アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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今更こんなネタである。


番外編71 あなたはだぁれ? 前編

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 前略。

 

 なんか頭打って記憶が無くなった。

 

 

 

「導入が雑だなぁ!?」

 

 なにやら叫んでいるこの人は、なんでもオレの兄らしい。確かにチラッと鏡で見たオレの顔とよく似ている気がする。……っていうか、導入って何?

 

「……本当に覚えてないんだな?」

 

「残念ながら」

 

 とても不思議な感覚だった。こうしてきちんと会話は出来るし、今自分がいるのが病院のベッドの上だということも知識として理解している。しかし自分の名前も、こうしてここにいる理由も、それら全てが分からないのだ。

 

 分かることと言えば、鏡に映る自分の頭には痛々しく包帯が巻かれていることから頭を怪我したことと、身体の節々がちょっとだけ痛むこと、なんとなく視界がボヤけるような気がするから視力がよろしくないことだけだった。

 

「その割には、やたら落ち着いてるな……」

 

「実感湧かないんですよね」

 

 思い出そうとすればするほど自分の頭の中に何も残っていないことがよく分かるのだが、それでも不思議と焦りはなかった。

 

「とりあえず、どうしてオレはこんな状況になったのかを教えてもらっていいですか?」

 

「あぁ、勿論。……その前に、敬語はヤメていいんだぞ」

 

「分かった。さっさと話せ」

 

「落差ぁ!」

 

 ダメだったらしい。

 

 そもそも記憶がない以上、距離感が掴めないからやっぱり敬語の方がいい気がする。

 

「いやお前本当に記憶ないんだよな!? 普段のお前と話してるときと同じ感覚なんだが!?」

 

「だから覚えてないんですって」

 

 

 

 兄上説明中。

 

 

 

「……つまりオレは車に撥ねられそうになった子どもを庇って……」

 

「あぁ」

 

「そうですか……代わりに撥ねられて、強く頭を打ったんですね」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 え?

 

「子どもを抱えたままボンネットの上を転がって車との直撃は免れたんだが、そのまま急ブレーキがかかったことで慣性の法則に従って前方にふっ飛ばされて、そこで地面に強く頭を打ち付けたんだ」

 

 オレそんなスタントみたいなことしたの!?

 

「普段のお前だったら受け身ぐらい取れたんだろうが、生憎子どもを抱えたままだったからそれも難しかったらしい」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 兄さんの口ぶりからすると、どうやらオレ一人だけだったら車に撥ねられても平気だった可能性があるらしい。

 

「あの、オレって一体何をやってた人間なんですか……?」

 

「え? ……あぁ、そうか。今のお前は、それも忘れちゃってるんだな……」

 

 自分の身体能力の高さに驚いてそんなことを尋ねてみると、何故か兄さんは悲しそうな表情を浮かべた。

 

「周藤良太郎、お前はな。その徹底的に鍛えられた身体能力を十全に生かして……」

 

「生かして……?」

 

 

 

「トップアイドルとして活躍していたんだ」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 

 

 え、アイドル!? それこそ本当にスタントマンとか、消防士とかそういう身体を張った職種の人間だと思ってたのに、アイドル!? しかもトップアイドル!?

 

「え、オレ本当にアイドルなんですか!?」

 

「あぁ、しかもただのアイドルじゃないぞ。正真正銘、世界一のトップアイドルだ」

 

「世界一!? え、ちょっ、オレの眼鏡ありますか!?」

 

 兄さんが差し出してくれた眼鏡をかけ、壁にかかっている鏡に視線を向ける。そこには当然オレの顔が映し出されていた。

 

 ……記憶がないため当然客観的な評価になるのだが、見てくれは確かに悪くないと思う。

 

 しかし自分がアイドルだとはとても信じられない。つまりステージの上で歌って踊りながら、ファンに笑顔を振りまいて……笑顔を、振りまいて……?

 

「……記憶喪失以外にも障害が残ってるらしいです」

 

「なにっ!?」

 

「表情が……笑顔が……作れません……!」

 

「あっ、それデフォルト」

 

「デフォルト!?」

 

 無表情がデフォルトってどんなアイドル!? しかもそれで世界一!? そんなアイドルいるの!? そんなアイドルが世界一になれるの!?

