「それでは皆さん、宴もたけなわではございますが」
「初手ターンエンド!?」
プロデューサーさんが「折角だから」と何故かバーベキューを始める前に一言欲しいと言われたのだが、その一言は不評だったようでこのみさんを始めとしたアイドルからブーイングが。一応今回がこの章の最終話になる予定っていう意味も含めてなんだけど、伝わるわけがなかった。
「流石に真面目にやりなさいな」
「分かった分かった」
千鶴からもお小言を貰ってしまったのでテイクツー。
「この冴え渡る青空の下、こんな素敵なバーベキューにお誘いいただきありがとうございます」
「リョーさん、もう夕方なんです」
「イチイチ小ボケを挟まないと話が出来ませんの!?」
テイクスリー。
「顔見知りが何人かいるとはいえ、部外者である俺やりんの参加を許可してくれてありがとう。普段はファンとして観客席で大人しくしてるけど、これを期にみんなと仲良くなれると嬉しい。それでは、765プロ劇場のますますの発展を祈念して、乾杯!」
『乾杯!』
「ところで静香ちゃん、『発展を記念』ってどういう意味なんだろ?」
「発展祝い! ってこと?」
「……未来、翼、多分貴女たちが思い浮かべている漢字は間違っているわ……」
夕方となり、765プロ劇場の屋上でバーベキューが始まった。
部外者として異例の参加をすることになった俺とりんだが、既に半数どころか三分の二近くが『遊び人のリョーさん』として知り合っており、ついでにそのうちの半分近くが俺が『周藤良太郎』だということを正しく認識しているため、正直アウェイ感は全くない。
まだ直接会ったことがなかった子たちも、一応俺のことは『アイドル好きの変な人』であり『なんか怪しいけどとりあえず芸能界でそれなりに偉い人』だということがプロデューサーさんたちによって説明済みである。間違ってないけど、イチイチ『変な』とか『怪しい』とか注釈しなくてもよかったのではないだろうか。
「改めて周藤君、去年のことはありがとう」
「いえ、あれはこっちの事情も便乗させてもらった結果ですから、お礼なんて」
プロデューサーさんと缶ビールで軽くぶつけ合う。今日の仕事は終わっているため、彼も飲むらしい。
「寧ろ大丈夫でしたか? あっちの名前の影がチラついて、色々と言われませんでした?」
「まぁ少し勘ぐられたことはあったけど、曲がりなりにも
「あぁ、なるほど」
最近出てきたばかりのアイドルに対して、というよりは元々旧知のアイドル事務所に対する手助けだと思われているらしい。以前から765プロの面々と交友を深めていた恩恵がこんなところで現れるとは思っていなかった。
「そうだ、君にお礼っていう話だったら、俺だけじゃなくて静香からもあるんだった」
「静香ちゃんから?」
「っ! そうでした」
ちょっとだけ離れたところで未来ちゃんと一緒にりんと話をしていた静香ちゃんだったが、プロデューサーさんの言葉が聞こえたらしくてハッとなってこちらへやって来た。何事かとりんと未来ちゃん、ついでに近くにいた千鶴も近付いて来る。
「私、周藤良太郎さんにお礼が言いたかったんです」
俺に?
「私は、周藤良太郎さんのおかげで――」
――私はアイドルを続けることが出来ます、と。
「「「……え?」」」
俺とりんと千鶴の声が重なった。千鶴は同じ事務所でも知らなかったらしく、逆にプロデューサーさんと未来ちゃんは既に聞いていた話のようだ。
「え、えっと……ど、どういうこと?」
「……リョーさんはご存じなかったかもしれませんが、本当は私、父と『高校受験が始まる三年生になったらアイドルを辞める』っていう約束をしていたんです」
リョーさんとしては聞いていないが、周藤良太郎としては千鶴たちから事情を聞いているので知っている。そしてそれをなんとかしようと色々と考えていたのだが……。
「もしかして、あのクリスマスの一件でお父さんが考え直してくれた……とか?」
だからその企画を進めた『周藤良太郎』にお礼が言いたい、ということなのだろうか。
しかし静香ちゃんは「そうじゃなくて」と首を横に振った。
「正確には、
「「「えっ!?」」」
再び重なる三人の声。なんでそこで俺の親父が出てくるんだ……?
