アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

467 / 557
約八年越しの876プロ事情(一部)


Lesson321 祭りの狼煙を上げろ! 3

 

 

 

「ほい」

 

「ありがとうございます」

 

 テレビ局の廊下の途中に設けられた休憩所の自動販売機で買った缶コーヒーを差し出すと、涼は頭を下げてからそれを受け取った。

 

 

 

「何故でしょうね、こうして良太郎さんと話すのは八年ぶりぐらい久しぶりな感じです」

 

「あぁ悪い、そのくだり前話で壮一郎ともうやった」

 

「えっ!?」

 

 

 

 けどまぁ、八年だか七年だか六年だかはともかくとして、こうして涼と落ち着いて話すのは涼が()()()()()()()()()()一件以来なので久しぶりであることには間違いなかった。

 

「今日はソロの仕事か?」

 

 ベンチに座って缶コーヒーをプルタブを起こしながら訪ねると、涼は俺の隣に腰を下ろしながら「はい」と頷いた。

 

「お陰様で、男性アイドルとしての仕事も増えてきました」

 

「比率は?」

 

「……まだちょっと女性アイドルとしての方が多いです」

 

 乾いた笑いと共に目を逸らす涼。男性だということを暴露した後で一時期活動を自粛していたにも関わらず、未だに女性アイドルとしても仕事が入ってくるところにファンの性癖の闇……ではなくて、ファンからの信頼と人気の高さが窺える。

 

「今はジェンダーレスの時代でもあるし、そういう需要もきっと増えていくんだろうな」

 

「僕も詳しくは知らないですけど、ジェンダーレスってそういう意味じゃないと思います」

 

 男女ハイブリッドの新型アイドルとでも呼べばよいのだろうか。『男性アイドル』と『女性アイドル』の二つの顔でステージの上に立つ涼は、紛れもなく新たなる時代を切り開く存在だと思う。

 

「……そうだな、お前ならきっと大丈夫だな」

 

「何がですか?」

 

 涼の首を傾げる仕草に沁みついてしまった女性らしさを感じつつ、俺は企画しているイベントの内容を説明した。

 

「……男女混合のイベント、ですか」

 

「あぁ。でも単純な男女混合ってわけじゃなくて『男性アイドルと女性アイドルがそれぞれの陣営に分かれて競い合う形式』のイベントだ」

 

「それは、その……」

 

 眉を潜めた涼が言葉を濁す。

 

 俺が原因云々の話は一先ず置いておいて、現在のアイドル業界は圧倒的に男性アイドルが少ない。女性アイドルの十分の一以下と言ってもいい。アイドル業界を牽引する1054や765や346といった芸能事務所には女性アイドルばかりで、男性アイドルの芸能事務所は軒並みマイナーなところばかり。

 

 要するに涼は「その形式のイベントを開催するための男性アイドルが集まるのか」ということを危惧しているのだろう。

 

「そのうちの一人にお前がなるんだよ!」

 

「まぁ話の流れとしてそういうことだろうなとは思っていましたけど」

 

 涼は苦笑しつつ、しかし二つ返事で「分かりました」と頷いた。

 

「そのイベントには良太郎さんも出演するんですよね?」

 

「勿論」

 

 寧ろ俺が出演したいから企画した、と言っても過言ではない。感覚的にはハーレムものの主人公が『最近女子とばっかりいるから、男子と遊ぶの楽しいわー』みたいなことを言っている場面に近いものがある。女の子ばかりに囲まれて仕事をするのは流石に慣れているけど、それでも俺だって男子で集まりたいときぐらいあるのだ。

 

「分かりました。是非参加させてください」

 

「……ありがとう、涼」

 

「そんな、お礼を言うのは僕の方ですよ。良太郎さんから直々にイベント出演の依頼があったなんて、愛ちゃんと絵理ちゃんに自慢出来ます」

 

 そう言って笑う涼。どうやら愛ちゃんや絵理ちゃんの二人とも相変わらず仲睦まじいようで何よりだ。

 

 

 

「ちなみにどっちが本命?」

 

「ちょっと何言ってるのか分からないですね」

 

 

 

 そこで「なんのことですか?」って聞き返さない辺り、語るに落ちてるんだよなぁ。

 

 無表情という名の鉄面皮で覆い隠されているものの、俺の内心は既にニヤニヤと下世話な笑みを浮かべている。

 

