クリスマス当日。天気予報では雪の可能性が示唆された鼠色の曇り空。ライブ日和とは言えないが、それでもクリスマスにはピッタリの雰囲気になっていた。
とはいえ今日もいつもと変わらぬお仕事の日。しかし、しいて言うのであれば、今日は『765プロ劇場のクリスマスライブの日』であり『ゴールデンエイジの決勝ライブの日』であった。
765プロの方が基本的にはいつもと変わらぬ定期ライブなのだが、クリスマスという特別感はやはりファンの心を躍らせるものである。時期的にサンタ衣装のアイドルが見れるかもしれないと、今日参加を表明しているファンが期待の言葉をSNSで呟いていたのを見かけた。ついでに今日のチケットを握れずに嘆くファンの呟きも。
一方でゴールデンエイジは番組企画なので、こちらはテレビで中継されることになっている。つまり誰でも観れるということだ。いや、忙しくて俺は見れないから誰でもではないな。一応録画すれば観れるけど、折角生中継なんだから本当はリアルタイムで見たかった。
そんな中、そのどちらにも参加しないということを表明した少女がいた。
『私、今日は商店街のイベントに参加するわ』
そんなメッセージを送ってくれたのは、俺が気にかけている少女の一人であるニコちゃんだった。
元々参加する予定がなかった定期ライブだけでなく、テレビで中継されるゴールデンエイジも録画すると言い、そして妹弟を連れて商店街に行くと。
(千鶴が上手く誘い出してくれたんだな)
とりあえずここまでは計画通りに進んでいるみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、既に計画は俺の手元を離れている。俺はもう彼女たちの行く末を見守ることしか出来ない。いや、正確には見守ることすら出来ない。
だから願わくば。
みんなが笑顔になったと、そんな幸せな結果が、俺の耳に届きますように。
「むむむ~」
「あっ、未来ここにいた~」
ペタリとおでこをガラスに貼りつけながら劇場の客席を見下ろしていると、翼がやって来た。
「どう? お客さん入ってる?」
「もっちろん! 見て見て、二階席まで埋まってる!」
この部屋はガラスがマジックミラーになっているため、主に関係者がステージを見るために使われる。そこから見下ろす客席は、見事にお客さんで埋まっていた。
「チケット完売満員御礼! 私もワクワクしてきた!」
「いよいよ本番って感じだね!」
翼は舐めていた棒付きの飴を口から離すと、ニヤリと笑った。私もきっと、ニコニコと口元が吊り上がっていることだろう。
「そういえば静香ちゃんは?
「さっきメッセージ来てたよ!」
こちらの状況を報告すると同時に、静香ちゃんの現在の状況も教えてもらった。
「『今は武道館の控室』『待ち時間が長くて落ち着かない』って」
「アハハッ、背筋ピーンって伸ばしてパイプ椅子に座って、手をグーにして膝の上に乗せてる静香ちゃんの姿が想像出来る~!」
「うわっ! すっごい出来る!」
いつも何故か自分への自信が控えめな静香ちゃんのことだから、身体が少しだけ強張っていることだろう。もしかしたら、他の参加者に声をかけられてビクリと身体を震わせているかもしれない。
「それじゃあ静香ちゃんの緊張をほぐすために、ここはもう一回メッセージを送っちゃおうかな~」
「未来ってば、それを口実に静香ちゃんへメッセージ送りたいだけでしょ~」
「でへへ~」
翼にはバレバレだったが、だからといってメッセージを送るのを止めるつもりはない。集中したいのであればやめておくが、きっと静香ちゃんは緊張しているだろうからそれを解すためのものだ。だから悪いことじゃない。うんうん、完璧だ。
「さーて、なんて送ろうかな~」
ウキウキとスマホを取り出すと、静香ちゃんへのメッセージ画面を起動する。そこには先ほどまでの私と静香ちゃんとのケータリングに何を食べたのかという他愛もない会話が残っていた。
「うーん、ライブが終わったら一緒にご飯行きたいなー」
「でも静香ちゃんに聞くとまた『うどん』って言うと思うよ」
「だよねー……」
静香ちゃんに「何食べたい?」という話題を振ると間髪入れずに「うどん」と返ってくる。それが嫌というわけじゃないだけど……なんというか……ね?