「実は偶然、父と周藤さんのお父様が一緒に仕事をする機会があったそうなんです」
(……良太郎、貴方のお父様のお仕事って確か……)
(……ざっくり言うと外資系)
海外の本社を拠点として仕事をしているため、基本的に日本にいない。例え仕事で短期間帰国する場合でもそれを母さんに連絡しないわけがないので知らない内に帰って来ていたということもありえない。となると、リモートでの会議とかその辺りかな?
「その時の軽い雑談の中で、周藤さんのお父様に『息子たちが何億も稼いでいては、働き甲斐がないんじゃないですか?』という不躾な質問をしてしまった方がいたそうです」
「それは……確かに失礼な質問ですわね」
千鶴が不快感を隠そうとせずに眉を歪めた。
「そのとき、周藤さんのお父様が笑いながらおっしゃったそうです」
――確かに息子たちは立派に自立しています。きっと私よりも何倍も立派です。
――けれど、もしも何かあったら、そんなことを考えてしまうんです。
――何もかもを失ってしまうような、何かが起こってしまったら。
――『アイドル』というのはきっとそんな仕事です。
――そんなときに『親』は『子』から頼られる相手でいるべきだと、私は思うんです。
――例え何があっても『子』のために何かをしてあげられる存在でいたいんです。
――通り越し苦労ならそれで構いません。
――それだけで私は、子どもたちの活躍を安心して見ていられるんです。
――私も妻も、いつまでも愛する我が子たちのために、苦労していたいんです。
「……それが子どものために出来ることだと、おっしゃったそうです」
「………………」
「……相変わらず立派なお父様ですわね」
「……あぁ」
帰国するたびに空港まで迎えに来た母さんと抱き合ってクルクル回って周りに迷惑をかけている人間と同一人物とは思えないけど、言ってることは確かに立派だったし……とても嬉しかった。
「そんなお話を聞いて何か思うところがあったらしくて、父は改めて私と話し合いの場を設けてくれたんです」
それは「本当にアイドルを続けるつもりなのか?」という静香ちゃんに対しての最終確認だったらしい。
「そこで父は私に『出来る限り失敗の少ない道を進ませたかった』という本音を教えてくれました」
「……私は、絶対にトップアイドルになります。その道を進むと決めました」
――……分かった。
静香ちゃんの決意に対して、彼女の父親はそう言葉少なく頷くと、それ以上何も言わなかったらしい。
「父は認めてくれたんだと思います。いえ、きっと認めてはくれていないのかもしれませんが……それでも、私の心が折れる何かがあるそのときまで、期間を延長してくれたんだと思います」
「……そっか」
「だから、お礼が言いたかったんです。間接的とはいえ、私は周藤良太郎さんに自分の夢を守って貰ってしまったんですから」
ここで「そんなことはないよ」……と言えるのは、周藤良太郎本人だけだろう。
「分かった、伝えておくよ」
「こんな伝言を頼むような真似をして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
……それにしても、まさか俺じゃなくて親父が静香ちゃんの問題を解決してしまうとは。
(これでも結構意気込んでたんだけどなぁ……)
(まぁまぁりょーくん、結果オーライってことで)
肩透かしを食らった気分でちょっぴりガッカリしていると、そんな俺の機微に気付いたりんがクスクス笑いながらチョイチョイと俺の頬を突いてきた。
ともあれ、これで未来ちゃんと静香ちゃん、そしてニコちゃんが抱えていた問題はほぼ解決したとみなしていいだろう。去年から続いていたミッションは無事コンプリート。一件落着だ。
(……本当は、全部終わったらそろそろネタバラシするつもりだったんだけどな)
つまり『周藤良太郎』としての正体バレなのだが、なんかそれをする雰囲気ではなくなってしまった。
しかしこのまま『遊び人のリョーさん』で通すのも悪くないような気がしてきた。一部のアイドルは俺のことを知っているし、一応芸能界の人間としてある程度の信用は得ることが出来たはず。……出来たはず。それならば無理に正体バレする必要もないだろう。
今回は珍しく正体バレなしで幕引き――。
「リョーさん! ちょっと眼鏡外してみませんか!?」
――……んんー!?
