アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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双子のキャラこんな感じでいいのかちょっと悩む。


Lesson345 Episode of W 3

 

 

 

「まずはこうやって、強く足を踏み込んで……」

 

 病院の中庭で始まった青空サッカー教室。りっくんと同じ小児科に入院している子どもたちが集まって教わるのは、なんと現役のプロサッカー選手。そこだけ聞くと随分と贅沢な話ではある。

 

「えー? こうー?」

 

「わかんなーい!」

 

 しかし生徒である子どもたちには緑の眼鏡をかけた彼……蒼井享介さんの説明は少しだけ理屈っぽくて不評のようだ。

 

「そこはバアッとやって、ドーンって蹴ればいいんだよ!」

 

「わかったー! わたし、やってみるー!」

 

 一方、左膝をサポーターで固定する蒼井悠介さんの雑な……もとい小さい子ども向けの説明を聞いて、五歳ぐらいの女の子が「ぶぁー! どーん!」と手にしていたボールを蹴った。言葉の勢いとは裏腹にボールはボテボテと転がるが、そのままゴールとして置いてあった二本のペットボトルの間をしっかりと通り抜けた。

 

「わーい! やったー!」

 

「いいじゃんいいじゃん! その調子ー!」

 

 盛り上がりを見せる子どもたちに声をかけてから、悠介さんはベンチに座る私の隣にドカッと腰を下ろした。

 

「おっと、ゴメン」

 

「あ、いえ」

 

 他の子どもたちに混ざって楽しそうにボールを蹴るりっくんを眺める。今回の事故で以前の事故を思い出してショックを受けていないかとも考えたが、そんな様子もなくて安心した。

 

「……ありがとうございます」

 

「え?」

 

 私がお礼を言うと、悠介さんはキョトンとした表情になった。

 

「怪我をして大変なときなのに、このような……」

 

「あー、いーっていーって。そーゆーのナシナシ」

 

 悠介さんは笑いながらヒラヒラと手を振った。

 

「入院中ってけっこー暇だし、こうやって楽しそうにサッカーしてる子たちを見てるだけでこっちも楽しいんだよ」

 

「はぁ……」

 

「それより一つ聞きたいんだけどさ、もしかして君も有名人だったりする?」

 

「……え」

 

「なーんかどっかで見たことある気がするんだよねー……」

 

 ジトッとした目でこちらを見てくる悠介さんに、思わず少しだけ距離を取ってしまった。

 

「あっ、こら悠介。りくくんのお姉さんに変なことするなよ」

 

「してねーって!」

 

 子どもたちにボールの蹴り方を教えていたた享介さんが、私たちの様子に気付いてこちらに寄って来た。

 

「ホラ享介も見覚えないか? 絶対どっかで見たことあるんだよ」

 

「だから、女の子をそんなにジロジロ見るなって言ってんの! ごめんね、悠介が……」

 

「い、いえ……」

 

 伊達眼鏡をかけて普段とは違う髪型にする簡単な変装のようなものをしているため、アイドルに詳しい人でなければ気付くことは難しいのだろう。

 

 ……わざわざ自分から話すようなことでもない。けれど彼らは自分たちが有名人であることを隠していないのに自分だけそれを隠すのは、なんとなくフェアじゃないよう気がした。

 

「……一応テレビにも出演させていただいていますので」

 

「「えっ」」

 

「申し遅れました。私は北沢陸の姉で北沢志保……123プロダクションでアイドルとして活動しています」

 

 伊達眼鏡を外して、私は二人に改めて自己紹介をした。

 

「……あっ! 思い出した! そうだ確かにテレビで見たことある!」

 

「驚いた……俺たちのチームメイトにも熱心なファンがいましたよ」

 

 口調のテンションの違いはあれど驚く顔が二人とも当然のようにそっくりで、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「出来ればあまり他言しないでいただけるとありがたいのですが……」

 

「そりゃ勿論、周りに言いふらすようなことしないって」

 

「でも、その……」

 

「?」

 

 何やら気まずそうな表情で視線を横にズラす二人。

 