「絵理ちゃんはともかく、愛ちゃんはなぁ。本人は凄くいい子なんだけどなぁ……母親がアレだからなぁ」

 

「良太郎さん、噂をすれば影って言葉知ってます?」

 

「っ!?」

 

 思わずベンチから立ち上がり自動販売機の裏や天井の開きそうなところを確認してしまった。

 

「やめろよ涼、あの人の場合それで本当に出てくる可能性があるんだぞ」

 

「その出てくる可能性がある場所の第一候補として、廊下の向こう側とかよりも自動販売機の裏と天井を真っ先に確認しちゃうんですね……」

 

「いいか『神出鬼没』っていうのは『鬼神(オーガ)のように自由自在に出没して居所が分からないこと』っていう意味なんだ。ちゃんと辞書で調べたんだからな」

 

「辞書にも鬼神にルビでオーガとは振ってないってことぐらい僕にも分かりますよ……」

 

 そんな例のあの人モドキのことはさておき、すっかり涼によって話題が流されてしまった。ここから強引に話を戻すのは流石に無粋だから、今日のところはこれで勘弁しておいてやろう。

 

「それじゃあ、後日改めて123から876へ正式な出演オファーを出させてもらうな」

 

「はい。僕からも社長に話しておきますね」

 

「よろしくな、涼」

 

「っ! はい! よろしくお願いします!」

 

 握手をするために手を差し出すと、涼はパァッと顔を輝かせながら両手で俺の手を握り締めた。……うーん、やっぱり女性アイドル時代の方を長く知ってるから、女の子にしか見えない……。

 

 それじゃあお互いにお仕事頑張ろうとベンチから立ち上がり――。

 

 

 

「えっ、涼!?」

 

 

 

 ――そんな声が聞こえてきたので二人揃ってそちらに振り返る。

 

「あれ、夢子ちゃん?」

 

 明るい茶髪をワンサイドアップにした眩しいへそ出しルックの女の子と、どうやら涼は知り合いらしい。

 

「あっ、良太郎さんはご存じなかったですかね? 先日ウチの事務所に移籍してきた『桜井(さくらい)夢子(ゆめこ)ちゃんです』

 

「へぇ。初めまして、周藤良太郎です」

 

「……え、えぇぇぇ!? す、すすす、周藤良太郎!? ははは初めまして桜井夢子です!」

 

 うーん、なんだか懐かしいリアクション。花丸あげたい。

 

「ちょ、ちょっと涼!? こんな凄い人と知り合いだったなんて私聞いてないわよ!?」

 

「あれ? 話したことなかったっけ……事務所で話題に出したことぐらいあったと思ったけど……ほら、前に愛ちゃんが言ってた『りょーおにーさんは親戚のお兄さんみたいな人です!』って」

 

「……その発言で周藤良太郎と結びつくわけないでしょうが!」

 

 夢子ちゃんの言うとおりである。良太郎もそうだそうだと言っています。

 

「夢子ちゃんは涼を探しに来たの? こっちの話は終わってるから、連れて行っちゃっていいよ」

 

「さ、探しに来たわけじゃないですけど……連れて行っていいのであれば、連れていきます!」

 

「ゆ、夢子ちゃん?」

 

 何故かガッシリと涼の腕にしがみつく夢子ちゃん。……なるほど、分かっちゃった(アイコピー)

 

「それじゃあまたな、涼。夢子ちゃんも。仕事頑張れよー」

 

「は、はい!」

 

「し、失礼します!」

 

 ズルズルと夢子ちゃんに引きずられていくように去っていく涼を見送り、さて俺も仕事だと飲み終えた缶をゴミ箱に捨てる。

 

「……これでようやく一人か」

 

 俺とジュピターの三人も合わせても、五人である。具体的に何人集めるといったことは決めていないのだが、それでも先はまだ長そうだ。

 

「我こそはという骨のある男性アイドル事務所は名乗り上げよ~……つってな」

 

 

 

「ここにいるぞぉ!」

 

 

 

「どわっほぅ!?」

 

 思わず変な声が出た。ビックリして振り返ると――。

 

 

 

「君の望み! この私が叶えてあげようじゃないか!」

 

 

 

 ――なんかやたらとガタイのいいポロシャツの男性が、願いを叶える妖精さんみたいなことを言いながら親指を立てていた。

 

 ……って、アレ、この人、確か……。

 

 

 

 

