「……とまぁ、ここに辿り着いた理由はそんな理由よ。いきなり押しかけて悪かったわね」
「そ、そうだったんですのね……」
突如我が家にやって来た良太郎の嫁という名の婚約者である、トップアイドルの朝比奈りん。まさか彼女が良太郎の恋人とは……という驚きはそれほどない。どちらかというと『やっぱりそうだったのか』という妙な納得感の方が強かった。
何せ『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』は切っても切れない関係だ。『周藤良太郎』が日本のナンバーワンのトップアイドルであるという常識と同様に、『魔王エンジェル』がナンバーツーであることに議論の余地は存在しない。『周藤良太郎』という圧倒的な輝きの隣に並んで尚霞むことのない輝きを放つのが、彼女たち『魔王エンジェル』なのだ。
その中でも朝比奈りんは常々から『周藤良太郎』の
さて、そんな朝比奈りんが、プライベートとはいえ私の部屋のクッションに腰を下ろして湯呑を持っているというのが現在の状況。
(……偶然というのは本当に恐ろしいですわね……)
まさか『良太郎を支えられる嫁のような存在がいてくれたら』なんて考えた矢先、そのような存在が向こうから私を尋ねて来てくれるなんて誰が考え付くだろうか。
「それで『良太郎の過去が知りたい』ということでしたわね?」
「そーそー。具体的には小学五年生の頃の話。りょーくん頑なに話そうとしてくれないから、色んな人に聞いて回ってるうちにアンタに辿り着いたってこと」
「小学五年生の頃……」
「なんかりょーくんが話したがらなさそうな、そーゆーエピソードに心当たりある?」
「そうですわね……」
私は良太郎と学年が違うため、学校での様子を全て把握しているというわけではない。しかし良太郎が小学五年生の頃の話ならば
「……一つだけ、条件がありますわ」
「なに? アンタまで飲み比べしろとか言わないよね?」
「言うわけないでしょう」
……全く関係ないが、そのテキーラの飲み比べをさせられたという話。実はそれ『良太郎の同級生の二人なりの試験』みたいなものだったのではないだろうか。
私とは別の高校に通っていた良太郎だが、その高校は『周藤良太郎』に対する秘匿を徹底していたと聞いている。その高校の同級生である二人は、良太郎のことを聞こうとした朝比奈さんのことを『酔い潰れるまで飲ますこと』で試したのではないだろうか。果たしてどこまで良太郎のことを本気なのか、と。
あくまで私の推測に過ぎないが。
「いやー昨晩の飲み比べ、ちょー楽しかったね、茄子!」
「ふふっ、そうですね」
「結局支払いは全部良太郎が持ってくれたし!」
「それに、りんさんが『如何に良太郎君のことを本気か』ということも知れましたし」
「え? なんのこと?」
「……友紀ちゃ~ん?」
閑話休題。
「条件、というか確認作業みたいなものですわ」
りんさんの前の座っていた私は、居住まいを正して彼女に体ごと向き直った。
「朝比奈りん、貴女は例えが何があろうと周藤良太郎を支えますわね?」
「そんなわけないじゃん」
「……え」
即答されるのではないかとは思っていたが、まさか否定されるとは思っていなかったため面食らってしまった。
「支える? はっ、そんな安っぽい関係じゃないのよアタシとりょーくんは」
りんさんはそう言って私の言葉を鼻で笑った。
「もう
(……あぁもう、本当に良太郎ったら……)
いいお嫁さん、見つけましたわね。
「先ほどの発言は失言として謝罪させていただきますわ」
「いいわよ別に。こっちこそちょっと生意気だったし」
しっかりと頭を下げる二階堂千鶴。言葉遣いこそ精肉店の長女らしからぬおかしなものだが、それ以外は本当にしっかりとした女性であることはこの短い時間で十分に理解することが出来た。
「それで朝比奈さんは……」
「りんでいいわよ。さんも付けなくていい」
どーせアタシは周藤家に嫁入りするんだから、これから長い付き合いになるだろうし。あーでも新居がこの商店街の近くとは限らないかなー……?
