アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

444 / 557
この世には知らなくてもよかったことがある。


Lesson306 朝比奈りんは知りたい 4

 

 

 

 前回のあらすじ。りょーくんの小学五年生の頃の担任の先生のあだ名がダサかった。

 

「いや、ぬ~べ~って……ぬ~べ~って……」

 

「小学生が考えるあだ名ですから、そんなものでしょう」

 

 なんだかあだ名のインパクトが強くて情報が頭から抜け落ちそうになったが、重要なのは呼ばれ方ではなく、その先生が霊能力者と呼ばれる存在であったというところだ。

 

「その霊能力者っていうのは、幽霊をお祓いしたりする人ってことなの?」

 

「概ねその認識で間違っていませんわ。鵺野先生のクラスは幽霊や妖怪といった怪奇現象に見舞われることが多く、そのような存在から鵺野先生はわたくしたち生徒を守ってくださりましたの」

 

「まるで漫画の世界の話を聞いてるみたい……」

 

 まさかドラマのセリフ以外で『幽霊』や『妖怪』といった言葉を真面目に口にする日が来るとは思わなかった。

 

「……ん? ちょっと待って、今『守って』って言った?」

 

 『守る』ということはつまり『害をなす』存在がいるということで、そして『守られた』ということは『害された』ということで……! それに千鶴さっき『闇の住人たちが牙を剥く』って言ったよね……!?

 

「りょーくんは大丈夫だったの!?」

 

「大丈夫じゃなかったら、今頃日本で一番のトップアイドルは貴女たち『魔王エンジェル』になっていたことでしょうね」

 

「いやりょーくんがいなかったら正直アタシたちはここまで成長しなかった……ってそうじゃなくて!」

 

 もしかして、それが『りょーくんが変わった理由』と『りょーくんが話したがらない理由』!?

 

「……あの事件は、良太郎のクラスのみならず学校全体を巻き込んでの騒動になりましたわ。幸いわたくしは巻き込まれずに済みましたが……あの一件で心に傷を負った生徒も少なくはないでしょう」

 

「じゃ、じゃあ、りょーくんも……!?」

 

「……忘れもしない、あの夏の日。その日、校庭で体育の授業をしていた良太郎のクラスの前に、突然()()()は現れましたわ」

 

 千鶴は悲痛そうな面持ちで目を伏せた。

 

「それは一般人の目には普通の人と変わらぬように見える存在でしたが、鵺野先生はいち早くそれが人あらざる者と見抜きましたわ。生徒たちに下がるように指示をしながら自身はその存在の前に出ていく様子を、わたくしは授業中の窓から見ていましたの」

 

 

 

 ――誰だぁ? あのおっさん?

 

 ――お前たち、下がるんだ!

 

 ――え? 急にどうしたのさ、ぬ~べ~?

 

 

 

「普段は温厚な鵺野先生が声を張り上げている様子から、それがとても危険な存在だということはすぐに分かりましたわ。きっと、鵺野先生はその時点でそいつが『鬼』だということを理解していたのでしょう」

 

「お、鬼……!?」

 

「そう。鬼というのはとても危険な存在。人間では到底適うことのない説明不要の『強者』。その日、学校を混沌の渦に巻き込んだ張本人……その怪異の名は」

 

「か、怪異の名は……!?」

 

 

 

「吸血鬼『Y談(ワイだん)おじさん』!」

 

「吸血鬼『Y談おじさん』!?」

 

 

 

 

 

 

「はぁ今日も疲れたー……って、おっ、りん、ただいま」

 

 今日の激務を終えて帰宅し、着替えのために自室へ入るとそこにはりんの姿が。可愛いお嫁さんが自分のベッドに座って待っていてくれるこの状況に何度目になるか分からない感動を覚えつつ、りんが何とも言えない表情になっていることに気が付いた。お手本のような『苦虫を噛み潰した』ような顔である。

 

「どうした? もしかしてまだ二日酔い引き摺ってる?」

 

「あ、うん、二日酔いは大丈夫。……昨日はありがとう、りょーくん。わざわざ迎えに来てくれて」

 

「なんのなんの。滅多に見られない酔いどれ状態のりんがちょー可愛かったし」

 

 普段も可愛いんだけど、酔っ払った女の子ってのはどうしてあんなにも可愛いのかね。真っ赤になってふにゃふにゃ笑ってデロデロに甘えてきて……あれ? 普段のりんと変わらんな? 今もこうしてテレテレしてるし……まぁいいか!