 ……ま、まさか……。

 

 

 

「……え、おねーちゃん、アイドルなのー!?」

 

「すっげー! テレビで見たことあるー!」

 

 

 

 先ほどまで夢中でボールを蹴っていた子どもたちが、私を見ながら目を輝かせていた。

 

「お姉ちゃんってば……」

 

 あぁ、りっくん……そんな「もうしょうがないなぁ」って呆れながらも微笑ましい顔でお姉ちゃんを見ないで……。

 

「あ、あの、みんな、このことは――!」

 

「おいお前らー! このお姉ちゃんの正体はオレたちだけの秘密だからなー!?」

 

「お医者さんやナースさんは勿論、お父さんやお母さんにもナイショだぞ?」

 

「――え?」

 

「「約束出来るよなー?」」

 

『はーい!』

 

 私が何かを言うよりも、悠介さんと享介さんの注意に子どもたちが元気よく返事をする方が早かった。

 

「……あっ、え、えっと、ありがとうございます……」

 

「いえ、元はと言えば悠介が余計なことを言ったせいなので」

 

「そんなこと! ……あ、あるか……ゴメン」

 

「い、いえ……」

 

 享介さんの言葉に悠介さんが反論をしようとしたが、ギロリと睨まれてシュンと口を噤んでしまった。

 

「ねぇおねーちゃん、なにかおうたうたってー!」

 

「ぼくもききたーい!」

 

 秘密にしてくれると約束してくれたものの、やはりこういうところで子どもというのは自分に正直だった。女の子が私の膝に手を乗せておねだりすると、他の子どもたちも便乗するように「うたってー」と口を揃え始めた。

 

「おいコラお前たち」

 

「……いえ、少しぐらいなら大丈夫です」

 

 確かに身バレをすると大変だが、りっくんが入院している以上病院関係者には私が誰なのかを知っている人は多いだろうし、大事になることはないだろう。

 

 今はそれよりも、私の歌を聞きたいと言ってくれたこの小さなお客さんのために少しだけ歌ってあげたくなってしまった。

 

「「いいの?」」

 

「大っぴらに歌うわけではないので。……みんなはどんな歌が聞きたいの?」

 

「たのしいおうたー!」

 

「ワクワクするやつー!」

 

 楽しくてワクワクする曲……アレがいいかな?

 

「それじゃあ、少しだけね?」

 

 ……なんだか、ステージで歌うときよりも緊張するかも。

 

 小さなキラキラとした視線を一身に受けながら、私は小さく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

「まさか入院されていたなんて、びっくりしましたよ」

 

「いやはや、お恥ずかしい……」

 

 輝さんから315プロのプロデューサーさんが入院しているという話を聞き、早速俺はお見舞いへと向かった。お見舞いの品は勿論翠屋のシュークリーム……と言いたいところだが、まだ胃腸が本調子ではないという話も聞いていたので、なるべく日持ちのするお菓子にした。桃子さんのシュークリームはしっかりと快復してから味わってもらおう。

 

「お気遣いありがとうございます。……勿論お見舞いに来ていただけるだけでも有難いのですが、日持ちしない食べ物は他の入院患者さんへとおすそ分けせざるを得なくなってしまうので……」

 

 なんでもハイジョがお見舞いとして箱詰めのドーナッツを持って来たらしい。……旬か隼人が止めそうなものだが、おそらく四季と春名が独断で決めたんだろうな。

 

「それで、えっと……北沢志保さんの弟さん、でしたっけ」

 

 なるべく運動をした方がいいと言われたらしいプロデューサーさんの散歩に付き合って廊下を歩きながら、話題は偶然にも同じ病院に入院していた陸君の話に。輝さんから病院の名前を聞いたときビックリしたよ。

 

「はい。志保ちゃんと違って素直ないい子なんです。志保ちゃんと違って!」

 

「ははっ、二回言ったところは聞かなかったことにしておきます。口が滑ったら周藤さんの方が大変でしょうから」

 

 それはありがたい。

 