 

「それは世界中の人間が一度は抱いた疑問だが、それら全てをなぎ倒してお前は世界一になったんだ。それだけは紛れもなく事実なんだ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 一瞬この人の嘘かとも疑ったが、こんないかにも嘘みたいなことを本当のことだと嘘つく理由もないだろうし、やっぱり本当のことなんだろうな……。

 

「ん?」

 

 コンコンというノックの音。閉められたドアの向こうからはやや荒い息も僅かに聞こえており、どうやら怪我をした俺の様子を見に来てくれた人がいるらしい。

 

「どうぞ」

 

 オレの代わりに兄さんが応えると、ドアが開いて勢いよく二つの人影が飛び込んできた。

 

 

 

「りょーたろーさん! 大丈夫なの!?」

 

「良太郎さん! 大丈夫ですかぁ!?」

 

 

 

「っ」

 

 ゆるふわっとした金髪の少女と、ボブカットにカチューシャを付けた茶髪の少女。共に美少女としか形容出来ないほど、とても可愛い少女だった。

 

「は、はい、えっと、その……い、一応大丈夫……らしいです、身体は」

 

「よ、よかったの……」

 

「良太郎さんにもしものことがあったら、まゆは、まゆはぁ……」

 

 よっぽどオレのことが心配だったらしく、オレが無事であることを知ると二人とも安堵していた。息が荒いところを見ると、かなり急いでオレのところまで来てくれたらしい。

 

「……まさかこんな美少女二人から好意を受けていたなんて、よっぽどオレは幸せ者だったんですね」

 

「「「っ!?」」」

 

 思わず呟いてしまったそんな言葉に、美少女少女二人だけでなく兄さんまでもがギョッと目を向いて驚愕の表情を見せた。

 

「りょ、良太郎、お前……!?」

 

「……なんかオレ、マズいこと言っちゃいました……?」

 

「ひ、人からの好意が分かるようになったのか!?」

 

「どーゆーこと!?」

 

 兄さんの口ぶりからすると、記憶を無くす前の俺は『人からの好意が分からなかった』みたいなんだけど!?

 

「いやいや、こんな可愛い子たちが目に涙を浮かべながら無事を喜んでくれてるんだから、そりゃあそれなりの好意を持ってくれてるぐらいちょっと考えれば分かるでしょ」

 

「そのちょっと考えれば分かることが以前のお前は分かってなかったんだよ……」

 

 まさかそんな、アニメや漫画の難聴系主人公じゃあるまいし……。

 

「そんなことより、りょーたろーさん!?」

 

「強く頭を打ったってお話を聞いてましたが、も、もしかして……!?」

 

 ……そうだな、そのこともキチンと説明してあげないとな。

 

 

 

 兄上説明中。

 

 

 

「「き、記憶喪失……!?」」

 

「お医者さんの見立てでは一時的なものらしいが……」

 

 兄さんの説明を聞いて、少女二人は顔を青褪めていた。

 

「ほ、ほんとーに……? ほんとーにミキのこと、忘れちゃったの……?」

 

「……ごめんなさい」

 

 頭を下げて謝罪すると、星井美希と名乗った金髪の少女はフラリとその身体をよろめかせる。危ないと思い手を伸ばそうとするが、そうなることを予想していたように兄さんが美希ちゃんの身体を後ろからそっと支えた。

 

「……そうなんですねぇ」

 

「君も……えっと、まゆちゃんも、ごめんなさい」

 

 佐久間まゆと名乗った茶髪の少女にも謝罪すると、彼女は「いいんですよぉ」と弱々しく首を横に振った。

 

「まずは良太郎さんが無事でいてくれて、ホッとしているんです。忘れてしまったことは、これからゆっくりと思い出していけばいいんですから」

 

「まゆちゃん……」

 

 まゆちゃんが優しくオレの手に触れた。そんな仕草と言葉で、オレは本当にこの子から愛されていたんだなと、そう強く感じた。

 

「でも、これだけは知っておいてください」

 

 まゆちゃんはキュッとオレの手を握ると、優しくニコリと微笑んだ。

 

 

 

「まゆは、良太郎さんの恋人なんです」

 

 

 

