アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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その声は誰かのために。


Lesson334 Episode of DRAMATIC STARS 4

 

 

 

 僕が彼女の歌声と出会ったのは、僕が事務所に所属してしばらく経った頃だった。

 

 アイドルという道を進むことを決めた以上、他のアイドルのことも少しは知っておくべきだと有名どころの曲を手当たり次第に聞き漁っていた。そんなときに流れてきたとある一曲に、その曲を歌う少女の声に、僕は自分の耳を疑うほどの衝撃を受けた。

 

 

 

 ――素敵な歌ね。

 

 ――ありがとう、薫。

 

 

 

 彼女の声が……今は亡き姉の声と、よく似ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「色々とすみませんでした……」

 

「……いや、事情を話していない以上、君が何も知らないのは当然だ。悪意があったわけではないのだから、僕に謝る必要はないよ」

 

 あまりにも居た堪れない空気だったため、流石に素直に謝ると、薫さんはスンナリと許してくれた。

 

「それにしても、お前お姉さんいたんだな」

 

「……別に話す理由はなかったからな」

 

「いやでも、お前がアイドルを目指すきっかけでもあったんだろ!? 話してくれてもいいじゃないかよ!」

 

「少なくとも()()()話す理由はない」

 

「同じ事務所のユニットメンバーなんですけどぉ!?」

 

 どうやら輝さんも知らなかったらしくて薫さんに嚙みついていた。

 

 しかし、ただ単に蘭子ちゃんのファンだとばかり考えていたが、実際にはそんな理由があったとは思わなかった。

 

「……悪いとは思っているよ」

 

「桜庭……」

 

「君にではないぞ」

 

「なんだとぉ!?」

 

 麗華とかとしょっちゅうやり合ってる俺に言われる筋合いないかもしれませんけど、貴方たち反りが合わなさすぎません?

 

「僕が悪いと思っているのは、彼女に……神崎蘭子さんに、自分の姉を重ね合わせてしまっていることに対してだ」

 

「薫さん……」

 

「彼女とて不本意だろう、自分の歌声に他人を被せられるのは。結果として、僕は正しい意味で彼女の歌声を聞いていなかった。ただ似ているから、それだけの理由で聞き始めたに過ぎないんだ」

 

「でも、蘭子ちゃんの曲、嫌いではないんですよね?」

 

「……正直なことを言うと、イマイチ何を言っているのか分からないところがある。歌詞の内容は半分も理解出来ていない」

 

 いやそれは俺も無理。

 

「それでも……僕は彼女の歌声に対して勝手な希望を抱いているんだ。あんなことがなければこんなにも元気だったのかと、もし元気だったならばこんな声で歌ってくれたのかと」

 

 桜庭さんは眼鏡を外しながら「非難してくれ」と自嘲した。

 

「僕は自分が情けない。他人の声に、こんな……」

 

 

 

「そ、そんなこと、ありません!」

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 突然現れたその声に二人の視線がこちらを向くが、()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 すなわち……。

 

「ら、蘭子ちゃん!?」

 

 話題に上がっていた神崎蘭子ちゃん、本人の登場であった。

 

「いやぁ……本当に最近のエンカウント率高すぎにゃ……」

 

「しかも私たち三人揃ってだもんね……」

 

「みくちゃんと美波ちゃんまで……」

 

 いくら最近一緒の仕事とはいえ、確かにこのエンカウント率はおかしい。神の見えざる手が仕事をし過ぎている。もうちょっと別の仕事をした方がいいと思う。

 

「それで、今の俺たちの話聞いてたの……?」

 

「ご、ごめんなさい……私の名前が聞こえたから、つい……」

 

 素直に素のままで謝る蘭子ちゃん。というか今日は登場時から素だった。

 

「え、えっと、その、貴方が桜庭薫さん……なんですね。柏木さんから聞きました」

 

「……すまない。迷惑だったな」

 

「だ、だからそんなことないんです!」

 

 謝罪する薫さんを蘭子ちゃんは咎めるように大声を出した。それはまるで()()()()()()ような口調で、その場にいた全員が蘭子ちゃんの意外な反応に驚いていた。

 

「その、私の声が桜庭さんのお姉さんの声に似ていて、私の声を聞いて桜庭さんが元気になってくれるのであれば、私は嬉しいです」

 