 

「えっと、そのね、今日お義母さんのおつかいで初めて二階堂精肉店に行って、お店のおじさんたちに挨拶してきたの」

 

「へぇ。ってことは千鶴にも会ったのか?」

 

「うん、会った。というか、アタシとしては彼女に会いに行くのが目的だった」

 

「ん? 千鶴に?」

 

「……りょーくんの昔の話が、聞きたかったから」

 

「……そっか」

 

 りんが言う『昔の話』というのは、多分俺が鵺野先生のクラスに在籍していたことの話だ。

 

 まぁ別に口止めしていたわけでもない。なんとなく俺の口から言うのが憚られていたっていうだけだから、いつかは知られてしまったことだろう。

 

「他のクラスの千鶴視点だったとはいえ、なかなか面白い話が聞けたんじゃないか?」

 

「……うん、まぁ、その……一応、りょーくんが今のりょーくんになった話、とか……」

 

「……その話か」

 

 言いよどむりんだったが、その内容が内容なので納得してしまった。

 

「まぁ、俺も色々と思うところがあったわけだよ」

 

「うん」

 

 それは俺という存在の否定。それまでの曖昧だった自分自身が()()()()()()()()()()()のかもしれないという、まるで暗闇に堕ちていくかのような恐怖。

 

「正直苦悩した。全てを鵺野先生に話すべきか悩んで、結局全部話すことが出来なくて……」

 

 それでも、鵺野先生はしっかりと答えてくれた。詳細を話すことが出来なかった俺に対して、きっと先生は大体の事情を察してくれたんだと思う。

 

「だから、せめて精一杯生きることにしたんだよ。()()()だって、どんだけやさぐれようとも、やけっぱちになろうとも、それは全部()()()なんだって」

 

「……うん」

 

 

 

「それが『本来この身体で生きるはずだった周藤良太郎』に対する精一杯の償いなんだって」

 

 

 

「……うん?」

 

「不謹慎かもしれないけど、それに気付かせてくれた広のお母さんには感謝しないといけないな」

 

「え?」

 

「えっ」

 

 滅茶苦茶真面目な話をしていたのに、りんから返って来たのは『一体なんの話をしているんだ?』みたいな反応だった。

 

「……えっと、アタシが千鶴から聞いたのは『吸血鬼が卑猥な言葉しか話せなくなる呪いをばら撒いたせいで学校中がパニックになった』っていう話なんだけど……」

 

「あー、そっちか」

 

 りんが言ってるのは吸血鬼『Y談おじさん』のことだな。あれの呪いは意思疎通する手段全てが自分の性癖になるっていう色んな意味でヤバいものだった。

 

「大変だったなぁ。真っ先に対峙した鵺野先生は勿論、一緒に授業中だった俺たちクラスメイト全員も呪いにかかっちゃって、そっからはもう大騒ぎよ」

 

 何せ口にする言葉全てがその人の性癖になってしまうのだ。そりゃあもうここでは言えないような卑猥な言葉のオンパレードだし、要するにその人の隠された性癖が全部暴露されてしまうのだ。人によってはマジで舌を噛み切るレベルで心の傷を負うことになる割とガチで悪質な怪異だった。

 

「そこからだよ……俺が自分の性癖(おっぱいせいじん)を隠さなくなったのは……」

 

「千鶴から話の概要を聞いた時点で『きっとそうなんだろうなぁ』って思ったよ……」

 

 それまでの俺は自分の転生特典が分からずに結構捻くれたガキで、クラスでも一人浮いてた。しかし自分の性癖を晒すことになってしまい、それで色々と吹っ切れてしまったのだ。

 

 女性型の怪異が現れる度に……。

 

 

 

 ――良太郎! あの人はどうだ!

 

 ――うむ、良い大乳だ。

 

 ――出た! 良太郎のお墨付きだ!

 

 

 

 ……みたいなやり取りをするのが定番になってしまったほどである。

 

「まぁクラスに打ち解けるきっかけになった怪異だし、俺個人としては感謝してるよ」

 

 いつかY談おじさんとはお酒の席でしっかりと話をしてみたいものだ。

 

「……そ、それじゃあ、さっきりょーくんが言おうとしてたのは……?」

 

「ん? あぁ、そっちは『クラスメイトの立野(たての)(ひろし)の母親が幼稚園児の少女に転生してしまったために、少女の自我が消滅の危機にあった』って話で、それをきっかけに『転生者として俺は元々この身体で生きるはずだった周藤良太郎の自我を消してしまったんじゃないか』って悩んだっていうだけの話だから、そこまで大した話じゃないよ」

 

「大した話だよ!?」

 

 よくよく考えてみればこの話を千鶴が知ってるわけなかったな。いやぁ勘違い。

 

「だ、大丈夫だったのりょーくん!?」

 

「正直当時は色々と精神的にキツかったけど、そのY談おじさんの騒動で吹っ切れてクラスメイトと打ち解けた後だったからな」

 

 この辺りのことを詳しく話そうとすると外伝として『地獄先生ぬ~べ~編』が始まってしまうので割愛する。

 