「ちょっとまゆ何言ってんのおおおぉぉぉ!?」

 

「……やっぱり、そうだったんだね」

 

「やっぱりって何りょーたろーさん!? 違う違う! 全然違うの!」

 

「え、違うの?」

 

 まゆちゃんから向けられる視線とか、距離感とか、恋人に対するそれっぽく感じたんだけど、美希ちゃんは力強く否定した。

 

 どういうことなんだと首を傾げていると、まゆちゃんは美希ちゃんに強引に首元を後ろに引っ張られてグエッという女の子としてはちょっとアレな声をあげた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと何するんですか美希ちゃん!」

 

「それはこっちのセリフなの! どさくさに紛れてまゆはなんてこと言い出すの!?」

 

「なんのことですかぁ? まゆ、別に変なこと言ってませんよぉ?」

 

「そもそも『まゆは恋人になりたかったわけじゃないですからぁ』って言ってたの! あれは嘘だったの!?」

 

「やせ我慢に決まってるじゃないですかぁ!」

 

「言い切ったの!?」

 

「そんなもんなれるならなりたいに決まってるじゃないですかぁ! 恋人ですよ恋人! 良太郎さんの恋人! 美希ちゃんはなりたくないんですかぁ!?」

 

「なりたいに決まってるの!」

 

 

 

「……えっと、あの二人は一体何をやってるのかな……?」

 

 突然取っ組み合い(と呼ぶにはやや可愛らしいもの)を始めた二人を指差し、少なくともオレよりは今の状況を理解していそうな兄さんに解説を求める。

 

「……多分、あれだな、本編で描こうとするとシリアスになりすぎるから、番外編の方で発散させようっていう神様の意志だな」

 

「番外編……? 神様の意志……?」

 

 結局言っていることがよく分からない。

 

「……結局、まゆちゃんがオレの恋人なの……?」

 

「嘘なの!」

 

「いいえ本当です! ()()()()()ということです!」

 

「……ど、どういうこと?」

 

 

 

「つまり! 二人とも良太郎さんの恋人ということです!

 

 

 

 ……なん……だと……!?

 

 

 

「ま、まゆ……!?」

 

(美希ちゃん、忘れちゃいけません、この件に関して一番の強敵は私たちお互いじゃないんです!)

 

(っ! た、確かにそうなの……!)

 

(だからここは共同戦線を張りましょう! どうせ良太郎さんの記憶が戻るまでの間、もしくはりんさんにバレるまでの間なんですから、短い期間に吸えるだけ甘い蜜を吸うんです!)

 

(て、天才! まゆは天才なの!)

 

 何やら二人がゴニョゴニョと話しているが、まゆちゃんの口から語られた衝撃の事実に動揺してそれどころではなかった。

 

「に、兄さん、今の話は、本当、なんですか……」

 

「………………」

 

 兄さんは何かを深く考えるように目を瞑ると、眉間を軽く指でほぐした。そして数秒間沈黙した後、目を開いた兄さんはそれはもういい笑顔になっていた。

 

 

 

「あぁ、(アイドルにとって)恋人は一人じゃない(っていうスタンスの方が多い)ぞ!」

 

 

 

「……な、なんてことだ……!」

 

 衝撃の事実にオレは頭を抱えてしまった。

 

 記憶を無くす前のオレは、一体どんな人間だったんだ……!?

 

 

 

 

 

 

「ちょっと麗華!? いい加減にアタシも病院に行きたいんだけど!?」

 

「分かってるからマジでもうちょっとだけ我慢してって言ってるでしょ!? これでも急いで終わらせてあげてんだから黙ってて!」

 

(……なんだろう、心配よりも面白そうっていう気持ちが湧いてきた……)

 

 

 




・なんか頭打って記憶が無くなった。
カカロット症候群。

・「こんな美少女二人から好意を受けていたなんて」
ある意味第三者視点になったおかげとも言える。

・二人とも良太郎さんの恋人ということです!
「「「な、なんだってー!?」」」

・愉悦部兄貴
これも全部『周藤の血』ってやつのせいなんだ……。



 久しぶりにギャグ全振りな番外編です。寧ろ今までこんな定番ネタ使わずにやってこれたなっていう感じ。

 当然のように続きます。

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