「え、どうしたの未来ちゃんいきなり」
突拍子もなくそんなことを言いながら、未来ちゃんが翼ちゃんを伴って突撃してきた。
「あのね! リョーさんって名前だけじゃなくて見た目も『周藤良太郎』に似てるなって、翼と話してたんです!」
「私はぜーったいに似てないって思うんだけど、未来が似てるっていうから!」
「似てるって! 眼鏡外したら絶対に似てるって! ねっ!? 静香ちゃんもそう思わない!?」
「えぇ? そんなこと……ん? いや、似てる……ような……?」
「ほらー!」
……そうか、未来ちゃんと静香ちゃんは去年レッスンスタジオで『周藤良太郎』と会ってるから、認識阻害が薄まってたのか。
「というわけでリョーさん、私と静香ちゃんの予想が当たっていることを確認するために!」
「ぜーったいに似てないもん!」
「……ちょ、ちょっと気になります」
ズイズイと女子中学生三人に詰め寄られて後退る俺。絵面的にも色々とマズい状況になっているが、何故かこういう状況で真っ先に助けてくれるりんが何のアクションも起こさなかった。
「……いひひっ」
あぁ!? こんな状況に限ってりんの悪戯心が芽生えてしまっている!? なんてタイミングだ! チクショウその表情可愛いじゃねぇか!
「隙ありぃ!」
あっ! ちょっ! アーッ!
「「「……えっ」」」
……その日、夕闇が迫る空の下、765プロ劇場の屋上で少女たちの叫び声が次々と連鎖していったらしい。
まぁ、なんだ。
世はなべてことも無し。へーわへーわ。
「アレ!? なんか私たちのあずかり知らぬところで重大なイベントがあった気がする!?」
「いきなり何を言ってるんだお前は……」
「ツバサちゃん、早く麗華さんからのレポート仕上げないとレッスンの時間になっちゃうわよ~?」
「……ようやく、ここがスタートね」
アイドルの世界に転生したようです。
第七章『Thank you!』 了
・「初手ターンエンド!?」
うらら三枚増G二枚……完璧な手札だ()
・半数どころか三分にニ近く
数えてみたら37人中22人だった。
・「周藤良太郎さんのお父様のおかげなんです」
【悲報】どうやら最後の見せ場を父親に取られた主人公がいるらしい【役目零】
・「ちょっと眼鏡外してみませんか!?」
【速報】連載七年目にしてついに力業を試みるアイドルが現る【この手に限る】
静香ちゃんの家庭の問題は流石に良太郎が直談判するわけにもいかず、良太郎の父親経由で間接的に解決となりました。父親を説得できるのは父親目線だけですからね。
……いや、良太郎がいなかったらこういうことにならなかったし、良太郎のお陰には変わらないから(震え声)
というわけで、丸々二年の連載を経てミリマス編完結です。ラストは若干オチが弱かったような気もしますが、ピークが静香とニコの闇辺りだったから……。
アライズのことも含め、まだ描き切れていないアレコレは次章以降に続いてきます。良太郎の設定アレコレは作品全体のテーマというか主題なので……これ書き切っちゃったらアイ転終わっちゃうので……。
いつもならばここで次章の予告を書いて幕引きなのですが、今回は次章の設定が固まり切っていないのでまだ公開できません。ニ三話ほど番外編を挟みつつ次章の準備を進めていきますので、もうしばらくお待ちください。
その代わりと言っては何ですが次章のテーマを三つほど公開して、今回の締めとさせていただきます。
これからもアイ転をよろしくお願いします!
アイドルの世界に転生したようです。
第八章のテーマは……。
『876プロ』!
『SideM』!
『全 事 務 所 総 出 演』!
風呂敷は広げてなんぼじゃーい!!!
何年かかっても畳んでやるわーい!!!