「お願いです、良太郎さぁん……貴方の手でまゆを傷物にして……」
開幕危険球!?
「お、なんだ良太郎、ついに佐久間に手ぇ出すのか」
「おい馬鹿ヤメロ」
たまたま変なタイミングで事務所のラウンジに入って来た冬馬に誤解されてしまったので、取り急ぎ事情説明。
「ピアスを開ける?」
「そーなんですよー」
実は一緒にいた恵美ちゃんにも説明してもらう。
「アタシたち、ファンのみんなと一緒に付けれるようなグッズを考えてるんです」
「それがピアスってことか」
「はい。……でもまゆがピアス開けてないっていうので」
「その大役を俺が仰せつかったってわけ」
手にしたピアッサーを冬馬に見せる。冒頭のセリフはこれでまゆちゃんの右耳にピアス穴を開けようとしたタイミングで発せられたものである。
「本当はちょっとだけ怖いんですけど……でも、良太郎さんに開けていただけるのであれば、きっと安心出来ると思ったんですぅ……」
うふふっと恥ずかしそうに笑うまゆちゃん。信用してくれるのはいいんだけど、ラウンジに入ってくるなり「まゆに穴を開けてくださぁい!」はマジで何事かと思ったゾ。
「さてまゆちゃん。ちょっと水をさされちゃったけど、そろそろやろうか」
「……は、はぁい」
俺ならば安心してくれる……とは言ってくれたものの、それでも少し緊張している様子のまゆちゃんは、居住まいを正すと目を閉じてふぅと息を吐いた。
そんなまゆちゃんの右耳に、そっとピアッサーを添える。
「それじゃ、いくよ」
「はぁい……」
まゆちゃんはそっと目を瞑り、グッと親指に力を入れて……。
「やっぱりちょっと待ってもらっていいですかぁ?」
まゆちゃんぇ……。
「おいおい佐久間お前よぉ……」
「まゆってばさぁ……」
「も、もうちょっとだけ心の準備をさせてくださぁい……!」
まゆちゃんは口を引きつかせながらも頑張って愛想笑いを浮かべようとしていて、しかし顔が青褪めているので怖がっているのは疑いようもなかった。
「や、やっぱりイヤリングじゃダメですかぁ……!? ほら、まだピアスが許されない学生のファンもいると思いますしぃ……!?」
「勿論イヤリングタイプのグッズも作るけど、アタシたちはステージで激しく動いて落ちちゃうからピアスにしようって話になったでしょー?」
「そ、そうですけどぉ……!」
「それにほらぁ、まゆだってこーゆー可愛いピアスに興味がないわけじゃないでしょー?」
「それもそうですけどぉ……!」
恵美ちゃんが自分の髪をサラリと横に流すと、彼女の耳に飾られたティアドロップのピアスがチラリと顔を覗かせる。恵美ちゃんはアイドルになる前から当然のようにピアス穴が開いていた。
ちなみに123プロ所属アイドルは殆どピアス穴を開けており、開いていないのはまゆちゃんと志保ちゃんだけである。
「あっ! ところで良太郎さんはいつ頃ピアスを開けたんですかぁ!?」
「うわ露骨に話題逸らしやがった」
「まゆがリョータローさんのことで知らないことあるわけないじゃん……」
「まぁまぁ」
仕方ない。完全に怯えきっちゃってるまゆちゃんに無理もさせられないし、今は別の話題で気を紛らわしてあげよう。
「俺がピアスを開けたのは高校を卒業してからだったな」
別に何か特別な理由があったわけではない。しいて言うならば、一応アイドルとして見た目を変える幅を広げたかったという結構打算的な理由である。
「お前がピアス付けてる描写一切なかったけどな」
「まさか『ピアス』で全文検索して一つもヒットしないとは思わなかったわ」
ちなみにこれは公の場で話したことがなかったはずなのでまゆちゃんも知らない話になってくるけど。
「俺のピアス穴を開けてくれたの、母さんなんだよね」
「「そうなんですか!?」」
ピーチフィズの二人が驚愕の声を上げた。
これは俺がピアス穴を開けようと思った日の話なんだけど、一応未成年だしアイドルだし戸籍上は被扶養者なので、兄貴と母さんにそのことを話したのだ。
「そしたら『それお母さんがやる!』って」
「正直意外だな」
「そうですねぇ……良太郎さんのお母様の性格を考えると……」
「『そんな痛そうなことしちゃダメ~』って号泣しそう」
「うん、俺もそれを想定してタオルと説得するための言葉を用意してたんだけどね」
しかし意外にも返ってきた言葉は否定ではなく、しかも肯定以上に積極的なものだった。
「なんでも『リョウ君の意志は尊重する。でもそれはきっと貴方を産んだお母さんがすべきことだと思うから』って」
「素敵なお母様ですねぇ……!」
「……まぁここまではよかったんだけどさ」
――そ、それじゃあ行くね、リョウ君。
――お願い母さん。
――……あ、開けるからね。
――うん。
――……だ、大丈夫? 怖くない?