「毎日お見舞いに来るっていう話をしていたので、多分今日もいますよ」

 

「それじゃあこうして歩いていれば、偶然出会えるかも……」

 

「……ん?」

 

 中庭に面した渡り廊下を歩いていると、何やら聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

 

「コレは……」

 

 プロデューサーさんもそれに気付いて共に足を止める。周りを見ると、他の患者や病院関係者の人たちも歌声に聞き入っている様子だった。

 

「……とても優しくて、素晴らしい歌声ですね」

 

 そう噛みしめるように呟くプロデューサーさんは、どうやらこの歌声の主が誰なのか見当がついているらしい。

 

「はい。()()()()()()()()()()ですから」

 

「ふふっ、それを素直に言ってあげればいいのに」

 

 往来の邪魔にならないように、それでいて歌っている彼女からは姿が見えないように、廊下の陰に二人で並ぶ。

 

「顔を見せないのですか?」

 

「いい顔されないのは分かってますから。今の志保ちゃんから笑顔を奪うのは忍びない」

 

「……なんというか、なかなか愉快な関係性ですね」

 

「そうですか? 結構簡単なもんですよ」

 

 ……志保ちゃん自身、今どう思っているのか知らないけれど。

 

「俺はまだ、ほんの少しだけ……負い目を感じていますから」

 

 

 

 

 

 

「いやーすごいなアンタ! アイドルの歌って初めて生で聞いたよ!」

 

「本当に凄かったです」

 

「ありがとうございます」

 

「上手だったよ、お姉ちゃん!」

 

「ふふっ、りっくんもありがとう」

 

 中庭での小さなライブを終えて、私とりっくんは悠介さんと享介さんの二人と共に廊下を歩く。そろそろ検温の時間なので病室に戻らなければいけない。

 

「実はアイドルのプロデューサー? っていうのをやってる人が入院してて、その人ととも知り合いになったんだけどさ」

 

「アイドルのこと、もうちょっとだけ知りたくなったよ」

 

「へぇ、プロデューサーが……」

 

 私の知っている事務所の人だろうか? それならば一度、私も挨拶に行っておいた方がいいのかもしれない。

 

「そういやアンタ、年は?」

 

「十八です。高校三年生」

 

「マジで!? じゃあ同い年の同学年じゃん!」

 

 あ、そうか、現役高校生っていう話だったから、同い年か。

 

「じゃあオレたち、現役高校生のプロ仲間だな!」

 

「……プロ仲間?」

 

 そんなことを言い出した悠介さんに、思わず首を傾げる。

 

「そ! オレと享介はプロのサッカー選手! アンタはプロのアイドル! 見てくれる人たちを笑顔にするってゆーのはおんなじだろ!?」

 

「……そうですね」

 

「今はちょっとだけお休みしてるけど、オレも享介もすぐにピッチに戻るからさ!」

 

「そのときはお互いに頑張ろう!」

 

 スッと拳を突き出してくる悠介さんと享介さん。

 

「はい、頑張りましょう」

 

 コツンと、小さく自分の拳を押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 ――蒼井さん、少しお話、いいですか?

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、あのね、悠介お兄ちゃんがね」

 

 りっくんがそんなことを口にしたのは、りっくんの退院前日のことだった。

 

 

 




・志保ちゃんカミングアウト
相手も有名人なのでセーフ理論。

・楽しくてワクワクする曲
初めは絵本を歌わせるつもりだったけど、りっくんも含めて子ども相手に聞かせる曲ではないなと思った。

・負い目
お互いに気にしてはいないけれど、それでもたまに疼く傷がある。

・「十八です。高校三年生」
実はアイ転世界の志保ちゃんはWの二人と同い年。



 完全に主人公が空気ですが、アイ転ではいつものことです。今回のお話に限って志保ちゃんメインだし。

 不穏な空気は原作通りです()作者の趣味ではないです()作者だって本当はずっと頭悪い話書いてたいんです()



『どうでもいい小話』

 次回のデレのライブ情報が公開されましたね。夜祭ということなので、現地参戦が決まり次第甚平を調達します。

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