開だけど、響ちゃんのを教えてくれるなら考えなくもないよ」

 

「教えないし、そもそも知りたくないぞ」

 

 しかし非公開と言っていたその情報を良太郎さんのファンに売れば一体幾らになるのだろうかと、思わず頭の片隅で考えてしまった。

 

 それは残念だ、ととても残念そうには見えない良太郎さんに疑問を投げかける。

 

「さっきのザフィーラっていう犬……何て言う犬種なんだ?」

 

 赤い瞳に青い毛並みの大型犬とか見たことないぞ。

 

「え? 響でも分からないの?」

 

「確かに動物は好きだし他のみんなより知識はあると思うけど、別に動物のことなら何でも知ってる訳じゃないぞ」

 

 よく誤解されがちだが、自分は別に動物博士という訳ではない。見たことも聞いたこともない動物なんていくらでもいる。

 

「それで、良太郎さんは知ってますか?」

 

「………………」

 

 そう尋ねると良太郎さんはスッと瞑目してしまった。どうやらじっくりと思い出そうとしているようであるが、表情が乏しい良太郎さんでは眉根に皺が寄ることもないのでまるで立ったまま寝ているようにも見える。

 

 数秒ほど沈黙していた良太郎さんはゆっくりと目を開き、続いて口も開いた。

 

「……ニホンオオカミ、とか?」

 

「い、犬じゃないんですか!?」

 

「雪歩、ツッコミどころが違うぞ」

 

「そうだよ雪歩。ニホンオオカミの毛の色が青いわけないよ」

 

「真、そこでもないぞ」

 

 まぁ、大きく間違っているわけではないが。

 

「ニホンオオカミの体長は約1メートルだから、あんなに大きいはずがないぞ」

 

「「響(ちゃん)、そのツッコミも違うと思う」」

 

 とりあえず絶滅してしまっているニホンオオカミではないとして、じゃあ一体何なのかという疑問は――。

 

 

 

「ザフィーラは『ベルカ』っちゅー、狼の血を濃く継いだ特別な犬種です」

 

 

 

 ――カウンターから出てきた栗毛色の髪の少女によって解消された。

 

「いらっしゃいませ。八神堂へようこそ」

 

 店名が入ったエプロンをした少女は関西の独特なイントネーションで挨拶を述べながら、自分たちに向かってお辞儀をした。恐らく小学校低学年であろう少女、しかしその様子は堂々としたもので、思わず自分と真と雪歩の三人も「ご、ご丁寧にどうも」とお辞儀を返してしまう。少女の傍らには先ほど店の奥へ消えていったザフィーラの姿があるところから、どうやら彼女がザフィーラのご主人様のようだ。

 

「はやてちゃん、久しぶり」

 

「お久しぶりです、良太郎さん。今日は綺麗なおねーさんを三人も連れてデートですか?」

 

 良太郎さんが片手を挙げながら挨拶をすると、先ほどまでの堂々とした様子が鳴りを潜め少女はニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

「違うって」

 

 とりあえず紹介するよ、と良太郎さんは少女に手を向けた。

 

八神(やがみ)はやてちゃん、小学三年生。ザフィーラのご主人様で、この八神堂の店長だ」

 

「よろしゅうお願いします」

 

「「「て、店長!?」」」

 

 三人で声を揃えて驚いてしまった。良太郎さんに「店内ではお静かに」と注意されてしまったので慌てて口を紡ぐが、目は驚いて見開いたままである。

 

「店長ゆーても実際の経営者は別におるんで、お飾り店長みたいなもんですよ」

 

「でも本の仕入れに関してははやてちゃんに一任されてるんだろ? だったら間違いなくはやてちゃんは店長だよ」

 

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 良太郎さんがポンポンと軽く叩くように頭を撫でると、はやてちゃんは目を細めて笑みを浮かべた。

 

「それでこっちの三人が、765プロダクション所属アイドルの我那覇響ちゃん、菊地真ちゃん、萩原雪歩ちゃん」

 

「「「よ、よろしくお願いします」」」

 

「よろしゅうお願いします」

 

 ……アイドルと紹介されたにも関わらず、はやてちゃんはノーリアクションだった。あの周藤良太郎と知り合いなのだから、ただのアイドルぐらいじゃ驚かないのかもしれないが、ここまでリアクションがないと少し傷つくぞ。

 

「ほんで? 良太郎さんはアイドルを三人も連れてお忍びデートですか?」

 

「だから違うって」

 

 りんさんに言いつけちゃいますよー、と笑うはやてちゃんのおでこを人差し指で小突いてから、良太郎さんは要件を切り出した。

 

「実はこの響ちゃんが今年の『クリスマスライナー』のヒロインに選ばれてさ、その勉強のための資料をいくつか見繕ってもらいたいんだよ」

 

「……へぇ、『クリスマスライナー』の、ですか」

 

 すっと細くなったはやてちゃんの視線が自分を射ぬく。その視線はまるで品定めをしているようで、しかし面白がっているようにも感じた。

 

「あの、良太郎さん。資料ってどういうことですか?」

 

「あー、そうだね、そろそろ説明した方がいいか」

 

 小さく挙手した真の質問を受け、良太郎さんは話してくれた。

 

「恋愛ってのは千差万別でテストの解答みたいに特定の正解があるわけじゃない、っていうのは765プロのみんなから話を聞いた響ちゃんなら何となく分かるよね?」

 

「う、うん」

 

「だから『恋とは何か?』という質問に対する解答は、あくまでも自分で見つけなくちゃいけない。でもその解答を作るためには恋に対する判断材料が必要なわけだ」

 