 ただ転生者であるという悩みを打ち明けることは出来なかったが、それでも鵺野先生や広たちクラスメイトには色々と助けられた。そういった点でもY談おじさんに感謝したい。

 

「……とまぁ、多分これがりんの知りたがってた『周藤良太郎が変わったきっかけ』の話だ。そんな大げさに話すようなことでもなかっただろ?」

 

「……色々とりょーくんに言いたいことはあるんだけど……ほんっとーにごめんなさい!」

 

 流石に文句を言われるかなぁって思っていたのだが急に謝られた。

 

「そんな真面目な理由があったなんて知らなくて、千鶴からその話を聞いて『やっぱりりょーくんだなぁ』なんてちょっと呆れちゃって本当にごめんなさい!」

 

 それを謝られると、それはそれでこちらとしても色々と複雑なんだけど。

 

「おわびにアタシのおっぱい好きにしていいから!」

 

 思わず「それは別に今更」って言葉が出そうになったけど、別に俺にとっての不利益は何もなかった。うっひょー。

 

 

 

 

 

 

 念願叶ってりょーくんの空白の過去を知ることが出来たアタシだけど、疑問が一つだけ残ってしまった。

 

「結局りょーくんはどうして頑なにそのクラスでの出来事を話してくれなかったの?」

 

「……話したくなかったというか、()()()()()に話せなかったというか」

 

 アタシのため?

 

「ここまで来たら乗りかかった舟だ。最後までしっかりと聞かせてやるよ」

 

「ホント!?」

 

 

 

 ……このときのアタシは、正直甘く考えていたのだ。

 

 

 

「よし、それじゃあ……」

 

「……えっ、りょーくん? なんでカーテン閉めたの? ……なんでアロマに火を付けたの? ……なんで部屋の電気を消したの?」

 

 

 

 ……りょーくんが小学五年生に体験してきた数々の出来事を。

 

 

 

「……そう、これは本当にあった話」

 

 

 

 ……『周藤良太郎』が本気を出して語ったらどうなるのか。

 

 

 

「身も凍るような、寒い寒い、真夏の話」

 

 

 

 

 

 

「……は? 良太郎の怪談話? あぁ、あれはなかなか凄いぞ。これは俺よりお前たちアイドルの方が詳しいだろうが、アイツは無表情故に声の感情表現が優れていてな。おまけに人の怖がるポイントというものを熟知しているらしく、ダメ押しとばかりに不気味なまでの無表情だ」

 

「高校の頃も夏休みによく怪談話とかしてたんだけど、奏ちゃんは聞いたことなかったの?」

 

「……そういうことは、もうちょっと早く聞きたかったわ……高町先輩……月村先輩……」

 

 

 




・ぬ~べ~
・鵺野鳴介
改めて紹介すると『地獄先生ぬ~べ~』の主人公で、左手に鬼の力を宿した『鬼の手』を駆使して生徒たちを妖怪たちから守る正義の小学校教師。
この世界だと左手は普通の手。でもこの人、鬼の手なくても普通にヤバい霊能力者だから大丈夫だと思う。

・吸血鬼『Y談おじさん』
『吸血鬼すぐ死ぬ』に登場するある意味で最悪の吸血鬼。CV井上和彦
要するに良太郎は原作のロナルド君みたいな状況になってた。

・『本来この身体で生きるはずだった周藤良太郎』
転生モノでは時に滅茶苦茶重く扱われるこの話題をこんなに雑に終わらせるってマジ?

・立野広
『地獄先生ぬ~べ~』の登場人物で主要キャラ。
典型的スポーツバカタイプのサッカー少年で、次回作では見事Jリーガーになった。

・広のお母さん
幼稚園児の少女として転生してしまったが、このままでは少女の魂が消滅してしまうということでぬ~べ~が成仏させようとするが……。
結構泣ける話なので是非原作を読んでね!

・『地獄先生ぬ~べ~編』
※書きません。

・良太郎の怪談話
ただの読み聞かせならば作者別作品のあっちの俳優さんの方が上なのだが、こと怪談という点に関していえば良太郎に軍配が上がる。
ひたすら無表情の人間が不気味に話せばそりゃ怖いに決まってる。



 ぬ~べ~だけでは飽き足らずにY談おじさんまで登場するアイマス二次創作があるってマジ?()

 というわけでコレが良太郎の過去の全てです。本当にコレで全部です。ミリマス編が始まってからずっと引っ張って来た話のオチがコレです。(ほら、一応周りのシリアス具合と良太郎の反応に温度差があるっていう伏線あったから……)

 ここまで一ヶ月前とは比べ物にならないぐらいコメディやってきたので、次回からはそろそろ真面目に本編に戻ります。これも本編だけど。

 ……みんな、一ヶ月前にどんなシリアスやってたか、忘れてないよね?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。