「では遠慮なく。りんは良太郎の小学五年生の頃の話を知りたいと思ったのは、当然そこで
「まーね。話を聞く限り、どうにも時期を境に今のりょーくんになったって感じだから」
この世界に転生した直後でまだ自分の転生特典に気付けなかった頃のりょーくんは、正真正銘の天才であるお義兄さんへの劣等感で苦しんでいたらしい。
「えぇ、昔の良太郎は今よりもっと卑屈な性格をしていましたわ。誰かに何を言われても『どうせ兄貴と比べて』なんて言葉で全てを投げ出そうとして、わたくしが何度注意してもやめようともしませんでしたの」
やだ、ちょっとその頃のりょーくんも見てみたい……小学校のランドセルを背負った卑屈な小さいりょーくんとか、絶対に可愛いやつじゃん……。
「ですが、良太郎は変わりましたわ。まるで憑き物が落ちたかのように前向きな性格になって……それ以外の大切な何かまで落ちてしまったかのような変わりっぷりでしたけど……」
アタシ的には今のりょーくんも全然大好きだから問題はないんだけど、確かに話に聞く昔のりょーくんと今のりょーくんは大分違うみたい。それだけ衝撃的な何かがあったってことなのだろうか。
「今思えば良太郎のクラスは色々な意味で凄いクラスでしたから、それも当然といえば当然の結果だったのかもしれませんわね」
千鶴は苦笑しつつ肩を竦めた。
「りんは、良太郎のクラスがどんなクラスだったのかという話はもう聞きまして?」
「なんか『地獄のクラス』って呼ばれてたことだけは聞いた」
正直そんな呼ばれ方をするようなクラスでりょーくんが前向きになるような何かが起こるとは到底思えないんだけど。寧ろもっとグレてしまうような……グレりょーくんも見てみたいなぁ……今度ちょっと演技してもらおうかなぁ……。
「ふふっ、懐かしい響きですわね。えぇ、あの小学校のあのクラスは『地獄のクラス』と呼ばれていましたわ。ですがそれは蔑称などではなく、担当教諭を讃えるための呼び方ですわ」
「担任の先生が地獄ってこと?」
ますます意味が分からない。地獄にいいイメージなんて全く湧かないんだけど。
「あっ! もしかして『
「残念ながら男性の方ですし、整った顔立ちではありましたが全くと言っていいほどモテないことでも有名でしたわ」
昔のことを懐かしむように千鶴はふふっと笑った。
「けれど呼ばれ方こそ物騒ですが、あの方はとても気さくでユーモアに溢れていて、常に生徒のことを思って行動できる素晴らしい教師でしたわ。少し女性にだらしないのが玉に瑕ですが」
「小学校教師で最後のそれはマズいんじゃないの?」
「わたくしが卒業する頃にご結婚されましたが、確かお相手は当時女子高生でしたわね」
「本当に大丈夫なのその小学校教師!?」
やっぱり地獄ってそういう意味なんじゃないの!?
「突然ですがりん、貴女は
「え? なに? 心霊現象?」
千鶴が本当に突然訳が分からないことを尋ねてきた。色々と情報過多のところにまた新しい情報を追加するのは勘弁してもらいたいんだけど。
「もし、その心霊現象が
「……え」
ぞくりと背筋に寒気が走った。
「この世には、目には見えない闇の住人たちがいて、彼らはときとして牙を剥き、わたくしたちを襲ってくる」
先ほどまでと変わらぬ千鶴の柔らかな表情が、何故だか急に別の意味を含んでいるように見えてきてしまった。
「彼は、そんな奴らからわたくしたちを守るため、地獄の底からやってきた『正義の使者』……だったのかもしれませんわね」
思わず生唾を飲み込む。
「まさか……本当に……!?」
「一度だけですが、わたくしもしっかりと目にしたことがありますの。あの学校出身の人間に心霊現象を信じない者はいませんわ」
千鶴はしっかりとそう言い切った。心霊現象が存在すると、そう言い切ったのだ。
アタシは霊とかそういう類の話は全く信じていないのだが、ここまではっきりと言われると「もしかして……」という考えが湧いて来る。
「良太郎が在籍した五年三組の担当教諭『
カッと目を見開いた千鶴は、高らかにその名前を呼んだ。
「『地獄先生ぬ~べ~』と!」
「『地獄先生ぬ~べ~』!?」
・良太郎の同級生の二人なりの試験
友紀「お酒に理由なんていらないんだよ……」
茄子「カッコいい気がするだけでダメな発言ですね……」
・小学校のランドセルを背負った卑屈な小さいりょーくん
チラ見えする作者の性癖(おねショタ
・A hell of a woman
定型文というかスラング的な。
・結婚相手は女子高生
学生ではなかったけど確か当時16歳だったような……。
・心霊現象
なんか昔そういうのは無いって断言しちゃったような気もするけど、アイマス世界には小梅ちゃんがいるからね。仕方がないよね。
・「この世には、目には見えない闇の住人たちがいて」
このナレーションの方、お亡くなりになられてたんですね……。
・『地獄先生ぬ~べ~』
言わずと知れた少年オカルト漫画の金字塔、ついにアイ転世界に本格参入です!
……貴方のトラウマは、何処から?(作者は犬の内蔵を食べてたエイリアン)
というわけで(良太郎のモノローグ以外で)ハッキリと明言されましたが、良太郎の小学五年生の頃のクラスは『ぬ~べ~クラス』でした。
実はデレマス編で小梅ちゃんに電話をした際、あの子と普通に会話をしていたのは昔の体験のせいですっかり耐性が出来てしまっていたからという設定でした。
……さて問題です。『地獄先生ぬ~べ~』において、良太郎が関わるとかなりヤバいことになるエピソードとはなんでしょうか? ヒントは『転生者』。