「判断材料、ですか?」

 

「そう。要するに、色々な恋愛の話を見たり聞いたりすることで、自分の中での解答を見つけようってこと。響ちゃんは恋愛のお話とかよく読んだりする?」

 

「あ、あんまり」

 

 自分の部屋の本棚を思い出すが、動物に関する本やにーにー(沖縄弁で兄を指す言葉)に影響されて読んでる少年漫画しかなく、恋愛モノの本は一切ない。

 

 なるほど、だから良太郎さんは自分をここに連れてきたということか。

 

「このはやてちゃんは創作物だったら小説・漫画・映画何でもござれの創作物マニアなんだ。だからきっと響ちゃんの勉強になりそうなピッタリの作品を選んでくれるよ。というわけで、響ちゃんの勉強になりそうな恋愛モノの作品、いい感じのやつを四、五本見繕ってくれないかな?」

 

「お安い御用です。響さん、小説と漫画と映画、どれがいいですか?」

 

「え? えっと、自分、あんまり活字が得意じゃなくて……」

 

 読んでいると眠くなるというか、なんというか……。

 

「分かりました。それじゃあ、映画で選びますね」

 

 書店の店長に対して失礼なことかもしれなかったが、はやてちゃんは笑いながら二つ返事で引き受けてくれた。

 

 

 

 ちょい待っててくださいねー、と言って再びカウンターの裏に行ってしまったはやてちゃんを見送り、自分たちは店内で待つこととなった。

 

「それにしてもすごいですね、はやてちゃん。小学三年生で本屋さんの店長をやってて、その上創作物マニアって」

 

「何でも、昔は病気しがちで、そういうものばっかり見ながら過ごしてたんだってさ」

 

「そうだったんですか……」

 

 真と良太郎さんの会話を聞きながら思い返すと、確かにはやてちゃんの身体の線はやや細めだったような気がする。

 

「あと、家庭環境の問題かな」

 

「? あぁ、本屋さんの娘さんですもんね」

 

「まぁ、それもあるんだけど、どちらかというと家族の影響が大きいんじゃないかな」

 

 そんなことを話しながら店内を見ていると、自動ドアが開きベルが鳴った。

 

「ただいまー。……って、あら? 良太郎君じゃない」

 

「む? 久しぶりだな、良太郎」

 

 聞こえてきた女性の声。ただいまという言葉から察するに、先ほど話題に上がったはやてちゃんの家族だろうか。良太郎さんの名前を親しげに呼んでいた。

 

 どんな人たちだろうかと思い振り返り――。

 

「……え?」

 

 ――思わず、固まってしまった。

 

 自動ドアを潜ってきたのは、三人の女性だった。一人は、薄い金色のショートボブのおっとりとした女性。一人は、ピンク色の髪をポニーテールに纏めた凛とした女性。

 

 そして。

 

 

 

「いらっしゃい。八神堂へようこそ。ゆっくりしていってくれ」

 

 

 

 長い銀色の髪を腰まで伸ばした、赤い瞳の女性。彼女の顔には見覚えがあった。否、彼女の顔は最近売れ始めた自分達よりも有名な、そして自分が知らないはずがない顔だった。

 

 

 

 リインフォース・アインス。

 

 

 

 人気急上昇中の若手実力派女優で――。

 

 

 

 ――去年の『クリスマスライナー』のヒロインを務めた女性である。

 

 

 




・『八神堂』
『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』で八神家が開いている古書店兼ブレイブデュエルオーナー店。ゲームでは最初にベルカを選択することでここ所属になる。
本来は古書店だが、この作品では古本も扱う普通の本屋という設定になった。

・ザフィーラ
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、はやてに仕える盾の守護獣。
本当は狼だがこの作品においてはオリジナル犬種のれっきとした犬に。
え? 喋らないのかって? ハハッ、犬が喋るとかそんなメルヘンじゃあるまいし。

・ニホンオオカミ
古くは日本の多く生息し今では絶滅してしまった日本固有の狼。
ヤマイヌとも呼ばれているが、別に人を乗せて走ったりするほど大きくないし「黙れ小僧!」とどなったりもしない。張りつめた弓の弦は震えたりしない。

・八神はやて
『魔法少女リリカルなのはAs』におけるメインキャラの一人にして物語のキーパーソン。
イノセントでは九歳ながら飛び級で大卒の社会人だが、この作品では普通に小学生。
二次創作では大体ステレオタイプの関西人として扱われているが、今回は原作アニメに近い性格で描いてみた。

・小説・漫画・映画何でもござれの創作物マニア
アイドルを題材にしたこの小説だったらこういう設定がはやてに合っているんじゃないかと思った結果。

・昔は病気しがちで
はやてといえば車椅子というイメージが強いが、今後のお話的にそれだと色々と大変なので。

・薄い金色のショートボブのおっとりとした女性
もしかして:必殺料理人 ゆずねぇ

・ピンク色の髪をポニーテールに纏めた凛とした女性
もしかして:ニート侍 おっぱい魔人

・リインフォース・アインス
はやてが所有する『夜天の書』の管制人格で融合型デバイス。彼女との別れのシーンで果たして何人泣いたことやら。作者は今見ても泣く。
イノセントでは建築関係の専門学校に通っているが、この世界では女優に。アイドルではないのは歌って踊るイメージじゃないから。



 あとがきがなのはを知らない人のための解説になってしまった。まぁクロスオーバーが主体の話だからしょうがないと言えばしょうがないのか。

・どうでもいい話
「あれ、これって孤独のグルメだっけ……?」
※REX版のコミック三巻の貴音編を読みつつ。

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