「……? 翔太、良太郎の奴知らねぇか?」
「りょーたろーくん?」
事務所のラウンジに顔を出し、ソファーで横になって雑誌を読んでいた翔太に良太郎の所在を尋ねる。
「確か急用がなければ一日事務所で雑務やってるって話だったって聞いてたんだが」
良太郎は最近は事務所の事務方の仕事をやり始め、本格的に副社長としても活動を始めようとしていた。流石のアイツもいきなりアイドル引退ってことはしないだろうが、将来的にはそういうことを考えているのだろう。
「んー、僕は知らないなぁ。何か用事だったの?」
「あぁ、次のイベントのことでちょっとな」
良太郎と東豪寺麗華が主体となって開かれる大型イベント『アイドル紅白超合戦』。男性アイドルと女性アイドルがそれぞれ白組と紅組に分かれて様々なパフォーマンスで勝負をするというコンセプトのそのイベントに、当然俺たちジュピターも参加が決定している。
「あー、もしかしてそれじゃない?」
「それって?」
「ほら、なんか『出演してくれる男性アイドルを探してる』って言ってたじゃん? そのアテが見つかったとか、そんな感じ」
なるほど、確かに一理ありそうだ。
「でもそんな骨のある奴いたのか?」
「どーだろーね?」
どいつもこいつも『周藤良太郎』と『Jupiter』の名前にビビるような奴らばかりだ。一応876プロの秋月涼の参加が決定したらしいが、それ以外の事務所の話は少なくとも俺の耳には届いていない。
「でもいないなら、育てればいいんじゃない?」
雑誌を閉じて身体を起こした翔太が、こいつにしては随分と珍しいことを言っていた。
「多分りょーたろーくんはそんなことを考えながら動いてるんじゃないかなって。実際僕たちだって、ちょっとだけとはいえ765プロの子たちの面倒を見てあげたことあったわけだし」
「……そんなこともあったな」
所と佐久間と北沢の三人。そしてかつてはバックダンサー組と呼ばれ今ではシアター組一期生と呼ばれる六人。こいつらが765プロのやつらと同じアリーナライブのステージに立てるレベルまで引き上げるため、俺たちもそのレッスンに協力をした。
「だから冬馬君も、新人アイドルが参加することになっても怖い態度取っちゃダメだよ? ただでさえ冬馬君は基本上からの威圧的な態度取ることが多いんだから」
「っだよそれ!?」
これでも個人的に島村の奴の面倒を見てやったことがあるんだから、その点に関して言えばお前だけじゃなくて北斗よりも経験あるんだからな!?
「さっきから何を騒いでいるんだい?」
「あっ、北斗君お疲れー」
「……別に騒いでねぇよ」
大声を出したことは認めるが、騒いではいない。
「北斗君、りょーたろーくんがどこ行ったか知らない?」
「良太郎君? 確か次のイベントに参加してくれることになった事務所を見に行くって言ってたよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ちっ、そうならそうと俺にも一言言えっての」
無駄に探しちまったじゃねぇか。
「おや? 良太郎君に構ってもらえなくて拗ねてるのかな?」
「おいバカマジでそういうのヤメロ」
思わずガチトーンで反論してしまった。
(……冬馬の奴、何かあったの?)
(やめときゃいいのに、自分の掛け算スレっての見ちゃったらしくて……)
知ってはいた……そういう存在自体は知ってはいた……! それでも……俺はもう……あんな深淵を……見たくない……!
「……一体冬馬はどんな闇を見たんだ……?」
「詳しくは知らないけど、多分詳しく知らなくてもいいことだと思う」
「ほうほう、それではドラスタのお三方が315プロ初のアイドルにあるでガンスな?」
「語尾変わってるぞ」
「間違えたでヤンス」
相変わらず語尾が怪しすぎてイマイチ信用しきれないこの男性、自称『仕事人リョーさん』に事務所を案内することになった俺たち。俺や翼はそろそろ慣れ始めたものの、桜庭はずっと不審人物を見る目のままだ。
……いや、正直に言うと不審人物であることには変わりない。ただ俺も前の職業柄、人の嘘や虚偽に関してはそれなりに見る目があるのだが……不思議なことに嘘は付いていても騙そうという気配が感じられなかった。悪意がない、とでも言えばいいのだろうか。純粋に悪戯を楽しんでいる少年……そんな印象だった。
「えっと、今所属しているのは全員で十五人であっていたでヤンスか?」
「えーっと……」
「そうですよ」
指折り数えようとしたが、代わりに翼がスッと答えてくれた。
「ただウチの事務所、社長やプロデューサーさんが突然スカウトしてくることがあるので、今のところは……という枕詞が付いちゃいますけど」
「人数が安定しないんだよな」
「まるで346プロみたいなフットワークの軽さでヤンスね……」
そんな会話をしているうちに、会議室から出てくる三人組の姿が見えた。
「おっ、ちょうどいいところに、先生方!」
「む?」
「Hey! ミスターてんどう、ミスターかしわぎ、ミスターさくらば!」
「おや、お客さんかい?」
「はい。……リョーさんならきっと予習してきてくれてるだろうけど」
というわけで、この三人がリョーさんがこの事務所で出会う二組目のユニット。
元教師の肩書を三人組アイドルユニット『S.E.M』だ。
「
「
「
元弁護士の俺に言えた義理はないけれど、元高校教師という一風変わった肩書を持つ三人。教師を辞めた後にアイドルを志したわけではなく、アイドルになるために教師を辞めたという珍しい経歴を持っている。