――えっ、あ、うん、怖くはないよ。
――……せ、せーので開けるからね。
――は、はい。
――……や、やっぱりさん、にー、いちで……。
――早くしてくんない!?
「なんかもうすっごいフェイントをかけられてる気分になった」
なんで開ける側がビビってるんだか。
「そして開けたら開けたで案の定『痛いことしてごめんね~』って泣いた模様」
「知ってた」
「解釈一致」
「やっぱり素敵なお母様ですねぇ……!」
そんな思い出話をしていると、ラウンジに留美さんが入って来た。
「あら、まだ開けてなかったの?」
「「「「……あ、忘れてた」」」」
そうだよまゆちゃんのピアスを開けるんだった。そんでもって留美さん電話で退席してたんだった。
「まゆちゃんが話題を逸らして時間稼ぎするから……」
「長引かせても怖いだけだから、さっさとやった方がいいんじゃない?」
「留美さんの言う通りだよ、まゆ」
「お前もアイドルなら覚悟を決めろ」
「ピアス穴を開ける覚悟にアイドルは関係ないと思いますぅ!」
ぴーぴーと珍しい泣き声で抗議するまゆちゃんの肩にそっと手を置く。
「ほらまゆちゃん」
「……や、優しくしてくださいね……」
甘えるような口調に少しだけドキリとしつつ、俺は再びまゆちゃんの耳元にピアッサーを添える。
「それじゃあ、さん、にー、いち、で開けるからね」
「はい……!」
「頑張れまゆ!」
ギュッと目を瞑るまゆちゃん。そんな彼女の左手を包み込むように握りながら激励する恵美ちゃん。なんだかんだ言いつつ冬馬も留美さんと共に見守っている。
「それじゃ、いくよ――」
バチンッ
「――はい開いたよ」
「「「「……え?」」」」
「ファーストピアスは一ヶ月は付けとかないといけないから、気を付けてね」
「「「「いやいやいやいや」」」」
どうした四人揃って。
「さんにーいちの前振りは何だったんだよ!?」
「予告なしと同じじゃない!?」
冬馬と留美さんに詰め寄られるが、予告したら避けられるかもしれないし。カウントダウンって怖さをが増すだけじゃない?
「それだったらせめてさんぐらいまでは言って欲しかったですぅ!」
「で、でもピアス開いたよ~よかったねまゆ~終わったよ~」
珍しく涙目で抗議の視線を向けてくるまゆちゃんの頭を撫でる恵美ちゃん。
「これで可愛いピアス付けれるよ~今度一緒に買いに行こうね~」
「いきますぅ……」
ともあれ、これでまゆちゃんのピアス穴を開けるという重大ミッションは完了である。
っていうのが、今年の春のお話。
「うんうん、やっぱりまゆちゃんもピアス開けて正解だったみたいね」
ピーチフィズが取材を受けたティーン向け雑誌を捲りながら留美さんは満足そうに頷く。
これまでもそういう雑誌の取材やモデルの仕事はしてきた二人だったが、やっぱりピアスが付けれるようになると持ち掛けられる仕事の数が違うようだ。
「……とはいえ、ことあるごとに『周藤良太郎に開けてもらったピアス穴』だってことを主張するのはどうかと思うんですけどねー」
俺も同じ雑誌を捲りながら思わずそんなことを呟く。案の定、この雑誌の取材にもそれを答えていたらしく、該当するインタビュー記事が載っていた。
「それぐらい許してあげたら? やっぱり憧れのアイドルに何かしてもらったっていうことはそれだけ嬉しいのよ」
「気持ちは分かるけど……」
……まぁ、俺に対する被害と言えば『俺にピアス穴を開けて欲しい』というアイドルが何人か現れたことと、その話が上がるたびにりんが不機嫌になることぐらいだし、些細なこと……かな?
『それじゃあ、最後の曲、頑張って付いてきてくださいね~』
今日も彼女は、その右耳に輝きを灯しながらステージに立つ。
それはきっと、女の子たちの夢の光……なのかもしれない。
・まゆを傷物に
まゆちゃんに穴を開けるって……!?()
・ピアス
実は今まで一度も触れてこなかった要素。実は開いてた。
他のアイドルのピアス事情は基本的に独自設定。
作者激推しバンド漫画『デイズオンユース・ストーリーズ』の番外編エピソードを読んでいて思いついたこんなネタ。123だと一番まゆちゃんがビビるだろうな~ってことでこんなお話になりました。
今回はどちらかというと箸休め番外編。
本命は次回。バレンタイン回です。