「……あ、食べ物と言えば」
『うどん以外で何か食べたいものある?』というメッセージを打っていると、翼が何かを思い出した。
「そういえば346プロのアイドルの間で、ステージに上るときに食べ物の名前を叫ぶのが流行ってるらしいね」
「そうなの?」
「結構前の話になっちゃうけど、トロフェスのときも346プロのアイドルが三人揃って『山形リンゴー!』って叫びながらステージに上がってたんだー」
想像していたよりも随分と産地が限定されていた。
「聞いたら、あのニュージェネレーションズが『ステージに上がるときに勇気が出るおまじない』ってことで最初にやり出して、それがシンデレラプロジェクトの中で流行ったんだって」
翼は「って、そのアイドルの人に聞いたんだ~」と手にした飴を横に振った。
なるほど、好きな食べ物の名前を言いながら、かぁ。
「私の場合は『ぎゅーうーにゅー!』かな~」
「めっちゃ言いづらそ~」
ケラケラと笑う翼。
「逆に静香ちゃんの『うーどん!』だったら、掛け声としては結構良くない?」
特に最後に『ドン!』って言うところが、なんか『今から行くぞ!』っていう感じがしてくる。
「そうだ! 静香ちゃんに『うどんを掛け声にしてステージに上がろう』って言ってみよう!」
そうすればきっと、離れていても一緒みたいな感じになる気がした。うんうん、これだよ!
それじゃあ早速、そうメッセージを打ち始めてから、さっきまで書いていたメッセージが残ったままだということに気が付いた。こっちを消しておかないと、変なメッセージに……。
あっ。
緊張を紛らわすために未来へ何かメッセージを送ろうかと考えていたら、急に『うどん以外でステージに上がろう』というメッセージが。
えっ、何? 未来は私が『うどんでステージに上がる』って思ってたの? そもそも『うどんでステージに上がる』ってどういう意味? 私自身がうどんになるってこと?
……なるほど、つまり未来は私が『うどんの化身』と言いたいってことね!
(ふふっ、どうしたのよ未来ったら、いきなりそんな褒め言葉を……)
でも、そうね、今回のステージは私は『うどん』としてではなく『アイドル』としてステージに上がらなければいけない。
きっと未来は、そういうことが言いたかったんだと思う。私の緊張をほぐすために、そして『一緒に頑張ろう』と言うために。
「……ねぇ、翼。間違えて変なメッセージ送っちゃって、送信取り消しするのにモタついてたら静香ちゃんから『大丈夫よ、今日の私は、うどんじゃないから』って返ってきたんだけど」
「え、えぇ……?」
果たしてこれは静香ちゃんなりのノリツッコミのつもりなのか、それとも何か別の意味があるのか。
翼と共にしばらく頭を悩ませるのだった。
「ねぇ。765プロの……静香ちゃんって呼んでいい?」
「え? あっ、はい」
我ながらいい感じの返信が出来たと満足していると、隣のパイプ椅子に座っていたアイドルから声をかけられた。思わず頷いてしまったが、確かこの人は……。
(……ゴールデンエイジの撮影が始まったばかりの頃に、テレビ局の廊下で私のことを話しながらクスクス笑ってた人だ……)
それに気付いた途端、頬が引き攣りそうになってしまった。露骨に嫌そうな顔をするのもマズいので、必死に笑顔を作って誤魔化すことにする。
ついでに、彼女の隣にはそのときの話し相手になっていた女性もいた。どうやら二人はユニットメンバーだったらしい。
「ちょっと耳にしたんだけど、今日って765プロの劇場のライブもあるんでしょ? それなのに静香ちゃんはこっちに来ちゃって大丈夫なのかなって……」
彼女はそう言いつつ、すぐに表情を申し訳なさそうな笑みに変えて「あっ、ごめんなさい、余計な心配だったかな?」と手を振った。
今までは陰口ぐらいしかされておらず、直接的な嫌がらせなどは全くなかった。だからこの本番直前というタイミングでここまで露骨に仕掛けてくるとは思わなかった。いや、このタイミングだからこそ仕掛けてきたのかもしれない。
「……劇場のことは、仲間たちに任せていますので」
そう端的に答えると、彼女は「そっか、そうよね」と朗らかに笑いながら両手の指先を合わせた。
「いつもやってるライブと、今回の武道館でのライブ、どっちが大事なんて野暮なこと聞いちゃったわね」
口では謝罪の言葉を述べつつ、目は笑っていない。
「きっと
「………………」
「
「……えぇ、ありがとうございます」
心にもない激励の言葉に、私も心にもない感謝の言葉で応じる。
色々と反論したいこともあったけど、生憎今の私は
(どっちが大事だって?)
先日までの私だったら、悩んだ末に武道館と答えたかもしれない。けれど今の私は迷うことなく
(事務所のみんなは良い気はしてないって?)
未来も翼も千鶴さんもプロデューサーも、みんなみんな、笑顔で私を送り出してくれた。あの事務所に、そんな暗い考えを持つ人なんていない。
(……ひとりぼっちだって?)
断言する。
――
・『うどん』
ドヤ顔で饂飩とか書いちゃう系うどん女子。
・『山形リンゴー!』
当然あかりんごがじゃんけんで勝った結果である。
・「静香ちゃんって呼んでいい?」
漫画だと一応名前付いてたけど、どうしよう、アイ転だと別の名前あげようかな。
なんかすごい久しぶりに真面目なお話を書いた気がするぞ……()
しばらく真面目なお話続きますが、シリアスではないのでご安心を!