「どうしてだ? 僕は君の声を『神崎蘭子』として聞いていなかったんだぞ? 僕は君を見ていなかった、君の声を通じて姉を見ていたんだ。そんなの、君への冒涜以外の何物でもないじゃないか」

 

 薫さんは困惑した様子だった。彼は本気でそれが蘭子ちゃんに対する無礼だと考えているのだろう。

 

 しかし蘭子ちゃんは首を横に振った。

 

「私も同じです。私、以前に良太郎さんがアニメで声優を務めたキャラが大好きなんです。そのキャラに憧れて、今の私がいます」

 

 あーえっと『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』だったな。俺は厨二な兄貴の役だった。

 

「良太郎さんだけじゃないです。声優さんは、その人としてではなく『演じるキャラクター』としてみんなに笑顔や勇気をくれるんです。声だけなのに、その人を笑顔に出来るんです。きっとそれは、アイドルと同じぐらい凄いことだって思ってます」

 

 だから、と蘭子ちゃんは微笑んだ。

 

「例え『声が似ているから』っていう理由だったとしても、私の声で元気になってくれる人がいるのであれば、私は本当に嬉しいんです。私の選んだ道で、貴方の力になれることが」

 

「………………」

 

「……だ、だから、あの、えっと……」

 

「………………」

 

「……ふ、フハハハハッ! 恐れることはない! 我が詠唱術が糧となるというのであれば、汝も我が眷属也!」

 

「あ、冷静になって恥ずかしくなってきたから逃げた」

 

「ち、違いますぅ! 必要に応じて切り替えるようになっただけですぅ!」

 

 高校生になったことで色々と心境に変化があったのかな?

 

「……ありがとう、神崎蘭子さん」

 

 顔を赤くしながら言い訳を続けようとしていた蘭子ちゃんだったが、薫さんのお礼の言葉に肩をビクリと震わせた。一瞬だけ助けを求めるような視線をこちらに向けたが、それでも自分の意志で薫さんと目を合わせた。

 

「い、いえ、その、は、ハーッハッハッハ! 汝の魂の赴くままに!」

 

「……た」

 

「へ?」

 

 

 

「……た、魂の……赴くままに」

 

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 俺、輝さん、蘭子ちゃん、みくちゃん、美波ちゃん、その場にいた全員が思わず驚いて沈黙してしまった。

 

 ま、まさか薫さんが蘭子ちゃんの言葉(くまもとべん)を使うなんて……!

 

「………………」

 

 そして薫さんは急に荷物を片付けると、そのまま足早にその場を去って行ってしまった。

 

「ちょっ、おい桜庭!?」

 

「きっと仕事の時間が迫ってたんですよ」

 

 そういうことにしておいてあげよう。耳が赤かったような気がしたけど、それも見間違えだったのだろう。

 

「ありがとう、蘭子ちゃん。結果として俺の失敗の尻拭いをしてもらっちゃったね」

 

「……否、きっと避けては通れぬ運命だった。女神が操りし見えぬ糸が、我をこの地に呼んだのであろう」

 

 女神様、神様……そうだな。

 

「我にとっての覇王であるように、かのアスクレピオスにとっての我も遥かなる高みへの道標となれば、それは至高である」

 

 アスクレピオス? ……あぁ、元お医者さんだからか。

 

「……『私の選んだ道で』、か」

 

「輝さん?」

 

「そうだよな。そもそも俺はそんな存在になるためにアイドルになったんだ。今更自分が勝手に決めたルールにビビってちゃ話にならないよな」

 

 なにやら先ほどの蘭子ちゃんの言葉に影響された男性が、ここにもいたようだ。

 

「ありがとう、神崎蘭子さん」

 

「ぴゃっ!?」

 

 全く想定していなかったであろう人物からのお礼の言葉に、蘭子ちゃんは今度は鳴き声付きで驚いた。

 

「君のおかげで、俺も決心がついたよ!」

 

「……え、あ、えっと……た、汝の魂の赴くままに!」

 

「おう! 魂の赴くままに!」

 

 困惑したままビシッと腕を突き出す蘭子ちゃんに、ニカッと笑う輝さん。どうやら蘭子ちゃんの言葉に思うところがあったようだ。

 