「どうも皆さん初めまして。アッシのことは『仕事人リョーさん』と呼んでほしいでヤンス」
「あぁ、よろしくリョーさん」
「Nice to meet you! ミスターりょー!」
「えっ、ちょっと待ってお二人とも普通に接するの!?」
十人中十人が怪しいと感じるリョーさんの自己紹介をアッサリと受け入れてしまった硲先生と類は、どうやら幻の十一人目と十二人目だったらしい。普通は山下さんみたいな反応するんだよなぁ……。
「事前に予習させていただきましたが、本当に凄い経歴でヤンスね。現役の教師からアイドルになるとは、なかなか勇気のいる選択だと思うでヤンス」
「よく言われますよ……」
「俺とミスターやましたは、ミスターはざまに誘われちゃったんだよね~」
その辺りの経緯は俺も聞いている。確か意外なことに硲先生が言い出しっぺで、教師以上に生徒たちを導く存在になるためにアイドルへ……っていう話だった。
「実は私たちが勤務していた高校に、とてもアイドルに対する造詣が深い女子生徒がいたのだよ」
「ほうほうでヤンス」
「彼女はとても熱意のある生徒だった。アイドルのライブに参加した次の日には『先生にも是非アイドルちゃんの素晴らしさを!』と熱く語ってくれたものだ」
「ほうほうでヤ……んんん?」
「その熱意をそのまま勉学へと向けることが出来れば、それはきっと教師よりも生徒たちを導くことが出来るのではないか……私はそう考えたのだ」
「あーいましたねーそんな子」
「彼女の熱いIdol talk、とても面白かったよね!」
「………………」
俺も初耳のそのエピソードを聞いて、何故か途中からリョーさんが黙ってしまった。
「ん? どうかしたのかい、リョーさん」
「あーいや、別になんでもないでヤンス。後でちょっと確認したいことが増えただけでヤンスから。大丈夫、別に貴方たちに不都合があったとかそういう悪い話じゃないでヤンスから、心配しないで欲しいでヤンス」
「分かったでヤンス」
『ぶふっ』
真顔の硲先生がリョーさんの語尾を真似したせいで、その場にいた殆どの人間が噴出してしまった。あの桜庭ですら笑ったのだから相当な破壊力である。真面目な顔してこういう茶目っ気を出すから硲先生はズルい。
「そ、それで、お三方は会議室で何をされていたんですか……?」
堪えきれない笑いをかみ殺そうと努力しつつ、最初から感じていた疑問を三人にぶつける。確かこの時間、打ち合わせの類いをする予定はなかったはずなのに、何故三人は会議室から出てきたのだろうか。
「あぁ、それね。ちょ~っとだけ、前の職業に戻ってたのよ」
「前の職業?」
山下さんの言葉に首を傾げるが、次の類と硲先生の言葉に納得した。
「中間testが近いらしいからね! 315プロの臨時teacherになってんだよ!」
「彼ら全員から、少しだけ勉強を見てほしいと頼まれてね」
……なるほど、つまり中には
「俺たちは今、リョーさんに315プロのアイドルを紹介してるところだったんだ」
「Wow! それはGood timingだったね!」
「315プロの学生組は
それは本当にグッドタイミングだった。
「それじゃあリョーさん、次は315プロ唯一の学生アイドルバンドユニットと、
「おっと、前者は予習済みでヤンスが、期待の新人さんの情報は伏せられていたので期待したいでヤンス」
流石のリョーさんもデビュー前の新人の情報を知る伝手はなかったようだ。……自分で言うのもあれだけど、流石にウチはまだ発展途上事務所だからな。
「お~いみんな~お客さんだぞ~勉強中断~」
――やったっす!
――やったぜ!
――ちょっと二人とも喜びすぎじゃ……。
――急に元気になったねー。
――僕たちの活動のためにも真面目にやってください。
――まーまー、ちょっとぐらいいいじゃん?
山下さんが会議室のドアを開けて中へと声をかけると、学生たちのそんな声が聞こえてきた。
そして硲先生と類に誘われて会議室に入るリョーさん。
……多分だけど、
「お勉強中のところ失礼……ん?」
足を踏み入れるなり、リョーさんは動きを止めた。
「……あの、天道さん?」
「どうした?」
「……
ほらやっぱり。
・全員で十五人
※なおあくまでも現在の数字である。
・碇道夫
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元数学教師な32歳。アイマス世界におけるアイドル最年長。
真顔具合が良太郎レベル。
・舞田類
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元英語教師な23歳。意外と若い!
セリフがところどころルーさんになるけど、英語間違ってたらゴメン……。
・山下次郎
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元化学教師な30歳。硲先生より年下なのか……。
先生、2020年の東急ハンズコラボの時は引率ご苦労様でした……!
・とてもアイドルに対する造詣が深い女子生徒
設定は生やすもの。一体何田なんだ……!?
・「女性」
パピッ!
何故か知らないけどやたらと書きやすかった二話目。紹介回だったからっていうのもあるんだろうけど……なんだろうね。
SEM出ましたよSEM。初期衣装のアレさに引かれることが多いけど、曲は凄い良いからM未履修の人は是非。
そして最後にチラ登場したのは勿論