 

 

「……では改めて。我々1054プロダクションは、正式に765プロダクションへと出演依頼を申請させていただきます」

 

「はい。喜んでお引き受けしましょう」

 

 提出した書類に高木社長の捺印する。これで正式に765プロダクションが今回の企画に参加することが決定した。

 

「……しかし、あれだね、麗華君。君たちとウチの仲なんだから、ここまで堅苦しくしなくてもよかったんじゃないかね?」

 

「そうはいきませんよ、ケジメは必要です」

 

「そうですよ社長! 知り合いだからって、全員良太郎みたいに緩いわけじゃないんですから」

 

「うーん、ここで肯定するといささか良太郎君に悪いかな……」

 

 良太郎にそんな気遣いはいらないと思います。

 

 

 

 場所は765プロダクションの事務所。ウチと肩を並べつつある日本有数の芸能事務所だというのに、相変わらずここは雑居ビルのテナントのままである。折角劇場を造ったんだから、そっちに事務所を全部移転すればよかったのに……。

 

 そんな事務所へ良太郎と共に進めている企画への出演依頼をするためにやって来た私は、高木社長と律子の二人と話を進める。

 

「出演メンバーの人選はこっちで決めていいのよね?」

 

「任せるわ。コンセプト的に劇場のアイドルも連れてきて欲しいところね」

 

「うーん、そうなると門司(もんじ)プロデューサーとも相談しないといけないわね」

 

 門司……あの眼鏡のプロデューサーは赤羽根だったはずだから、きっと劇場のプロデューサーね。

 

「『魔王エンジェル』と『周藤良太郎』にビビらない、骨のあるアイドルを頼むわ」

 

「あら、それじゃあ全員出演させてほしいところね」

 

 挑発の言葉に対して挑発の言葉が返ってきた。律子も変わらないわね。

 

「まぁでも、男性側の出演メンバーが揃わないことには何とも言えないところね」

 

「……それなのよね」

 

 律子の指摘に対して少し頭を抱えてしまう。

 

 良太郎がやりたいことは分かるし、それを実行しようとする理由も分かる。それでも現実問題として、今回のイベントに参加できるような男性アイドルが果たして何人いるのか。

 

 男女で人数を揃えるつもりは最初からないが、それでもある程度均一にしなければ『対抗イベント』という形式すら成り立たなくなってしまう。

 

「基本的に男性アイドルの方は良太郎に任せてるけど……果たして何人見つかることやら」

 

 ……ん? 噂をすれば、その良太郎からメッセージが……。

 

「……えっ」

 

 

 

 ――出演してくれる男性アイドル十数人、確保出来そうで候。

 

 

 

「急に何処からそんな人数が湧いて来たのよ……」

 

 相変わらずアイツにはアイドルとの変な縁があるなと、別に頭は痛くないのにいつもの癖で頭を押さえてしまった。

 

 

 




・八年ぶり
最後の登場は第一章最終話だった模様。

・涼の性別暴露
既に男性バレ済みで、さらにその上で女性アイドルとしても活動しているという。
これがアイ転世界の涼ちんです。

・「ちなみにどっちが本命?」
関係ないけど現在の時間軸では愛ちゃん16歳で涼と絵理ちゃん18歳。

・桜井夢子
ディアリースターズ本編において涼のライバルになる女の子。
手段を選ばないプチ子悪党なところが原作魔王エンジェルチック。
アイ転世界では876プロに移籍しております。

・良太郎もそうだそうだと言っています。
実際にこのセリフを口にしたのは小美人の方。

・アイコピー
トップガンは観に行っていません。ジュラシックワールドは観に行きました。

・ガタイのいいポロシャツの男性
まるでパッションそのもののような男。略してまパお。

・門司プロデューサー
担当CVが決まっていなかったので、作者の方のお名前を拝借させていただきました。



 果たしてどういう経緯で出演アイドルがいきなりフエタンダー()

 ようやく胸を張ってサイドエム編だと言えそうな展開になってきました。

 彼らが正式に登場するまでもうちょっとです!

 ……勘のいいというか記憶力のいい人はこの時点で違和感を覚えているでしょうが、過去改変してるので気にしなくていいですよ(暴論)



『どうでもよくない小話』

 ついに本家モバゲーのシンデレラガールズのサービスが終了してしまうようです。本格的にはほぼやっていませんでしたが、やはり寂しいですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。