「……良太郎さん、蘭子ちゃんにいいとこ持っていかれちゃったんじゃないかにゃ~?」

 

 そんな二人を見ていると、ニヤニヤと笑うみくちゃんがススッと近づいてきた。

 

「残念ながら、自分がいいところを持っていくよりも、他の子たちがいいところを持って行ってくれた方が嬉しい歳になっちゃったんだよ」

 

「……良太郎さん今いくつだっけ?」

 

「設定だと二十二」

 

「設定ゆーな」

 

 誕生日が四月二日だから計算しやすくていいよね。

 

「昔は自分のことで精一杯だった蘭子ちゃんがこうして後輩アイドルのために動ける存在になるなんてね……本当に成長したんだね」

 

「良太郎さん……」

 

「美波ちゃんは良い子ちゃんだからその言葉を純粋に捉えてるみたいだけど、みくはネタフリだと判断したから敢えて聞くね。蘭子ちゃんの何処が成長したって?」

 

「胸」

 

「良太郎さん!」

 

 

 

 

 

 

 さて、後日談……とまでは言わないけど、その後の話を少しだけしよう。

 

 全く予期していなかった蘭子ちゃんとの邂逅後、薫さんは予想外の申し出をしてプロデューサーさんを驚かせたらしい。

 

 

 

 ――プロデューサー、声優の仕事というのを……取ってきては貰えないか。

 

 ――えっ!? 声優ですか!?

 

 

 

 薫さんの突然の方針変換。元々演技畑を目指していたためそちらの適正も悪くないだろうし、きっと遠くないうちにアニメの収録現場で顔を合わすことになるだろう。

 

 ついでにテレビ局などで蘭子ちゃんと顔を合わせると、蘭子ちゃんの「闇に飲まれよ!」に対して控えめに「……闇に飲まれよ」と返す薫さんの姿があったそうだ。これは是非機会があったら生で見たい光景である。

 

 そして変化があったのはもう一人、輝さんもだった。

 

 俺と会話したときは『自分が特撮ヒーローになること』を忌避していた様子だったが、一転して特撮のオーディションを受けるようになったらしい。今はまだ成果は出ていないが、いずれ輝さんが変身する特撮ヒーローを見ることが出来る日も近いだろう。

 

「……二人とも、そんな感じです」

 

「なるほど。教えてくださってありがとうござます、翼さん」

 

「いえ、こちらこそこんな素晴らしいお店を教えてもらっちゃって」

 

「わっほーい! 追加のチャーハンお待たせしました!」

 

「わぁ! これも美味しそう!」

 

 うん、なんとなく相性がいいと思って勧めてみたけど、これは翼さんの胃袋も満足だし、美奈子ちゃんの食べさせたい欲も満足だし、綺麗なwin-winの関係が出来上がったな。

 

 とりあえず、これでドラスタの三人とは仲良くなれた、かな?

 

 

 

「あっ、これは良太郎君の分ね!」

 

「え、ちょ、俺は注文してない……!?」

 

 

 




・桜庭先生の姉
アニメではそこまで深く掘り下げられなかった上にCVも別の人だったけど、いつものアイ転ではこうなるってやつ。
あと言うまでもないけど声が似ているのは当然中の人ネタ。

・もうちょっと別の仕事
神様の最近の仕事
 楓一緒執筆・原神・ポケGO・オケマス遠征・ディズニー遠征

・『俺の妹が~
Lesson118参照

・誕生日が四月二日
こいつ年齢の設定が分かりやすくするためだけにこの日付にしたってマジ?

・翼in佐竹飯店
みんなえがお



 sideMの存在を仄めかしてからずっと言い続けていた桜庭先生と蘭子の中の人の姉弟ネタを真面目にやりました。……真面目?

 この章はこんな感じでsideMのキャラを他事務所キャラと絡ませたりしながら緩く進行していくのでよろしくお願いします、といった感じのお話でした。

 次回は番外編です。何やるかは未定。



『どうでもいい小話』

 オケマス素晴らしかったですね……アイマス歴10年の若造が初のオーケストラをバックにした生の青い鳥を聞いていいものかと思っちゃいましたが、本当に凄かった……。

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